
書籍紹介
- 株式市場は「他人の予想を予想する」心理ゲームであり、人間の非合理な感情が価格の歪みを生み続ける。
- 株式会社の有限責任や現在価値の計算、バランスシートといった資本主義の基礎ルールを理解することが投資の前提。
- バフェットや竹田和平が実践したように、割安株を長期保有するバリュー投資が富を築く王道。
- リスクとは予測可能性の低さであり、CAPM理論が導く市場全体へのインデックス投資が効率的で、金融リテラシーが損失を防ぐ最大の武器。
橘玲の略歴・経歴
橘玲(たちばな・あきら、1959年~)
作家。
早稲田大学第一文学部ロシア文学科を卒業。出版社勤務を経て友人と編集プロダクションを設立。後に解散し宝島社に入社。退社後に海外投資を開始。
『臆病者のための株入門』の目次
はじめに 臆病者には臆病者の投資法がある
第1章 株で100万円が100億円になるのはなぜか?
第2章 ホリエモンに学ぶ株式市場
第3章 デイトレードはライフスタイル
第4章 株式投資はどういうゲームか?
第5章 株で富を創造する方法
第6章 経済学的にもっとも正しい投資法
第7章 金融リテラシーが不自由なひとたち
第8章 ど素人のための投資法
参考文献
あとがき 追証がかかった日
『臆病者のための株入門』の概要・内容
2006年4月20日に第一刷が発行。文春新書。229ページ。
『臆病者のための株入門』の要約・感想
- 他人の予想を予想する奇妙なゲーム
- 非合理な人間の行動と市場の歪み
- 詐欺の構造と自ら機会を創造する力
- 有限責任という人類の偉大な発明
- 資本主義という純粋なゲームの規則
- 株式の価値と現在価値という魔法
- 株と債券という二つの金融商品
- バランスシートから読み解く企業の正体
- 割引率が決定する現在価値の法則
- 知っておくべき共通言語としての用語
- バフェットの理論価値と長期投資
- 竹田和平の旦那道と配当の重要性
- バフェットの法則を解剖する
- 証券会社と投資家の利益相反
- リスクの真の定義と予測可能性
- 統計学における分散という概念
- CAPM理論と究極の結論
- 金融リテラシーという最大の武器
- 学び続ける投資家への道
株式投資という未曾有の荒波が、私たちの生活のすぐそばまで押し寄せている時代である。
誰もが手元の小さな端末で世界中の企業に資金を投じることができるようになり、投資はもはや一部の特別な人間だけのものではなくなった。
しかし、道具がどれほど便利になろうとも、市場という巨大なシステムの残酷な本質は歴史上いっさい変わっていない。
資本主義のルールの下で、私たちはどのようにして自らの財産を守り、そして増やしていくべきなのだろうか。
その難題に対するひとつの明確な羅針盤となるのが、橘玲(たちばな・あきら、1959年〜)による著書『臆病者のための株入門』である。
著者の橘玲は、早稲田大学第一文学部ロシア文学科を卒業したのち、金融や経済の複雑なメカニズムを鋭い視点で解き明かす数々の著作で知られる作家である。
本名は非公開でありながら、その冷静で透徹した論理展開は多くの読者の支持を集めている。
本書の第一刷が文春新書から発行されたのは、2006年4月20日のことだった。
全229ページというコンパクトな分量の中に、投資という行為の根源的な意味が凝縮されている。
他人の予想を予想する奇妙なゲーム
株式市場という場所がいかなる空間であるのかを理解することは、投資を始める上での絶対的な前提条件となる。
著者は堀江貴文(ほりえ・たかふみ、1972年〜)が世間を騒がせていた時代の空気を引き合いに出しながら、市場の本質を次のように鋭く指摘している。
株式投資は、ある意味で、他人の予想を予想するという奇妙なゲームである。そして、情報化社会では、この予想の連鎖は増幅されて、ひとつの大きな流れになる。(P.59「第2章 ホリエモンに学ぶ株式市場」)
この指摘は、株式投資という行為が、純粋に現実の企業情報だけを追いかけるものではないという事実を浮き彫りにしている。
市場で形成される株価というものは、その企業の現在の利益や資産価値だけで決まるわけではない。
