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清水亮『最速の仕事術はプログラマーが知っている』要約・感想

清水亮『最速の仕事術はプログラマーが知っている』表紙

  1. 情報の発信と物理的な移動
  2. コミュニケーションの取捨
  3. 戦略の多角化とリスク分散
  4. トレードオフの合理的決断

清水亮の略歴・経歴

清水亮(しみず・りょう、1976年~)
プログラマー、ライター、実業家。
新潟県長岡市の生まれ。新潟大学附属長岡小学校、新潟県立国際情報高等学校を卒業、電気通信大学電気通信学情報工学科夜間主コースに入学。
バンダイの子会社、アメリカのマイクロソフト、ドワンゴなどでの勤務も。
株式会社ユビキタスエンターテインメント、 ギリア株式会社を設立。

『最速の仕事術はプログラマーが知っている』の目次

はじめに
CHAPTER1 速くてムダのないシンプル仕事術
1 辞書登録でメールを5秒で送信
DRY(Don’t Repeat Yourself)
2 タイピングを見直して生産性3割アップ
かな入力と親指シフトキーボード
3 主語・動詞・目的語で 議事録は書け
PIE(Program Intently and Expressively)
4 紙の資料でもリンクを張れ
KISS (Keep It Simple, Stupid!)
5 長文にWordを使うな
テキストエディタとMarkdown記法
6 企画を宇宙戦艦にするな
YAGNI (You aren’t gonna need it)
7 プレゼン資料は直前に書け
新製品発表会とライブコーディング
COLUMN1 エジソンは手抜きの天才だった

CHAPTER2 頭がクリアになる情報の整理法
1 情報を覚えておく時代はもう終わった
ユビキタスキャプチ
2 情報の整理は見出しのつけ方が9割
データ構造
3 目当てのファイルが瞬時に見つかるタイトルづけ
ディレクトリとツリー構造
4 1秒でスクショ、2秒で共有
Gyazo(ギャゾー)
5 書類トレイの2つのモード
FIFO(先入れ先出し)とLIFO(後入れ先出し)
6 フォルダに穴を開けて取り出さずにサインする
最適化とループ処理
7 Webに本当に大事な情報は載っていない
Webの発達と情報の格差
8 Googleの本当の使い方
検索ツールとInternet Archive
9 一次情報を集める最も効率のいい方法
情報発信とインターネットワーク
10 クリエイティビティは 移動距離に比例する
ゲームクリエイターの教え
COLUMN2 数学少年カールとアルゴリズム

CHAPTER3 致命的なミスを防ぐ賢いダンドリ
1 危機を事前に察知するプログラマーの本能
デバッグ
2 外部チェックを入れて大失敗を回避する
社外取締役とテストエンジニア
3 簡単なタスクをど忘れしないためのリマインダー
バグ追跡システム
4 そつのない幹事の思考法
アーキテクチャとダンドリ
5 匿名チャットで経営会議
FlatとSlack
6 問題解決は切り分けることから始まる
原因特定プロセス
7「順調です」は信じない
産業スパイとプロジェクト管理
8 想定外を想定しておく
フェイルセーフ
9 今日と明日に急な予定は入れない
プリフェッチ
10 客からの電話には出ない
デメテルの法則とシリアライズ
COLUMN3 独身OLとループの最適化

CHAPTER4 チームの成果を最大化する仕組み
1 好かれるリーダーよりやりきるリーダーになれ
「オフィサー」の意味
2 他人を思い通りに動かすスキル
προγραμμα(プログランマ)
3 リーダーは「働いたら負け」
cosθ・F
4 仕事は細分化してラインをつくれ
パイプライン処理とマルチスレッディング
5 二択の賭けにはどっちにも張る
投機的実行
6 進捗会議はチャットで同時書き込みさせろ
マルチスレッディング式会議
7 褒める叱るも合理的にやれ
強化学習
8 8時間に6つ製品を作らせてみる
ハッカソンと遺伝的アルゴリズム
9 なぜ行動基準がわかりやすいリーダーが成功するのか?
Googleの人事考課
COLUMN4 ルームシェアと負荷分散

