記事内に広告が含まれています

石井朋彦『新装版 自分を捨てる仕事術 鈴木敏夫が教えた「真似」と「整理整頓」のメソッド』要約・感想

石井朋彦『新装版 自分を捨てる技術 鈴木敏夫が教えた「真似」と「整理整頓」のメソッド』表紙

書籍紹介

  1. スタジオジブリの鈴木敏夫が教えた「自分を捨てる」仕事術を軸に、自我を手放し徹底的に師を模倣すると本物の個性が現れる。
  2. 感情的な好き嫌いを排除し、他者の立場と能力を客観的に評価することで、人間関係の摩擦を減らし冷静な判断が可能に。
  3. 自己実現への過度なこだわりを捨て、他者や社会に意識を向け、圧倒的な作業量をこなすことで心の健康を守り成功確率を高める。
  4. 怒りを数値化するメタ認知や、社会的バランスを把握する実践法により、エゴを脇に置き、複雑なプロジェクトや危機を乗り越える具体的なメソッドを提供。

石井朋彦の略歴・経歴

石井朋彦(いしい・ともひこ、1977年~)
映画プロデューサー。
東京都江戸川区の出身。1999年に、スタジオジブリに入社。『千と千尋の神隠し』から宣伝に関わり、鈴木敏夫(すずき・としお、1948年~)のもとで映画のプロデュースを学ぶ。

鈴木敏夫の略歴・経歴

鈴木敏夫(すずき・としお、1948年~)
映画プロデューサー、編集者。
愛知県名古屋市の生まれ。名古屋市立金城小学校、東海中学校・高等学校を経て、慶應義塾大学文学部社会・心理・教育学科社会学専攻を卒業。 徳間書店を経て、スタジオジブリに移籍。

『新装版 自分を捨てる仕事術』の目次

はじめに
第1章 自分を捨てて他者を真似る
第2章 【実践編】鈴木敏夫が教えたエゴを手放す仕事のメソッド
第3章 【実践編】自分を捨てると人が見える
おわりに
新装版によせて

『新装版 自分を捨てる仕事術』の概要・内容

2023年9月13日に第一刷が発行。WAVE出版。275ページ。ソフトカバー。127mm×188mm。四六判。

副題は”鈴木敏夫が教えた「真似」と「整理整頓」のメソッド”。

2016年8月25日に刊行した同名の書籍の新装版。

『新装版 自分を捨てる仕事術』の要約・感想

  • 巨匠に学ぶ徹底的な模倣の哲学
  • 好き嫌いを排した冷徹な客観性
  • 自己実現の罠と心の健康の維持
  • 圧倒的な作業量がもたらす確率の魔法
  • 自我を距離を置いて観察する技術
  • 怒りを数値化してメタ認知を起動する
  • 偉大なる先人たちの背中と話芸の真髄
  • 社会との接続と見られている自分の認識
  • 関係を修復するためのたった一度の真剣勝負
  • 全体を通しての個人的な見解と総括