それを評価し、売買を行う無数の株の購入者たちの思惑や、未来に対する過剰な期待、あるいは根拠のない恐怖といった心理的な揺らぎが複雑に絡み合って反映されるのである。
これは、自分が個人的に一番素晴らしいと思う企業を探し出す作業ではない。
市場に参加している名もなき群衆の多くが、「あの企業が一番だ」と思い込むであろう対象を、一歩先回りして検討する作業なのである。
著名な経済学者がかつて、株式投資を新聞の美人投票コンテストに例えたことがあるが、まさにその構造と同じである。
自分が美しいと思う人を選ぶのではなく、平均的な参加者が美しいと選ぶであろう人を予想しなければ勝つことはできない。
さらに著者が指摘するように、現代のような高度な情報化社会においては、人々の予想はネットワークを通じて瞬時に共有され、フィードバックループのように無限に増幅されていく。
小さな噂が巨大なうねりとなり、あっという間に一つの大きな相場の流れを作り出してしまうのである。
この論理を極限まで推し進めると、非常に奇妙な結論にたどり着く。
もし市場が人々の予想の連鎖だけで動いているのであれば、最終的にはそこに会社の実体すら不要になるのではないか、という思考実験である。
人々の期待という情報さえ存在すれば、中身のない箱であっても価格は乱高下し、そこで利益を得る者が現れる。
投資の恐ろしさと魅力は、この情報が作り出す虚像と、現実の実体経済との間に生じる歪みの中にあると言っても過言ではない。
非合理な人間の行動と市場の歪み
もし市場に参加するすべての人間が、コンピュータのように冷徹で合理的な判断を下すことができれば、市場は完全に効率的になり、誰も平均以上の利益を得ることはできなくなるだろう。
しかし、現実はまったく異なっている。
しかし、人間はつねに合理的な行動をとるわけではない。常勝トレーダーの存在は、自らすすんで損をしたり、心理的な錯覚によって間違った行動をとるプレイヤーが市場に一定数いることを示している。(P.78「第3章 デイトレードはライフスタイル」)
市場において常に勝ち続ける少数の人間が存在するという事実は、一つの残酷な真実を証明している。
それは、積極的に、あるいは無意識のうちに負け続けている人間が大量に存在しているということである。
投資の世界は、誰かの利益が誰かの損失によって賄われるゼロサムゲームに近い側面を持っている。
勝者がいる裏側には、必ず敗者がいるという逆説的な構造を冷静に捉えることが重要である。
人間は、自分自身が思っているほど合理的な存在ではない。
少しでも利益が出ればすぐに確保したくなり、逆に損失が出るとそれを取り返そうと意固地になって傷口を広げてしまうという、非合理的な心理構造を持っている。
恐怖や欲望といった感情が理性を容易に乗っ取り、心理的な錯覚を引き起こして、間違った売買ボタンを押させてしまうのである。
市場にこうした非合理的な行動をとるプレイヤーが絶えず供給され続ける限り、そこには常に歪みが生まれ、合理的に立ち回る者にとっての利益の源泉となる。
私たちはまず、自分自身もまた非合理な感情を持った弱い人間であることを深く自覚しなければならない。
その自覚こそが、市場の錯覚に飲み込まれないための最初の防波堤となるのである。
詐欺の構造と自ら機会を創造する力
投資に興味を持つと、驚くほど様々なところから甘い誘惑が舞い込んでくるようになる。
しかし、その大半は私たちの財産を狙う危険な罠である。
世の中には「ぜったい儲かりますよ」という話に簡単にお金を出すお人よしがたくさんいるけど、これはその瞬間に詐欺だと見破れる。だって、もしほんとうなら自分で儲ければいいじゃん。(P.95「第4章 株式投資はどういうゲームか?」)
この著者の言葉は、経済の基本原則を見事に突いた非常に明快な真理である。
本当に確実で莫大な利益を生む方法があるのなら、わざわざ他人に教える合理的な理由はどこにも存在しない。
資金を借り入れてでも自分一人で独占して実行したほうが、はるかに大きな富を築けるからである。
他人にその話を持ちかけてくる時点で、その儲け話の真の目的は、話を持ちかけられた人間の資金を奪い取ることにある。