CHAPTER5 視野を広げてビジネスを設計する
1 お金を多次元で捉える
ぼかし処理とスケーラビリティ
2 潔く選択肢を捨てる
トレードオフ
3 取締役には2種類ある
フレームワークとライブラリ
4 ビジネスの構造を理解・設計する
アーキテクト
5 プログラマーは未来を予見する
イノベーション
COLUMN5 ハックが最速化のすべてである
あとがき

『最速の仕事術はプログラマーが知っている』の概要・内容

2015年7月31日に第一刷が発行。クロスメディア・パブリッシング。222ページ。電子書籍。

副題的に「Programmer’s SPEED HACKS」。

帯的に「なぜ今、ビジネスの頂点にプログラマーあがりの人たちが君臨しているのか?」。「仕事の常識をくつがえす超効率的な41のワザ」とも。

『最速の仕事術はプログラマーが知っている』の要約・感想

  • 情報の渦に溺れないための思考法
  • コミュニケーションの要諦は「とらない」勇気
  • プログラムの語源が示す「人を動かす」力
  • 戦略とは「両方に張る」生き残り術
  • 5億円を捨てた男の「トレードオフ」思考
  • まとめ:10年後も色褪せない、思考のOS

仕事の速さが、人生の質を決める。

現代社会において、効率的にタスクをこなし、時間を創造することは、もはや単なるスキルではなく、豊かな人生を送るための必須条件である。

もしあなたが、日々の業務に追われ、本来やるべき創造的な活動に時間を割けていないと感じているなら、本書はまさに羅針盤となるだろう。

今回紹介するのは、清水亮(しみず・りょう、1976年~)による一冊、『最速の仕事術はプログラマーが知っている』である。

彼はプログラマーであり、実業家として、数々のプロジェクトを成功に導いてきた人物だ。その思考の根幹には、コンピューターサイエンスに基づいた合理的で無駄のないアプローチが存在する。

本書は、単なる小手先のテクニック集ではない。

プログラマーが長年にわたって培ってきた問題解決と思考のフレームワークを、私たちの日常業務に応用可能な形で提示してくれる。

この記事では、本書の核心的なエッセンスを抽出し、あなたの仕事と人生を劇的に変える可能性のある知見を、深く掘り下げて紹介していきたい。

本書を読み解くことで、なぜ一部の人間が驚異的なスピードで成果を出し続けるのか、その秘密の一端に触れることができるはずだ。

天才プログラマーと評される清水亮の思考法を学び、あなた自身の生産性を飛躍的に向上させる旅を始めよう。

情報の渦に溺れないための思考法

現代は、情報過多の時代である。スマートフォンを開けば、無限とも思える情報が流れ込んでくる。

しかし、その情報の渦の中で、本当に価値のある情報、すなわち「一次情報」にたどり着くのは容易ではない。

著者の清水亮は、この点について極めて重要な指摘をしている。

インターネットに公開されている情報は、公開者がそれなりの金銭的・時間的コストを支払って公開しているものだけである。 ということは、インターネットに公開されている情報は、情報の受信者のためではなく、情報発信者のために作られているのだ。(P.833「CHAPTER2 頭がクリアになる情報の整理法」)

この一節は、私たちが日常的に接する情報の性質を鋭く突いている。

確かに、ウェブ上のコンテンツの多くは、広告収入や自社製品の販売、あるいはブランディングといった、発信者側の都合や目的に基づいて構築されている。

受信者である私たちは、その発信者の意図というフィルターを通して情報を受け取っているに過ぎない。だからこそ、本当に自分が必要とする核心的な情報にたどり着くのが難しいのだ。

