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勝間和代『決算書の暗号を解け! ダメ株を見破る投資のルール』要約・感想

勝間和代『決算書の暗号を解け! ダメ株を見破る投資のルール』表紙

書籍紹介

  1. 貸借対照表の資産は「現在の価値」ではなく取得原価であり、多くは将来費用化する項目にすぎない。
  2. 利益より営業キャッシュフローを最優先し、利益とキャッシュの乖離(会計発生高)やROAで利益の質と効率を見抜く。
  3. 数字は業界の常識や全体のバランスで読み、のれん償却期間やIR資料のバイアスに注意する。
  4. 複数社の比較と一次情報(決算短信・有価証券報告書)を軸に、自分で分析する力を養う。

勝間和代の略歴・経歴

勝間和代(かつま・かずよ、1968年~)
経済評論家。
東京都の生まれ。慶應義塾中等部、慶應義塾女子高等学校、慶應義塾大学商学部を卒業。
早稲田大学大学院ファイナンス研究科専門職学位課程を修了。
JPモルガン、マッキンゼー、アンダーセンなどの外資系企業を経て独立。

『決算書の暗号を解け! ダメ株を見破る投資のルール』の目次

はじめに
第1章 会計利益を信じてはいけない!
第2章 財務諸表はこう読み解く
第3章 インチキ利益を見抜くための下準備
第4章 アナリスト目線で全体のイメージをつかむ
第5章 会計士目線で財務諸表を読みこなす
第6章 投資家目線で判断する
おわりに

『決算書の暗号を解け! ダメ株を見破る投資のルール』の概要・内容

2007年10月24日に第一刷が発行。ランダムハウス講談社。222ページ。ソフトカバー。148mm×210mm。A5判。

『決算書の暗号を解け! ダメ株を見破る投資のルール』の要約・感想

  • 貸借対照表が示す資産の本当の姿とは
  • 資産は将来費用となる項目の覚え書き
  • キャッシュフローという名の事実の記録
  • 真の成長企業を見極めるための二つの条件
  • 会計発生高という概念で利益の質を問う
  • キャッシュの明確な動きを炙り出す計算式の意味
  • 総資産経常利益率が鳴らす警告音を逃さない
  • すべての物事をバランスで考える分析の極意
  • ビジネスの常識に照らし合わせて数字を読む
  • 絶対的な価値を持つ営業キャッシュフロー
  • のれん代の償却期間に見え隠れする企業の意図
  • 監査対象外であるIR資料の甘い罠
  • 財務諸表の比較分析が生み出す読解力
  • バイアスを排除し一次情報に立ち返る勇気
  • 著者と強靭な知性を持つパートナーたちの存在
  • 財務分析の世界へ踏み出すための終わりのない旅

