『天才~その「隠れた習慣」を解き明かす~』クレイグ・ライト

クレイグ・ライトの略歴

クレイグ・ライト(Craig M. Wright、1944年~)
音楽史家、大学教授。
イーストマン音楽院、ハーバード大学で学び、音楽学の修士号と博士号を取得。

『天才~その「隠れた習慣」を解き明かす~』の目次

Introduction 他人には見えない的を射る
LESSON 1 先天的か後天的か? 知能指数(IQ)と多重特性指数(MQ)
LESSON 2 天才とジェンダー ゲームは不正操作されている
LESSON 3 神童の幻想を捨てよ 20歳過ぎればただの人!?
LESSON 4 子どものように世界を想像してみよう 大人になんてなりたくない
LESSON 5 強い学習意欲を育てよ 好奇心のかたまり
LESSON 6 足りないピースを見つける ぼくを探しに
LESSON 7 他人との違いを活用せよ 狂気、疾患、特性
LESSON 8 反逆、不適応、そしてトラブルメーカー リスクを恐れない
LESSON 9 キツネになれ あちこち幅広く嗅ぎ回る
LESSON 10 逆転の発想をせよ クリエイティブであるために
LESSON 11 運をつかめ 実力だけでは認められない
LESSON 12 すばやく動いて、ぶち壊せ 破壊的な衝動が牙をむく
LESSON 13 リラックスしよう 最高のアイデアが頭に浮かぶ
LESSON 14 そして、集中のとき! 自分にぴったりの場所と時間
Conclusion まとめ 予期せぬ結果

概要

2022年8月8日に第一刷が発行。すばる舎。613ページ。

正確な題名は『イェール大学人気講義 天才~その「隠れた習慣」を解き明かす~』

原題は『The Hidden Habits of Genius』で2020年に10月6日にDay Street Booksから刊行されている。副題は「Beyond Talent, IQ, and Grit—Unlocking the Secrets of Greatness」。

訳者は、翻訳家・南沢篤花(みなみさわ・あいか)。大阪府立大学工学部、慶應義塾大学文学部を卒業している人物。

感想

kindle unlimitedにあったので読んでみた。

『天才~その「隠れた習慣」を解き明かす~』と題名に「天才」と書かれているが、ではその天才とは、この本ではどのような定義になっているのか。

つまり、天才とは、精神力が並外れていて、その人独自の業績や見解が、文化や時代を超えて、良くも悪くも社会を大きく変革する人を指す。(P.23「Introduction 他人には見えない的を射る:本書における「天才の定義」」)

ざっくりとまとめてしまえば、凄い能力で後世に名を残すほど社会を変えてしまう人、といった感じ。

割りと簡単に、天才や神というように、使われてしまう表現。

ただ、言われた相手によっては、積み重ねられた努力を軽視された気分にもなってしまうのかも。

確か、数学者・岡潔(おか・きよし、1901年~1978年)は、息子のお嫁さんに「お義父さんは、天才なんですか?」と訊かれた時に「努力の人です」と答えたみたいな逸話を聞いたことがある。

天才の定義や、自己評価、他者評価によって、基準によって変わってくるから難しいところ。

章の「誰にも見えない的を射る」というのは、ドイツの哲学者のアルトゥール・ショーペンハウアー(Arthur Schopenhauer、1788年~1860年)の言葉。

本書の21ページにも書かれているが、ショーペンハウアーは「才人は、誰も射ることのできない的を射る。天才は、誰にも見えない的を射る」と言っている。

格好良い!

敵意は恐れの芽である――威厳を、地位を、富を失うことへの恐れ。女性の成功を恐れる傾向は、ウルフの表現を借りれば「ぼんやりとした男としてのコンプレックス」の一部である。(P.82「LESSON 2 天才とジェンダー:女性作家たちの抵抗」)

「ヴァージニア・ウルフのメノウのボタン」の歌詞で始まるブルーハーツの「手紙」という曲がある。

初めて聞いた時には何のことだか分からず、後にイギリスの女性小説家のヴァージニア・ウルフ(Virginia Woolf、1882年~1941年)と知る。

いくつか小説も読んだことがある。だいぶ記憶の彼方に行ってしまっているけれど。

先述の引用の中に出てくる「ウルフ」というのは、ヴァージニア・ウルフのこと。

女性を半分のサイズにすれば、相対的に男性が2倍の大きさに見える。ウルフは、これを鏡効果と呼び、女性が鏡の役割を長年にも渡って担ってきたと指摘している。

鋭い、ヴァージニア・ウルフ。

『自分ひとりの部屋』の中に書かれている内容。今度、この本も読んでみようと思う。

その他にも、さまざまな天才女性たちの不運が描かれている。

約20年に渡って国を統治したエジプト第18王朝の王妃およびファラオのハトシェプスト(Hatshepsut、前15世紀頃)。

万能型教養人であった中世の修道女のヒルデガルト・フォン・ビンゲン(Hildegard von Bingen、1098年~1179年)。

世界初のコンピュータープログラマーとも呼ばれる数学者のエイダ・ラブレス(Ada Lovelace、1815年~1852年)。

などなど、自分の知らない人たちも数多く登場してくる。意図的に歴史から消されている場合もあるとのこと。

まだ現在の方がマシなんだろうな。

エリザベスの廷臣の一人、フランシス・ベーコンが、おそらくはエリザベス1世の頭脳について語った言葉で有名な言葉がある。「知は力なり」と。(P.170「LESSON 5 強い学習意欲を育てよ:知は力なり」)

