『歌う舟人 父隆慶一郎のこと』羽生真名

羽生真名の略歴

羽生真名(はにゅう・まな、1951年~)
隆慶一郎(池田一朗)の長女。旧姓名・池田真名(いけだ・まな)。
東京の生まれ。日比谷高校、上智大学哲学科を卒業。

隆慶一郎の略歴

隆慶一郎(りゅう・けいいちろう、1923年~1989年)
時代小説家。脚本家。
東京の生まれ。東京市赤坂尋常小学校を卒業。同志社中学校を卒業。第三高等学校文科丙類を繰り上げ卒業。東京大学文学部仏文科を卒業。本名は、池田一朗(いけだ・いちろう)。

『歌う舟人 父隆慶一郎のこと』の目次

プロローグ
1 自由を我等に――少年時代~終戦まで
2 マイ・ダーリン・クレメンタイン――母との出会い
3 北ホテル――夏の北軽井沢にて
4 ペーパームーン――父と三人の子供たち
5 にあんちゃん――シナリオライター時代
6 渚にて――海辺の家
7 大いなる幻想――雪の受験
8 花嫁の父――わたしの結婚
9 天井桟敷の人々――父の交遊録
10 黄昏――病院にて
エピローグ
資料/池田一朗著 ポール・ヴァレリイに関するノート
あとがき

概要

1991年10月28日に第一刷が発行。講談社。ハードカバー。226ページ。四六判。127mm×188mm。

時代小説家の隆慶一郎。

その長女である羽生真名が書き綴る父親・隆慶一郎の肖像と生涯。娘の視線から描かれた新たな隆慶一郎の側面を知ることのできる一冊。

最初の4ページは、白黒ではあるが、隆慶一郎のさまざまな場面の写真が掲載されいるのも大きな魅力である。

隆慶一郎は、終戦後に大学でフランス文学に没頭する。

そして、フランスの詩人、小説家、評論家である、ポール・ヴァレリー(Ambroise Paul Toussaint Jules Valéry、1871年~1945年)の研究をする。

巻末には、卒業論文『ポール・ヴァレリイに関するノート――レオナルド・ダ・ヴィンチ方法論序説』も掲載されている。

『レオナルド・ダ・ヴィンチ方法論序説』とは、1895年に発表されたポール・ヴァレリーの評論の名前。『レオナルド・ダ・ヴィンチ論』などの名称で邦訳もある。

レオナルド・ダ・ヴィンチ(Leonardo da Vinci、1452年~1519年)は、現在のイタリアであるフィレンツェ共和国の芸術家。幅広い分野で活躍し、多くの業績を残した人物である。

卒業論文『ポール・ヴァレリイに関するノート――レオナルド・ダ・ヴィンチ方法論序説』は、若き日の隆慶一郎の思考を探るのに重要な資料でもある。

そのような資料もありつつ、長女の目から見られた隆慶一郎の生涯が描かれた作品。

隆慶一郎の妻・や、子供たちの啓一郎、真名(この書籍の著者)、二郎について触れられているのも大きな特徴である。

感想

隆慶一郎の作品にハマった時期がある。全作品を読んでいる。

エッセイ『時代小説の愉しみ』も、もちろん読んでいる。

その後、さらに関連した著作は無いものかと探していたら見つけたのが、隆慶一郎の娘による『歌う舟人 父隆慶一郎のこと』である。

雲のような人だった。ふわふわと空に浮び、お天気と風向きの他には、特に影響されるものもないようにみえる雲。風が吹けば流れて行き、その時々に色や形を変えておもしろがる、入道雲のような存在が隆慶一郎という人だった。(P.7「プロローグ」)

さすがというべきなのか分からないが、とても読みやすい文章。

軽快でユーモアにも溢れているし、父親を敬愛していたことが伝わる温かみのある視線で、隆慶一郎が描かれている。

あとは、やはり、娘が著者ということで、隆慶一郎の家族との触れ合いや、各種のエピソードが面白い。

夫として、父親としての、隆慶一郎が登場する。

その他は、やはり、文学や思想関連。

戦場まで持って行った本は、ランボーの『地獄の季節』、中原中也の『山羊の歌』、『在りし日の歌』、そして意外にも『歎異抄』。(P.20「1 自由を我等に」)

アルチュール・ランボー(Arthur Rimbaud、1854年~1891年)は、フランスの詩人。『地獄の季節』などが有名。

中原中也(なかはら・ちゅうや、1907年~1937年)は、山口県生まれの詩人。現在では『中原中也全詩集』などがある。

『歎異抄』は、鎌倉時代に後期に書かれた仏教書。浄土真宗の宗祖・親鸞(しんらん、1173年~1263年)に師事した唯円(ゆいえん、1222年~1289)が著者といわれる。

そして、上記の文章の後には、意外というのは、勉強不足であり、当時の感情からすれば、親鸞を読むことは、反権力という象徴的意味合いがある、との記述に続く。

ランボーや中原中也については、有名である。

中原中也の詩は、「あとがき」に、“陽気で、坦々として、而も己を売らないことをと、/わが魂の願ふことであった!”といった「寒い夜の自画像」。

「エピローグ」には、“おまえはなにをして来たのだと/吹き来る風が 私にいう”といった「帰郷」の一節が、引用されている。

また、全体を通して、いくつかの時代小説を描いていた時期のことなども書かれている。作品との関わり方なども読むことができる。

また、単に娘からの視点だけではなく、父親ではなく、時代小説の隆慶一郎を分析する、かなり深い洞察や考察も、加えられている。そのような点も大きな特徴である。

隆慶一郎が好きな人は、必読の一冊。

ちなみに歴史読本の『隆慶一郎を読む』も、ファンであれば、非常にオススメの書籍である。

書籍紹介

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