
書籍紹介
鈴木敏夫の略歴・経歴
鈴木敏夫(すずき・としお、1948年~)
映画プロデューサー、編集者。
愛知県名古屋市の生まれ。名古屋市立金城小学校、東海中学校・高等学校を経て、慶應義塾大学文学部社会・心理・教育学科社会学専攻を卒業。 徳間書店を経て、スタジオジブリに移籍。
『読書道楽』の目次
第1章 物語の誘惑
幼少期に四畳半で読んでいた少年漫画誌、児童文学。
第2章 小説への耽溺
思春期に読みふけった大衆小説の世界。
第3章 詩と言葉の魔法
大学時代、学生運動の最中に出会った詩と文学。
第4章 我々は何者か
社会人になって目覚めたジャーナリズム、ノンフィクション。
第5章 我々はどこから来たのか
高畑勲・宮崎駿と出会ってから読んだ日本文化論、文学。
第6章 我々はどこへ行くのか
深く交流してきた現代の作家、碩学たち。
取材に立ち会って
あとがき 一人二役
索引
『読書道楽』の概要・内容
2022年11月13日に第一刷が発行。筑摩書房。303ページ。ハードカバー。127mm×188mm。四六判。
展覧会「鈴木敏夫とジブリ展」で配布された文庫『読書道楽』を加筆修正し、単行本としたもの。
第1章の前には、インタビュアーの柳橋閑(やなぎばし・かん、1971年~)による「この本の成り立ち」という文章もある。
柳橋閑は、東京大学文学部を卒業、文藝春秋を経て独立。ジブリ関連書籍の構成を多数手掛けているライター。
「取材に立ち会って」は、展示会スタッフの出野龍郎の文章。
『読書道楽』の要約・感想
- 失われた論理と高度経済成長の影
- 青春期を彩った大衆小説の魔力
- 激動の時代と洗練された詩の響き
- 過酷な現実とノンフィクションの力
- 知の巨星たちと日本文化の深層
- 知の循環と快適な読書空間の創造
- まとめ:知の巨人たちを支えた巨大な山脈
世の中には無数の書物が溢れており、我々はその大海原の中で常に羅針盤を求めている。
そのような時に参考になるのが、他者の読書遍歴である。
今回は、ある一人の傑出した編集者であり映画プロデューサーの精神的な骨格を形成した読書体験の軌跡について、余すところなく語り尽くしたい。
対象となる書籍は、『読書道楽』である。
著者は、スタジオジブリを牽引してきた鈴木敏夫(すずき・としお、1948年~)だ。
愛知県名古屋市に生まれ、慶應義塾大学文学部を卒業した後に徳間書店で編集者として腕を振るい、のちにスタジオジブリへと移籍した彼の半生は、まさに活字と映像の歴史そのものと言える。
もともとは大規模な展覧会であった「鈴木敏夫とジブリ展」の会場で配布されていた文庫版の『読書道楽』に、大幅な加筆と修正を加えて単行本として世に送り出されたという特筆すべき経緯を持つ。
第1章の幕開けの前には、インタビュアーを務めた柳橋閑(やなぎばし・かん、1971年~)による「この本の成り立ち」という非常に興味深い案内文が配置されている。
柳橋閑は東京大学文学部を卒業後に文藝春秋を経て独立し、ジブリ関連書籍の構成を幾多も手掛けてきた熟練のライターであり、彼の的確な問いかけが鈴木敏夫の記憶の扉を見事に開け放っているのだ。
知的好奇心に満ちた若き学生から、日々の複雑な業務の最前線で闘う大人たちに至るまで、あらゆる層の知識欲を強烈に刺激する一冊となっている。
それでは、目次に沿ってその深淵なる読書の世界へと足を踏み入れていこう。
失われた論理と高度経済成長の影
最初の章では、幼少期に四畳半の空間で没頭した少年漫画誌や児童文学の記憶から、次第に社会の構造へと眼差しが向かっていく過程が描かれている。
戦後日本の復興から高度経済成長期という激動の時代において、日本社会がいかなる構造を持っていたのかを深く理解する手がかりとなった書物が紹介される。
そういう日本社会の構造とか、高度成長とは何だったのかということを、大人になってあらためて教えてくれたのが社会学者の上野千鶴子さんの本ですね。(P.20「第1章 物語の誘惑」)
上野千鶴子(うえの・ちづこ、1948年~)の緻密な社会学的考察は、日本の家族制度や貧富の格差のメカニズムを鋭く解き明かしている。
鈴木敏夫と上野千鶴子は奇しくも同い年であり、同じ時代空気を吸いながら育ってきたという共通項がある。