冷静な状態であれば、こんな単純な論理は高校生でもすぐに見破ることができるはずだ。
しかし、人間はお金がない時、心が弱っている時、日々の生活に忙殺されている時、あるいは極度に疲労している時には、この当たり前の判断能力が著しく低下してしまう。
思考が鈍り、すがるような思いで非論理的な言葉を信じ込んでしまうのである。
他人が親切に持ってくる儲け話など、この世界には絶対に存在しない。
真の儲けの機会というものは、誰かから与えられるものではなく、自分自身の知恵と労力を使って発見するものである。
あるいは、誰も気づいていない仕組みを自らの手で発明するしかないのである。
有限責任という人類の偉大な発明
株式投資の仕組みを根底から支えているのは、株式会社という組織の特殊なルールである。
著者は歴史的な背景を紐解きながら、その本質を次のように説明している。
株式会社というと「有限責任」が強調されるけど、いちばんのポイントは、損を限定することでみんなを冒険的にすることなのだ。こうして大航海時代の船乗りたちは、七つの海をまたにかけ、誰も見たことのない「新大陸」を目指した。(P.97「第4章 株式投資はどういうゲームか?」)
株式会社の最大の革新性は、「有限責任」というシステムを社会に導入したことにある。
有限責任とは、出資した金額以上の損失を被ることは絶対にない、という法的な約束のことである。
もし事業が失敗して莫大な借金を抱えたとしても、株主は自分の出資金を失うだけで済み、個人の財産まで没収されることはない。
この損失の上限が明確に設定されたことによって、人類の行動原理は劇的に変化した。
最悪の事態が予測可能になったことで、人々はより冒険的に、より積極的に未知の領域へと資金を投じることができるようになったのである。
かつての大航海時代に、荒れ狂う海を越えて新大陸を目指すという極めて危険な事業に多くの資金が集まったのも、この有限責任という盾があったからこそである。
リスクを分散し、限定するという工学的なシステム設計が、歴史を大きく動かしたと言えるだろう。
現在の巨大に成長した株式会社が、かつてのような冒険精神を持ち続けているかどうかは議論の余地がある。
しかし、少なくともこの損失が限定されるというルールがなければ、現代の豊かな資本主義社会が成立しなかったことだけは歴史が証明している。
資本主義という純粋なゲームの規則
資本主義というシステムに対しては、古くから様々な批判や道徳的な注文が投げかけられてきた。
しかし、著者は資本主義のルールを極めて冷徹に定義づけている。
資本主義とは、だれもがもっとも効率的にお金を稼いだかを競うゲームである。だから、ここに別に規則の体系を持ち込むと話がこんがらがってしまう。「1株株主だって平等な人間なんだから、株主総会でビル・ゲイツと同じ権利を持つべきだ」とか。これでは文句ばかり多くて、マトモな経営は不可能だ。(P.99「第4章 株式投資はどういうゲームか?」)
資本主義の根本的な定義とは、誰が最も効率的に資本を増殖させることができるかを競う、純粋なゲームである。
そこに、人間の平等であるとか、道徳的な正義であるとか、社会的な公平性といった、全く別の思想体系や主義主張を混ぜ合わせてはいけないのである。
一つのゲームを成立させるためには、単一の明確なルールブックが必要である。
チェスの試合中に将棋のルールを持ち込めばゲームが崩壊するように、資本の論理に民主主義の多数決の論理を持ち込むことはシステムを機能不全に陥らせる。
ビル・ゲイツ(Bill Gates、1955年〜)のような巨額の資本を持つ人間と、わずかな株しか持たない人間が平等に扱われないのは、このゲームにおいては資本の大きさが発言力の大きさそのものだからである。
一つの目的に向かう組織において、複数の相反するルールブックは不要どころか有害でさえある。
これは何も投資の世界に限った話ではない。
経営の現場や、あるいは日常のプロジェクト管理など、他の多くの物事やテーマにも応用できる普遍的な原則である。
目的の異なる価値観を安易に混ぜ合わせることは、組織の推進力を奪う危険な行為なのである。
株式の価値と現在価値という魔法