書店に足を運べば、個性の発揮や自己実現を謳う書籍が壁一面を埋め尽くしている。

私たちは幼い頃から、自分らしさを大切にし、他者とは違う独自の視点を持つべきだと教育されてきた。

しかし、現代の複雑な社会を生き抜く上で、その強固な自我こそが足枷になっているとしたらどうだろうか。

今回取り上げるのは、そんな私たちの常識を根底から覆す一冊である。

石井朋彦(いしい・ともひこ、1977年~)が執筆した『新装版 自分を捨てる仕事術』は、自我という重荷を下ろすための具体的な方法論を提示している。

本書は、2016年に刊行された同名書籍の新装版であり、2023年9月にWAVE出版から新たに発行された。

副題には”鈴木敏夫が教えた「真似」と「整理整頓のメソッド」”と記されている。

著者はスタジオジブリに所属し、数々の名作映画の宣伝やプロデュースに関わってきた人物である。

彼が師事したのは、日本を代表する映画プロデューサーである鈴木敏夫(すずき・としお、1948年~)である。

圧倒的な成果を生み出し続ける天才たちの集団において、凡人がどのように生き残り、価値を提供していくべきか。

その答えが「自分を捨てる」という、一見すると逆説的な行為に隠されているのである。

これから社会という大海原に漕ぎ出す若者や、組織の人間関係に悩む多くの人々にとって、本書は羅針盤のような役割を果たしてくれるだろう。

巨匠に学ぶ徹底的な模倣の哲学

何か新しいものを生み出すためには、ゼロからオリジナルのアイデアをひねり出さなければならないと思い込んでいる人は多い。

しかし、歴史上の偉大な芸術家や発明家たちの軌跡を辿ると、彼らの多くが先人の模倣からキャリアをスタートさせていることに気づく。

本書の冒頭では、日本のアニメーション界を牽引してきた巨匠たちの驚くべき事実が明かされる。

著者の師であるプロデューサーの言葉として、以下のような衝撃的なエピソードが紹介されている。

「宮崎駿という人は、高畑勲という人の下で20年間、真似をし続けた人なんだ。考え方や立ち振舞い、話し方。字まで真似たんだよ」(P.5「はじめに」)

あの世界的なクリエイターである宮崎駿(みやざき・はやお、1941年~)でさえも、先輩である高畑勲(たかはた・いさお、1935年~2018年)をそこまで強烈に尊敬し、徹底的に真似ていたという事実は驚きである。

思考回路や行動様式だけでなく、筆跡に至るまで自己を同化させるというのは、尋常なことではない。

これは単なる表面的なコピーではなく、対象となる人物の精神構造そのものを自分の中にインストールしようとする試みである。

そして、この途方もない模倣の果てに何が待っているのかについて、さらに具体的な教えが続く。

「これから3年間、おれの真似をしな。自分の意見を捨てて、くもりなき眼(これは『もののけ姫』の主人公アシタカの台詞です)で世界を観ること。それを3年間続けて、どうしても真似できないと思ったところが、君の個性ということになるから」(P.6「はじめに」)

自分の未熟な意見や偏見を一旦すべて脇に置き、ひたすら手本となる人物の視点で世界を観察する。

日本の伝統芸能や武道において古くから伝わる「守破離」の精神に通じるものがある。

まずは型を徹底的に守り、自我を捨てて染まりきること。

それでもどうしても染まりきらず、はみ出してしまう部分、真似できない不器用な部分こそが、その人の真の「個性」であるという定義は非常に鮮やかで分かりやすい。

最初から個性を主張するのではなく、模倣の限界点として立ち現れるものこそが、本物のオリジナリティなのだ。

好き嫌いを排した冷徹な客観性

組織で働く上で、最も多くの人が直面する悩みが人間関係である。

私たちは無意識のうちに、他者を「好きか嫌いか」「自分と合うか合わないか」という感情的なフィルターを通して評価してしまう。

しかし、プロフェッショナルな現場において、そのような主観的な判断は時として致命的なミスを引き起こす。

本書では、感情というノイズを排除し、他者をいかに客観的に評価すべきかという冷徹な視座が提供されている。

「そんなの関係ないの。自分にとっていい人か、悪い人かっていうのはどうでもいい。大事なのは、相手が『どういう立場にいて、何ができる人なのか』ということなんだ。だから肩書きを見る。そして、その人と、これからどのような仕事ができるのかを客観的に判断する」(P.27「第1章 自分を捨てて他者を真似る」)

好き嫌いという個人の主観は、共同で事業を進める上では全く不要な要素であると切り捨てられている。

重要なのは、その人物が社会的な構造の中でどのような肩書きを持ち、具体的にどのような機能や能力を有しているかという事実のみである。

相手の立場を正確に把握し、自分との組み合わせによってどのような化学反応を起こし、どんな成果を生み出せるのかを計算する。

この考え方は非常に合理的であり、ドライで冷たいように感じるかもしれないが、実は非常にフェアな態度の表れでもある。

感情に振り回されないこの冷静な判断力と思考の姿勢は、複雑な利害関係が絡み合うプロジェクトを成功に導くための必須条件と言えるだろう。

自己実現の罠と心の健康の維持

現代社会は、個人のモチベーションや自己実現を過度に賛美する傾向がある。

自分のやりたいことを見つけ、情熱を持って取り組むことが素晴らしい人生であるというメッセージが溢れている。

しかし、自分自身の内面ばかりに目を向けることは、思いもよらない危険性を孕んでいる。

よく鈴木さんは、「自分のことばかり考えている人が、鬱になるんだよ」と言っていました。自分のモチベーションとか、成功とか、自己実現とか、そういうものにこだわりすぎる人は、どんどん心が狭くなる、というのです。(P.43「第1章 自分を捨てて他者を真似る」)