検索エンジンで上位に表示される情報が、必ずしも最も正確で価値があるとは限らないのである。

では、どうすれば情報の受け手という立場から脱却し、良質な情報を効率的に収集できるのか。清水亮は、逆転の発想を提案する。

それは、自らが「情報発信者」になることだ。

自分の専門分野や興味のあることについて積極的に情報を発信し始めると、不思議なことに、同じ分野の専門家や、より質の高い情報を持つ人々が自然と集まってくる。

SNSでの発信、ブログの執筆、あるいは勉強会での登壇。

どのような形であれ、自分がハブ(中心)となって情報が行き交う場を創り出すことで、受信者でいるだけでは決して得られなかったであろう情報にアクセスできるようになるのだ。

さらに清水亮は、物理的な移動の重要性を説く。特に、海外のカンファレンスやイベントに足を運ぶことの価値を強調する。

日本人が少ない場所にあえて身を置くことで、自分の存在が際立ち、希少な情報や人脈に触れる機会が格段に増えるという。

もちろん、誰もが気軽に海外へ行けるわけではない。その場合でも、方法は存在する。

例えば、新宿のゴールデン街のような、特定の業界の人々が集まる場所に足を運んでみる。そこでは、ウェブ上には決して流れてこない、生々しく、価値のある情報が交換されている可能性がある。

興味深いのは、移動手段に関する考察だ。彼は、移動はゆっくりであればあるほど良いと述べる。

飛行機での移動は、出発地と目的地という「点」を結ぶに過ぎない。

しかし、例えばヨーロッパの都市間をあえてレンタカーで移動することで、その道中で予期せぬ発見や出会いが生まれる。

視点を強制的に変化させることが、新たな気づきや創造性を刺激するのだ。

飛行機より電車、電車より自動車、自動車より自転車、そして自転車より徒歩。移動の速度を落とすことで、解像度高く世界を捉え、より多くの情報を吸収できる。

この「移動距離は創造性に比例する」という考え方は、単なる精神論ではない。

環境を変え、普段と違う刺激を脳に与えることが、新しいアイデアを生み出すトリガーになることは、多くの研究でも示唆されている。

清水亮がAI開発の分野でも注目される背景には、こうした常識にとらわれない情報収集術と、それを支える行動力があるのかもしれない。

コミュニケーションの要諦は「とらない」勇気

「仕事においてコミュニケーションは重要だ」という言葉は、誰もが一度は耳にしたことがあるだろう。

報告・連絡・相談を密にし、円滑な人間関係を築くことが、プロジェクト成功の鍵だと信じられている。

しかし、清水亮は、その常識に一石を投じる。

コミュニケーションは、とることと同じくらい、「とらない」ことが重要だと喝破するのだ。

情報を意図的に制約することによって、理想的なコミュニケーション状態を創り出したのだ。ソフトウェア高額の世界では「デメテルの法則」として知られる手法である。
よく、「コミュニケーションをとることが大事」と言われる。
しかし実際には、コミュニケーションをとることと同じくらい、とらないことが重要なのである。(P.1353「CHAPTER3 致命的なミスを防ぐ賢いダンドリ」)

一見すると、これは矛盾しているように聞こえるかもしれない。

しかし、ここには深い洞察が隠されている。

本書で紹介されている「デメテルの法則(Law of Demeter)」とは、プログラミングの世界における設計原則の一つで、「最小知識の原則」とも呼ばれる。

簡単に言えば、「自分の直接の知り合いとだけ話すべきで、知り合いの知り合いと話すべきではない」という考え方だ。

これをビジネスの現場に置き換えてみよう。

例えば、あなたがチームリーダーで、メンバーAに特定の作業を依頼したとする。

しばらくして、クライアントからあなたに直接、「メンバーAの作業の進捗はどうなっていますか?」と電話がかかってきたらどうだろうか。

多くの人は、親切心からその場で答えようとするかもしれない。

しかし、それが混乱の始まりなのだ。あなたはAの作業の詳細を100%は把握していないかもしれないし、あなたの回答が、後でAがクライアントに伝える内容と食い違う可能性もある。