鈴木敏夫は幼少期に小学3年生で家庭教師をつけてもらい、名門である私立の東海中学校・高等学校を受験できるという、極めて恵まれた経済的・文化的環境で育った事実を後年になって冷静に自覚している。
無数の本を買い与えられる環境にあった彼が、『近代家族の成立と終焉』や『戦後日本スタディーズ』といった上野千鶴子の冷徹な分析に触れることで、自らの恵まれた立ち位置を相対化し、マクロな視点で日本社会の歪みや貧富の差の構造を腑に落としていった過程は非常にスリリングである。
また、日本の教育制度の歴史的変遷についても鋭い指摘がなされている。
明治時代に入ってから森有礼が初代文部大臣になっていろんな教育制度をつくるでしょう。そこで『論語』を外したんですよね。だから、それ以降の教育を受けた人たちは論理性を失っていく。(P.28「第1章 物語の誘惑」)
近代日本の教育の基礎を築いた森有礼(もり・ありのり、1847年~1889年)が、西洋化を急ぐあまりにカリキュラムから『論語』という東洋の古典的教養を排除してしまった歴史的背景に触れている。
歴史学の観点から考察すれば、明治維新以前の武士階級や知識人たちは『論語』をはじめとする四書五経を徹底的に素読し、確固たる倫理観と論理的思考の基盤を形成していた。
その蓄積があったからこそ、近代化の荒波を乗り越え、日清戦争や日露戦争という国家存亡の危機をギリギリのところで凌ぐことができたという見方が成り立つ。
しかし、『論語』による道徳的かつ論理的な思考訓練を失った世代が国家の中枢を担うようになった結果、中国大陸への泥沼の進出や、無謀極まりない太平洋戦争への突入といった致命的な過ちを犯してしまったのではないかという仮説は、深く考えさせられるものがある。
国家の意思決定プロセスから論理性が欠落していく恐怖は、現代社会の組織経営においても決して対岸の火事ではない。
青春期を彩った大衆小説の魔力
思春期を迎えると、読書の対象はより広範な大衆小説へとシフトしていく。
未知の世界への憧れや、自我の形成に多大な影響を与えた作品群が次々と登場する。
『赤毛のアン』ともうひとつ、中学時代に読んで印象に残っているのが吉川英治の『宮本武蔵』ですね。これもおもしろくて、一日一巻の勢いで読んだ。(P.67「第2章 小説への耽溺」)
ここで驚かされるのは、鈴木敏夫の圧倒的な読書スピードと物語世界へ没入する凄まじい集中力である。
吉川英治(よしかわ・えいじ、1892年~1962年)の長大な名作『宮本武蔵』を一日一巻のペースで読破していくエネルギーは、規格外だと言わざるを得ない。
ルーシー・モード・モンゴメリー(Lucy Maud Montgomery、1874年~1942年)の『赤毛のアン』からは純粋な物語が持つ根源的な力を吸収し、『宮本武蔵』からは剣の道を通じた峻烈な死生観や哲学的な問いを無意識のうちに血肉化していったのだろう。
さらに、同時代の若者文化を象徴するような現代小説にも深く傾倒していく。
手に入るものは全部読んじゃった。そのぐらい好きでしたね。とくに『あいつと私』なんかを観ると、なんでぼくが東京へ行きたかったのか、慶応義塾大学へ入ったのか、すべてわかっちゃうんです。(P.73「第2章 小説への耽溺」)
彼は石坂洋次郎(いしざか・ようじろう、1900年~1986年)をはじめとして、獅子文六(しし・ぶんろく、1893年~1969年)や源氏鶏太(げんじ・けいた、1912年~1985年)といった昭和を代表する流行作家たちの作品を片っ端から読み漁っていた。
大衆の欲望や憧れを巧みに掬い取る彼らの小説の多くに目を通すことは、のちのプロデューサーとしての嗅覚を養う上で不可欠なプロセスだったに違いない。
特に石坂洋次郎の『あいつと私』は、大スターである石原裕次郎(いしはら・ゆうじろう、1934年~1987年)の主演で映画化もされ、当時の若者たちの心を強烈に揺さぶった作品である。
石坂洋次郎自身が慶應義塾大学を卒業しており、石原裕次郎も同大学を中退ではあるが通っていたという事実が、地方に住む一人の青年に東京という都市と慶應義塾大学への鮮烈な憧憬を抱かせるには十分すぎる引力を持っていた。
