宮本輝の略歴
宮本輝(みやもと・てる、1947年~)
小説家。
兵庫県神戸市の生まれ。私立関西大倉中学校・高等学校を卒業。追手門学院大学文学部を卒業。広告代理店で勤務後、1977年『泥の河』で、第13回太宰治賞を受賞しデビュー。1978年に『螢川』で、第78回芥川賞を受賞。本名は、宮本正仁(みやもと・まさひと)。
『いのちの姿 完全版』の目次
兄
星雲
ガラスの向こう
風の渦
殺し馬券
小説の登場人物たち
書物の思い出
パニック障害がもたらしたもの
世界、時間、距離
人々のつながり
田園の光
消滅せず
土佐堀川からドナウ河へ その一
土佐堀川からドナウ河へ その二
象牙石
トンネル長屋
そんなつもりでは……
写真のあとさき
蜜柑山からの海
あとがき
文庫版あとがき
解説 行定勲
『いのちの姿 完全版』の概要
2017年10月25日に第一刷が発行。集英社文庫。201ページ。
2014年12月に刊行した単行本に「象牙石」「トンネル長屋」「そんなつもりでは……」「写真のあとさき」「蜜柑山からの海」の5篇を加えて文庫化したもの。
初出は、京都の料亭「高台寺和久傳(こうだいじ・わくでん)が年に二度、発行する「桑兪」(そうゆ)の2007年第1号から2017年第20号。
幼い頃から現在までのさまざまな宮本輝の文章がまとめられたエッセー集。
解説は、映画監督で脚本家の行定勲(ゆきさだ・いさお、1968年~)。熊本県熊本市の出身。東放学園映画専門学校を卒業。代表作に『GO』や『世界の中心で、愛をさけぶ』など。
『いのちの姿 完全版』の感想
作家のエッセーは、色々と興味深い。
その作家の日常生活や作成秘話。交友関係や家族のことなど。
その中でも関心が高いのは、影響を受けた作家や作品について。
宮本輝は、中学生の半ばから大学入学までは、かなりの文学作品を読んでいた。
だが、大学に入り体育会でテニスに明け暮れ、卒業後は広告会社でサラリーマンとして働き、ほとんど小説は読まなかったという。
しかし、読まなかったといっても、大学時代には二冊、サラリーマン時代には一冊を完読している。
ポール・ニザンの『アデン・アラビア』、スタインベックの『われらが不満の冬』、井上靖の『崑崙の玉』である。(P.57「書物の思い出」)
それぞれの作家の概要は以下の通り。
ポール・ニザン(Paul Nizan、1905年~1940年)…フランスの小説家、ジャーナリスト、政治活動家。1938年に『陰謀』でアンテラリエ賞を受賞。
ジョン・スタインベック(John Ernst Steinbeck、1902年~1968年)…アメリカの小説家、劇作家。1940年に『怒りの葡萄』でピュリッツァー賞と全米図書賞を受賞。1962年にノーベル文学賞を受賞。
井上靖(いのうえ・やすし、1907年~1991年)…小説家。北海道旭川市の生まれ。静岡県で育つ。石川県金沢市の第四高等学校理科を卒業。九州帝国大学法文学部英文科を中退、京都帝国大学文学部哲学科を卒業。1950年に『闘牛』で芥川賞を受賞。
そして、上述の作品を読んだ宮本輝の状況が、また凄まじい。
『アデン・アラビア』は、事業に失敗続きで愛人と逢瀬を重ねていた父親が死を迎えつつあった時。
『われらが不満の冬』は、その父が死んで、借金の取り立て屋たちから逃げて、大阪と奈良の県境の町で隠れるように暮らしていた時。
『崑崙の玉』は、作家を目指して会社を辞めたものの、なかなか芽が出ずに、再び就職活動を始めるしかないような状況になっていた時。
ちなみに、崑崙(こんろん)は、中国古代の伝説上の山岳。
そのような状況の中を何とか切り抜けて、作家となったのも凄いけれど。
そこから若い人たちに過去の名作を勧めるようになったが、絶版が多くなっている状況を嘆く。
電子書籍への可能性を期待している点も面白い。
紙の古い本と電子書籍と資本主義の構造の関係性における視点が興味深かった。
こんな小説の百倍おもしろいものを一晩で書いてやると思ったのに、事はそう簡単にはいかない。書いても書いても新人賞の一次予選も通過しない。(P.75「パニック障害がもたらしたもの」)
パニック障害を患いながらもサラリーマンとして何とか働いていた宮本輝。
ある雨の日に、雨宿りで地下街に降りて、本屋さんへと何の気無しに入る。
一流の文芸誌の著名な作家たちの作品を立ち読む。
おもしろくない。
そして、自分が小説家になろう、と決心。
で、会社を辞めて、書き始めるが……。
といった部分。
そこから、新しい出会いがあり、小説の修行を繰り返して、デビューへと至る。
本当にドラマチックである。
もちろん、もともとの才能や膨大な読書量もある。
俺たち家族だけで行くわけにはいかない。百五十人近い同胞もつれて行く。横田氏はそう言ってきかなかった。三十歳になるかならないかの生年がである。(P.96「人々のつながり」)
ここでは、ほんの短期間に仕事でお世話になったことのある人との再会から、とても貴重な日記を入手したエピソード。
第2次世界大戦の終結。
朝鮮北部にある城津から日本への引き揚げの記録の日誌。
これは、宮本輝の作品『水のかたち』へと昇華される。
その逸話だけでも、かなり心が揺さぶられる。
作家・藤原てい(ふじわら・てい、1918年~2016年)の『流れる星は生きている』を何となく思い出す。
当時は、このような話が多くあったのだろう。
そして、悲しい物語も。
まだ『水のかたち』は読んでいないので、今度読んでみようと思う。
あとは、今度、京都の和久傳にも行ってみたい。なかなかの金額っぽいけれど。
宮本輝の小説や随筆が好きであれば、非常にオススメの作品。また宮本輝の作品を少ししか知らない人でも、とても楽しめる内容なので、是非手に取ってもらいたい本でもある。
書籍紹介
関連書籍
関連スポット
宮本輝ミュージアム
宮本輝ミュージアムは、大阪府茨木市の追手門学院大学付属図書館にある宮本輝の文化施設。学校法人追手門学院の創立120周年を記念して2008年に開設。宮本輝は、追手門学院大学の第一期の卒業生。
公式サイト:宮本輝ミュージアム
以前に行ったことがある。なかなか綺麗な感じの館内。宮本輝の講演会の映像を個別で借りて、館内で視聴できたのは、とても良かった。
ファンであれば、一度は訪問してみるのが良いかと思う場所である。
大阪府立中之島図書館
大阪府立中之島図書館は、大阪府大阪市北区中之島一丁目にある1904年に開館の公共図書館。
宮本輝は浪人生時代に通って、ロシア文学とフランス文学に耽溺したという。
実際に訪問したことがあるが、ルネッサンス様式の外観もバロック様式の内観も、非常に素晴らしく、知的な雰囲気に満ち溢れた場所。
公式サイト:大阪府立中之島図書館
高台寺和久傳
高台寺和久傳(こうだいじ・わくでん)は、京都府京都市東山区にある料亭。冊子「桑兪」(そうゆ)も発行している。
公式サイト:高台寺 和久傳