デメテルの法則に従うならば、この場合の正しい対応は、「その件については、担当のAから直接ご連絡させます」と伝え、コミュニケーションの窓口を一本化することだ。

これにより、情報の伝達経路がシンプルになり、誤解や錯綜が生まれる余地がなくなる。

清水亮は、顧客からの電話には原則として出ないという。

これは顧客を軽視しているわけでは決してない。電話という同期的なコミュニケーションは、相手の時間を一方的に奪い、自分の集中を強制的に中断させる。

それよりも、メールやチャットといった非同期的なコミュニケーション手段を用いることで、お互いが自分の最適なタイミングで情報を処理できるようになる。

結果として、コミュニケーションの総量は減るかもしれないが、その質は格段に向上する。無駄なやり取りが減り、本質的な議論に集中できる時間が増えるのだ。

これは、人間関係においても同様である。誰とでも広く浅く付き合うのではなく、コミュニケーションをとるべき相手と、そうでない相手を意識的に「制約」する。

どの情報を誰に伝え、どの情報は伝えないかを明確に区別する。この「選択と集中」こそが、健全で効率的なコミュニケーション環境を築く鍵なのである。

闇雲にコミュニケーションの量を増やすのではなく、その経路とタイミングを設計する。このプログラマー的思考は、情報が錯綜しがちな現代の職場において、極めて有効な処方箋となるだろう。

プログラムの語源が示す「人を動かす」力

リーダーシップとは何か。多くのビジネス書がこの問いを掲げ、様々な資質やスキルを説いてきた。

しかし、清水亮のアプローチは、その語源にまで遡ることで、本質をシンプルに捉え直す。

もともとプログラム、という言葉はギリシャ語で「公文書」を意味する「προγραμμα(プログランマ)」に由来する。(P.1504「CHAPTER4 チームの成果を最大化する仕組み」)

これは、多くの人にとって新たな発見ではないだろうか。

「プログラム」が、コンピューターのためだけにある言葉ではないという事実。その本質は、「公文書」―すなわち、ルールや指示を明確に記述し、他者に実行を促すもの―にある。

この語源を踏まえた上で、清水亮はプログラムを次のように定義する。

「自分のいないところで自分の思い通りに自分以外の存在を動かすこと」。これは、まさにリーダーシップやマネジメントの核心そのものである。

優れたリーダーは、自分が常に現場に張り付いて、細かく指示を出す必要がない。

彼らは、明確で合理的な「プログラム(=ルール、マニュアル、行動指針)」を策定し、チームメンバーがそれに基づいて自律的に動ける環境を構築する。

この「プログラム」が優れていれば、リーダーが不在でもプロジェクトは滞りなく進み、意図した通りの成果が生まれる。

逆に、プログラムが曖昧であったり、矛盾を抱えていたりすれば、メンバーは混乱し、リーダーは常にマイクロマネジメントに追われることになる。

つまり、他人を思い通りに動かすスキルとは、カリスマ性や弁舌の巧みさだけを指すのではない。

むしろ、誰が読んでも同じように解釈でき、実行可能な、論理的で再現性の高い「指示書」を作成する能力なのである。

この考え方は、チームの生産性を最大化するための具体的な仕組みへと繋がっていく。

例えば、仕事を細かく分解し、それぞれの工程を専門の担当者が流れ作業のように処理していく「パイプライン処理」。

これは、コンピューターが複数の命令を効率的に実行する仕組みを、人間のチームに応用したものだ。

リーダーの役割は、このパイプライン全体を設計し、どこかで滞り(ボトルネック)が発生していないかを監視することにある。

個々の作業に介入するのではなく、全体の流れがスムーズになるように「プログラム」を最適化し続けることが、リーダーの最も重要な仕事なのだ。

清水亮の評判を形作っているのは、こうした合理的で再現性の高い仕組み作りの巧みさにあるのかもしれない。

感情論や精神論に頼るのではなく、あくまでロジカルに、チームの力を最大限に引き出す。このプログラマー的視点こそ、現代のリーダーに求められる新たな資質と言えるだろう。

