仲野徹の略歴
仲野徹(なかの・とおる、1957年~)
生命科学者。
大阪府大阪市の生まれ。大阪府立大手前高等学校、大阪大学医学部医学科を卒業。ヨーロッパ分子生物学研究所(EMBL)研究員、京都大学医学部助手、講師、大阪大学の教授などを経て、大阪大学大学院の教授。
『生命科学者たちのむこうみずな日常と華麗なる研究』の目次
はじめに文庫版 はじめに第1章 波乱万丈に生きる野口英世 一個の男子か不徳義漢かクレイグ・ベンター 闘うに足る理由アルバート・セント=ジェルジ あとは人生をもてあます異星人ルドルフ・ウィルヒョウ 超人・巨人・全人第2章 多才に生きるジョン・ハンター マッドサイエンティスト×外科医トーマス・ヤング “Polymath”多才の人森鴎外(林太郎) 石見ノ人、脚気論争シーモア・ベンザー 「オッカムの城」の建設者第3章 ストイックに生きるアレキシス・カレル 「奇跡」の天才医学者オズワルド・エイブリー 大器晩成 ザ・プロフェッサーサルバドール・E・ルリア あまりにまっとうな科学者の鑑ロザリンド・フランクリン 「伝説」の女性科学者吉田富三 鏡頭の思想家第4章 あるがままに生きるリタ・レーヴィ=モンタルチーニ ライフ・イズ・ビューティフルマックス・デルブリュック ゲームの達人 科学版フランソワ・ジャコブとジャン・ドーセ フレンチ・サイエンティスツ北里柴三郎 本邦最高の医学者番外編 読まずに死ねるか!おわりに 今日も伝記を読んでいる文庫版特典 「超二流」研究者の自叙伝文庫版 おわりにちょっと気になる人名索引引用・参考文献一覧
『生命科学者たちのむこうみずな日常と華麗なる研究』の概要
2019年8月20日に第一刷が発行。河出文庫。419ページ。
2011年12月19日に学研メディカル秀潤社から刊行された『なかのとおるの生命科学者の伝記を読む』に加筆して、文庫化したもの。
18名の生命科学者の生涯をコンパクトにまとめた伝記ノンフィクション。生命科学の知識がない人でも読めるように工夫された構成。
登場するのは以下の人物たち。
野口英世(のぐち・ひでよ、1876年~1928年)…福島県出身の医師、細菌学者。
ジョン・クレイグ・ベンター(John Craig Venter、1946年~)…アメリカの分子生物学者、実業家。
アルバート・セント=ジェルジ(Albert Szent-Györgyi、1893年~1986年)…ハンガリー出身のセーケイ人でアメリカ合衆国に移住した生理学者。ビタミンCの発見者。1937年度のノーベル生理学・医学賞を受賞。
ルドルフ・ウィルヒョウ(Rudolf Ludwig Karl Virchow、1821年~1902年)…ドイツ人の医師、病理学者、生物学者、政治家。白血病の発見者。
ジョン・ハンター(John Hunter、1728年~1793年)…イギリスの解剖学者、外科医。「実験医学の父」「近代外科学の開祖」とも。
トーマス・ヤング(Thomas Young、1773年~1829年)…イギリスの物理学者。エネルギー (energy) という用語を最初に用い、その概念を導入。
森鴎外(もり・おうがい、1862年~1922年)…島根県出身の陸軍軍医、小説家。本名は、森林太郎(もり・りんたろう)。
シーモア・ベンザー(Seymour Benzer、1921年~2007年)…アメリカの物理学者、遺伝学者、分子生物学者。
アレキシス・カレル(Alexis Carrel、1873年~1944年)…フランスの外科医、解剖学者、生物学者。1912年度のノーベル生理学・医学賞を受賞。
オズワルド・エイブリー(Oswald Theodore Avery、1877年~1955年)…カナダ生まれのアメリカ人医師、医学研究者、分子生物学者。
サルバドール・E・ルリア(Salvador Edward Luria、1912年~1991年)…イタリアの微生物学者、分子生物学者。1969年度のノーベル生理学・医学賞を受賞。
ロザリンド・エルシー・フランクリン(Rosalind Elsie Franklin、1920年~1958年)…イギリスの物理化学者、結晶学者。
吉田富三(よしだ・とみぞう、1903年~1973年)…福島県出身の病理学者。ラットの腹水癌である吉田肉腫と腹水肝癌の発見の発見で、実験腫瘍学に貢献。
リタ・レーヴィ=モンタルチーニ(Rita Levi-Montalcini、1909年~2012年)…イタリアの神経学者。1986年度のノーベル生理学・医学賞を受賞。