文学や映画というメディアが、個人の進路や人生の選択にいかに決定的な影響を及ぼすかを示す好例であり、社会学的なメディア効果論の観点からも極めて興味深いエピソードである。
激動の時代と洗練された詩の響き
大学時代に進むと、時代はまさに学生運動の熱狂の渦中にあった。
政治の季節の中で、彼はどのような言葉を求め、どのような文学に救いを見出していたのだろうか。
新田次郎は好きだったなあ。ほとんどぜんぶ読んだと思う。(P.100「第3章 詩と言葉の魔法」)
過酷な自然と対峙する人間の姿や、緻密な気象学的描写で知られる新田次郎(にった・じろう、1912年~1980年)の作品を全巻読破していたという事実は、非常に共感を覚える。
私自身も新田次郎の描く山岳小説や歴史小説が持つ、冷徹なまでのリアリズムと人間の崇高な意志の力に魅了されてきた一人だからである。
一方で、言葉の純度を極限まで高めた詩の世界への扉も叩いている。
でも、自分ではどっちを選ぶかと言われたら、茨木のり子のほうか。説得力があるから。詩の読み方を教えてくれる、すごく豊かな本ですね。(P.107「第3章 詩と言葉の魔法」)
前衛的で挑発的な寺山修司(てらやま・しゅうじ、1935年~1983年)の『戦後詩 ユリシーズの不在』と比較した上で、茨木のり子(いばらぎ・のりこ、1926年~2006年)の『詩のこころを読む』を高く評価している。
茨木のり子の紡ぐ言葉には、戦後の焼け野原から立ち上がった人間の凛とした強さと、生活に根ざした圧倒的な説得力があり、それが鈴木敏夫の精神の琴線に触れたのだと推測できる。
なお、この『詩のこころを読む』という名著は、長年の盟友となる高畑勲(たかはた・いさお、1935年~2018年)から知ったという経緯が別の著作で明かされており、知と知の幸福な連鎖を感じさせる。
また、時代小説への愛着も深く語られている。
それから、藤沢周平はオール讀物新人賞を獲ったとき(1971年受賞)からファンですね。その人はぼくからすると山本周五郎の後継者なんですよ。(P.130「第3章 詩と言葉の魔法」)
庶民の哀歓を見事に描いた山本周五郎(やまもと・しゅうごろう、1903年~1967年)の全作品を読み終えた直後、まるで運命のようにデビューした藤沢周平(ふじさわ・しゅうへい、1927年~1997年)の作品に出会い、その系譜を瞬時に見抜いた審美眼には感服する。
さらに剣豪小説で一世を風靡した柴田錬三郎(しばた・れんざぶろう、1917年~1978年)の作品なども狂ったように読み耽っていたという。
しかし、多忙を極める仕事の波に呑まれる中で、いつまでも虚構の時代小説の世界に安住していてはいけないという自戒の念を抱き、徐々に読む本のジャンルを変化させていく過程は、自己の成長を客観的にマネジメントする視点を感じさせる。
過酷な現実とノンフィクションの力
社会人となり、編集者としてのキャリアを本格的に歩み始めると、その関心は同時代の社会事象やジャーナリズム、ノンフィクションの領域へと鋭く切り込んでいく。
現実の社会が抱える矛盾や、日本人の精神構造の深層に対する厳しい批判精神も垣間見える。
―― 特攻とか戦争を美化して描こうとする人たちはいまでもいますよね。
鈴木 百田尚樹なんかもそうなんでしょう。
―― 散る美学とか自己犠牲みたいなものを称揚する傾向が日本人にはある気がします。
鈴木 ぼくはそういうの大嫌いなんです。(P.163「第4章 我々は何者か」)
この率直な発言は、彼の思想的な立ち位置を明確に示している。
百田尚樹(ひゃくた・なおき、1956年~)のベストセラー小説に対する違和感、そして日本社会に根深く存在する「散る美学」や「自己犠牲」を無批判に礼賛する風潮に対する強烈な忌避感である。
私自身も『永遠の0』などの作品に触れた際、合わない部分を感じていたため、この鈴木敏夫の感覚には深く頷けるものがある。
もちろん、国家の命令によって命を落とさざるを得なかった特攻隊の青年たち個人に対する純粋な哀悼と敬意は決して忘れてはならない。
しかし、その悲劇的なシステムそのものを美的な消費の対象とすることには、倫理的な観点から慎重になるべきだろう。
そうした厳しい社会認識を培う基盤となったのが、ジブリに移籍した直後の狂気じみた読書体験である。
