『小説に書けなかった自伝』新田次郎

新田次郎の略歴

新田次郎(にった・じろう、1912年~1980年)
小説家。
本名は、藤原寛人(ふじわら・ひろと)で、気象学者。
長野県諏訪郡上諏訪町角間新田(かくましんでん)の生まれ。
旧制諏訪中学校(現在の長野県諏訪清陵高等学校)、無線電信講習所本科(現在の電気通信大学の母体)、神田電機学校(現在の東京電機大学の母体)を卒業。
1956年に『強力伝』で直木賞、1974年に『武田信玄』等で吉川英治文学賞を受賞。
妻は、作家の藤原てい(ふじわら・てい、1918年~2016年)、次男は数学者の藤原正彦(ふじわら・まさひこ、1943年~)。

『小説に書けなかった自伝』の目次

小説に書けなかった自伝
処女作のころ
投稿作家の四年間
直木賞受賞
昼の仕事 夜の仕事
方向づけに苦しむ
メロドラマ的作品
小説構成表を創る
労作必ずしも佳作ならず
視点を変えたヨーロッパ旅行
新聞小説について
岐路に立つ
役人として
ひそかに辞職の決心をする
夢に泣いた
自主的カンヅメになる
苦しかった二年間
散歩路
三つの実験小説
山岳小説の殻を出る
故郷を書く
孫が生れた
八甲田山死の彷徨
全集が出ると聞いて驚く
転換期を迎える
吉川英治文学賞受賞

年譜

わが夫 新田次郎 藤原てい
父 新田次郎と私 藤原正彦

概要

2012年6月1日に第一刷が発行。新潮文庫。289ページ。

新田次郎の様々な内面が描かれたエッセイ集。気象庁での昼間の仕事、帰宅後の小説の執筆についてなどの労苦などが素直な文体で書かれた随筆がまとめられている。

「小説に書けなかった自伝」、「新田次郎・年譜」は、『完結版新田次郎全集 第十一巻』(1983年4月、新潮社刊)を底本としている。

「わが夫 新田次郎」は『わが夫 新田次郎』(1981年4月、新潮社刊)、「父 新田次郎と私」は『新田次郎文学事典』(2005年2月、新人物往来社刊)を底本に仕上げられている。

目次及び上記にもある通り解説には、妻と子供によるもの。詳しくは以下。

「わが夫 新田次郎」では、新田次郎の妻であり、作家として『流れる星は生きている』で有名な藤原てい。

お見合い結婚をした二人。その出会いからの話が綴られている。

「父 新田次郎と私」では、新田次郎と藤原ていの夫婦の次男で、『国家の品格』など著作もある数学者の藤原正彦。

父との思い出が子供の立場から書かれている。新田次郎は気象庁の職員と小説家、藤原正彦は数学者とエッセイストとしての二足の草鞋という共通性について。

家族三人の文章を一度に味わえるというのも特徴。読み応えのある著作。

感想

昼間は気象庁の職員として働き、夜間には小説家として執筆活動に励んでいた新田次郎。

その時々に考えたこと、思ったこと、悩んだことなどについて書かれている、この『小説に書けなかった自伝』

非常に読みやすい文体で、思わずのめり込んでページを次々にめくっていってしまう。

私はこの原稿用紙への書き写しの作業をやってみて、既成作家がそれほど恐るべき競争相手ではないと思った。このくらいの文章なら、私にも書けるような気がした。(P.22「処女作のころ」)

何人かの作家の文章を研究するために、原稿用紙へとその作品を書き写してみた新田次郎。

上記のような感想を持ったという。

さらに色々な勉強にもなったようだ。文章の息の長さや句読点の打ちどころなど。

ただ、やはり、ある程度の自信があったから小説を書き始めて、その後の多くの著作が生れたのだろう。

「直木賞受賞」の文章も面白い。受賞前後についても興味深いが、最終的なオチが正賞のロンジンの腕時計について。

当時は、中央気象台の測量課の課長補佐の役職だった新田次郎。測量課は全国の気象器械を取り扱うのが仕事。

課内で一番、時計に詳しい男が言う。「二、三日中に止まりますよ、これ」と。

構成も筆致も素晴らしい。

また、驚いたのは、1955年に同時に直木賞を受賞したのが、邱永漢(きゅう・えいかん、1924年~2012年)。作品は『香港』で受賞している。

邱永漢のビジネス関連の著作は数多く読んでいるので、今度は小説も読んでみようと思う。

また、同時に芥川賞を受賞したのは、石原慎太郎(いしはら・しんたろう、1932年~2022年)。作品は『太陽の季節』で受賞。

ちょっと驚いた。なかなか凄い年だったようだ。

「労作必ずしも佳作ならず」では、新潮社の編集者・齋藤十一(さいとう・じゅういち、1914年~2000年)も登場する。

かなり、しごかれたようだ。

相手から頼まれて、難しいお題で書いたのに、何度もボツにされるという。

その時の労苦が語られている。本人としては、小説を書く上でのさらなる勉強になった時期として整理している。

だが読んでいても、その辛さというか、苦しさが伝わってくる感じが凄まじい。

ちなみに『鬼才 伝説の編集人 齋藤十一』にも、新田次郎が直面した厳しいエピソードが綴られている。

昼間の仕事のこと、夜間の作家の仕事のこと、とても楽しめる。

また、解説的な形で、妻の藤原てい、子供の藤原正彦の文章も最後に付記されている。

三人とも文章が上手いのも凄い。それぞれが、執筆業に携わっているから、当たり前といえば、当たり前ではあるが。

新田次郎ファンをはじめ、小説家に興味のある人、藤原ていや藤原正彦のファンなどにも、非常にオススメの作品である。

書籍紹介

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