
- 書籍紹介
- ベンジャミン・グレアムの略歴・経歴
- ジェイソン・ツバイクの略歴・経歴
- ロドニー・N・サリバンの略歴・経歴
- 『グレアムからの手紙』の目次
- 『グレアムからの手紙』の概要・内容
- 『グレアムからの手紙』の要約・感想
- タイトルの和訳に込められた意味と歴史的背景
- 歴史的名著の道標としての役割
- 偉大な弟子が語る師の精神的支柱
- 行動の性質を分かつ厳格な境界線
- 三つの絶対条件を満たすための深い思考
- 知性ではなく性格という重要な資質
- 合理性の権化が見せた人間臭い矛盾
- 将来の利益を見通すための五つの指標
- 市場価格の裏側から成長率を逆算する発想
- 目的別のアプローチと科学的分類
- 経営の質を測る最も論理的な指標
- 複雑な数式がもたらす投機への誘惑
- 世界情勢を俯瞰するアナリストの重い責任
- 経済学の巨星たちからの惜しみない称賛
- 人間性の変えられない本質と自己修練の道
- 信用取引がもたらす破滅的な危うさ
- 債券の満期に関する歴史的な一つの基準
- 時代とともに役割を終えた精緻な分析手法
- 実績に裏打ちされた驚異的な選定条件
- ビジネスと共通する長期的な成功の資質
- 古典がもたらす視点の高さと哲学の力
- 真の投資家が行動を起こすべき唯一の瞬間
- 天才に頼らない現実的なアプローチと三要素
- 原則と人格が織りなす究極の結論
- リスクに見合う確かなリターンを求めて
- 著者自身が語る有用な一冊への思い
- 自立した思考が切り拓く未来
- まとめ:時代を超えて響く普遍的な教え
- 書籍紹介
- 関連書籍
- 関連リンク
書籍紹介
- 本書は、ベンジャミン・グレアムの散逸した記事や対談を時系列でまとめたアンソロジーで、『証券分析』の手引書として極めて有益な一冊。
- グレアムは「投資」と「投機」を厳密に区別し、詳細な分析・證券性・適正収益の三条件を満たす行動こそが真の投資だと定義。
- 企業価値の定量評価や市場価格からの成長率逆算など科学的アプローチを重視し、成功の鍵は知性ではなく「性格の強さと規律」にあると説く。
- 晩年になっても変わらぬ教えは、感情を排した合理的判断・自己修練・長期視点であり、時代を超えて投資家に普遍的な指針を提示。
ベンジャミン・グレアムの略歴・経歴
ベンジャミン・グレアム(Benjamin Graham、1894年~1976年)
アメリカの経済学者、投資家。
「バリュー投資の父」「ウォール・ストリートの最長老」とも。ウォーレン・バフェット(Warren Edward Buffett、1930年~)の師。
イギリスのロンドンに生まれる。1895年、1歳の時にアメリカへ移住。コロンビア大学を卒業。証券会社での勤務を経て、投資会社グレアム・ニューマン社を設立。
ジェイソン・ツバイクの略歴・経歴
ジェイソン・ツバイク(Jason Zweig、1959年~)
アメリカの金融ジャーナリスト。
コロンビア大学を卒業。ヘブライ大学エルサレム校で中東の歴史と文化を学ぶ。後にタイム誌やフォーブス誌、マネー誌、ウォール・ストリート・ジャーナルなどに寄稿。ベンジャミン・グレアム『賢明なる投資家』の改訂版を編集。
ロドニー・N・サリバンの略歴・経歴
ロドニー・N・サリバン(Rodney N. Sullivan)
CFA協会認定証券アナリスト。
バージニア・コモンウェルス大学で、学士号と修士号を取得。リゴン・ヘルスケ ア社(現アンセム・ヘルスケア社)の調査部長、アリス・コーポレーション社のシニ アポートフォリオアナリストとしての経験も
『グレアムからの手紙』の目次
監修者まえがき
序文
まえがき
第1部 證券分析の基礎を築く
第1章 一九四五年 證券アナリストに職業認定は必要か――肯定的な見方
第2章 一九四六年 證券分析における適正性について
第3章 一九四六年 ヒポクラテス式證券分析
第4章 一九四六年 SEC式證券分析
第2部 證券分析を定義する
第5章 一九五二年 證券分析の科学的側面について
第6章 一九五七年 株式評価方法の二つの説例
第7章 一九五八年 株式の新たな投機要因
第8章 一九四六年 特別な状況(スペシャルシチュエーション)
第9章 一九六二年 株式保有の投資妙味
第10章 一九三二年 膨張する国家財政と収縮する株主――企業は株主から搾取しているのか
第11章 一九三二年 企業は余剰資金を株主に返還すべきか
第12章 一九三二年 現金を抱えた負け組企業は清算すべきなのか
第3部 證券分析の領域を広げる
第13章 一九四七年 株主と経営陣の関係についての質問リスト
第14章 一九五四年 企業利益への二重課税を軽減する方法はあるのか
第15章 一九五三年 外部株主に対する統制
第16章 一九五一年 戦時下の経済と株式価値
第17章 一九五五年 完全雇用の実現にのしかかる構造的問題
第18章 一九六二年 米国の国際収支――「沈黙の共謀」
第4部 證券分析の未来を考える
第19章 一九六三年 証券分析の未来