マックス・デルブリュック(Max Ludwig Henning Delbrück、1906年~1981年)…アメリカの生物物理学者。1969年度のノーベル生理学・医学賞を受賞。
フランソワ・ジャコブ(François Jacob、1920年~2013年)…フランスの医師、病理学者、遺伝学者。1965年度のノーベル生理学・医学賞を受賞。
ジャン・ドーセ(Jean-Baptiste-Gabriel-Joachim Dausset、1916年~2009年)…フランスの免疫学者、医師。1980年度のノーベル生理学・医学賞を受賞。
北里柴三郎(きたざと・しばさぶろう、1853年~1931年)…熊本県出身の微生物学者、教育者。「近代日本医学の父」とも。
それぞれの研究内容やエピソード、人物の性格などに関する記述も豊富に掲載されている。
「文庫版特典」としては、著者である仲野徹の自叙伝も。
『生命科学者たちのむこうみずな日常と華麗なる研究』の感想
多分、単行本の頃から、気になっていた本。
評判も良くて、何となくやっぱり購入しようと思って、手に入れた。
結論としては、とても面白かった。
もちろん、生命科学の知識はほとんどないので、専門的なことは分からない。
でも、真理に向かって挑戦した人々の生き様や人類の叡智は、とても輝いて見える。
文量も、419ページでなかなかのボリュームではあるが、とても楽しく読み進めることができる。
以下、引用なども含めて。
しかし、イザベル・R・プレセットの『野口英世』(星和書店)は、「偶像視」でも「偶像破壊」でもない野口像をあますことなく記録した野口伝記の最高峰である。(P.21「第1章 波乱万丈に生きる」)
イザベル・R・プレセット(Isabel Rosanoff Plesset、1912年~1985年)は、実際に野口英世にも会ったことのある人物。
伝記『野口英世』は、かなりの評判のようだ。
野口英世の人物としてのマイナス面に関しては、斎藤兆史(さいとう・よしふみ、1858年~)の『英語達人列伝』で、知っていた。
というか、その時に初めて知って衝撃を受けた。金遣いの粗さ、婚約への経緯、婚約者への対応などなど。
自分の業績がいろいろな面で議論の的となっている以上「語っておくべき」と考えて執筆したのが『ヒトゲノムを解読した男――クレイグ・ベンダー自伝』(化学同人)である。(P.35「波乱万丈に生きる」)
これも、なかなか面白い。
他者が書いた伝記もあれば、自らが書く伝記もある。まぁ、所謂、自叙伝、自伝となる。
この著作もかなりのページ数ではあるが、評判もなかなか良い感じ。機会があったら、読んでみたいところである。
その伝記『解剖医ジョン・ハンターの数奇な生涯』(河出書房新社)は、その魅力をあますところなく伝えている。(P.91「第2章 多才に生きる」)
ジョン・ハンターは、近代医学の発展に貢献したが、解剖のために必要な死体を非合法な手段で調達していたという負の面もある。
そのため、ジョン・ハンターの住んでいた家は『ジキル博士とハイド氏』の邸宅のモデルにもなっている。
ピュリッツァー賞をとるような科学ノンフィクションは本当に面白い。その賞を受賞した科学ライターであるジョナサン・ワイナーが、分子生物学者シーモア・ベンザーについて書いた本のタイトルは、『TIME, LOVE, MEMORY(時間、愛、記憶)』。(P.143「第2章 多才に生きる」)
ジョナサン・ワイナー(Jonathan Weiner、1953年~)は、アメリカのノンフィクション作家。ハーバード大学の出身者。
ピューリッツァー賞(Pulitzer Prize)は、アメリカにおける新聞、雑誌、オンライン上の報道、文学、作曲の功績に対して授与される賞。
ジョーゼフ・ピューリツァー(Joseph Pulitzer、1847年~1911年)が、新聞出版業で財を成して、1917年に遺志に基づいて1917年に創設された。
なるほど。いろいろと勉強になる。
一九三八年に長崎医科大学に赴任し、徐々にではあるが、研究室を整備していく。富三は、これからの戦争は大和魂といったような精神主義で勝つことは無理で、物量戦になるに違いないと考えており、日米のがん研究の比較から「国の経済力というものの差が歴然としている。だから物量戦ではとうてい太刀打ちができるような問題では最初からない」と、太平洋戦争の開戦時には早くも敗戦を予見している。(P.232「第3章 ストイックに生きる」)
ここでは、日本人の吉田富三の話。