戦略とは「両方に張る」生き残り術

ビジネスの世界では、しばしば「選択と集中」が重要だと説かれる。

AかBか、二つの選択肢があれば、どちらか一方にリソースを集中投下し、リスクを取って大きなリターンを狙うべきだ、と。

しかし、清水亮は、その常識に真っ向から異を唱える。

真の戦略とは、AかBかのどちらかを選ぶことではなく、どちらに転んでも生き残るための方法論であるべきだと断言する。

モバイル業界の中では誰よりも早くiPhoneの世界に飛び込んだので、当然、批判もあった。「裏切り者」という人もいたし、「バーカ」と罵詈雑言を投げつけてくる人もいた。しかし筆者には信念があった。戦略とは、AかBどちらかに賭けるのではなく、どちらの場合でも生き残るための方法論であるべきだということだ。(P.1648「CHAPTER4 チームの成果を最大化する仕組み」)

この引用は、彼がまだガラケー(フィーチャーフォン)が主流だった時代に、いち早くiPhoneアプリ開発に乗り出した際のエピソードを語ったものである。

当時、彼の主戦場はガラケー向けのプラットフォームであり、iPhoneへの進出は、既存の業界からは「裏切り」と見なされ、激しい批判を浴びたという。

しかし、彼の行動は単なる博打ではなかった。これは、プログラミングの世界における「投機的実行(Speculative Execution)」という考え方に基づいた、極めて合理的な戦略だったのだ。

投機的実行とは、コンピューターが次にどの命令が実行されるか予測がつかない場合に、とりあえず両方のパターンの計算を先に始めておき、後で正しかった方の結果を採用するという高速化技術である。

どちらの道が正解かは分からない。だから、両方の道を同時に進んでおき、状況が明らかになった時点で不要な方を捨てればいい。

清水亮は、これをビジネス戦略に応用した。

ガラケーの時代が続くのか、それともiPhoneを中心としたスマートフォンの時代が来るのか。未来は誰にも予測できない。

だからこそ、彼はガラケー向けのビジネスを継続しつつ、同時にiPhoneアプリ開発という新たな可能性にも投資したのだ。

結果として、市場がスマートフォンへと劇的にシフトした際、彼は誰よりも早くその波に乗ることができた。もしスマートフォンが普及しなかったとしても、彼は既存のビジネスで生き残ることができたはずだ。

これこそが、「どちらに転んでも生き残る」戦略である。

これは、優柔不断とは全く違う。未来の不確実性を直視し、その不確実性そのものをリスクヘッジする、高度な戦略思考だ。

この考え方は、個人のキャリア戦略にも応用できる。

現在の仕事に安住するだけでなく、将来有望だと思われる新しいスキルを同時に学んでおく。あるいは、全く異なる分野の副業に挑戦してみる。

どちらか一方に全てを賭けるのではなく、複数の選択肢を持ち、環境の変化に柔軟に対応できる状態を常に維持しておく。

変化の激しい時代を生き抜くためには、一点突破の勇気だけでなく、両方に張っておくしたたかさもまた、必要不可欠なのだ。

5億円を捨てた男の「トレードオフ」思考

人生は、選択の連続である。何かを得るためには、何かを捨てなければならない。

この当たり前の事実を、私たちは「トレードオフ」と呼ぶ。

しかし、頭では理解していても、いざ大きな決断の場面で、失うものの大きさに囚われ、身動きが取れなくなってしまうのが人間というものだ。

清水亮は、このトレードオフとの向き合い方において、常人離れした決断力を見せる。彼の思考法を象徴するエピソードが、本書には記されている。

トレードオフに慣れていると、未練のようなものはあまり感じない。(P.1986「CHAPTER5 視野を広げてビジネスを設計する」)

この短い一文の背後には、驚くべき物語がある。

26歳の時、彼が所属していた会社は大きな成功を収め、その立役者の一人であった清水亮には、5億円相当のストックオプション(自社の株式をあらかじめ決められた価格で購入できる権利)が与えられた。