第20章 一九七四年 株式の未来
第21章 一九七六年 ベンジャミン・グレアムとの対談
第22章 一九七二年 ベンジャミン・グレアム――證券分析についての見解
第23章 一九七四年 一九六五年から一九七四年までの一〇年――証券アナリストにとっての重要な意義
第24章 一九七七年 グレアムと過ごした一時間
『グレアムからの手紙』の概要・内容
2013年7月3日に第一刷が発行。パンローリング。430ページ。ハードカバー。127mm×188mm。四六判。
副題は「賢明なる投資家になるための教え」。
原題は『Benjamin Graham, Building a Profession: Classic Writings of the Father of Security Analysis』。
監修は、長岡慎太郎(ながおか・しんたろう) 。東京大学工学部原子力工学科を卒業。北陸先端科学技術大学院大学で修士(知識科学)を取得。日米の銀行、投資顧問会社、ヘッジファンドなどを経て、大手運用会社の会社員という人物。
翻訳は、和田真範(わだ・まさのり) 。監査法人、投資会社、事業会社を経て、中堅・中小企業専門の経営支援パートナーとして独立した米国公認会計士。
『グレアムからの手紙』の要約・感想
- タイトルの和訳に込められた意味と歴史的背景
- 歴史的名著の道標としての役割
- 偉大な弟子が語る師の精神的支柱
- 行動の性質を分かつ厳格な境界線
- 三つの絶対条件を満たすための深い思考
- 知性ではなく性格という重要な資質
- 合理性の権化が見せた人間臭い矛盾
- 将来の利益を見通すための五つの指標
- 市場価格の裏側から成長率を逆算する発想
- 目的別のアプローチと科学的分類
- 経営の質を測る最も論理的な指標
- 複雑な数式がもたらす投機への誘惑
- 世界情勢を俯瞰するアナリストの重い責任
- 経済学の巨星たちからの惜しみない称賛
- 人間性の変えられない本質と自己修練の道
- 信用取引がもたらす破滅的な危うさ
- 債券の満期に関する歴史的な一つの基準
- 時代とともに役割を終えた精緻な分析手法
- 実績に裏打ちされた驚異的な選定条件
- ビジネスと共通する長期的な成功の資質
- 古典がもたらす視点の高さと哲学の力
- 真の投資家が行動を起こすべき唯一の瞬間
- 天才に頼らない現実的なアプローチと三要素
- 原則と人格が織りなす究極の結論
- リスクに見合う確かなリターンを求めて
- 著者自身が語る有用な一冊への思い
- 自立した思考が切り拓く未来
- まとめ:時代を超えて響く普遍的な教え
ベンジャミン・グレアム(Benjamin Graham、1894年~1976年)が残した数々の文献をまとめた書籍『グレアムからの手紙』について、さまざまな角度から考察を深めていく。
副題に「賢明なる投資家になるための教え」とあるように、本書は金融市場と向き合うための真髄を学ぶ上で極めて貴重な資料である。
編者を務めたのは、金融ジャーナリストであるジェイソン・ツバイク(Jason Zweig、1959年~)と、CFA協会認定証券アナリストのロドニー・N・サリバン(Rodney N. Sullivan)である。
また、監修は長岡慎太郎(ながおか・しんたろう)、訳は和田真範(わだ・まさのり)が担当している。
彼らの熱意と尽力によって、バリュー投資の父と称されるグレアムの思考の軌跡が、現代に鮮やかに蘇ることとなった。
本書は、過去にさまざまな媒体に寄稿された単発の記事や、晩年に行われた対談の記録などがまとめられたアンソロジー形式の構成となっている。
それぞれの時代背景の中で彼が何を考え、どのように市場の狂乱や停滞と向き合っていたのかが時系列で理解できるため、非常に読みやすい仕上がりとなっている。
膨大な情報を読み解いていくのは決して楽な作業ではないが、それに見合うだけの圧倒的に深く、そして鋭い洞察を得ることができるのである。
タイトルの和訳に込められた意味と歴史的背景
この本書では、書名の”Security Analysis”を従来どおり『証券分析』としたことを除き、”security analysis”を旧字体の「證券分析」と訳出した。また、”financial analysis”は新字体の「証券分析」として整合性を確保した。(P.3「監修者まえがき」)
グレアムの代表作であり、金融業界のバイブルとして歴史に名を刻む大著の書名”Security Analysis”は、日本では『証券分析』として広く知れ渡っている。
しかし、言葉の本来の意味を厳密に捉え、英語のニュアンスに忠実であろうとすれば、これは『安全分析』と訳されるべきものである。
初版である1934年版が過去に日本で翻訳された際に、『証券分析』という言葉が当てられた経緯がある。
その時代背景を考慮すれば、「証券分析」と「安全分析」の二つの言葉はほぼ同一の概念を示していたため、この翻訳は決して間違ったものではなかった。
しかし、そこから長い時が流れるにつれて、金融市場の構造は劇的に変化し、高度に複雑化していった。