では、私たちが日々売買している株式というものの本当の価値は、どのように計算されるべきなのだろうか。
著者はファイナンス理論の根幹を、非常にシンプルな一文で表現している。
株式の価値は、その会社が将来にわたって生み出すすべての利益を現在価値に換算したものである。(P.104「第4章 株式投資はどういうゲームか?」)
これが、金融の世界における株式の価値の絶対的な定義である。
ここで最も重要なポイントとなるのが、「現在価値」という概念である。
お金の価値というものは、時間の経過とともに変化する性質を持っている。
例えば、今すぐもらえる100万円と、10年後にもらえる100万円では、絶対に今の100万円の方が価値が高い。
なぜなら、今100万円を受け取ってそれを安全な銀行に預けておけば、10年間で利息がつき、10年後には100万円以上の金額に成長しているからである。
つまり、未来に生み出されるであろう利益を現在の価値で評価するためには、時間という要素を考慮して価値を割り引いて計算しなければならない。
ということは、株式の価値を知るために必要な情報は、たったふたつしかない。将来の利益と、割引率である。これがわかると、「ファイナンス論」の半分は理解できたことになる。(P.105「第4章 株式投資はどういうゲームか?」)
企業が将来生み出すであろうキャッシュフロー(利益)の総額を予測し、それを適切な「割引率」を用いて現在の価値に引き直す。
この2つの要素さえ正確に把握できれば、どんな複雑な企業の価値であっても計算することが理論上は可能となる。
現在価値は、常に一定の割引率というフィルターを通して換算される。
だからこそ、金利の変動などによって割引率が少し変わるだけで、企業の現在の評価額は大きく変動してしまうのである。
株と債券という二つの金融商品
金融の世界には無数の商品が存在するように見えるが、その骨組みは驚くほど単純である。
著者は債券というもう一つの重要な仕組みについて、わかりやすい例を提示している。
株式と並ぶ代表的な金融商品に債券がある。「1年後に10%の利息をつけてお返ししますから100万円お借りします」というような契約を記した証書のことで、個人(住宅ローンや消費者金融)から会社(社債)、地方自治体(地方債)、特殊法人(政府機関債)、日本国(国債)まで、さまざまな借金がある。(P.106「第4章 株式投資はどういうゲームか?」)
債券とは、極めてシンプルに言えば借用書のことである。
お金を貸した見返りとして、決められた期日に決められた利息を受け取る権利を約束したものである。
私自身、長年株取引をしてきながら、この債券という仕組みについていまいち正確に理解できていない部分があったが、この説明で非常にすっきりと理解することができた。
そして著者は、複雑に見える金融市場の正体を次のように看破する。
「金融商品」というとなにやら高尚そうに聞こえるが、つきつめれば株と債券のふたつしかない。(P.106「第4章 株式投資はどういうゲームか?」)
世の中に溢れる難解な名前の投資信託やデリバティブ商品も、突き詰めればすべて株と債券の組み合わせ、あるいはその派生でしかない。
このシンプルな真実は、投資初心者が複雑な市場に立ち向かう上で、非常に心強い知識となる。
バランスシートから読み解く企業の正体
企業がどのようにしてお金を集め、利益を生み出しているのかを視覚的に表したものがバランスシート(貸借対照表)である。
著者はこの仕組みを、おもちゃ箱に例えてユーモラスに解説している。
会社というのは、負債と資本で事業に必要な資金を調達し、それを資産という箱に投入して利益を吐き出すオモチャみたいなものだ。このとき負債でファイナンスするのが債券、資本を使うと株式になる。(P.106「第4章 株式投資はどういうゲームか?」)
ここで使われている「ファイナンス」という言葉は、単純に資金調達を意味している。
企業のバランスシートの右側には、その企業がどこからお金を集めてきたかという資金調達(ファイナンス)の内訳が記載されている。
その方法は大きく分けて二つしかない。
