三島由紀夫『葉隠入門』

三島由紀夫の略歴

三島由紀夫(みしま・ゆきお、1925年~1970年)
小説家。
東京の生まれ。学習院初等科・中等科・高等科文科乙類(ドイツ語)を卒業。東京大学法学部法律学科を卒業。代表作に『仮面の告白』『潮騒』『金閣寺』など。
本名は、平岡公威(ひらおか・きみたけ)。

『葉隠入門』の目次

プロローグ 「葉隠」とわたし
一 現代に生きる「葉隠」
二 「葉隠」四十八の精髄
三 「葉隠」の読み方
付「葉隠」名言抄(笠原伸夫訳)
解説 田中美代子

『葉隠入門』の概要

1983年4月25日に第一刷が発行。新潮文庫。221ページ。

単行本は、1972年9月に光文社より刊行。

『葉隠』の正しい名称は『葉隠聞書』で、はがくれききがき、と読む。別名『鍋島論語』とも呼ばれる。

肥前鍋島氏の家臣であった山本常朝(やまもと・つねとも、じょうちょう、1659年~1719年)の談話が基となる。

門人の田代陣基(たしろ・つらもと、1678年~1748年)が筆記。

毎日死を心に当てることは、毎日生を心に当てることと、いわば同じことだということを「葉隠」は主張している。われわれはきょう死ぬと思って仕事をするときに、その仕事が急にいきいきとした光を放ち出すのを認めざるをえない。(P.28:一 現代に生きる「葉隠」)

死を見つめることは、生を見つめること。戦後の平和の時代に、「葉隠」から学ぶ点を多いということを述べている。

この前段の部分では、現代という言葉で、1970年頃の世相と照らし合わせながら「葉隠」の主張について、三島由紀夫が解説していく。

1710年代の「葉隠」について、1970年代に解説した『葉隠入門』を、2020年代に読むのは、なかなか趣がある。

ただ、それぞれの時代背景を知っていると、より深く読める。

第一に行動哲学という点では、「葉隠」はいつも主体を重んじて、主体の作用として行動を置き、行動の帰結として死を置いている。あくまでおのれから発して、おのれ以上のものに没入するためのもっとも有効なる行動の規準を述べたものが「葉隠」の哲学である。(P.34:二 「葉隠」四十八の精髄)

三島由紀夫は「葉隠」を哲学書として見ると、三つの大きな特色を持っていると説く。

その第一となるのが、行動哲学であると。「葉隠」は政治的に利用されてしまったために、誤解されている部分も多いが、内容に関して政治的なものは、一切ないと述べる。

人間の行動の精髄の根拠を、どこに求めるべきかを説いているという。

ちなみに、他の二つの特色として、第二に恋愛哲学であり、第三に生きた哲学であると。

「生きているかぎり死は来ず、死んだときにはわれわれは存在しないから、したがって死を怖れる必要はない」という哲理で解決した。そのようなエピクロスの哲理は、そのまま山本常朝の快楽哲学につながっている。(P.72:二 「葉隠」四十八の精髄)

古代ギリシアの哲学者・エピクロス(Epikuros、前341年頃~前271年頃)の哲理が引き合いに出される。

快楽の目的を、心の平静や不動の状態であるアタラクシアに置いた人物。

そして、山本常朝も同様に、死の哲学の中に、快楽のストイックな観念が潜んでいたと説く。

ただ一念、一念を重ねていくと、一生となる。忙しいこともなく、求めることもない、という主旨の「葉隠」の文章を、その説明のため、さらに引用している。

ちなみに『葉隠入門』の三島由紀夫の記述は、90ページ分と非常にコンパクト。その後には、付「葉隠」名言抄(笠原伸夫の訳)が掲載される。

構成としては、半分が三島由紀夫の主張、半分が「葉隠」の抜粋ということ。

ちなみに、笠原伸夫(かさはら・のぶお、1932年~2017年)は、日本近代文学研究者。北海道小樽市の生まれ。日本大学第一高等学校、日本大学文学部国文学科を卒業している。