さまざまな新しい経済理論や、デリバティブなどの派生的な金融商品が次々と生み出されていったのである。
その結果として、現代における証券分析(financial analysis)という概念の枠組みは、過去とは比較にならないほど広範に拡大することになった。
そして、かつては同義として扱われていた安全分析(security analysis)が、広大になった証券分析という領域のほんの一部として包摂される形となったのである。
これにより、現代の文脈においては、両者の言葉が持つ意味合いに明確なズレが生じることになってしまった。
本書では、グレアムの歴史的著作としてすでに深く定着している『証券分析』という有名な書名は、混乱を避けるためにそのまま使用している。
一方で、それ以外の文脈で彼が提唱した”security analysis”という概念が使われる際には、あえて旧字体の「證券分析」という表記を用いている。
このように漢字の表記を変更することで、意味合いの差異を視覚的に明確に区別しているのである。
つまり、広義の証券分析の中に、彼が心血を注いで確立した安全分析が包含されているという構造を、翻訳の工夫によって丁寧に説明している部分だと言える。
歴史的名著の道標としての役割
本書の目的は、証券分析に関してグレアム自身が過去に寄稿した数々の文献を、はじめて一冊の書としてまとめることにある。また、本書は二〇〇九年出版されたグレアムおよびドッドの大著『証券分析』第六版の手引書として活用することにも役立つことであろう。(P.9「序文」)
本書が世に出版された大きな目的の一つは、まさにここにある。
グレアムがデビッド・ドッド(David LeFevre Dodd、1895年~1988年)と共に書き上げた歴史的な大著『証券分析』は、時代を超えて読み継がれており、2023年11月にも新たに日本語訳の最新版が出版されている。
その新しい版は、なんと1422ページにも及ぶ圧倒的な分量を誇り、価格も17,380円という、容易には手を出せない本格的な専門書である。
これからその深淵なる大著に挑み、金融の歴史と理論を根底から学ぼうとする読者にとって、本書は極めて有益な存在となる。
著者の思考の核心や、時代ごとの問題意識の変遷を事前に掴むための、非常に優れた手引書として機能してくれるのである。
偉大な弟子が語る師の精神的支柱
グレアムの最も著名な教え子であるウォーレン・バフェットはグレアムの精神性を二語で表現している「とてつもなく、合理的(terribly rational)」。(P.13「まえがき」)
グレアムの教え子として世界で最も有名な人物であるウォーレン・バフェット(Warren Edward Buffett、1930年~)によるこの簡潔な評価は、核心を突いており非常に印象深い。
市場が熱狂に包まれようとも、あるいは絶望的な暴落に見舞われようとも、決して感情に流されることはなかった。
常に冷徹な理性を保ち続け、事実のみに基づき判断を下す彼の姿勢が、「とてつもなく、合理的」という言葉に見事に凝縮されている。
自らの理論を堅牢に構築し、いかなる時もそれを愚直に実践し続けた彼の生き様は、知識人として非常に格好良い。
そして同時に、師の本質を鋭く見抜き、それを誰にでも直感的に理解できる的確な言葉で表現できるバフェットの卓越した表現力の高さもまた、素晴らしい点である。
両者ともに、金融の歴史に不滅の足跡を残した傑出した人物として、深い畏敬の念を抱かせる存在である。
行動の性質を分かつ厳格な境界線
「投資とは、詳細な分析に基づき、元本の證券性を確保しながら、適正な収益を得るような行動である。これらの条件を満たさない行動はすなわち投機である」(P.18「まえがき」)
グレアムは、市場に参加し資金を投じる者の行動を、「投資」と「投機」という二つの相反する概念に明確に切り分けている。
多くの人が雰囲気や感情で混同しがちなこの二つの言葉に対して、これほどまでに論理的で厳密な定義を与えたことの意義は計り知れない。
大恐慌という未曾有の危機を経験し、多くの人々が財産を失う悲劇を目の当たりにした彼だからこそ、この定義には血の通った重みがある。
この力強い言葉に続いて、彼が定義したそれぞれの条件を満たすための、さらに詳しい解説が展開されていく。
三つの絶対条件を満たすための深い思考
詳細な分析とは、グレアムによれば、「実証された證券性や価値の基準を踏まえた事実の調査」としている。證券性とは「通常及び合理的に考え得る状況および変動する場合に想定される損失に対する保全」を意味し、適正な収益とは、「投資家が合理的な知性をもって行動した前提において、たとえ低いものとしても、自ら許容しうる収益率または額」としている。(P.18「まえがき」)
ここで語られている「詳細な分析」「證券性」「適正な収益」という三つの要素こそが、彼の構築した投資哲学の揺るぎない根幹を成すものである。