一つは銀行からの借入や債券の発行による「負債」であり、これはいつか必ず返済しなければならないお金である。
もう一つは、株式を発行して投資家から集めた「資本」であり、これは原則として返済する義務のないお金である。
そしてバランスシートの左側には、そうして集めたお金をどのような「資産」(現金、工場、土地など)に変えて事業に投入しているかが示されている。
集めた資金を効率的に運用し、そこから利益という果実を絞り出すための巨大な装置、それが会社というものの正体である。
文章で読むと難しく感じるかもしれないが、このように右から左への資金の流れとして図式化して捉え直すことで、ようやく理解が追いついてきた。
こうした会計の基礎知識は、一度読んで理解したつもりになってもすぐに忘れてしまうため、繰り返し反復し、時間を置いて頭に染み込ませることが何よりも大事なのである。
割引率が決定する現在価値の法則
株式や債券の価値を計算する上で、割引率という概念がいかに決定的な役割を果たすかについて、著者は数学的な真理を簡潔に述べている。
現在価値は、割引率が高いほど安くなり、割引率が低いほど高くなる。(P.108「第4章 株式投資はどういうゲームか?」)
これは金融商品の価値を決定する上で、最も重要な法則の一つである。
文字面だけを追えば、分母が大きくなれば答えは小さくなり、分母が小さくなれば答えは大きくなるという、小学生でもわかる当然の算数を言っているに過ぎない。
しかし、この当然の理屈が市場では強烈な威力を発揮する。
社会全体の金利が上昇し、投資家が求める割引率が高くなると、将来生み出される利益の現在の価値は計算上、自動的に大きく目減りしてしまう。
その結果、企業の実績に何の変化もなくても、株価は理論的に暴落することになるのである。
逆に金利が下がれば、株価は魔法のように押し上げられる。
この単純な算数の法則をしっかりと頭に叩き込んでおかなければ、市場の大きな変動の波にただ翻弄されるだけになってしまうだろう。
このようにすべての債券は、割引率が決まれば自動的に価格が決まる。すなわち債券投資とは、金利(割引率)を予想するゲームなのだ。(P.109「第4章 株式投資はどういうゲームか?」)
債券の配当や元本返済の額はあらかじめ決められているため、将来のキャッシュフローは完全に固定されている。
したがって、唯一の変動要素である金利(割引率)さえ決まれば、その債券の現在価値は数学的にただ一つの答えに収束する。
債券市場のプロフェッショナルたちが日々行っているのは、企業の将来を予想することではなく、マクロ経済の動向から将来の金利がどう動くかを当てるという、非常に高度な予想ゲームなのである。
知っておくべき共通言語としての用語
投資の世界には、独特のアルファベットの略語が数多く登場する。
著者はそれらを避けて通ることはできないと忠告している。
こうした用語は株式会社の基本なので、ひととおり押さえておきたい。(P.112 注釈部分)
著者がここで言う「こうした用語」とは、企業の収益力を測るための基本的な指標のことである。
例えば、当期純利益を発行済み株式数で割って算出される、一株当たり純利益であるEPS(Earnings Per Share)。
あるいは、現在の株価をこのEPSで割ることで、株価が利益に対して何倍まで買われているかを示す株価収益率のPER(Price Earnings Ratio)などである。
これらは単なる専門用語の丸暗記ではなく、市場参加者が企業の価値を測るための共通の言語である。
外国語を学ぶのと同じように、まずは言葉を知り、そしてその言葉が示す本質的な意味と計算構造を深く理解しなければ、投資のスタートラインに立つことすらできない。
バフェットの理論価値と長期投資
株式投資で富を築く方法は決して一つではないが、歴史上最も成功した投資家の一人であるウォーレン・バフェット(Warren Buffett、1930年〜)の手法は、あまりにも有名である。
著者はその本質を次のように要約している。