それで山のように読み始めましたね。夜中に家に帰ってきて朝まで読む。3時間しかなければ、2時間読んで1時間だけ寝る。そうやって生活リズムをつくっていったんですよ。(P.172「第4章 我々は何者か」)
徳間書店で編集長を務めていた時代は、毎晩のように夜の街へ飲み歩くことで人脈と情報を構築していたが、ジブリへの移籍を機にそのようなことがなくなり、浮いた時間をすべて活字の海へと投下したのである。
しかし、深夜に帰宅してからの3時間の睡眠時間のうち、2時間を読書に充てて1時間しか眠らないという生活リズムは、生理学的な限界を完全に超越している。
常人であれば、過酷な業務を終えて深夜に帰宅すれば泥のように眠ってしまうのが普通である。
だが、そこで知識を増やすための努力を継続できるというのは、まさに平均から大きく逸脱した体力お化けであり、異常値の存在証明である。
この狂気的なまでのインプットの量が、のちのスタジオジブリの黄金期を支える無尽蔵のアイデアの源泉となったことは疑いようがない。
知の巨星たちと日本文化の深層
高畑勲と宮崎駿(みやざき・はやお、1941年~)という、日本のアニメーション史に燦然と輝く二人の天才と対峙するためには、鈴木敏夫自身も自らの知の武装を限界まで高める必要があった。
そこで彼が挑んだのは、極めて高度な文化人類学や壮大な日本文学史の海図である。
ただ、気がついたときには加藤周一さんの全集を読み始めていた。しかも全巻を二回読み返してますからね。(P.183「第5章 我々はどこから来たのか」)
知の巨人として名高い加藤周一(かとう・しゅういち、1919年~2008年)の膨大な全集を、ただ読破するだけでなく二回も読み返すというエピソードには、ただただ絶句するほかない。
プロデューサーとしての多忙な日常業務をこなしながら、これほどまでに密度の濃い哲学・文学論の全集を反復して読み込む時間が一体どこに存在したのか、彼の時間管理術や情報の処理速度はもはや神懸かっているとしか表現できない。
そして、この途方もない読書の苦闘は、決して無駄にはならなかった。
結果的には、フランスのレヴィ=ストロース、そして日本の加藤周一。この二人のおかげで、ぼくの宮崎駿研究は強固になりました。(P.184「第5章 我々はどこから来たのか」)
クロード・レヴィ=ストロース(Claude Levi-Strauss、1908年~2009年)が提唱した構造主義の枠組みと、野生の思考や神話の構造に対する深い洞察が、宮崎駿の作品世界を読み解くための強力な理論的支柱となったのである。
鈴木敏夫は最初、宮崎駿という底知れぬ才能の全貌をまったく理解できなかったと述懐している。
西洋的な論理と近代的な知性を身につけていた高畑勲のほうが、まだしも理解可能な範疇の近代人であったのに対し、宮崎駿はアニミズム的な混沌と土着的な神話を内包する前近代的な怪物だったからだ。
その複雑怪奇な宮崎駿の脳内世界を客観的な言葉で言語化し、ビジネスとしての映画作品へと昇華させるためには、レヴィ=ストロースの文化人類学と加藤周一の日本文化論という最強の補助線が不可欠だったのだ。
最初にきちんと読み込んだのは『日本文学史序説』だったと思う。一番々読んだのもやっぱりこの本ですね。(P.187「第5章 我々はどこから来たのか」)
加藤周一の代表作である『日本文学史序説』は、私自身も書棚に迎え入れてはいるものの、その恐るべき骨太さと学問的深さに圧倒され、いまだに通読を果たせていない未読の山の一つである。
日本文学の歴史を外側からの視点を交えて体系的に論じたこの名著を一番読み込んだという事実は、彼がいかに日本という国の文化の成り立ちを根源から理解しようと努めていたかを如実に物語っている。
知の循環と快適な読書空間の創造
年齢を重ねていくにつれて、彼の読書のあり方はさらに自由で洗練されたものへと進化していく。
過去の偉大な古典や評論だけでなく、今を生きる現代の作家たちとの交流を通じて、常に最新の知性をアップデートし続けているのだ。
ジブリについては、自分の過剰な感情を語るとまずいから、誰かに客観的にまとめてもらったほうがいい。だから、聞き書きにする。一方、ジブリ以外の話については自分で原稿を書く。そう決めたんです。(P.277「第6章 我々はどこへ行くのか」)