詳細な分析とは、決して単なる直感や市場の噂話に基づくものではなく、過去から実証されてきた客観的な基準に基づく徹底的な事実の調査を指している。
證券性とは、将来起こり得るあらゆる合理的な経済変動や事業リスクを事前に想定し、その上で元本の損失に対する確実な保全策を何重にも講じておくことである。
そして適正な収益とは、市場が偶然与えてくれる投機的な暴利を貪るのではなく、自らの知性と許容範囲に基づいて設定した、確実性の高い控えめな収益を意味している。
これら三つの要素、すなわち徹底的な調査、絶対的な安全性、そして妥当な収益について、それぞれを独立して深く考えることの大切さが説かれている。
使う言葉の定義をここまで曖昧さなく明確にすること自体が、彼の極めて合理的で学究的な思考の表れなのである。
知性ではなく性格という重要な資質
実際、ここでいう賢明とは知力というよりも、性格面の資質を前提にしている。(P.29「第1部 證券分析の基礎を築く」)
グレアムが自身の著作の中で好んで用いる「賢明」という言葉の定義は、世間一般の解釈とは少し異なっている。
1949年に彼自身が読者の問いに対して語ったところによれば、それは生まれ持った知能指数や、後天的に学校教育で獲得した学力のことではない。
むしろ、恐怖に耐える忍耐力や、欲望を抑える自制心といった、人間の性格に深く根ざした資質の問題であると明言しているのである。
市場の喧騒や周囲の意見に惑わされることなく冷静さを保ち、自分自身の定めた原則を孤独に貫き通す強固な意志こそが、彼が求める真の賢明さなのだ。
合理性の権化が見せた人間臭い矛盾
グレアムは最初の三人の妻に対して、大変不誠実であった。(P.36「第1部 證券分析の基礎を築く」)
常に論理的で合理性の権化のように思える彼であるが、こうした生々しい一面がいくつかの書物に記録されているというのは、なかなか興味深い事実である。
女性に対して、あるいは妻に対して不誠実であったという記述から、彼の人間としての複雑で不完全な輪郭が浮かび上がってくる。
数字と理論という知的な作業に過度に没頭するあまり、家庭生活や仕事以外の些末な物事に対してはそこまで関心を持てなかったのだろうか。
あるいは、何度も結婚と離婚を繰り返している事実を率直に踏まえると、実は女性に対して強い関心を抱き続ける、非常に情熱的な側面があったのかもしれない。
もしかすると、彼自身が圧倒的な知性と魅力を持った人物であったため、自然と多くの女性が引き寄せられてくるような特殊な環境にあったとも推測できる。
冷徹で厳格な計算の世界で生きる彼が、私生活において抱えていたこうした人間臭い矛盾は、彼の人物像をより立体的で魅力的なものにしている。
将来の利益を見通すための五つの指標
最初の手法は、五つの要素――①EPS(一株当たり利益)の成長率、②「安全性(不況時における内部留保がわずかな減少にとどまること)」、③配当性向、④投下資本利益率、⑤一株当たり純資産――を活用し、過去の業績を調べる方法で、それぞれを20%ずつの等ウエートで評価したスコアを導き出すというものである。(P.83「第2部 證券分析を定義する」)
グレアムは、企業の株式が持つ現在の真の価値というものは、将来にわたって生み出される利益と、株主に支払われる配当の総和によって決定されると考えていた。
では、その不確実な未来の利益と配当を、どのようにすれば高い精度で予測することができるのかと深く思案した。
その果てしない思索と研究の末に彼が辿り着いたのが、この五つの要素を用いた定量的な評価手法である。
利益の持続的な成長性、不況への耐性というディフェンシブな要素、利益を株主へ還元する企業の姿勢、調達した資本の運用効率、そしていざという時の資産の裏付けである。
一株当たり純資産とは、現代の金融の世界で広く使われているBPS(Book-value Per Share)のことである。
これら多角的な視点から企業を丸裸にし、それぞれを均等に評価することで、企業の真の実力を客観的なスコアとして導き出そうとしたのである。
市場価格の裏側から成長率を逆算する発想
グレアムの二つ目の手法は市場価格そのものを将来の成長を推測する最良の手段として活用するものである。グレアムは分析を行った期間に、過去の利益成長から市場が期待する今後の成長率を相関させる定型の公式を考え出した。(P.84「第2部 證券分析を定義する」)
さらに彼は、日々変動する市場で形成されている価格そのものの中に、数多の参加者の期待値が織り込まれているという事実にも着目した。
そこから論理的に逆算を試み、将来の利益と配当に関する定型的な公式を導き出したというのだから、本当に頭が良いと感心せざるを得ない。
混沌として予測不可能に思える市場の動きの中から、数学的な法則性を見出し、実践で使える公式として昇華させるその卓越した分析力には、ただ驚かされるばかりである。
目的別のアプローチと科学的分類
われわれの検討の成果として提起する四つの分類は以下のとおりである。
一、債券などの安全性の高い有価証券の選択
二、割安株の選択