この言葉に、耳が痛くなる思いをする人も少なくないはずだ。

自分だけの成功や利益、あるいは自分の感情の起伏にばかり焦点を当てていると、世界はどんどん狭くなっていく。

思い通りにならない現実に対して不満が募り、結果的に自らの心を追い詰めてしまうのだ。

自分自身への過度な執着を手放し、他者や社会という外部の世界に意識を向けること。

それは単なる道徳的な教えではなく、過酷な環境の中で自分自身の精神の健康を守るための、非常に実践的な防衛手段になり得る。

視界を広げることで心にも余裕が生まれ、結果的に周囲との摩擦も減り、気持ちが驚くほど楽になるというメカニズムが存在するのだ。

圧倒的な作業量がもたらす確率の魔法

クリエイティブな分野においては、閃きや才能といった目に見えない要素が重視されがちである。

一つひとつの作品に魂を込め、じっくりと時間をかけて完璧なものを生み出すべきだという美学も存在する。

しかし、現実の厳しい競争社会において結果を出し続けている人々は、異なる法則に従って動いている。

本書に登場する作曲家からの金言は、芸術活動における生産性という観点から非常に興味深い。

ヒットメーカーと呼ばれている人ほど、作品数も多い、ということを教えてくれました。(P.48「第1章 自分を捨てて他者を真似る」)

音楽家である菅野祐悟(かんの・ゆうご、1977年~)から発せられたこの言葉は、極めて説得力がある。

数多くのプロデューサーたちと共同で仕事をし、最前線で活躍し続ける彼自身もまた、年間で数百曲という途方もない数の楽曲を制作しているのである。

これは、どんなジャンルにおいても、まずは多作であることが成功への大前提となるという厳しい現実を示している。

母数が増えれば増えるほど、市場のニーズと合致してヒットにつながる確率は数学的に上昇していく。

質の高いものを生み出すためには、まず圧倒的な量をこなすための体制構築と、それを維持するための強靭な体力が必要不可欠なのである。

自我を距離を置いて観察する技術

人は誰しも、自分の考えが一番正しいと思いたい生き物である。

特に経験を積み、ある程度の自信がついてくると、自分のやり方やこだわりに固執してしまう瞬間が必ず訪れる。

しかし、過去の成功体験に基づくこだわりは、環境の変化に対応する際の最大の障害にもなり得る。

著者は、自らのエゴが肥大化しそうになった時、ある一つの事実を思い出すことで自分を戒めているという。

「日本でもっともすごい仕事をしている人たちが自分へのこだわりを捨てているのだから、この方法以外の道はない」(P.100「第1章 自分を捨てて他者を真似る」)

業界の頂点を極めたような天才たちでさえ、自らの小さなこだわりをあっさりと捨て去り、より良い結果のために柔軟に形を変えている。

その事実を前にすれば、自分自身のちっぽけな自我や主観など、いかに無価値であるかに気づかされるだろう。

ここで重要なのは、「自分を殺す」という自己否定の感覚ではなく、「自分を捨てる」という言葉のニュアンスである。

自分の思考や感情を無理に消滅させようとしたり、壊そうとするのではなく、ポンと横に置いておくような感覚。

自分自身の考えと一定の距離を置き、客観的な視点から事態を眺めるという技術が、そこには含まれている。

怒りを数値化してメタ認知を起動する

仕事を進める上で、理不尽なトラブルや他者のミスによって計画が頓挫することは日常茶飯事である。

そのような場面で、感情のままに怒りを爆発させても事態は好転しないばかりか、取り返しのつかない亀裂を生むこともある。

著者・石井朋彦が直面したあるトラブルに対する、師匠・鈴木敏夫の神業のような対応が紹介されている。

後日、その人から、きっちり補償に該当するお金を出させ、さらに次なる仕事の主導権も握ったことを知り、「さすがだなぁ」と感心したことを思い出します。(P.115「第2章 【実践編】鈴木敏夫が教えたエゴを手放す仕事のメソッド」)

決まっていたはずの大きな仕事が突然白紙になり、担当者に対して激しい怒りが込み上げた著者。

しかし、彼の師は至って冷静に状況を分析し、相手からしかるべき補償を引き出した上で、将来のイニシアチブまで獲得してしまったという。

このような離れ業は、感情に支配されていては到底成し遂げられない。

では、どのようにしてその冷静さを保つのか、具体的なメソッドが示される。

「石井さ、今日から怒りに10段階のランクをつけな。カーッとなったら、今の自分の怒りは、1年間で、どれくらいのレベルなのかを考える。だいたい、1か2だってことに気づくから。そしたら、感情的にならず、顔にも出さず、落ち着いて対応すればいいの」(P.117「第2章 【実践編】鈴木敏夫が教えたエゴを手放す仕事のメソッド」)