やはり、頭の良い人というか、俯瞰的に物事を見れる人は、未来も見通すことができる。
未来というか、論理的に正しい筋道がまっすぐに清らかに見えるのかもしれない。
吉田富三は、1935年にベルリンに留学、1938年に帰国。
海外生活があり、海外をその目で見て、知っているというのも、大きな要因であるとは思う。
この辺りに関していえば、猪瀬直樹(いのせ・なおき、1946年~)の『昭和16年夏の敗戦』も面白い。
ただ、あまり良くない評価をちょうだいしている研究者が一人だけいる。それは、レーヴィ=モンタルチーニがアメリカに渡ったころにルリアの学生であった、あのジェームズ・ワトソンである。(P.259「第4章 あるがままに生きる」)
ここは思わず笑ってしまったところ。
他者に対して、とても愛情深く、尊敬の念や好意的な精神を持っていたレーヴィ。
にもかかわらず、そんな彼女が苦手としたのが、ジェームズ・ワトソン。
ジェームズ・ワトソンは、ロザリンド・フランクリンと軋轢のあった人物。
しかも、後半生では、人種的差別発言を幾度か公的な場所でして、問題になっている逸話も。
素晴らしい人間性を持っていたレーヴィには、ジェームズ・ワトソンの底にある深い負の面が、見えてしまったのかもしれない。
「自分の成し遂げたことは他の人々のやっていたことと同じ程度のものであり、誰が受賞の対象となるかはむしろ運なのだ」と考えていたデルブリュックが、受賞を祝ってくれた人に贈ったのは平家物語の冒頭「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり……」であった。(P.274「第4章 あるがままに生きる」)
めちゃくちゃ格好良い。
ノーベル生理学・医学賞を受賞した際の発言。教養人というのは、こういう人を言うのだろうな。
素晴らし過ぎる。
しかも、謙譲の心を持ち、他者への尊敬というか、配慮も見受けられる。
やはり、しっかりとした人格形成というのは、大切である。
パスツールの名言にあるように「偶然は準備された知性を好む」ことは、肝に銘じておかなければならない。(P.370「おわりに」)
ルイ・パスツール(Louis Pasteur、1822年~1895年)は、フランスの生化学者、細菌学者。「近代細菌学の開祖」とも。
そのような人物の言葉を著者が引用。
どのような状況においても、常に動けるように準備を施しておくことの大切さを説く。
いやはや、本当に肝に銘じておくことである。
苦労を売りにするようでは、人間、おしまいである、と常々思っている。人間、苦労をしたほうがいいという人もいるが、どう考えてもしないに越したことはない。もちろん、苦労を乗り越えて立派になった方がたくさんおられるのはわかっている。しかし、苦労によってダメになった人の方が絶対に多数派だ。(P.402:文庫版特典「超二流」研究者の自叙伝)
これも大切というか、とても心に響いた部分である。
苦労をすれば良いわけではない。というか、苦労なんてしない方が良い。
そのように言い切れる人って、なかなかいなかったように思われる。
THE BLUE HEARTSの楽曲「スクラップ」にも、「苦労をすれば 報われるそんな言葉は 空っぽだ」という歌詞もある。
なるべく、苦労をしないように生きていきたいものである。
というわけで、生命科学に興味のある人や伝記が好きな人には、非常にオススメの作品。
巻末には、「引用・参考文献一覧」もあるので、そこからさらに関心のある人物や内容を掘り下げることも可能。
かなり濃密な一冊である。
書籍紹介
関連書籍
関連スポット
野口英世記念館
野口英世の出身地である福島県耶麻郡猪苗代町にある記念館。
公式サイト:野口英世記念館
森鴎外記念館(観潮楼跡・東京都)
東京都文京区千駄木にある森鴎外の記念館。森鴎外が晩年を過ごした旧宅・観潮楼の跡地。
公式サイト:森鴎外記念館
森鷗外記念館(島根県)
島根県鹿足郡津和野町にある森鴎外の記念館。森鴎外の生まれ育った場所であり、森鴎外旧宅もある。
公式サイト:森鷗外記念館
吉田富三記念館
福島県石川郡浅川町にある吉田富三の記念館。吉田富三の出身地。
公式サイト:吉田富三記念館
北里柴三郎記念博物館(東京都)
東京都港区白金にある北里大学の白金キャンパス内にある北里柴三郎の記念博物館。
公式サイト:北里柴三郎記念博物館
北里柴三郎記念館(熊本)
熊本県阿蘇郡小国町北里にある北里柴三郎の記念館。北里柴三郎の出身地。
公式サイト:北里柴三郎記念館