三、成長株、つまり平均を大幅に上回る収益力の向上が見込まれている普通株の選択
四、短期売買銘柄、つまりおよそ一二カ月以内に平均以上の上昇が見込まれる普通株の選択(P.93「第5章 一九五二年 證券分析の科学的側面について」)
ここでは、科学的な手法を用いて複雑な市場にアプローチするための、四つの明確な分類が提示されている。
元本を守ることを最優先とする安全な有価証券、本来の価値が見落とされ放置されている割安株、未来の飛躍的な成長が期待できる成長株、そして短期的な資金効率を狙うモメンタム銘柄である。
これらの分類は、それぞれの目的に応じて、全く異なる分析手法とリスク許容度の基準が必要になることを示唆している。
経営の質を測る最も論理的な指標
ROICはおそらく企業の精巧や品質の尺度を最も論理的に示す指標であろう。それはその事業に投資した資金がいかに活用されたかを表している。(P.112「第6章 一九五七年 株式評価方法の二つの説例」)
ROICは、Return On Invested Capitalの略称であり、日本語では投下資本利益率と訳される非常に重要な指標である。
企業が事業活動を行うために、株主や債権者から調達した資金全体を、どれほど効率的に本業の利益へと変換しているかを示す数字である。
単なる売上の規模や表面的な利益の額だけでは決して見えてこない、経営陣の真の資本配分の手腕や、ビジネスモデルの根本的な優秀さを測るための根幹となる指標だと言える。
複雑な数式がもたらす投機への誘惑
ウォール街での四四年間にわたる経験と研究のなかで、株式の価値評価について、単純な計算や極めて基本的な代数計算以上に信頼に足る計算式や投資方針などにはお目にかかったことがない。(P.136「第7章 一九五八年 株式の新たな投機要因」)
この力強い言葉の前の部分では、分析に用いられる数学が難解で複雑になればなるほど、それは本質的な投資から離れ、投機へと変質していくという深い議論が語られている。
高度で理解しがたい数式を振りかざす人々は、実は自分自身の市場における経験の無さや、未来の不確実性に対する恐怖を、理論という名の分厚い鎧で埋め合わせようとしているに過ぎないとも続く。
コンピュータや人工知能が発達した現代においても、過度に高度な数式やアルゴリズムが株式投資の現場で持て囃されている時は、そこに潜む危うさに要注意である。
市場の真理というものは、往々にして誰もが理解できるようなシンプルで基本的な計算の中にこそ、ひっそりと存在しているのである。
世界情勢を俯瞰するアナリストの重い責任
ベンジャミン・グレアムはアナリストにはただ単に有価証券の研究だけでなく、世界情勢にも気を配る責任があると常に感じていた。(P.214「第3部 證券分析の領域を広げる」)
企業の財務諸表というミクロな一部の数字だけを虫眼鏡で追いかけるのではなく、世界全体を俯瞰的な視点から見つめる能力も絶対に必要だということである。
世界各国の経済動向や政治的なパラダイムシフト、国内の景気循環や金融政策の変化などを、総合的かつ多角的に捉えなければならない。
資本主義の構造的な問題や民主主義の行方、あるいは地政学的な紛争や大規模な戦争がもたらす影響など、あらゆるマクロな要素が最終的にはミクロな企業の業績と市場の価格に反映されるからである。
経済学の巨星たちからの惜しみない称賛
偉大な経済学者ジョン・メイナード・ケインズさえもグレアムの考えを支持しており、わざわざグレアム本人あてに「あなたは私と同じ方向性をもった活動家です」と記した私的な書簡を送っていたほどである。(P.214「第3部 證券分析の領域を広げる」)
グレアムはかつて、通貨の価値を分散された複数の商品のバスケットに連動させることで、インフレーションの悪影響に対処しつつ、為替レートの過度な変動を緩和することができるとの持論を展開したことがある。
その斬新でありながら極めて合理的な考えに対して、マクロ経済学の歴史を塗り替えた巨星であるイギリスの経済学者、ジョン・メイナード・ケインズ(John Maynard Keynes、1883年~1946年)も強く賛成したという、驚くべき逸話である。
さらに特筆すべきことに、オーストリアの経済学者のフリードリヒ・アウグスト・フォン・ハイエク(Friedrich August von Hayek、1899年~1992年)や、オランダの経済学者であるジャン・ティンバーゲン(Jan Tinbergen、1903年~1994年)といった名立たる人物たちも、彼の理論や提言を高く評価していたという。
個別の株式を分析し利益を追求する実務家にとどまらず、世界トップクラスのマクロ経済学者たちからこれほどまでに称賛されていたという事実は、彼がいかに広範で深い知性を備えていたかを如実に証明している。
人間性の変えられない本質と自己修練の道
グレアムは、人間はより成長するために訓練を積むことができるし、そしてそうすべきであると信じていたが、人間性まで変えられるとは考えていなかった。(P.312「第4部 證券分析の未来を考える」)