株式投資において、企業が発表する数字の波に飲み込まれそうになることはないだろうか。

売上高が過去最高を記録した、あるいは純利益が大幅に増加したという華々しいニュースを目にすると、私たちはついその企業の未来が明るいと信じ込んでしまう。

しかし、提示された表面的な数字だけを鵜呑みにすることは、羅針盤を持たずに荒波の海へ漕ぎ出すようなものである。

真の企業価値を見極め、投資の世界で生き残るためには、数字の裏に隠された事実を読み解く確かな技術が求められるのである。

そのための強力な武器となるのが、財務諸表という名の暗号を解読する力である。

本稿で取り上げるのは、経済評論家である勝間和代(かつま・かずよ、1968年~)が記した『決算書の暗号を解け! ダメ株を見破る投資のルール』という書籍である。

勝間和代は、慶應義塾大学商学部を卒業後、早稲田大学大学院ファイナンス研究科で専門職学位を取得した人物である。

さらに、外資系金融機関や大手コンサルティングファーム、世界的な会計事務所などの最前線で実務経験を積んできた、まさに会計と金融のプロフェッショナルである。

本書は、そんな彼女が長年の経験をもとに、個人投資家が陥りやすい罠を指摘し、プロの投資家が実践している企業分析のノウハウを惜しみなく公開した一冊となっている。

特に、難解に思われがちな決算書を、どのように読み解けば優良な投資先を見つけ出せるのかという点に焦点を当てている。

複雑な会計理論を振りかざすのではなく、極めて実践的かつ合理的なアプローチで、企業の真の実力を丸裸にしていく過程は非常にスリリングである。

ここでは、本書の核となる重要なメッセージを抽出しながら、決算書の正しい読み方と、そこに潜む落とし穴について深く考察していきたい。

投資初心者であっても直感的に理解できるように丁寧に解説を進めていく。

貸借対照表が示す資産の本当の姿とは

決算書を読むにあたり、多くの人が最初につまずくのが貸借対照表(バランスシート)の解釈である。

貸借対照表の左側には「資産の部」があり、ここには企業が保有している現金や不動産、機械設備などが金額とともに記載されている。

私たちは日常生活の感覚から、そこに書かれている金額こそが、その企業が現在保有している資産の「現在の価値」であると錯覚してしまいがちである。

しかし、勝間和代は本書の序盤で、この直感的な思い込みを鋭く打ち砕いている。

要するに、貸借対照表はあくまでも「会社が買ったときにその資産がいくらだったのか」ということを主に示すものなのです。(P.32「第2章 財務諸表はこう読み解く」)

この指摘は、会計における「取得原価主義」という極めて重要な原則を表している。

貸借対照表に記載されている金額は、あくまで購入当時の資産の金額であり、今現在の資産の市場価値を示しているわけではないのである。

つまり、今現在の資産の金額とは基本的に異なるという事実を、まずは強く認識しなければならない。

むしろ、時間の経過とともに機械は老朽化し、建物は劣化していくため、資産の価値は基本的に下がっている事が多いと考えるのが自然である。

最新型のスマートフォンを10万円で購入したとしても、3年後にそれを10万円で売却できないのと同じ理屈である。

企業が10億円で工場を建設したとしても、その工場が現在も10億円の価値を生み出せる保証はどこにもない。

貸借対照表の資産の部に並ぶ数字を絶対的な価値だと盲信することは、投資判断を大きく誤らせる危険性を孕んでいるのである。

歴史的に見ても、会計基準は企業が勝手に資産価値を膨らませることを防ぐために、客観的な事実である「いくらで買ったか」を記録するルールを採用してきた。

投資家は、その数字が過去の記録に過ぎないという前提に立って、企業の実態を推測する思考力を持たなければならないのである。

資産は将来費用となる項目の覚え書き

貸借対照表に対する認識をさらに深めるために、資産の種類について細かく見ていく必要がある。

企業の資産は大きく分けて、1年以内に現金化される「流動資産」と、長期間にわたって使用される「固定資産」に分類される。

この固定資産の扱いについて、本書では非常に本質的かつ示唆に富む解説がなされている。

建物や機械設備をはじめとする固定資産は一般的に額が大きく、資産の部のかなりの部分を占めます。ということは、資産の部に載ってくる資産のほとんどは、「資産」というよりは「これから費用化される項目の覚え書き」にすぎないということになります。(P.34「第2章 財務諸表はこう読み解く」)

この一文は、会計の真髄を突いていると言ってよいだろう。

貸借対照表の資産の部には、現金や預金などの額面どおりの価値がある純粋な資産が記載されている。

しかしそれと同時に、建物及び構築物などの有形固定資産といった、いずれ費用化しなければならないものが一緒に並んでいるのである。

機械設備は稼働すればするほど摩耗し、技術革新によって急速に陳腐化していく運命にある。

そのため、購入した設備はいずれ「減価償却」という手続きを通じて、毎年の費用として計上され、少しずつ資産の部から消滅していく。

つまり、貸借対照表に巨額の固定資産が計上されているということは、将来にわたって多額の費用が発生するという重たい負担を抱えていることと同義なのである。

また、流動資産に含まれる受取手形や売掛金、あるいは倉庫に眠る棚卸資産(在庫)についても注意が必要である。

これらは一見すると換金性があるように思えるが、取引先が倒産すれば回収不能になり、在庫が時代遅れになれば二束三文になってしまう。

果たして額面どおりの価値があるかは常に不明であり、リスクを含んだ数字であると認識すべきである。

資産という言葉の持つ豊かな響きに騙されてはいけない。

企業の財務を評価する際は、それが真の富である現金なのか、それとも将来の費用やリスクの塊である固定資産や在庫なのかを、厳格に区別して見極める必要があるのだ。

キャッシュフローという名の事実の記録

貸借対照表が過去の記録であり、損益計算書が会計上のルールに基づいて計算された利益であるならば、企業活動の真実はいったいどこにあるのだろうか。

その答えが、キャッシュフロー計算書の中にある。

損益計算書でどれほど多額の利益を計上していても、手元の現金が尽きてしまえば企業は倒産してしまう。

いわゆる黒字倒産と呼ばれる現象を防ぎ、企業の本当の体力を測るためには、現金の出入りを直接的に追跡することが不可欠である。

キャッシュフロー計算書は、期初の現金と期末の現金の差がなぜ生じたのかを説明してくれるものです。一連のビジネス活動の結果生じた「お金の流れの事実」を表している、ともいえます。(P.42「第2章 財務諸表はこう読み解く」)