しかし、この権利はすぐに行使できるわけではなく、4年間にわたって分割して付与されるという条件が付いていた。

当時の彼は、その会社の仕事に情熱を失いかけており、もっと別の、新しい挑戦をしたいと考えていた。

目の前には、何もしなくても手に入る巨万の富。

しかし、そのためには、最も貴重な資産である「時間」と「情熱」を、興味の持てない仕事にさらに数年間も捧げなければならない。

あなたなら、どうするだろうか。

多くの人は、少なくとも権利の一部を現金化できるまでは、会社に留まるという選択をするのではないだろうか。しかし、清水亮の決断は違った。

彼は、その5億円の権利を全て放棄し、会社を辞めることを選んだのだ。

彼は、冷静にトレードオフを分析した。

失うものは、5億円という大金。しかし、得るものは、20代後半という二度と戻らない貴重な時間と、新たな挑戦に向かう自由だ。

彼は後者を選んだ。

そして、その経験が、後の起業やさらなる成功の礎となったことは想像に難くない。

この決断は、彼が「トレードオフに慣れている」からこそ可能だった。プログラマーは、常にトレードオフの中で生きている。

処理速度を上げようとすれば、メモリ消費量が増える。セキュリティを強固にすれば、利便性が損なわれる。

どちらか一方だけを最大化することはできず、常に何かを犠牲にして、最適なバランス点を見つけ出さなければならない。

この思考の訓練が、人生における重要な決断においても、感傷や未練を排し、合理的な判断を下す力となっているのだ。

重要なのは、「負けの部分」、つまり何を諦めるかを、決断の最初に明確に意識することだ。全てを手に入れることはできない。

物理の法則が作用と反作用で成り立つように、何かを得れば、必ずその対価を支払うことになる。その対価を冷静に見極め、納得した上で受け入れる。

この潔い選択の積み重ねが、結果的に人生の最適化に繋がり、後悔のない、密度の濃い時間を生み出す。清水亮というプログラマーの生き様は、まさにそのことを体現している。

彼の天才性は、単なる技術力だけでなく、この常人には真似のできない決断力にも支えられているのだろう。

まとめ:10年後も色褪せない、思考のOS

『最速の仕事術はプログラマーが知っている』の初版が2015年に世に出てから、10年以上の時が流れた。

技術のトレンドは目まぐるしく移り変わり、本書で紹介されている一部のツールやサービスは、今となっては少し古く感じられるかもしれない。

しかし、本書の価値は、そうした些末な点によって少しも損なわれてはいない。

なぜなら、この本が提供しているのは、流行り廃りのあるアプリケーションではなく、時代を超えて通用する普遍的な「思考のOS(オペレーティングシステム)」だからだ。

DRY(Don’t Repeat Yourself)、KISS(Keep It Simple, Stupid!)、YAGNI(You Aren’t Gonna Need It)といったプログラマーの原則は、私たちの仕事や生活における無駄を削ぎ落とし、本質的な部分に集中するための強力な指針となる。

情報収集、リスク管理、チームマネジメント、そして意思決定。本書で語られる思考法は、あらゆる知的生産活動に応用が可能だ。

著者の清水亮は、aiという文脈で語られることも多いように、AI開発の最前線で活躍する実業家でもある。

彼がこれほどまでに多岐にわたる分野で成果を出し続けられる根源には、本書で一貫して語られている、プログラマーとしての論理的で合理的な思考法があることは間違いない。

文章は非常に読みやすく、それでいて論理的。まるで、美しく書かれたプログラムのソースコードを読むかのように、すっと頭に入ってくる。

それは、著者が優れたプログラマーであると同時に、優れた書き手でもあることの証明だろう。

もしあなたが、日々の業務をより速く、より正確にこなし、創造的な活動のための時間を捻出したいと願うなら、本書は最高の投資となるはずだ。

プログラマーの思考法という新たなOSを自分の中にインストールすることで、世界の見え方は一変するかもしれない。

仕事術の本でありながら、その実、人生をどう設計し、どう生きるかという根源的な問いに対する、一つの明快な答えを示してくれる。

それが、本書『最速の仕事術はプログラマーが知っている』なのである。

ちなみに、同じくプログラマー出身者の「中島聡『なぜ、あなたの仕事は終わらないのか』要約・感想」の記事もオススメである。

 

書籍紹介

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