人間は新しい知識を貪欲に身につけ、自身の技術を磨くための絶え間ない訓練を積むべきであり、その努力によって必ず成長できるという前向きな信念である。
しかし、どれほど努力を重ねたとしても、個人の奥底に生まれつき根付いている人間性の本質そのものまでを、根本から作り変えることは不可能であるという、非常に現実的で冷徹な人間観も同時に示している。
持って生まれた性質を変えられないという厳しい現実を受け入れた上で、いかに自分自身の弱さをコントロールし、努力と成長を重ねていくかが問われている。
他者の行動や市場の気まぐれを変えようと無駄なエネルギーを費やすのではなく、常に自己の内面に目を向け、自らを厳しく律していくしか生き残る道はないのである。
信用取引がもたらす破滅的な危うさ
証券会社に信用取引口座を持つ一〇人のうち九人が事実上投機家であるということについて私はほとんど異論はない。(P.337「第19章 一九六三年 証券分析の未来」)
証券会社から借金をしてまで、自己資金以上の過大な取引を行う信用取引口座を持っている人間は、その時点でほぼ例外なく投機家であるという厳しい指摘である。
彼らはもはや企業の成長に資金を託す投資家と呼べる存在ではなく、日々の価格変動を利用して一攫千金を狙うギャンブラーに過ぎないということだ。
無用なレバレッジによるリスクを徹底的に避け、長きにわたって市場に生き残るためには、信用取引口座は絶対に持たないようにするのが最善の防衛策である。
事実、私自身もそのような危険な口座は一切持たずに、完全に自らの余裕資金の範囲内だけで堅実な行動を心掛けている。
債券の満期に関する歴史的な一つの基準
一般的ですが、保有する債券としては平均して七年から八年満期のものを推奨します。(P.375「第21章 一九七六年 ベンジャミン・グレアムとの対談」)
ポートフォリオの安全性を高めるために組み入れる債券について、その満期年数に関する明確な一つの基準が示されている部分である。
短すぎて利回りが低くなることもなく、長すぎて金利変動のリスクを過大に受けることもない、7年から8年という期間が最適な目安であるという結論である。
時代とともに役割を終えた精緻な分析手法
私はもはや優れたバリュー投資の機会を見つける精緻な證券分析テクニックの提唱者ではないのです。(P.375「第21章 一九七六年 ベンジャミン・グレアムとの対談」)
これは1976年の9月と10月に行われた晩年の対談での、少し寂しくもあり衝撃的とも言える回答である。
彼の代表作である『証券分析』が初めて出版された1934年の頃のような、情報の非対称性が極めて大きかった時代であれば、緻密な分析によって個別銘柄を慎重に厳選する手法は絶大な効果をもたらした。
しかし、機関投資家が市場を席巻し、あらゆる情報が瞬時に行き渡るようになったこの回答をしている1976年の頃では、時代が大きく変わり、もはやかつてのような労力に見合うやりがいのある手法ではないという率直な発言が続く。
精緻な分析に膨大な時間を費やすよりも、個別銘柄を幅広く組み合わせたポートフォリオ全体のパフォーマンスを見るようにした方が良いというのだ。
この彼の晩年の思想をさらに推し進めて現代の環境に当てはめると、世界中の株式を網羅するオールカントリーのインデックスファンドを保有しておけばそれで充分である、という極端な話になりそうでもある。
実績に裏打ちされた驚異的な選定条件
私のお気に入りの基準は直近一二カ月利益の七倍です。ほかに例えば、配当利回り七%以上、または簿価純資産が株価の一二〇%となっている銘柄などです。(P.378「第21章 一九七六年 ベンジャミン・グレアムとの対談」)
これは、彼が長年にわたって愛用してきた、市場に埋もれた魅力的な株を探し出すための具体的なスクリーニング基準である。
PERが7倍以下、配当利回りが7%以上、あるいはPBRが1倍を大きく割り込んでいるような、極端に割安な状態で放置された銘柄群を狙うという戦略だ。
驚くべきことに、これらの単純明快な基準に機械的に従って投資を行うだけで、1925年から1975年までの半世紀という長期にわたり、年間15%以上、ダウ平均の2倍にも達するリターンを実現できたという。
最後に彼は、この分析手法が持つ最大の長所として、①論理的な妥当性、②簡単な活用、③非常に優れた実績、の三つを挙げている。
これこそが、直感や気分に頼る投機家のギャンブルではなく、明確な基準と規律を持った投資家の確かな技術なのである。
ビジネスと共通する長期的な成功の資質
例えば、自分が何を行っているのかを理解していることや、思慮分別をわきまえて行動するのに充分な判断力などです。(P.379「第22章 一九七二年 ベンジャミン・グレアム――證券分析についての見解」)
「成功する長期投資家に必要な資質とは何か」と問われた際、彼はそれがビジネスの世界において長期的に成功するために求められる資質と全く同じであると答えた。