バフェットの投資法を簡単にいうと、財務諸表などから企業の本質的な価値(理論価値)を推定し、現在の株価がその理論価値よりもはるかに安ければ大量に保有し、市場が自らの過ちに気づいて株価が上がるのを待つ、というものである。(P.115「第5章 株で富を創造する方法」)
これは、いわゆるバリュー投資と呼ばれる王道の手法の概略である。
徹底的な財務分析によって企業の本当の価値を計算し、市場のパニックや無関心によって株価がその価値を大きく下回っている時を見計らって買い集める。
そして、いつか必ず市場が冷静さを取り戻し、株価が本来の価値へと収束していくのをじっと耐え忍んで待つという、長期投資の極意である。
さらに注目すべきは、バフェットが保有する銘柄数は極端に絞り込まれており、多い時でも10社を超えることはないという事実である。
自分が完全に理解でき、その将来に絶対の自信を持てる少数の企業だけに集中して資金を投じることで、彼は莫大な富を築き上げたのである。
竹田和平の旦那道と配当の重要性
日本にも、バフェットと同じような哲学で巨万の富を築いた投資家が存在する。
「平成の花咲爺」と呼ばれた竹田和平(たけだ・わへい、1933年〜2016年)である。
竹田の投資法も、バフェットと同じでひじょうにシンプルだ。会社四季報を見ながらPER(株価収益率)やPBR(株価純資産倍率)などの基本的な指標を参考に、会社の適正な価値に比べて割安に放置されている銘柄を探すだけだという。(P.117「第5章 株で富を創造する方法」)
竹田和平は、父親とともに愛知県で菓子製造業をはじめ、タマゴボーロの大ヒットで事業家として成功を収めた人物である。
かつては山一證券の筆頭株主であったが、その巨大証券会社の倒産という衝撃的な経験をきっかけとして、見栄えの良い大企業の銘柄ではなく、堅実で割安な株への投資へとスタイルを大きく転換させた。
彼の手法もまた、基本的な指標から適正価値を弾き出し、割安なものを買うという極めてシンプルでオーソドックスなものである。
竹田がもっとも重視するのは、財務内容のなかでも株主資本比率と配当性向・配当利回りである。利益の中から毎年株主にきちんと配当を支払い、そのうえで株主資本(資本金)を積み上げていく“まっとうな会社”以外は相手にしないのだ。(P.117「第5章 株で富を創造する方法」)
ここで注目すべきは、彼が企業の健全性を示す株主資本比率とともに、「配当」という要素に非常に強いこだわりを持っている点である。
利益を内部に溜め込むだけでなく、株主に対して毎年きちんと現金を還元する姿勢こそが、経営の誠実さの証明であると考えたのである。
私自身も、銘柄を選ぶ際にはこの配当の有無や利回りを必ずチェックしている。
もちろん、定期的に銀行口座に配当金が振り込まれる喜びという単純な理由もある。
しかしそれ以上に、毎年安定して配当を出せるということは、その企業が一時的なブームではなく、順調に利益を生み出す事業を継続できているという何よりの証拠になるからである。
竹田和平もまた、一度買った株は経営方針が根本的に変わらない限り、長期にわたって保有し続けたという。
彼はこの、企業を応援し育てるような投資スタイルを、日本的な美意識を込めて「旦那道」と呼んでいたそうである。
投資とは単なるマネーゲームではなく、企業のパトロンになるという文学的で奥深い側面を持っていることを教えてくれるエピソードである。
バフェットの法則を解剖する
バフェットの投資判断の基準をさらに具体的に理解するために、著者はロバート・G・ハグストローム(Robert G. Hagstrom、1956年〜)の著書から、その核心となる原則を引用している。
企業に関する原則
その事業は簡明で理解しやすいか?
安定した業績の記録があるか?
長期の明るい展望があるか?
経営に関する原則
合理性を尊重できる経営者であるか?
株主に対して率直で誠実か?
横並びの強制力に負けないか?
財務に関する原則
1株当たり利益ではなく株主資本利益率を重視する。
“オーナー収益”を計算する。
売上高利益率の高い企業を探す。
保留資産1ドル当たり、少なくとも1ドルの割合で株価に反映していることを確認する。
マーケットに関する原則
企業の真の価値を確定する。
企業の価値に対し大幅に割安な価格で買えるか?
