隆慶一郎の略歴
隆慶一郎(りゅう・けいいちろう、1923年~1989年)
時代小説家。脚本家。
東京の生まれ。東京市赤坂尋常小学校を卒業。同志社中学校を卒業。第三高等学校文科丙類を繰り上げ卒業。東京大学文学部仏文科を卒業。本名は、池田一朗(いけだ・いちろう)。
『時代小説の愉しみ』の目次
Ⅰ
時代小説の愉しみ
失われた名演説
編集者の頃
七道往来人・明智光秀
花火
回峰行
酒徒
昭和六年のいじめられっ子
握り飯
台風
米の飯
爆弾テロ
救急車をタクシーと思うべし
いじめっ子は「家庭に不満」
島左近の末裔
ワタリ
喧嘩
テレビのかげり
教える罪(一)
教える罪(二)
教える罪(三)
旅の意味
上海ガニ
トランプ占い
鍋
人生は間違いじゃなかったよ
たけし事件
銚子の鷗
抵抗の形
非行の低年齢化Ⅱ
叡山焼亡
織田信長
武田信玄
北条氏康Ⅲ
赤柄の槍の「かぶき者」
はやり唄
ペンネームの由来
妻への詫び状
招婿婚
義母
日用雑貨
生命の軽さ
出世払い
要注意兵
母の顔あとがき
『時代小説の愉しみ』の概要
1994年2月15日に第一刷が発行。講談社文庫。209ページ。
単行本は、1989年8月に発行。さまざまな新聞や雑誌などに書かれた隆慶一郎のエッセイ・随筆が、まとめられたもの。
1986年2月~1989年7月頃に発表された文章が掲載されている。以下が、初出の構成。
Ⅰは「朝日新聞」「小説新潮」「本」「中国新聞」「新潟日報」。
Ⅱは「芸術新潮」「プレジデント」。
Ⅲは「北国新聞」「東京新聞」「小説現代」「朝日新聞」。
目次に掲載されている人物の概要を以下に列挙。
明智光秀(あけち・みつひで、1528年?~1582年)…武将。美濃国(現在の岐阜県)の出身。織田信長(おだ・のぶなが、1534年~1582年)に仕えるが、本能寺の変で、自刃させる。山崎の戦いで豊臣秀吉(とよとみ・ひでよし、1537年~1598年)に敗れる。
島左近(しま・さこん、1543年~1600年)…武将。大和国(現在の奈良県)の出身。名は清興(きよおき)。石田三成(いしだ・みつなり、1560年~1600年)の家臣。
織田信長(おだ・のぶなが、1534年~1582年)…武将。尾張国(現在の愛知県)の出身。桶狭間の戦いで、今川義元(いまがわ・よしもと、1519年~1560年)を討ち取り、勢力を拡大。
武田信玄(たけだ・しんげん、1521年~1573年)…武将。甲斐国(現在の山梨県)の出身。名は晴信(はるのぶ)。上杉謙信(うえすぎ・けんしん、1530年~1578年)との間の川中島の戦いが有名。
北条氏康(ほうじょう・うじやす、1515年~1571年)…武将。相模国(現在の神奈川県)の出身。武田信玄、今川義元と三国同盟を結び、関東を支配。検地の実施、軍役の制定、税制の改革など政治的手腕も発揮。
『時代小説の愉しみ』の感想
漫画雑誌「週間少年ジャンプ」で『花の慶次 ―雲のかなたに―』、『影武者徳川家康』が掲載されていた。
夢中になって読んで、単行本でも再読した記憶がある。
『花の慶次 ―雲のかなたに―』の原作は、時代小説『一夢庵風流記』。『影武者徳川家康』の原作は、同名の時代小説『影武者徳川家康』。
どちらも、時代小説家の隆慶一郎の作品である。
隆慶一郎の時代小説を初めて読んだのは、『葉隠』を題材にした『死ぬことと見つけたり』。
ロックバンドであるTHE BACK HORNのベーシスト・岡峰光舟(おかみね・こうしゅう、1979年~)が、音楽雑誌か何かでオススメしていたから。
もともと、隆慶一郎の作品に興味を持っていて、岡峰光舟がオススメしていたことが後押しとなって、ガッツリと読むようになったというのが正確かも。
そこから、一気に全作品を読む。現在までに、どの作品も二度は通して読んでいると思う。それくらいに好きな作家である。
今回の『時代小説の愉しみ』は、隆慶一郎の歴史エッセイ集。隆慶一郎好きや歴史好きな人には、非常にオススメの一冊である。
たぶん、エッセイ集はこれ以外に出ていないと思う。
関連本であれば、隆慶一郎の娘である羽生真名(はにゅう・まな、1951年~)が書いた『歌う舟人 ―父隆慶一郎のこと―』(講談社)が、1991年11月1日に発行されている。
また『歴史読本』が編集した『隆慶一郎を読む』(新人物往来社)が、2010年10月22日に発売されている。
『時代小説の愉しみ』では、隆慶一郎の歴史観や人生観なども楽しめる。隆慶一郎のファンであれば、必携の一冊である。