その具体的な例として挙げられたのが、上記の言葉である。
自分が今、市場という戦場でどのようなリスクを取り、どのような結果を期待して行動しているのかを、客観的かつ完全に理解していることの重要性を説いている。
そして、一時的な感情や市場のノイズに流されることなく、常に思慮分別をわきまえた行動をとれる冷静な判断力を維持し続けること。
目の前に立ちはだかる課題と、自分が取るべき行動の理由を深く理解すること。
自らが定めた倫理や普遍的な原則に合致した行動をとり続けることが、最終的な成功への扉を開くということなのだろう。
古典がもたらす視点の高さと哲学の力
私が古典を引用したのは古典についての知識を披露するという純粋な虚栄心によるものです。ただ、かつてオランダの哲学者スピノザが言ったように、古典は日常的な視点ではなく長期的な観点から物事を見るのに役立ちますし、これは非常に価値があることと考えています。(P.380「第22章 一九七二年 ベンジャミン・グレアム――證券分析についての見解」)
自分の深い学識をひけらかしたいという純粋な虚栄心から古典を引用したのだと、あっけらかんと認める彼の正直さが非常に面白い。
そして、その説明の文脈の中でさらにバールーフ・デ・スピノザ(Baruch De Spinoza、1632年~1677年)というオランダの歴史的な大哲学者の名前を挙げているのも、彼の知的なユーモアを感じさせてさらに面白い。
日々の些末な出来事や短期的な価格の上下動に心を奪われるのではなく、永遠の相の下に物事を捉えるような、長期的な観点を与えてくれるのが古典の持つ力である。
時代を超えて読み継がれる書物には、人間の変わらぬ本質や社会の不変の真理が刻み込まれているからこそ、非常に価値があるのだ。
この一節に触れて、古典をいろいろと学びたいという知的好奇心が強く刺激された。
日本のものであれ世界のものであれ、国境や時代に関係なく、さまざまな古典を読んで自らの教養を深めていきたい。
真の投資家が行動を起こすべき唯一の瞬間
私は投資家の都合に合う二つの特別な状況を除いて、株式市場がどのように動こうがまったく興味を持たないような人物こそが真の投資家であるという厳格な考え方を持っている。その二つの状況とは、一つ目は投資家が自らの評価額よりも割安でまとまった量の株式を取得できるようなマーケット状況の場合であり、二つ目は投資家にとってそれ自体は重要ではない直近高値の半値以上で株を売ることができるときである。(P.403「第23章 一九七四年 一九六五年から一九七四年までの一〇年――証券アナリストにとっての重要な意義」)
真の投資家が重い腰を上げて行動を起こすべき瞬間は、実は非常に限られているのである。
一つは、恐怖に支配された市場が非合理的な暴落を見せ、企業の本来の価値よりも遥かに安く株を買い集めることができる絶好の機会が訪れた時。
もう一つは、楽観論に支配された市場が非合理的な高騰を見せ、十分な利益を乗せて高く株を売り払うことができる時である。
それ以外の日常的な市場のノイズに対しては、完全に無関心でいるべきだというのが彼の厳格な教えである。
また、保有する株を損切りして売却する際の唯一の正しい理由は、単に株価が下落したからという表面的なものではない。
企業の事業状況そのものが悪化し、株式の真の価値が自身の買値を下回ってしまったと判断されたため、であるべきだと彼は主張している。
直近の高値からある程度下落したとしても、その価格が半値以上であり、かつ適正な価格以上で売れるのであれば、利益を確定させるのには充分な理由になるということなのだろう。
天才に頼らない現実的なアプローチと三要素
バリューアプローチを駆使するアナリストとして成功するには、けっして天才である必要はなく、優れた才能さえ必要ではないことを強調しておきたい。必要なのは、まず分別ある知性、第二に適切な行動原則、第三に最も重要なものが性格としての強さ、規律である。(P.415「第23章 一九七四年 一九六五年から一九七四年までの一〇年――証券アナリストにとっての重要な意義」)
金融の世界で確かな成功を収めるために、生まれ持った天才的な頭脳や、他を圧倒するような特別な才能は一切必要ないという心強い言葉である。
アナリストとして、あるいは一人の市場参加者としてどのような道を歩むにしても、決して忘れてはならないことがある。
それは、いかなる時も道徳心と知的な高潔さだけは持ち続けなければならないと彼が強く訴えていることだ。
市場を単なるマネーゲームの場と勘違いして、その熱狂に惑わされてはならないという警告でもある。
気まぐれで感情的なミスターマーケットが仕掛けてくる罠に翻弄されることなく、常に冷静に状況を分析し、適切に対処すること。
そのためには、物事を正しく判断するための知性、揺るぎない適切な行動原則、そして何があっても自らを律し続ける性格の強さと規律が不可欠なのである。
原則と人格が織りなす究極の結論
