『祖父・小金井良精の記』星新一

星新一の略歴

星新一(ほし・しんいち、1926年~1997年)
小説家。
東京の生まれ。東京女子高等師範学校附属小学校(現・お茶の水女子大学附属小学校)を経て、東京高等師範学校附属中学校(現・筑波大学附属中学校・高等学校)に進む。
旧制の官立東京高等学校(現・東京大学教養学部及び東京大学教育学部附属中等教育学校に継承)に入学。東京大学農学部農芸化学科を卒業。東京大学大学院の前期修了。
本名は、筆名と同じ読み方で、漢字が異なる星親一。父親は、星薬科大学の創立者で星製薬の創業者・星一(ほし・はじめ、1873年~1951年)。

小金井良精の略歴

小金井良精(こがねい・よしきよ、1859年~1944年)
解剖学者、人類学者。
新潟県長岡市(越後国古志郡長岡)の生まれ。大学南校を経て、東京医学校を卒業後、ドイツへ留学。帰国後、東京帝国大学医学部教授を務める。
妻は、医学者で文学者の森鴎外(もり・おうがい、1862年~1922年)の妹で、歌人・翻訳者の喜美子(きみこ、1871年~1956年)。小説家の星新一は、孫にあたる。

『祖父・小金井良精の記』の目次

【上巻】
祖父
先祖たち
家と養子
佐久間象山
安政年間
司馬遼太郎『峠』より
河井継之助
戊辰のむかしがたり
焼野原
山本有三『米・百俵』
上京
明治初期の東京
医学を
初期の医学校
藤堂長屋
良精
士族の商法
解剖・ベルツ・大学
縁談
卒業
日記
ベルリン
郷愁
ビスマーク
大学で
ストラスブルグ
ワルダイエル教授
ふたたびベルリン
帰国
最初の妻
不幸
解剖家の職分
再婚
喜美子
北海道旅行
資料・エリス
ボートレース
明治24年─ 32年
講義・試験・そのほか
清国兵の計測
風俗
洋行
剖検
諏訪神社と桜草
住居
被害
喜美子「忠婢」(抄)
明治の後期
弟・寿衛造
幸徳秋水・山田憲
喜美子「ちまき」(抄)
母の死
北里柴三郎
野口英世
白いハト
青山の死・そのほかの死
島峰徹
坪井正五郎

【下巻】
退官
森林太郎の最期
原敬
アインシュタイン
震災
松沢病院
学士院・学術研究会議
旧友
権三郎
星一
御前講演
本邦先住民族の研究(要約)
ご陪食
6月2日
岸三二
大山柏
足立文太郎
騒音
私の幼年期
ふしぎな出来事
名誉教授室
椎木という男
マンロー
森於菟
チカと根付け
長岡
除幕式
揮毫
昭和8年4月
判断と仮説
一族会合
北京原人
咬合論文
昭和9年夏の私と周辺
杉山茂丸
ある日
四名の小使
私の少年期
小林幹
ワイデンライヒ
山本五十六
老年
古事記
昭和18年
残りの日
朴の落葉
焼失