かつて彼自身がスタジオジブリの軌跡について『仕事道楽』という著作を執筆したところ、他の一流出版社からも同様の出版依頼が殺到してしまった。
そこで彼は、自身の組織についての過剰な思い入れや主観的な感情が暴走することを防ぐため、ジブリの内部事情に関する書籍は信頼できる第三者による聞き書きのスタイルに限定。
それ以外の自由なテーマについては自らの筆で執筆するという明確なルールを定めた。
これは、組織の広報戦略と自身の表現活動のバランスを絶妙に保つ、極めて高度な経営管理的な判断である。
また、中年期以降は長らくノンフィクションや評論ばかりを読んでいた彼が、60代の後半に差し掛かって再び若い才能の眩惑的な小説世界へと回帰していく現象も興味深い。
読むものがなくなったのかな(笑)。というのは冗談で、細かく言うと、朝井リョウさんの場合は彼が東宝のサラリーマンだったときに、仲良くなっちゃったんですよ。(P.278「第6章 我々はどこへ行くのか」)
朝井リョウ(あさい・りょう、1989年~)が映画会社の東宝でサラリーマンとして働いていた時代に親交を結んだというエピソードは、映像業界と出版業界の幸福な交差点を示している。
朝井リョウをはじめとして、又吉直樹(またよし・なおき、1980年~)や、中村文則(なかむら・ふみのり、1977年~)といった現代日本文学の第一線を走る若手作家たちと対談を重ねることに。
親しく交流する中で、彼らの作品から新たな時代の空気や価値観を貪欲に吸収し続けているのである。
そして、膨大な書物と対峙するための物理的な空間づくりに関しても、究極とも言える贅沢な環境を構築している。
ぼくは恵比寿のマンションに隠れ家をいくつか持っているんだけれど、最近はいろんな部屋で読んでみて、感触を試しているんです。(P.286「第6章 我々はどこへ行くのか」)
東京都内の恵比寿にある同じマンションの内部に、複数の部屋を個人的な隠れ家として借り受け、気分や読む本の内容に合わせて部屋を移動しながら読書の感触を試しているというのだ。
空間の心理的な作用が人間の集中力や思考プロセスに与える影響は計り知れないが、それを実践するために複数の不動産を確保できるというのは、経済的な余裕がもたらす最高の贅沢である。
文章から推測すると、同じマンションに少なくとも5部屋ほど部屋を所有しているのではないだろうか。
異なる趣を持つ空間を回遊しながら、極上の活字の海を泳ぎ続ける彼の姿は、まさに読書という道楽の究極の到達点と言えるだろう。
まとめ:知の巨人たちを支えた巨大な山脈
本書を通読して得られた最大の収穫は、鈴木敏夫という人物が想像していた遥か高みを行く、桁違いの読書家であったという驚愕の事実である。
スタジオジブリという特異な組織の中では、宮崎駿や高畑勲という人類史に残るような圧倒的な知性と才能を持つ天才たちが常に隣にいた。
彼らが息をするように難解な専門書を読みこなし、深遠な哲学や歴史を語るあまりにも異次元な存在であった。
そのため、その影に隠れるようにして、鈴木敏夫自身は相対的にそれほど読書をしていない実務家のように見えてしまっていただけなのだ。
しかし、絶対的な基準で評価すれば、彼は間違いなく日本国内でもトップクラスの質と量を誇る恐るべき読書家である。
本書を通じて彼の歩んできた波乱万丈な半生と精神の成熟のプロセスを追体験できたことは、知的な興奮の連続であった。
また、彼が強い関心を寄せていた加藤周一の知の広がりや、在野の民俗学者である宮本常一(みやもと・つねいち、1907年~1981年)。
強靭な国際感覚を持った作家の堀田善衞(ほった・よしえ、1918年~1998年)。
そして中世社会史の常識を覆した歴史学者の網野善彦(あみの・よしひこ、1928年~2004年)。
このような偉大な先人たちの著作群に対しても、私の中で新たな興味の火が燃え上がっている。
一冊の良書が、次なる未知の書物への扉を次々と開いていく。
これこそが、終わりのない読書という道楽の真髄であり、我々が活字を手放すことができない最大の理由なのだと、本書は静かに、しかし力強く語りかけてくれるのである。
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