『岩壁の掟・偽りの快晴』新田次郎

新田次郎の略歴

新田次郎(にった・じろう、1912年~1980年)
小説家。
本名は、藤原寛人(ふじわら・ひろと)で、気象学者。
長野県諏訪郡上諏訪町角間新田(かくましんでん)の生まれ。
旧制諏訪中学校(現在の長野県諏訪清陵高等学校)、無線電信講習所本科(現在の電気通信大学の母体)、神田電機学校(現在の東京電機大学の母体)を卒業。
1956年に『強力伝』で直木賞、1974年に『武田信玄』等で吉川英治文学賞を受賞。
妻は、作家の藤原てい(ふじわら・てい、1918年~2016年)、次男は数学者の藤原正彦(ふじわら・まさひこ、1943年~)。

『岩壁の掟・偽りの快晴』の目次

岩壁の掟
偽りの快晴
薬師岳遭難
クレバス
翳りの山
岩壁の九十九時間
解説 大河内昭爾

概要

1975年5月30日に第一刷が発行。新潮文庫。380ページ。

長編1編、短編5編の合計6編がまとめられた山岳小説の作品集。

「岩壁の掟」…山の案内人となった男、そして過去。二人の女性クライマーの虚栄。無関係のものが絡み合い運命が定まる長編。“第一章 三人の登攀者”、“第二章 鴉の子”、“第三章 虚栄の岩場”といった三章から構成。舞台は、穂高岳(ほたかだけ)。

「偽りの快晴」…ゆっくりとした速度の台風の発生。雨の後に、快晴となる。サラリーマン登山家たちの悲劇の物語。舞台は、八ヶ岳(やつがたけ)。

「薬師岳遭難」…山や自然の中での気負い。他のグループとの競争意識。集団心理。それぞれの要素が不幸へと導いていく物語。舞台は題名通り、薬師岳(やくしだけ)。

「クレバス」…妻と産まれたばかりの赤ん坊。遭難救助のために出かける山岳熟練者の夫。人間の本性を対比させて描く物語。舞台は、巻機山(まきはたやま)。

「翳りの山」…死を求めて山に入った男。死に切れずに山の旅館を手伝う。戦争による翳り。男の過去。そして、死の物語。舞台は、谷川岳(たにかわだけ)。

「岩壁の九十九時間」…登山の途中で、他の登山者が宙づりに。救助に向かい夜を共に過ごす。不安、苦痛、疲労、幻想。不思議な物語ではあるが、爽やかな終わり方。舞台は、谷川岳。

解説は、文芸評論家の大河内昭爾(おおこうち・しょうじ、1928年~2013年)。鹿児島県鹿児島市の生まれ。早稲田大学第一文学部国文専修を卒業。

新田次郎も参加していた丹羽文雄(にわ・ふみお、1904年~2005年)が主宰の同人誌『文学者』に所属していた。

感想

新田次郎の山岳小説は、なかなか重苦しいものが多い。

というのも、自然そのものが、人間の生命など簡単に奪ってしまうくらいの脅威であるから。一瞬の判断が命取りとなる。

また、そのような極限状態に陥ったときの人間の心理。人間の業。といったものも描かれる。

そのような要因が積み上がり、重厚で、良い意味で、息苦しささえ感じるような作品が完成している。

息苦しささえ感じるということは、それほど現実性を帯びて読者に迫ってくる物語であるとの証明。

いやはや、本当に凄い。気象庁に勤務しながらも登山の愛好家であった新田次郎の経験が存分に活かされている。

基本的には、アンハッピーエンドの物語が多い。

最後にある「岩壁の九十九時間」という少し幻想的な物語だけが、爽やかな形で終わる。この著作の中では一番のお気に入り。

新田次郎ファンや山岳小説ファンであれば、オススメの著作である。

書籍紹介

関連書籍

関連スポット

穂高岳

穂高岳(ほたかだけ)は、飛驒山脈にある標高3190mの奥穂高岳を主峰とする山々の総称。主に長野県松本市と岐阜県高山市の境界に位置する。

八ヶ岳

八ヶ岳(やつがたけ)は、諏訪湖の東方にあり、長野県から山梨県へと南北に連なる火山。最高峰は標高2899mの赤岳(あかだけ)。

薬師岳

薬師岳(やくしだけ)は、富山県富山市の南東部に位置する標高2926mの山。

巻機山

巻機山(まきはたやま)は、新潟県南魚沼市と群馬県利根郡みなかみ町の境となる三国山脈にある標高1967mの山。

谷川岳

谷川岳(たにがわだけ)は、群馬県と新潟県の県境となる三国山脈にある山。谷川岳の頂部は二峰に分かれて、それぞれ標高1963mの“トマの耳”、標高1977mの“オキの耳”と呼ばれる。