概要

2017年8月4日に電子書籍として発行。新潮社。上下巻。

1974年に河出書房新社から単行本が刊行。2004年に河出文庫として上下巻で文庫化

母方の祖父である解剖学者・人類学者の小金井良精の生涯を、孫で小説家の星新一がまとめ上げた評伝。

星新一の幼年期の思い出話から物語は始まる。関ヶ原の戦い、そして、小金井家の初代へと繋がる。

1618年(元和4年)と書かれた記録など。さらに家系図を順に追っていく。もちろん、日本の歴史の大枠も振り返りながら。

目次にもある通り、様々な人物たちも登場する。

佐久間象山(さくま・しょうざん、1811年~1864年)…信濃国松代藩士。兵学者。

河井継之助(かわい・つぎのすけ、1827年~1868年)…越後長岡藩士。戊辰戦争の一部となる北越戦争を主導。

ワルダイエル(Waldeyer、Heinrich Wilhelm Gottfried、1836年~1921年)…ドイツの解剖学者。小金井良精の師。

幸徳秋水(こうとく・しゅうすい、1871年~1911年)…高知出身のジャーナリスト、思想家。

北里柴三郎(きたさと・しばさぶろう、1853年~1931年)…熊本出身の細菌学者。近代日本医学の父とも呼ばれる。

野口英世(のぐち・ひでよ、1876年~1928年)…福島出身の細菌学者。

島峰徹(しまみね・とおる、1877年~1945年)…新潟出身の医学博士、歯科医。

坪井正五郎(つぼい・しょうごろう、1863年~1913年)…東京出身の日本初の人類学者。

原敬(はら・たかし、1856年~1921年)…岩手出身の政治家。第19代内閣総理大臣。

アルベルト・アインシュタイン(Albert Einstein、1879年~1955年)…ドイツ生まれの理論物理学者。

岸三二(きし・さんじ、1899年~1991年)…東京出身の生化学者。

大山柏(おおやま・かしわ、1889年~1969年)…東京出身の考古学者。

足立文太郎(あだち・ぶんたろう、1865年~1945年)…静岡出身の解剖学者、人類学者。

森於菟(もり・おと、1890年~1967年)…東京出身の医師、解剖学者。森鴎外の息子。

杉山茂丸(すぎやま・しげまる、1864年~1935年)…福岡出身の政治運動家、実業家。

山本五十六(やまもと・いそろく、1884年~1943年)…新潟出身の海軍軍人。

他にも、目次にはないながら、福沢諭吉(ふくざわ・ゆきち、1835年~1901年)や、大隈重信(おおくま・しげのぶ、1838年~1922年)、賀古鶴所(かこ・つるど、1855年~1931年)、金田一京助(きんだいち・きょうすけ、1882年~1971年)なども。

多くの人物たちとの交流、時代の変遷などを絡めながら、小金井良精の生涯を濃密に描いた評伝。

感想

星新一の著した『明治・父・アメリカ』『人民は弱し 官吏は強し』『明治の人物誌』を読んだので、その勢いでこの『祖父・小金井良精の記』を手にする。

最初は、紙の本で購入しようと思っていたが、あまり出回っていなかったので、直ぐに買うことのできる電子書籍で入手。kindleで読む。

上巻では小金井良精の前半生、下巻では後半生が描かれる。

またどちらにおいても、星新一の幼少期の記述があるのもポイントである。

全体の感想としては、人類学者で医学者であった小金井良精の87年の大きな歴史と共に、その時代の潮流を感じることができた。

また資料の収集、及び、整理、分かりやすい文章でまとめた、星新一の頭脳の明晰さにも驚く。いや、感動した。

妻が森鴎外の妹ということで、森鴎外の一家に関する記述も多いので、森鴎外ファンにもオススメの一冊。

東京の大学における、ドイツ人教師たちによる、ドイツ語の講義。その成果がここであらわれる。当時の医科留学生は、だれもがドイツ語の通じた安心感を、印象的に書き残している。(上巻:No.1436「ベルリン」)

日本の横浜からフランスのマルセイユへの約40日間の船旅、そしてドイツのベルリンへ約7日間の鉄道旅。

船の寄港地は英語、マルセイユからはフランス語、ベルリンに到着して、やっと日常に親しまれたドイツ語の国に到着。

森鴎外も、やっとドイツ語の話せる国にやって来た、という感想を持ったみたいなものを過去に読んだことがあった。

その文章を読んだ時には、ドイツ語が出来ることの自負みたいな、自信と才能に満ち溢れた発言だと思っていた。

だが、それは勘違いで、ドイツ語が通じる国へ、やっと着いたという安堵感であったことが分かった。

上記のような当時の留学の様子なども書かれているので、ある種の旅行記的な読み物として読める部分もある。

本筋とは異なるが「森林太郎の最期」の場面が鮮烈だった。

小金井良精と森林太郎(森鴎外)との人生観の大きな違い。

「うた日記」の最後に、つぎの詩がある。

過現未
われ走る
柳を疾風 払ふごと
拍車に腋の 血にじむ
駒の鬣 戦ぐごと
丈なる髪ぞ 解け靡く
(以下略)

限りある人生の時を、ひた走りに駆け抜く意志を持っている。養生をして人生を引きのばしたほうがいいという良精と、またべつな考え方なのだった。(下巻:No.176「森林太郎の最期」)

疾風は、“はやち”、戦ぐは、“そよぐ”という読み。

養生をして持病を克服した経験のある小金井良精は、森林太郎を心配して、腎臓の養生を助言、忠告。

だが、休むこと無く突っ走る森林太郎。

凄まじい。

その他にも多くの読み応えのある本である。

日本の明治、大正、昭和といった時代の変遷も改めて振り返ることができるのも特徴。

小金井良精、星新一、森鴎外のファンには非常にオススメの一冊。

書籍紹介