まさに勝間和代が述べている通り、キャッシュフロー計算書はお金の流れという動かしがたい事実を提示してくれる。

会計上の利益は見解によっていくらでも調整可能だが、銀行口座の残高という現金(キャッシュ)は嘘をつかないからである。

キャッシュフロー計算書は、企業の活動を大きく3つのカテゴリーに分けて解説している。

本業の営業活動によって生み出された現金を示す「営業活動によるキャッシュフロー」。

将来の成長のために設備投資などを行った結果を示す「投資活動によるキャッシュフロー」。

そして、銀行からの借り入れや株式の発行、あるいは借金の返済や配当の支払いなどを示す「財務活動によるキャッシュフロー」である。

企業が健全な状態にある場合、これら3つのキャッシュフローは特有のパターンを描くことになる。

最も理想的なのは、営業活動によるキャッシュフローが大きなプラスとなっている状態である。

そして、その営業活動で稼ぎ出したプラスの現金の範囲内に、成長のための投資活動のマイナスと、借金の返済など財務活動のマイナスがしっかりと収まっているのが良い状態のキャッシュフロー計算書と言える。

本業で稼いだ現金を使って、明日のための投資を行い、同時に過去の借金を少しずつ返済していく。

この循環が綺麗に回っている企業こそが、長期的な投資に値する強靭な財務体質を持った企業なのである。

真の成長企業を見極めるための二つの条件

株式市場には、毎年売上と利益を順調に伸ばしているように見える企業が数多く存在する。

しかし、その成長が本物であるかどうかを見極めるためには、さらに一段深い分析が求められる。

見せかけの成長に騙されないための指標として、本書では非常にシンプルかつ強力な条件が提示されている。

原則として、本当に成長している会社には次のような特徴があります。
①利益だけでなくキャッシュも伸びている
②より効率よく資産を使っている(P.54「第2章 財務諸表はこう読み解く」)

この二つの条件は、複数の財務諸表を横断的に読み解くことで初めて確認できるものである。

条件の①を確認するためには、損益計算書とキャッシュフロー計算書を並べて見比べる必要がある。

損益計算書上の「当期純利益」が右肩上がりであっても、キャッシュフロー計算書上の「営業活動によるキャッシュフロー」が増えていなければ、その利益は極めて怪しいと言わざるを得ない。

売上は計上されているものの現金が回収できていない状態、すなわち不良債権が膨らんでいるだけの可能性があるからである。

本物の成長企業であれば、利益の増加と現金の増加は必ず連動して動いていくものなのである。

次に、条件の②を確認するためには、損益計算書と貸借対照表を比べる作業が必要となる。

企業が売上や利益を増やすために、次々と工場を建て、在庫を山のように積み上げているとしよう。

この場合、利益の絶対額は増えるかもしれないが、貸借対照表上の総資産も肥大化していくことになる。

もし、資産の増加スピードが利益の増加スピードを上回っているとしたら、それは効率よく資産を使っているとは言えない。

少ない資産で、いかに多くの利益を叩き出すかという資本効率の追求こそが、優れた経営の証なのである。

この二つの条件を満たしていないにもかかわらず、株価だけが先行して上昇している企業を見つけた場合は、警戒レベルを最大に引き上げるべきである。

会計発生高という概念で利益の質を問う

前項で触れた「利益とキャッシュの乖離」について、さらに専門的かつ定量的に分析する手法が存在する。

それが「利益の質」を測るためのアプローチである。

いくら帳簿上の利益が出ていても、その利益が現金として手元に残っていなければ、絵に描いた餅に過ぎない。

この本質的な問題をあぶり出すために、勝間和代は読者にある重要な計算式を提示している。

ならば、利益の質を見抜くためには、会計利益と現金利益の差を見てみればいいわけです。これを、少しむずかしい言葉で「会計発生高(アクルーアルズ)」といいます。(P.55「第2章 財務諸表はこう読み解く」)