(P.123「第5章 株で富を創造する方法」)
これらは、投資対象を絞り込むための非常に厳格なスクリーニングの条件である。
事業の内容が自分にとって理解できるほどシンプルであるか、経営者が過去の失敗を隠さずに誠実に報告しているかなど、数字だけでは測れない定性的な部分も強く求めている。
特に財務に関する原則において、表面的な1株当たり利益(EPS)の増加に騙されることなく、株主から預かった資本をどれだけ効率的に使って利益を上げているかを示す株主資本利益率(ROE)に本質的な価値を見出している点は重要である。
また、“オーナー収益”という独自の概念を用いたり、企業が内部に留保した利益が確実に企業価値の向上につながっているかを厳しくチェックする項目などは、非常に高度な会計の知識を要求される部分である。
この財務に関する深い分析手法については、一朝一夕に身につくものではなく、本書の注釈部分にある橘玲の詳細な解説などを頼りに、理解するのが必須である。
証券会社と投資家の利益相反
割安な株を探して長期投資をするという手法が理論的に正しかったとしても、証券会社がそれを私たちに積極的に勧めてくることはない。
そこには、金融業界に構造的に組み込まれたエージェンシー問題(利益相反)が存在している。
問題は、適正株価を安く評価された会社が怒り出すことにある。ライブドアのように、高い株価を活用して合併・買収で成長しようとする企業は、証券会社にとってもいちばんの得意客だ。その株価を低く評価して、投資家に売りを勧めることなどできるはずがない。(P.136「第5章 株で富を創造する方法」)
証券会社にとっての最大の顧客は、なけなしの資金を投じる個人の投資家ではなく、巨額の資金調達や企業買収を行う大企業である。
もし証券会社のアナリストが「この企業の株価は実力不相応に高すぎるから売るべきだ」という正直なレポートを出せば、その企業からの怒りを買い、莫大な手数料を生み出す取引の機会を失ってしまう。
さらに言えば、証券会社の社員は毎月決まった給料が振り込まれる会社員である。
自分のキャリアを危険に晒してまで、顧客である個人のために市場の空気に逆らうような本当のリスクを取る意味など全くないのだ。
証券会社のビジネスモデルは、顧客に頻繁に売買を繰り返させて手数料を稼ぐ商売である。
一度買ったら何十年も売らないというバフェットのような投資家は、彼らにとって最もありがたくない存在なのである。
投資家は、プロが提供する情報には常にこうしたポジショントークが含まれているという構造的な罠を理解しておかなければならない。
リスクの真の定義と予測可能性
金融の世界で最も誤解されている言葉の一つが「リスク」である。
著者はこの言葉の厳密な定義について、物理学的な比喩を用いて鮮やかに解説している。
リスクというのはたんに「損する可能性」ではなく、数学的に予測可能性の程度を示す。氷の上の花粉はリスクが低く、沸騰した水のなかの花粉はリスクが高い。なぜなら前者は予測可能性が高く、後者はそれがきわめて低いからだ。(P.145「第6章 経済学的にもっとも正しい投資法」)
一般的に日常会話で使われるリスクとは、単なる「危険」や「損をする可能性」という意味合いが強い。
しかし、ファイナンス理論におけるリスクとは、良い方向であれ悪い方向であれ、結果がどれだけブレるかという「予測のしにくさ」そのものを指している。
氷の上に落ちた花粉は、ほとんど動かないため、一秒後にどこにあるかを予測することは非常に容易である。
つまりリスクが低い。
一方で、沸騰した熱湯の中に落ちた花粉は、熱運動によって激しくデタラメに動き回るため、一秒後の位置を予測することは極めて困難になる。
これがリスクが高い状態である。
リスクが低いということは予測可能性が高いことであり、リスクが高いということは予測可能性が低いことである。
学問における言葉の定義を正確に捉えることは、理論を構築する上で最も重要な土台となる。
統計学における分散という概念
著者はさらに、このリスクという概念を統計学の視点から数値化して説明する。
統計学では、このリスクのことを「分散(散らばり方)」という。たとえば銀行預金は、決められた時期に決められた利息が支払われるので、分散はきわめて小さい(リスクが低い)。それに対して株式は、暴騰したり暴落したりすることもあるので分散は大きい(リスクが高い)。(P.146「第6章 経済学的にもっとも正しい投資法」)
統計学において、データの平均値からの散らばり具合を示す指標を「分散」あるいは標準偏差と呼ぶ。
金融の世界では、この分散の大きさがそのままリスクの大きさとして扱われる。