怒りという捉えどころのない感情を、1から10までの数値に置き換えて評価する。

1年間という時間軸の中で比較することで、目の前の出来事を相対化し、客観視するための見事なアプローチである。

自分の内側で燃え上がる感情を、まるで他人のことのように観察するメタ認知の能力。

これを実践するのは容易ではないが、訓練によって習得可能な技術である。

もっとも、このような強気な交渉を行うためには、日頃から相手との間に明確な力関係や信頼関係を構築しておく必要がある。

あるいは、不誠実な相手とは早々に関係を断ち切るという経営的な判断も、時には必要になってくるだろう。

ちなみに鈴木敏夫が言うには、本当に怒るのは、1年間で2回ほどの頻度とのこと。

それも単に怒るのではなく、物事を前向きに動かす目的で怒るのだと言う。

偉大なる先人たちの背中と話芸の真髄

模倣の連鎖は、世代を超えて受け継がれていくものである。

著者が師匠を真似たように、その師匠にもまた、徹底的に真似をして背中を追いかけた偉大な先人が存在した。

日本のエンターテインメント業界を牽引してきた大物たちの系譜が、ここに垣間見える。

鈴木さんが、徹底的に真似をした人がいます。徳間書店創業者である、故・徳間康快社長。鈴木さんや宮崎さんが親しみを込めて「社長」と呼び、ジブリを支え続けた日本の出版・エンターテインメント界の大物です。(P.137「第2章 【実践編】鈴木敏夫が教えたエゴを手放す仕事のメソッド」)

あの大物プロデューサーが真似をした人物として、徳間康快(とくま・やすよし、1921年~2000年)の名前が挙がる。

彼がどれほどの魅力と器量を備えた人物であったか、容易に想像がつく。

佐高信(さたか・まこと、1945年~)の著書『メディアの怪人 徳間康快』や、映画ライターである金澤誠(かなざわ・まこと、1961年~)の著作『徳間康快 夢を背負って、坂道をのぼり続けた男』などを通じて、その破天荒な生涯を知ることができるかもしれない。

また、人とのコミュニケーションや話術を磨くための教材として、日本の伝統芸能である落語が取り上げられている。

鈴木さんにはよく、落語に連れて行ってもらいました。故・古今亭志ん朝さんや、柳家小三治さんの高座があるたびに誘っていただき、聴き終わったあとにお茶を飲みながらその日の噺について語る。(P.144「第2章 【実践編】鈴木敏夫が教えたエゴを手放す仕事のメソッド」)

古今亭志ん朝(ここんてい・しんちょう、1938年~2001年)や、柳家小三治(やなぎや・こさんじ、1939年~2021年)といった名人たちの高座に触れる機会。

そこで注目すべきは、本題のストーリーそのものよりも、その前段に語られる「枕」と呼ばれる雑談の部分であるという。

観客の心を掴み、場の空気を支配し、自然な流れで本題へと誘導していく高度な技術。

日常の会話や交渉事においても、この「枕」の重要性は計り知れない。

社会との接続と見られている自分の認識

どんなに素晴らしいアイデアや企画があっても、それが社会に受け入れられなければ自己満足で終わってしまう。

多くの人を巻き込み、莫大な資金を動かすプロジェクトにおいては、関係者全員が納得できる確固たる理由が必要となる。

出資者やクライアントに対して、どのようなアプローチをとるべきか、極めて実践的なプロセスが語られる。

「いまこの時代に、なぜこの作品をつくる意味があるのか」という、大義を必ず言語化してお伝えします。(P.152「第2章 【実践編】鈴木敏夫が教えたエゴを手放す仕事のメソッド」)

時代の空気感を読み取り、自分たちの作ろうとしているものが社会に対してどのような価値を提供するのか。

その大義名分を曖昧な感覚のままにしておかず、誰もが理解できる明確な言葉として整理しておくことが決定的に重要である。

そして、その大義を相手の文脈にどう接続していくかというテクニックが続く。

「いまおっしゃった御社の目標と、ぼくたちがつくろうとしている作品とは、大きな関わりがあるように思います」(P.153「第2章 【実践編】鈴木敏夫が教えたエゴを手放す仕事のメソッド」)