ここで登場する「会計発生高(アクルーアルズ)」とは、Accrualsという英語の会計用語から来ている概念である。

簡単に言えば、損益計算書で報告された利益の中に、まだ現金化されていない部分がどれくらい含まれているかを示す指標である。

このアクルーアルズを求めるための基本的な計算式は、以下のようになる。

会計発生高=(当期純利益+特別損失-特別利益)-営業キャッシュフロー。

もし、この計算式によって導き出された数値が異常に大きい場合、それは利益の質に重大な問題があることを示唆している。

企業が無理な押し込み販売を行って売上だけを計上していたり、本来計上すべき費用を来期に先送りしていたりする可能性があるのだ。

経営者は、株価を維持するために、あるいは自身の報酬を最大化するために、合法的な範囲内で利益を良く見せようとするインセンティブを持っている。

こうした経営者の思惑による会計操作を見抜くための強力なツールが、アクルーアルズなのである。

キャッシュの明確な動きを炙り出す計算式の意味

アクルーアルズの計算式について、さらにその構造を分解して理解を深めていきたい。

なぜ、単に当期純利益から営業キャッシュフローを引くのではなく、特別利益や特別損失を足し引きするという複雑な手順を踏むのだろうか。

その理由について、本書では極めて論理的な解説が加えられている。

特別利益や特別損失を足し引きするのは、これらの損益が突発的なものであり、キャッシュの動きとは無関係なことが多いからです。また、現金利益に営業キャッシュフローを使うのは、本業で儲けたキャッシュのみを計算するためです。(P.55「第2章 財務諸表はこう読み解く」)

この操作は、ノイズを取り除き、キャッシュの明確な動きを炙り出すための巧妙な方法なのである。

例えば、企業が長年保有していた土地を売却し、巨額の特別利益を得たとしよう。

この特別利益は当期純利益を大きく押し上げるが、それは本業のビジネスがうまくいっていることを意味するわけではない。

単なる一時的なイベントに過ぎないからである。

逆に、災害による被害で特別損失が発生した場合も、それは本業の収益力とは関係のない突発的なマイナスである。

だからこそ、計算の過程で特別利益を引き、特別損失を足し戻すことで、一時的な要因を排除した「真の経常的な利益」を算出するのである。

そして、その調整された利益と、本業の現金創出力である営業キャッシュフローを比較する。

この厳密な比較によって初めて、経営者が本業の会計上の数字にどれほどの「お化粧」を施しているかが見えてくるのである。

数字を単なる結果として受け取るのではなく、その数字がどのような要因で構成されているかを分解して考える思考力。

これこそが、決算書の暗号を解くために不可欠な態度であると言えるだろう。

総資産経常利益率が鳴らす警告音を逃さない

アクルーアルズに加えて、企業の健全性を測るためにもう一つ絶対に外せない指標が存在する。

それが、企業が保有するすべての資産をどれだけ有効に活用しているかを示す指標である。

利益の絶対額だけを追い求めるのではなく、その利益を生み出すための元手との比率を計算することが重要になってくる。

これが、利益の質を測るもうひとつの指標、「総資産経常利益率(ROA)」です(図表2-14)。ROAは「経常利益÷総資産」で求められます。(P.59「第2章 財務諸表はこう読み解く」)