フランシス・ベーコン(Francis Bacon、1561年~1626年)は、イギリスの哲学者、神学者、法学者、政治家、貴族。

エリザベス1世(Elizabeth I、1533年~1603年)は、イングランドとアイルランドの女王。

エリザベス1世は、非常に優れた学習能力を持っていた。ラテン語、フランス語、イタリア語を流暢に話せたという。

さらに座右の銘としてラテン語の「Video et taceo」(私は見るが何も言わない)を選んでいた。

頭の中でさまざまなことを見通し、不要なことは言わずに、44年もの間イギリスを統治した。

凄すぎる。

というか、「知は力なり」という言葉は当然知っていたが、エリザベス1世との関連があるかもしれない、というのは、それはそれで驚きである。

これらのコメントを見てわかるとおり、ここに挙げた才能あふれる著者たちは実に立ち直る力に優れ、自分に自信があった。彼らを見習おう。(P.306「LESSON 8 反逆、不適応、そしてトラブルメーカー:ダメ出しされまくった天才たち」)

「これらのコメント」というのは、後に偉大な作家となった人たちへの「お断りの手紙」。

めっちゃダメ出しされているので笑える。

ハーマン・メルヴィル(Herman Melville、1819年~1891年9月28日)の『白鯨』について。

ルイーザ・メイ・オルコット(Louisa May Alcott、1832年~1888年)の『若草物語』について。

ジョセフ・ヘラー(Joseph Heller、1923年~1999年)の『キャッチ=22』について。

アーネスト・ミラー・ヘミングウェイ(Ernest Miller Hemingway、1899年~1961年)の『陽はまた昇る』について。

フランシス・スコット・キー・フィッツジェラルド(Francis Scott Key Fitzgerald, 1896年~1940年)の『グレート・ギャツビー』について。

それぞれ、普通に褒められていない。どころか、皮肉を言われたりもしている。なかなか辛辣に。

著者は次のようにさらに付け加える。

「拒絶されるのもプロセスの一部と捉え、長いあいだ理解されないことに対して心の準備をしよう」と。

上記のような心構えを持ちつつ、ある一定の期限を区切って挑戦し続けるのが良い感じだな。

実際、天才は世界を変えたいという個人的願望に取り憑かれているため、性格的には一般の人々より悪いことも多い。(No.422「LESSON 12 すばやく動いて、ぶち壊せ:人として残念な天才」)

この文章の前には、天才に期待し過ぎる私たちに非があるんだよ、的な主旨を述べている。

功績と、人格、道徳は別物。

その前の文章では、事例として、既出のヘミングウェイについても。

「威張り屋で、けんかっ早くて、不倫をしており、アルコール依存症で、最終的にはそれで破滅した」と。

ヘミングウェイについては、かなり酒を飲んでいたというくらいしか知らなかった。まさか、ここまでとは。

確かに天才的な人は破綻している感じもあるからな。

日本人では、医師、細菌学者の野口英世(のぐち・ひでよ、1876年~1928年)とか。

努力の人ではあるが、知れば知るほど、まぁヤバい。

英文学者・斎藤兆史(さいとう・よしふみ、1958年~)の『英語達人列伝』でも触れられているので、興味がある人はそちらも。

その後には天才の桁違いの行動量というか、生産性の高さ、作品数が挙げられている。

ウィリアム・シェイクスピア(William Shakespeare、1564年~1616年)は、平均3時間にもなる劇作を37本、ソネットを154作書いた。

レオナルド・ダ・ヴィンチ(Leonardo da Vinci、1452年~1519年)は、10万枚のスケッチと1万3000ページのメモを残した。

ヨハン・ゼバスティアン・バッハ(Johann Sebastian Bach、1685年~1750年)は、300曲の大規模な声楽曲のカンタータを週に1曲ずつ書いた。

ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(Wolfgang Amadeus Mozart、1756年~1791年)は、30年間で800楽曲を書いた。3時間のオペラも数本含んで。

トーマス・アルバ・エジソン(Thomas Alva Edison、1847年~1931年)は、1093の特許を取得した。

パブロ・ルイス・ピカソ(Pablo Ruiz Picasso、1881年~1973年)は、2万点以上の作品を描いた。

ジークムント・フロイト(Sigmund Freud、1856年~1939年)は、150にも上る書籍と記事、そして2万通にも及ぶ手紙を書いた。

アルベルト・アインシュタイン(Albert Einstein、1879年~1955年)は、1905年の5本の論文が有名だが、その他に248本の論文を発表した。

凄まじい。三昧の境地なのか。それとも日常なのか。

やっぱり、尋常ではない生産量。さすが天才である。

というわけで、天才のさまざまな考察が分かる非常にオススメの本である。

書籍紹介

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イェール大学

イェール大学(Yale University、略称YU)は、コネチカット州ニューヘイブンに本部を置くアメリカ合衆国の私立大学。

公式サイト:イェール大学