隆慶一郎『花と火の帝』

隆慶一郎の略歴

隆慶一郎(りゅう・けいいちろう、1923年~1989年)
時代小説家。脚本家。
東京の生まれ。東京市赤坂尋常小学校を卒業。同志社中学校を卒業。第三高等学校文科丙類を繰り上げ卒業。東京大学文学部仏文科を卒業。本名は、池田一朗(いけだ・いちろう)。

『花と火の帝』の目次

【上巻】
騒乱
官女密通
御譲位
和子入内

【下巻】
和子入内(つづき)
御譲位まで
仙洞御所
解説 浦田憲治
文庫版解説 縄田一男

『花と火の帝』の概要

1993年9月15日に第一刷が発行。講談社文庫。上下巻。上巻は428ページ。下巻は426ページ。

1990年1月に日本経済新聞社から刊行されたものを文庫化。
隆慶一郎の急逝により未完。

江戸幕府と朝廷との対決の物語。

全国の統治のために、朝廷の権力を弱めたい江戸幕府。そこに立ち向かう朝廷側の人々の活躍を描く長編時代小説。

主要登場人物は以下の通り。

江戸幕府の初代将軍・徳川家康(とくがわ・いえやす、1543年~1616年)。家康の息子で三男、第二代目の将軍・徳川秀忠(とくがわ・ひでただ、1579年~1632年)。

秀忠の娘で、後の東福門院(とうふくもんいん)となる徳川和子(とくがわ・まさこ、1607年~1678年)。

和子と結婚することになる後水尾天皇(ごみずのおてんのう、1596年~1680年)。鬼の子孫ともされ、小説の中では、“天皇の隠密”と呼ばれる八瀬童子(やせどうじ)の岩介。

八瀬童子は、山城国愛宕郡小野郷八瀬庄(現在の京都府京都市左京区八瀬)に住み、比叡山延暦寺の雑役や、輿を担ぐ駕輿丁(かよちょう)を務めた人々。

比叡山ということで、最澄(さいちょう、766年 or 767年~822年)との関連も伝わっているようだ。室町時代(1336年~1573年)以降は、天皇の臨時の駕輿丁も務める。

解説は、日本経済新聞社の担当編集者であった浦田憲治(うらた・けんじ、1949年~)。埼玉県さいたま市の生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科を卒業。日本経済新聞社を長年勤めて独立。

文庫版解説は、文芸評論家の縄田一男(なわた・かずお、1958年~)。東京都の出身。専修大学大学院文学研究科博士課程を修了。

2013年10月1日には、日経文芸文庫からも刊行されている。ただし、電子書籍版は講談社文庫から。

『花と火の帝』の感想

『吉原御免状』『かくれさと苦界行』の主人公は、松永誠一郎。

その設定としては、後水尾天皇の息子であるというもの。

つまり、今回の『花と火の帝』は、『吉原御免状』『かくれさと苦界行』のプロローグというか、その前段階となる物語。

しかも、未完とは言っても、文庫で上巻は428ページ、下巻は解説を含めて426ページ。

さらに続きには、紆余曲折のある物語が構想されていたようだ。

朝廷つまり天皇家。浦田憲治の解説にも書かれていたが、ノンフィクション作家の猪瀬直樹(いのせ・なおき、1946年~)の『天皇の影法師』にも八瀬童子の記載があるとのこと。

猪瀬直樹の著作は好きで色々と読んでいるが、まだ天皇関連の著作はしっかりと読んでいないのでチェックしておこうと思う。

隆慶一郎は、自分の著作群でより大きな物語というか絵巻を描こうとしていたということか。

また“天皇の隠密”と“江戸幕府の隠密”となる裏柳生の対比も面白い。

解説と文庫版解説が両方、掲載されているのも、嬉しい点。二人のそれぞれの深い解説が楽しめる。

天皇家や朝廷及び江戸幕府について、興味のある人には非常にオススメの作品である。

書籍紹介

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仙洞御所

仙洞御所は、京都府京都市上京区京都御苑にある御所。17世紀初めに、後水尾天皇が上皇となった時に造営。

公式サイト:京都仙洞御所

泉涌寺

泉涌寺は京都府京都市東山区泉涌寺にある真言宗泉涌寺派の総本山の寺院。皇室の菩提寺として御寺(みてら)と呼ばれる。

公式サイト:泉涌寺