ここで勝間和代が「もうひとつ」と表現しているのは、先述の「会計発生高(アクルーアルズ)」に加えて、企業の真の実力を測る指標という意味である。

ROAは、Return On Assetsの略称であり、総資産に対する経常利益の割合を示している。

近年、株式市場では株主資本に対する利益率を示すROE(自己資本利益率)がもてはやされる傾向にある。

しかし、ROEは多額の借金をして自己資本の割合を意図的に小さくすることで、見かけ上の数値を高く引き上げることが可能である。

これに対してROAは、借金であろうと株主から集めたお金であろうと、企業が保有するすべての総資産を分母とするため、ごまかしが効かない。

総資産という巨大なエンジンを使って、どれだけの利益という推進力を生み出しているかという、純粋な経営の効率性を測るバロメーターなのである。

もし、ある企業のROAが継続して下がっているとしたら、それは要注意のサインである。

売上を伸ばすために無理な設備投資を繰り返して資産が肥大化しているか、あるいは本業の収益力が構造的に低下している可能性が高いからだ。

どんなにメディアで華々しく取り上げられている企業であっても、ROAの低下トレンドが確認できた場合は、投資の判断を一旦保留する冷静さが必要である。

数字の低下は、企業の内部で何らかの非効率が蔓延し始めていることを、静かに、しかし確実に知らせてくれる警告音なのである。

すべての物事をバランスで考える分析の極意

これまで個別の財務指標や計算式について見てきたが、企業分析を進める上で陥りやすい罠がある。

それは、特定の指標だけに過剰に固執し、木を見て森を見ない状態になってしまうことである。

決算書は、企業の様々な活動が複雑に絡み合った結果として出力される一枚の絵のようなものである。

そのため、分析にあたっては全体を俯瞰する視座がどうしても必要になってくる。

決算短信を読みはじめる前に、企業分析の作業全般にわたって覚えておいてほしいことがあります。それは、分析の基本は「物事はすべてバランスで考える」ということです。(P.102「第4章 アナリスト目線で全体のイメージをつかむ」)

この勝間和代の言葉は、財務分析という技術の根底にある哲学を示している。

投資の世界では、バランスが大事なのである。

例えば、自己資本比率が高いことは一般的に倒産リスクが低く良いことだとされる。

しかし、あまりに自己資本比率が高すぎると、銀行からの借り入れによるレバレッジ効果を活用できておらず、経営が保守的すぎるという批判も成り立つ。

また、在庫が極端に少ないことは効率的で素晴らしいように見えるが、需要の急変動に対応できず、大きな販売機会を逃すリスクと隣り合わせでもある。

優れた企業分析とは、一つの指標が優れているからといって手放しで喜ぶのではなく、その裏に潜むリスクやトレードオフの関係性を常に考えることである。

ある部分が飛び抜けていれば、必ず別のどこかにしわ寄せがいっているはずだ。

そのような懐疑的な目線を持ちながら、企業の収益性、安全性、成長性のバランスがどのように取られているのかを探り続けること。

それこそが、プロのアナリストたちが日々実践している全体イメージの構築作業なのである。

ビジネスの常識に照らし合わせて数字を読む

バランス感覚を養うための具体的な方法論として、数字を自らの「常識」のフィルターに通すという作業論が展開されている。

財務諸表に並ぶ数字は、単なる算数の結果ではなく、現実の人間が動いたビジネスの結果である。

したがって、その数字がビジネスの実態から大きくかけ離れていないかを確認する直感的な判断力が求められる。

このように「ビジネスの常識」で考えると、減価償却費が小さい会社の営業キャッシュフローは営業利益の60%くらい、減価償却費が大きな会社なら120%くらいになります。この60~120%の範囲をいちばん常識的な数字と考えてください。(P.112「第4章 アナリスト目線で全体のイメージをつかむ」)

ここでは、営業キャッシュフローと営業利益の割合という関係性を用いて、ビジネスの常識を定義している。

前述の通り、減価償却費は損益計算書上では費用として引かれるが、実際の現金の流出は伴わない項目である。

したがって、営業キャッシュフローは、大雑把に言えば「営業利益+減価償却費」に近い金額になるはずである。

この前提に立った上で、企業の業態ごとの特徴を考慮する必要がある。

例えば、人材やノウハウが価値の源泉となるサービス業や、商品を仕入れて売るだけの卸業は、大規模な設備を必要としないため、減価償却費は少なめになる。

そのため、営業キャッシュフローは営業利益の60%程度に落ち着くのが常識的である。

一方で、巨大な工場を構え、常に最新の機械を導入し続けなければならない製造業は、巨額の設備投資をしているため、減価償却費は非常に大きくなるという基準がある。

結果として、製造業の営業キャッシュフローは営業利益を上回り、120%程度になるのが自然な姿なのである。

もし、分析対象の企業が製造業であるにもかかわらず、この割合が極端に低かったり、逆にサービス業なのに異常に高かったりする場合は、何らかの異常事態が発生している疑いがある。