銀行預金は、結果が約束されているため、平均からの散らばりはゼロに近く、分散は極めて小さい。
したがって予測可能性は高く、リスクは低いという計算になる。
反対に株式は、ある年は50%上昇し、次の年は30%下落するといった具合に、リターンの散らばり方が非常に激しい。
分散が大きいため、来年の結果を予測することは不可能に近く、ゆえにリスクが高い金融商品として分類されるのである。
このように、曖昧な恐怖の感情ではなく、数学的な散らばりの数値としてリスクを客観視できるようになることは、投資家としての一つの大きな成長である。
CAPM理論と究極の結論
リスクとリターンの関係を数学的に解き明かそうとした現代ファイナンス理論は、ある一つの壮大な結論に到達した。
著者はその到達点を次のように記している。
「CAPM理論が正しければ、世の中に効率的ポートフォリオはたったひとつしかない。それは株式市場の縮小コピーである」ファイナンス理論が最終的に行き着いた場所はここであった。(P.153「第6章 経済学的にもっとも正しい投資法」)
これは、1990年にハリー・マックス・マーコウィッツ(Harry Max Markowitz、1927年~2023年)と同種の研究でノーベル経済学賞を受賞したアメリカの経済学者、ウィリアム・フォーサイス・シャープ(William Forsyth Sharpe、1934年〜)が提唱した資本資産価格モデル、通称CAPM(キャップエム)理論が導き出した究極の答えである。
この理論を極限まで単純化して言えば、個別の企業の業績を分析して特定の株を選び出そうとする努力は、長期的には全て無駄に終わるということである。
市場全体が完全に効率的であるならば、最もリスクが低く最も効率的な投資方法は、市場に存在するすべての株式を、その時価総額の割合に応じて丸ごと買い占めることしかない。
つまり、あれこれと思い悩むことはやめて、世界全体の株式市場、あるいはアメリカ全土の株式市場の動きに連動するインデックスファンドをただ機械的に購入して持ち続ければ良い、という身も蓋もない結論である。
皮肉なことだが、天才的な頭脳を持った経済学者たちが何十年もかけて複雑な数式をこねくり回した結果たどり着いたのが、この誰にでもできる最も退屈な投資法だったのである。
金融リテラシーという最大の武器
様々な投資手法や理論を見てくると、一つの明確な事実に突き当たる。
投資において、確実に勝てる魔法の杖など存在しないということだ。
投資は偶然性に左右されるゲームであり、確実に儲かる方法などどこにも存在しない。だが確実に損をする方法ならいくらでもある。金融リテラシーは、投資家が身を守るための唯一にして最大の武器なのである。(P.192「第7章 金融リテラシーが不自由なひとたち」)
未来の株価の動きには常にランダムなノイズが含まれており、それを完全に予測して確実に利益を上げる方法は、この宇宙のどこにも存在しない。
しかし、手数料の高すぎる投資信託を買うことや、怪しい詐欺話に乗ること、資金管理を怠って一発逆転の大勝負に出ることなど、確実に資産を失う「必敗法」ならいくらでも挙げることができる。
だからこそ、私たちにできる最善の努力は、金融に関する正しい知識や仕組みを学ぶこと、すなわち「金融リテラシー」を高めることだけである。
確実に損をする地雷の位置を知り、それを慎重に避けて歩くこと。
一見地味に見えるこの防御力こそが、長期的に市場を生き残るための最大の武器となり、結果として資産を増やすという攻撃力に直結していくのである。
無知であることは、市場において搾取されるための最も簡単な条件であることを忘れてはならない。
学び続ける投資家への道
知識の吸収というものは、ただ文字面をなぞるだけでは決して身につかない。
自分自身が身銭を切り、市場の恐怖と歓喜を味わい、本気で前傾姿勢になって市場に向き合った時に初めて、かつて読んだ言葉が血肉となって理解できるようになる。
本書を通じて、ファイナンス理論の基礎から行動経済学的な人間の心理に至るまで、極めて実践的で有益な学びを得ることができるはず。
そして、学びの旅はこれで終わりではない。
本書の巻末にまとめられている参考文献のリストは、さらなる深淵へと続く地図である。
投資の世界において、学びを止めた者から順番に市場から退場させられていく。
私たちはどこまでいっても市場の前では臆病な存在であり、だからこそ、その臆病さを武器に変えるための知性を磨き続けなければならないのである。
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