『不思議の果実』沢木耕太郎

沢木耕太郎の略歴

沢木耕太郎(さわき・こうたろう、1947年~)
ノンフィクション作家。
東京都大田区の生まれ。横浜国立大学経済学部を卒業。『テロルの決算』で、第10回(1979年)大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。『一瞬の夏』で、第1回(1982年)新田次郎文学賞を受賞。『バーボン・ストリート』で、第1回講談社エッセイ賞を受賞。その他に数々の賞を受賞。代表作に『深夜特急』シリーズなど。

『不思議の果実』の目次

水路をつなぐ *会う
兄貴分
オーケーよ
知恵の木
幻の「西四十三丁目で」
言葉の湖に水路をつなぐ
使い古された言葉でなく
一期一会なんて言わないで
理解しつくしたいという情熱
純白の濁り
女優 吉永小百合
秋のテープ 美空ひばり

不思議の果実 *見る
挽歌はもう歌えない
自己の再生という幻想
さらさらとした悪夢
映画のための風景
揺れて、揺れて
三枚の写真
恋と呼ばずに
カウント・ダウン
持てる者と持たざる者と
夢見た空

解説 和谷純

概要

2000年2月10日に第一刷が発行。文春文庫。317ページ。

1993年10月に刊行された単行本『象が空を』を、三分冊して、文庫化したものの第二弾。

そのため、副題的に「象が空をⅡ」と付記されている。つまり、以下の形で、文庫化されている。

「象が空をⅠ」は、『夕陽が眼にしみる』
「象が空をⅡ」は、『不思議の果実』
「象が空をⅢ」は、『勉強はそれからだ』

『不思議の果実』は、さまざまな人々と出会い、話したこと、インタビューをしたことなどの「水路をつなぐ *会う」と、映画、スポーツ、オリンピックなどについての「不思議の果実 *見る」からの二部構成。

「兄貴分」では、ジャーナリスト、ノンフィクション作家の本田靖春が登場。

本田靖春(ほんだ・やすはる、1933年~2004年)…朝鮮京城生まれ。東京都立千歳高等学校、早稲田大学政治経済学部新聞学科を卒業。読売新聞社を経て、フリーランスに。『不当逮捕』で、第6回(1984年)講談社ノンフィクション賞を受賞。

とても爽やかな小文で、始まる。清涼感が漂う文章。本田靖春の佇まい。

人物に焦点を当てたものは、「女優 吉永小百合」「秋のテープ 美空ひばり」まで続く。

吉永小百合(よしなが・さゆり、1945年~)…女優、歌手。東京都渋谷区出身。私立精華学園女子高等学校を中退。早稲田大学第二文学部西洋史学専修を卒業。十代から女優、歌手として活躍。

美空ひばり(みそら・ひばり、1937年~1989年)…歌手、女優、実業家。神奈川県横浜市出身。精華学園女子中学校・高等学校を卒業。9歳でデビューして活躍。没後の1989年に国民栄誉賞を受賞。

それぞれ、沢木耕太郎でしか聞き出せない内容というか、インタビューの雰囲気が伝わってくる文章。

後半は、国内外を問わず映画について。加えて、さまざまなスポーツやオリンピックに関しても。

解説は、テレビディレクターの和谷純。

大学卒業後に、脚本家・倉本聰(くらもと・そう、1934年~)が主催する富良野塾を卒塾、フリーライターを経て、テレビディレクターとなった人物。

解説はでは、沢木耕太郎との出会い、独特の交流について、描かれている。

感想

「水路をつなぐ *会う」という章題にも通じる文章がお気に入りである。

インタヴュアーの役割のひとつは、相手の内部の溢れ出ようとしている言葉の海に、ひとつの水路をつなげることなのかもしれない、と。(P.35「言葉の湖に水路をつなぐ」)

これは、歌手・森進一(もり・しんいち、1947年~)をインタビューした時のエピソードの結末。

インタビュー嫌いだった森進一に対する、沢木耕太郎の戦略と方法。面白い。

当たり前と言えば、当たり前ではある。数々のインタビューをこなしてきて、いつも同じような質問に、期待される回答をしている著名人たち。

そこから離れて、著名人たちが自分の言葉でしか答えるより仕方がないような質問をする。

ただ、これには、それなりの準備と熟考が必要である。さらに、インタビューは生ものなので、その場の雰囲気や空気感、流れもある。

私も、そこそこ、いろいろな方々に取材をしてきたので、何となく分かる部分である。

また、興味深かったのは、解説で和谷純が書いた沢木耕太郎の言葉。

大学卒業に直ぐにフリーランスのライターとして活動を始めた沢木耕太郎に、当時は将来の不安は無かったのかを訊ねる和谷純。

「不安なんかなかった。世に出ている文章よりも自分の書いた文章のほうが絶対におもしろいんだから。そこそこに暮らしてゆけると思っていた」(P.310「解説」)

上記のように、沢木耕太郎は、余裕を持った口調で答えたという。

確か作家・宮本輝(みやもと・てる、1947年~)も似たようなことを言っていたような気がする。

読書青年だった宮本輝。会社員となり読書とは離れた生活をしていた時、ふと久し振りに本屋に立ち寄り文芸誌を捲る。

面白くなかった。自分の方がもっと良いものを書ける、と思った。

みたいな、エピソードがあったと記憶している。

作家や文章を生業にする人は、なるべくしてなるんだな、といった感じである。

特に、この沢木耕太郎の発言に関しては、そこまで、そういった文章に対する自信についての言及は、あまり無かったように思ったので、心に残ったポイントである。

沢木耕太郎ファンやノンフィクション好き、映画、スポーツなどが好きな人には、非常にオススメの著作である。

書籍紹介

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