私は少しの技術と単純な原則があれば、この仕事で成功できると考えています。重要なのは大枠として正しい原則を持ち、それをやり通す人格を備えることです。(P.422「第24章 一九七七年 グレアムと過ごした一時間」)
大枠として正しい確かな原則を持つことと、それをどんな困難な状況下でも最後まで貫き通す強靭な人格を備えること。
本書を通じて、彼はこのシンプルなメッセージを形を変えながら何度も繰り返し強調している。
成功のための理論自体は驚くほど単純なものであるが、それを何十年にもわたって実践し続けることができる人格を持った人間は、実は極めて稀な存在なのである。
リスクに見合う確かなリターンを求めて
つまり、私の標準的な買いポイントはトリプルA債券の直近金利の二倍でPERは最大で一〇倍から七倍の間となります。(P.424「第24章 一九七七年 グレアムと過ごした一時間」)
この明確で実践的な買いの基準を提示した一連の卓越した研究によって、彼は名誉あるモロドフスキー賞を受賞している。
モロドフスキー賞(Nicholas Molodovsky Award)は、証券アナリストや投資専門家で構成される世界的な組織「CFAインスティテュート(CFA Institute)」が授与している、投資実務や証券分析の分野における最高峰の栄誉の一つである。
なお、現在のCFAインスティテュートでは、この賞の精神を引き継ぎつつ、名称を「Outstanding Contribution to Investment Research Award(投資研究傑出貢献賞)」と改称してその素晴らしい功績を称え続けている。
この賞の由来となったニコラス・モロドフスキー(Nicholas Molodovsky、1898年~1969年)自身も、証券アナリストであり学者として1960年代に『Financial Analysts Journal』の編集長を務めた傑出した人物である。
彼は企業の株価評価や「株価収益率(PER)」の理論的な分析において、先駆的な研究を数多く残した偉人である。
グレアムが提示したこの基準が意味するところは非常に明快である。
株式という価格変動リスクを伴う不確実な資産に投資してリスクを取るのであれば、最も安全なトリプルA格の債券がもたらす利回りの少なくとも2倍くらいのメリットが欲しいということである。
それだけの安全域が確保できなければ、大切な資金を投じる価値はないという極めて合理的な判断である。
著者自身が語る有用な一冊への思い
もし若い人たちが『賢明なる投資家』(パンローリング)――『証券分析』(パンローリング)よりも有用であるような気がしています――を読み、われわれの述べるなかから何か良いと思われる手法を選べば、その手法に忠実に実行できると思います。(P.428「第24章 一九七七年 グレアムと過ごした一時間」)
自らが心血を注いで書き上げた歴史的な大著である『証券分析』よりも、一般向けに平易な言葉で書かれた『賢明なる投資家』の方が、実は読者にとって有用なのではないかと著者自身が率直に伝えている場面である。
学術的な緻密さや膨大なデータ分析よりも、実践における心構えや感情のコントロールを説いた書籍の方を高く評価している点は、なかなか興味深い事実である。
この彼の言葉を受けて、私自身もかつて読んだ『賢明なる投資家』を改めて本棚から取り出し、再読が必要だなと強く感じている。
自立した思考が切り拓く未来
ウォール街での成功を収めるには二つの要件があります。一つは正しく考えること、もう一つは独力で考えることです。(P.429「第24章 一九七七年 グレアムと過ごした一時間」)
物事の表面的な現象だけを見るのではなく、その本質を捉えて論理的に正しく考えること。
そして、他人の意見や世間の常識に盲従するのではなく、一切の妥協を排して独力で深く考えること。
この二つの厳しい要件は、何もウォール街という特殊な金融街でのみ通用するルールではない。
ウォール街以外でも通用する、私たちの人生全般において困難を乗り越えて成功を掴み取るための、普遍的な哲学として深く胸に刻んでおくべき言葉である。
まとめ:時代を超えて響く普遍的な教え
本書『グレアムからの手紙』は、それぞれ異なる時期に執筆された単発の記事や講演録が一つにまとめられたものである。
そのため、通読することで彼の思考の変遷や、時代状況に対する対応の変化を立体的に読み解くことができる。
専門的な用語や当時の複雑な時代背景が入り混じっているため、完全に理解するためには骨の折れる部分もあり、大変ではある。
しかし、全体としては非常に平易な言葉で語られており、結構読みやすかったというのが率直な感想である。
一見すると難解な金融の世界の裏側に潜む、人間の欲望と恐怖、そしてそれに立ち向かうための理性と規律。
それらをこれほどまでに明快に説き明かした書物は他に類を見ない。
彼の残した知恵の言葉は、これからも多くの人々の道を照らす確かな道標となり続けるであろう。
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