単に数字の大小を比較するのではなく、営業キャッシュフロー÷営業利益の割合で考え、その業界の特性という常識に照らし合わせて異常を検知する。

これが、会計データを生きた情報として活用するための知恵なのである。

絶対的な価値を持つ営業キャッシュフロー

ビジネスの常識に照らし合わせて異常値を見つけ出す際にも、やはり基準となるのは現金の動きである。

企業が発信する情報の中で、私たちが最も優先して確認すべき項目は何か。

それは、繰り返しになるが、損益計算書のトップラインである売上高でも、最終的な当期純利益でもない。

もちろん、営業キャッシュフローの伸びを見れば、その会社が本業でどれだけ稼いでいるのか(稼いでいないのか)もすぐにわかります。利益を最初に見てまどわされないように、キャッシュフローからチェックしていきましょう。(P.119「第4章 アナリスト目線で全体のイメージをつかむ」)

この力強いメッセージが示す通り、企業分析の入り口は常に営業キャッシュフローでなければならない。

最初は、営業キャッシュフローを見て、本業の利益を確認するというのが鉄則なのである。

なぜなら、どれほど巧妙な会計操作を用いたとしても、顧客から現金を受け取ったという事実そのものを偽造することは極めて困難だからだ。

もし営業キャッシュフローがマイナスであるなら、その企業は本業のビジネスにおいて、現金を稼ぐどころか出血を続けている状態である。

手元の現金が減り続けるビジネスモデルは、いずれ外部からの資金調達に頼らざるを得なくなり、最終的には破綻の道を行くしかない。

利益の数字は、経営者の意図や将来の予測が入り込んだ「意見」に近いものである。

意見に惑わされる前に、まずは「事実」であるキャッシュフローを直視する。

この順序を守るだけで、投資で致命的な失敗を犯すリスクは劇的に低下するはずである。

美しい利益のグラフに目を奪われる前に、泥臭く現金をかき集める力があるかどうかを見定める冷徹な眼差しが求められているのだ。

のれん代の償却期間に見え隠れする企業の意図

企業の買収(M&A)が日常的に行われる現代において、貸借対照表の中に潜む新たなリスクとして注目されているのが「のれん代」である。

企業を本来の純資産以上の価格で買収した場合、その差額はブランド力やノウハウの価値などの無形固定資産として計上される。

この目に見えない価値のことを、会計用語で「のれん代」という。

のれん代は形のない資産であるがゆえに、その評価や扱いにおいて経営者の思惑が色濃く反映されやすい項目でもある。

健全な会社なら、のれん代の償却期間はだいたい3~5年です。これが利益をタガに出したい会社になると、毎年の償却額が少なくなるように20年の償却期間を選びます。(P.158「第5章 会計士目線で財務諸表を読みこなす」)

日本の会計基準においては、のれん代は最長20年にわたって少しずつ償却し、費用として計上しなければならない。

ここで重要なのは、その償却期間の設定で企業の財務状況が分かる場合もあるということだ。

移り変わりの激しい現代のビジネス環境において、買収した企業のブランド力やノウハウが20年後も同じ価値を保っていると考えるのは、あまりにも楽観的すぎるだろう。

技術の進化は早く、ビジネスモデルの寿命は急速に短くなっている。

そのため、保守的で健全な経営を行っている企業であれば、その価値が陳腐化する前に、3~5年という短期間で一気に償却を終えようとする。

短期間で償却すれば毎年の費用負担は重くなるが、将来にリスクを先送りしないという誠実な姿勢の表れである。

一方で、目先の利益を大きく見せたい(タガに出したい)企業は、償却期間を上限いっぱいの20年に設定し、毎年の費用負担を最小限に抑えようとする。

しかしこれは、将来にわたってのれん代という時限爆弾を抱え続けることを意味する。

もし買収した企業の業績が悪化すれば、巨額ののれん代を一気に損失として処理する「減損処理」を迫られ、企業は致命的なダメージを受けることになる。

のれん代の償却期間を確認することは、経営者が現在と未来のどちらを向いて経営しているかを見抜くための、極めて有効なリトマス試験紙となるのである。

監査対象外であるIR資料の甘い罠

企業分析を行う際、多くの人が企業のホームページに掲載されている決算説明会資料などを参考にするだろう。

カラフルなグラフや前向きな言葉で彩られたプレゼンテーション資料は、非常に読みやすく、企業の将来性への期待を膨らませてくれる。

しかし、勝間和代はこうした企業が自主的に発行するIR(インベスター・リレーションズ)資料の取り扱いについて、重大な警告を発している。

<前略>、IR資料は監査の対象外ですから、これでも違法になりません。(P.161「第5章 会計士目線で財務諸表を読みこなす」)