相手の抱えている課題や事業目標と、自分たちが掲げる大義が交差するポイントを見つけ出す。

そこを突破口として解説を加えていくことで、単なる提案は、相手にとっても必要な必然性を帯びたプロジェクトへと昇華する。

共感を生み出し、納得を引き出し、最終的に出資や協力という行動へと繋げていくための、見事な論理展開である。

さらに、社会の中で自分がどのような立ち位置にいるのかを把握するための、厳しい教訓が提示される。

「自分が見られたい自分」よりも「人が見ている自分」が自分なのです。つまり、仕事を進めるためには、他者から見た自分を知らなければならない。それが鈴木さんの言う「社会的バランス」の答えでした。(P.169「第2章 【実践編】鈴木敏夫が教えたエゴを手放す仕事のメソッド」)

私たちが抱くセルフイメージと、外部の人間が客観的に評価するイメージには、常に大きな乖離が存在する。

自分が社会に向けて何かを主張した時、それが世間に通用するのかどうか。

相手がこちらの意見を受け入れる耳を持っているかどうかを推し量るためには、徹底した下準備と自己客観視が必要となる。

自分が言いたいから言う、主張したいから主張するというのは、単なる子供のわがままに過ぎない。

他者の目に映る自分の姿を冷酷なまでに直視し、社会的なバランス感覚を養うことの難しさと重要性が、ここに集約されている。

関係を修復するためのたった一度の真剣勝負

仕事をしていく中で、取り返しのつかないようなミスを犯してしまったり、相手の逆鱗に触れてしまうことは誰にでも起こり得る。

そのような絶体絶命の危機において、どのように謝罪し、関係を修復すべきか。

ここでもまた、人間の心理の深層を突いたような、究極のコミュニケーション術が明かされる。

「会って謝ることのメリットってわかる? 人は、面と向かったら、怒りを相手にぶつけられないものだよ。その隙を突いて、本気で謝る。相手の目を見て、1回。真剣勝負。それで許してもらえなかったら、時間をおくしかない」(P.232「第3章 【実践編】自分を捨てると人が見える」)

メールや電話といった便利なツールに逃げず、あえて直接相手の懐に飛び込んでいく。

人間の持つ根源的な性質を利用し、面と向かった際の心理的な障壁を逆手にとるという手法である。

何度もダラダラと繰り返し謝罪するのではなく、全ての誠意を込めて1回だけの真剣勝負に出る。

小手先のテクニックや言い訳を一切排除したこの潔い態度は、最終的に事態を丸く収めるための最も確率の高い方法なのだろう。

いざという時のために、この究極の危機管理術を心の片隅に留めておくことは、決して無駄にはならないはずだ。

全体を通しての個人的な見解と総括

ここまで本書のエッセンスを様々な角度から紐解いてきた。

総じて言えば、得られるものの多い、示唆に富んだ書籍であると評価できる。

全てを手放しで絶賛できるわけではないが、スタジオジブリという特異な組織の裏側や、そこで繰り広げられる人間模様に関心のある読者にとっては、非常に魅力的な内容となっている。

著者である石井自身のパーソナリティよりも、彼というフィルターを通して観察された巨大な才能たちの生態記録としての価値が高い。

文面から滲み出る著者の自我の強さが、かえって「自分を捨てる」ことの困難さと、それゆえの重要性を逆説的に証明しているようにも感じられた。

自己顕示欲が肥大化しやすい現代において、あえて他者に染まり、自分を消し去ることで見えてくる新しい景色がある。

本書に記された数々のメソッドは、複雑な人間関係の中を生き抜くための、強力な武器となるだろう。

もしあなたが現状に行き詰まりを感じているのなら、一度立ち止まり、自らのエゴをそっと傍らに置いてみてはいかがだろうか。

書籍紹介

関連書籍

関連スポット

三鷹の森ジブリ美術館

三鷹の森ジブリ美術館は、東京都三鷹市の井の頭恩賜公園西園内にある、アニメーション美術館。

公式サイト:三鷹の森ジブリ美術館

ジブリパーク

ジブリパークは、愛知県長久手市の愛・地球博記念公園内にある「スタジオジブリ」の世界を表現したテーマパーク。

公式サイト:ジブリパーク