とにかく、武士道をきわめるためには、朝夕くりかえし死を覚悟することが必要なのである。つねに死を覚悟しているときは、武士道が自分のものとなり、一生誤りなくご奉仕し尽くすことができようというものだ。(P.100:付「葉隠」名言抄)

ここは「葉隠」の有名な冒頭「武士道といふは、死ぬ事と見付けたり」の現代語訳の部分。

ただ現代語訳しただけではなく、非常に詳しい形で補足が付いている文章なので、とても分かりやすくなっている。

テーマ的な小見出しが付けられていて、先に原文があり、後に現代語訳といった順番。

意見というのは、まず、その人がそれをうけいれるか否かをよく見分け、相手と親しくなり、こちらのいうことを、いつも信用するような状態にしむけるところからはじめなければならない。(P.104:付「葉隠」名言抄)

ここでは批判の仕方。相手に意見を伝える時には、とても細やかな注意を払う必要があることを述べる。

しかも直接的に言わずに、自らの失敗談などを話して、なんとなく相手に伝わるのが一番良いという風に。

現代でも非常に役に立つ山本常朝からのアドバイスが読めるようになっている。

けっきょくのところ重要なのは、現在の一念、つまりひたすらな思いよりほかにはなにもないということである。一念、一念と積みかさねていって、つまりはそれが一生となるのである。(P.161:付「葉隠」名言抄)

先述した<P.72:二 「葉隠」四十八の精髄>と重複する部分。

常に、現在に焦点を当てて、情熱を持って仕事をしていれば、心は静かで、いつの間にか一生となる。といった基本的な行動指針と精神的安定を説いている文章。

だからと言って、それが簡単にできるものではないので、じっくりと時間をかけて、行動できるように、深く考えて、心に留めておくことが大切といった助言が続く。

けっきょくのところ、早くてもおそくても、みんなが得心できるようなものであるなら心配はない。みんなから催促されるような形でつかんだときの幸運こそ、本物なのである。(P.198:付「葉隠」名言抄)

ここの小見出しには「本物の出世の条件」とある。もうすこし応用的に展開するのであれば、成功や抜擢、推薦といったところか。

自分で素早く動くというよりも、まわりが自分を自然と推せるように、じっくりと環境を整えていくと、外部からの精神的な反発が少ないと説く。

つまり、競争心や敵愾心、嫉妬などを抑えるように、仕事の成功を積み上げていくと良いと。

解説は、文芸評論家の田中美代子(たなか・みよこ、1936年~)。埼玉県秩父市の出身。早稲田大学文学部仏文科を卒業。

『葉隠入門』の感想

「葉隠」の名前は自体は前から知っていた。

一時期、歴史小説に熱中していて、小説家・隆慶一郎(りゅう・けいいちろう、1923年~1989年)の『死ぬことと見つけたり』に衝撃を受けた。とても面白くて。

小説『死ぬことと見つけたり』は、「葉隠」の内容を物語として、再構築したもの。その本が契機となって、実際に「葉隠」を読んでみようと。

ただ、最初からガッツリと読むのは難しいかもしれないから、初心者用として、この『葉隠入門』を手に取った。

三島由紀夫の考えや当時の時代背景なども知ることができる。90ページで三島由紀夫の部分は終わりで、残りの半分が葉隠の現代語訳。

現在でもとても役立つ、仕事や人間関係などに対する助言が掲載されている。

単に戦争を高揚し、死を称賛する本ではない、ということが分かった。

結局のところ、状況に応じて柔軟に、目的を忘れずに、冷静に行動せよ、という主旨と受け取る。実践的なアドバイスが豊富というのも驚いた。

そもそも、人間の悩みや行動は、昔から変わらないという事も改めて認識。

色々と勉強になるオススメの本である。

その後、佐賀県佐賀市にある葉隠発祥の地にも行った。ちょっと寂れた感じの場所で、階段を登っていくと、石碑がある。余程、興味のある人だけが行く観光スポット。

ついでに立ち寄るのが良い場所である。

書籍紹介

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葉隠発祥の地

葉隠発祥の地は、山本常朝が隠棲した朝陽軒(後の宗寿庵)の跡地。佐賀県佐賀市金立町。