決算短信や有価証券報告書といった法的な開示書類は、公認会計士や監査法人による厳格な監査を受けることが義務付けられている。

そこには、客観的な事実に基づいた厳密な数字だけが記載されなければならない。

しかし、決算説明会資料、中期経営計画、アニュアルレポートなどのIR資料は、監査の対象外なのである。

したがって、経営者が自社の都合の良いように、多少、数字を分かりにくくしても、直ちに違法にならないという恐ろしい話がここにある。

もちろん、あからさまな嘘を書くことは許されないが、悪い面を分かりにくく、良い面を際立たせるような見せ方の工夫は日常的に行われている。

例えば、売上が落ち込んでいる事業部門のグラフは目立たない色で小さく配置し、成長している新規事業のグラフは大きく強調して見せるといった手法である。

あるいは、企業にとって都合の良い独自の指標を定義して、それがあたかも業界の標準であるかのように語ることもある。

IR資料は、企業が投資家に自社を売り込むための「営業パンフレット」であるという本質を忘れてはならない。

そこには経営者の意図という強烈なバイアスがかかっていることを前提に、批判的な思考を持って読み解く姿勢が求められるのである。

財務諸表の比較分析が生み出す読解力

ここまで、財務諸表の様々な読み方や注意点について解説してきたが、これらを知識として知っているだけでは実践では役に立たない。

スポーツや楽器の演奏と同じように、決算書を読むという行為もまた、反復練習によってのみ培われる技術である。

では、具体的にどのように練習を積めばよいのだろうか。

そのためにも、まずは10社程度の財務諸表を読みくらべてみることをおすすめします。(P.202「第5章 会計士目線で財務諸表を読みこなす」)

著者がここで言う「そのため」というのは、財務諸表を使った企業分析、評価が自らの力で正確にできるようになるため、ということである。

一つの企業の決算書だけをじっと見つめていても、その数字が優れているのか劣っているのかを判断することは極めて困難である。

数字の持つ意味は、他社との比較という相対的な文脈の中に置かれて初めて浮かび上がってくるからだ。

だからこそ、同じ業界のライバル企業や、全く異なる業種の企業など、約10社の財務諸表を比較して、読む練習をするプロセスが不可欠なのである。

例えば、自動車メーカーのトヨタとホンダの貸借対照表を並べてみれば、資産の構成や負債のバランスの違いから、それぞれの経営戦略の違いが見えてくる。

あるいは、製造業とIT企業のキャッシュフロー計算書を比較すれば、お金の稼ぎ方や投資の規模が全く異なることに驚かされるだろう。

10社というまとまった数の企業を横断的に比較することで、脳内に「業界の標準値」や「ビジネスの常識」のデータベースが構築されていく。

このデータベースが充実してくれば、新しい企業の決算書を見た瞬間に、「この在庫の多さは異常だ」「この利益率の高さは持続不可能かもしれない」という直感が働くようになる。

地道な比較分析の反復こそが、数字の裏に隠された暗号を解くための最も確実な道なのである。

バイアスを排除し一次情報に立ち返る勇気

投資判断を下す際、多くの人が証券会社のアナリストが書いたレポートや、経済ニュースの論調に頼ってしまう傾向がある。

専門家が分析した結果を読めば、自分で難しい決算書を読む手間が省けるからだ。

しかし、勝間和代は投資家としての最後の判断基準について、明確な哲学を持っている。

決算短信や有価証券報告書は、リスクも含む細かな情報を中立的な立場で私たち投資家に示してくれる貴重な資料。せっかくこんな良質な情報があるのに、それを見る前にバイアスのかかったアナリスト・レポートやIR情報を信じて判断を曇らせるのは、実にもったいない話です。(P.217「第6章 投資家目線で判断する」)

他人が咀嚼した情報を鵜呑みにするのではなく、決算短信や有価証券報告書という「一次情報」を活用することが何よりも重要である。

アナリスト・レポートやIR情報は二の次であり、あくまで参考資料程度に留めておくべきだ。

なぜなら、証券会社のアナリストは、所属する企業の利益相反の問題を抱えていることがあり、完全に中立的な立場とは言い切れない場合があるからだ。

また、先述の通りIR情報は企業の営業パンフレットである。

それらを見る前に、まずは監査法人の厳しいチェックを通過した決算短信や有価証券報告書を徹底的に分析すること。

そこには、経営者が隠したがるような事業上のリスクや、係争中の裁判の情報、関連当事者との不透明な取引など、企業の真の姿を推測するための細かな情報が網羅されている。

人間は、自分が見たいものを見てしまうという「確証バイアス」を持っている。

素晴らしい成長ストーリーを語るレポートを先に読んでしまうと、その後に決算書を見ても、都合の良い数字しか目に入らなくなってしまう恐れがある。

だからこそ、まっさらな状態で一次情報である財務諸表に向き合い、自分自身の頭で仮説を立て、論理的に企業価値を評価する姿勢が不可欠なのである。

他人の意見に判断を委ねず、自らの手で事実を掴み取る勇気を持つこと。

これが、プロの投資家と一般の投資家を隔てる決定的な壁なのかもしれない。

著者と強靭な知性を持つパートナーたちの存在

本書が単なる無味乾燥な会計の入門書に留まらず、生きた投資の哲学として読者の胸に迫ってくるのには理由がある。

それは、著者の勝間和代自身が持つ圧倒的な知見に加えて、彼女を取り巻く傑出したパートナーたちの存在が、本書の背景にあるからである。

本書の「おわりに」において、非常に興味深い人物の名前が登場する。

「監査と分析」のアドバイザーで、京都大学産官学連携センター寄付研究部門准教授の瀧本哲史さん。とく国内外の豊富な事例が大変参考になりました。(P.222「おわりに」)

この記述を見たとき、勝間和代と瀧本哲史(たきもと・てつふみ、1972年~2019年)が繋がっていたという事実には、個人的にも深い感銘を受けた。

瀧本哲史は、東京大学法学部を卒業後、マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社し、その後はエンジェル投資家や経営コンサルタントとして活躍した稀代の知性である。

彼の持つ冷徹な論理的思考と、資本主義の本質を見抜く眼力は、多くの若者に影響を与えた。

さらにここで言及されている「監査と分析」という組織は、勝間和代と上念司(じょうねん・つかさ、1969年~)が2007年に共同で設立した、会計を中心とした調査会社のことである。

上念司は、銀行での実務経験を持ち、経済全般に関する深い洞察力を持つ経営者である。

つまり、著者は上念司ともガッツリとしたパートナーとして活動を共にしていたのである。

勝間和代、瀧本哲史、上念司。

この三者はいずれも、数字や事実に基づいて事象を徹底的に分析し、世間の常識やバイアスに流されない強靭な思考力を持った人物たちである。

彼らが日常的に議論を交わし、企業の財務状況やビジネスモデルについて分析を深めていたであろうことは容易に想像がつく。

本書にちりばめられた、切れ味鋭い分析手法や、既存の権威を疑う投資哲学の数々は、こうしたトップクラスの知性たちの激しい交流の中から鍛え上げられてきたものなのである。

彼らの背景を知ることで、本書に書かれている一行一行の言葉の重みが、さらに増して感じられることだろう。

財務分析の世界へ踏み出すための終わりのない旅

『決算書の暗号を解け! ダメ株を見破る投資のルール』を通して財務諸表の世界を概観してきたが、正直なところ、一度読んだだけで全てを完璧に理解するのは難しいかもしれない。

会計基準の詳細なルールや、複雑な経営指標の数々は、初学者にとっては難解な暗号のように映る部分も多かっただろう。

しかし、全く悲観する必要はない。

最初から全てを理解できなくても、まずは企業の活動が「貸借対照表」「損益計算書」「キャッシュフロー計算書」という三つの鏡にどのように映し出されるのか、その全体像を把握できただけでも大きな前進である。

専門的な用語が次々と登場して頭が混乱しそうになるかもしれないが、大分、用語に慣れてきた感じであるという実感を大切にしてほしい。

重要なのは、ここで立ち止まらないことだ。

実際に興味のある企業の決算短信をダウンロードし、本書の教えに従って自分なりに分析してみる。

そこで生じた疑問を持ち帰り、再び本書のページをめくって確認する。

この泥臭い往復作業を繰り返すことによってのみ、知識は本物の「知恵」へと昇華していくのである。

投資の世界において、百発百中の魔法の杖など存在しない。

しかし、決算書の暗号を読み解く努力を続けることで、致命的な罠を避け、着実に資産を築き上げるための堅牢な盾を手に入れることは確実に可能である。

本書は、その終わりのない知的な旅の出発点として、これ以上ないほど頼もしいガイドブックとなるはずである。

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