『血の騒ぎを聴け』宮本輝

宮本輝の略歴

宮本輝(みやもと・てる、1947年~)
小説家。
兵庫県神戸市の生まれ。私立関西大倉中学校・高等学校を卒業。追手門学院大学文学部を卒業。広告代理店で勤務後、1977年『泥の河』で、第13回太宰治賞を受賞しデビュー。1978年に『螢川』で、第78回芥川賞を受賞。本名は、宮本正仁(みやもと・まさひと)。

『血の騒ぎを聴け』の目次

血の騒ぎを静かに聴け
Ⅰ 日々の味わい
よっつの春(遠足 カメラ 土筆 桜)
能く忍ぶ
お天道様だけ追うな
犬たちの友情
早射ちマックも歳を取った
ハンガリー人の息子
優しさと野鳥たちとの対話と
ハイ・テクの言語……?
贅沢な青春
文庫本のたたずまい
母への手紙――年老いたコゼット
財布のひも
花も実もある嘘ばっかり
音をたてて崩れる
河原の死体
年相応は難しい
あうんの坩堝
橋の上で尻もち
人生のポケット
心根の変化
軽井沢日記
悲しかった食事
嫌いなもの
人は言葉の生き物

競馬にもっとロマンを
春の牧場
わが幻の優駿よ――ぼろっと落ちた桜花賞
Ⅱ なまけ者の旅
白鳥と、その足――中国への旅
手品の鯉――中国再訪
乗り物嫌いの旅行好き
チトー将軍通り
海岸列車の鉄路
ハンガリーの夏
ハンガリー紀行
Ⅲ 言葉を刻む人々
井上靖氏を偲ぶ
ついに書かれなかった小説
その偉大な質と量
大雁塔から渭水は見えるか
中上健次追悼
扉の向こう
喪失

故郷をもたぬ旅人――水上勉紀行文集
知力の調べ――小林秀雄全集
折れない針――宮尾登美子『つむぎの糸』
ディテールと底力――宮尾登美子
星を見る人――田辺聖子
一九九五年の焦土を書き残す――田辺聖子『ナンギやけれど……わたしの震災記』
清潔な蠱惑――黒井千次『春の道標』
緑とロマン――黒井千次『眠れる霧に』
シンプルであることの猥雑――山田詠美『トラッシュ』
船がつくる波――宮本輝編『わかれの船』

こころの形――望月通陽
映画を演じる その危険な芸――マルセ太郎
Ⅳ 自作を語る
『螢川』について
三つの<初めにありき>
『錦繍』の一読者への返信
『流転の海』第二部について
火花と炎
書斎、大好き
自作の周辺――宮本輝全集後記から
あとがき
解説 川本三郎
初出と初収

概要

2004年6月1日に第一刷が発行。新潮文庫。365ページ。

デビュー間もない1980年から2000年頃までの20年間のエッセーがまとめられたもの。芥川賞受賞や結核、阪神淡路大震災、中国や東欧への旅、同時代の作家たちなど、幅広いテーマで語られる。

2001年12月に刊行された単行本を文庫化したもの。

目次にも登場している人物を以下に列挙。

井上靖(いのうえ・やすし、1907年~1991年)…小説家。北海道旭川市の生まれ。静岡県で育つ。石川県金沢市の第四高等学校理科を卒業。九州帝国大学法文学部英文科を中退、京都帝国大学文学部哲学科を卒業。1950年に『闘牛』で芥川賞を受賞。

中上健次(なかがみ・けんじ、1946年~1992年)…小説家。和歌山県新宮市の生まれ。和歌山県立新宮高等学校を卒業。肉体労働をしながら執筆活動。1976年に『岬』で芥川賞を受賞。

水上勉(みずかみ・つとむ、1919年~2004年)…小説家。福井県大飯郡の生まれ。寺の小僧を経て、旧制花園中学校を卒業。立命館大学文学部国文学科を中退。1961年に『雁の寺』で直木賞を受賞。

小林秀雄(こばやし・ひでお、1902年~1983年)…批評家。東京都千代田区の出身。第一高等学校文科丙類を経て、東京帝国大学文学部仏蘭西文学科を卒業。

宮尾登美子(みやお・とみこ、1926年~2014年)…小説家。高知県高知市の生まれ。高坂高等女学校を卒業。1978年に『一絃の琴』で直木賞を受賞。

田辺聖子(たなべ・せいこ、1928年~2019年)…小説家。大阪府大阪市の生まれ。淀之水高等女学校を経て、樟蔭女子専門学校国文科を卒業。1964年に『感傷旅行』で芥川賞を受賞。

黒井千次(くろい・せんじ、1932年~)…小説家。本名は、長部舜二郎(おさべ・しゅんじろう)。東京都杉並区の生まれ。東京大学経済学部を卒業。富士重工業に勤めながら執筆活動。1970年に『時間』で芸術選奨新人賞を受賞。

山田詠美(やまだ・えいみ、1959年~)…小説家。本名は、山田双葉(やまだ・ふたば)。東京都板橋の生まれ。北海道、石川、静岡、栃木で育つ。明治大学文学部日本文学科を中退。1987年に『ソウル・ミュージック・ラバーズ・オンリー』で直木賞を受賞。

望月通陽(もちづき・みちあき、1953年~)…美術家、ブックデザイナー。静岡県静岡市の出身。静岡県立静岡工業高校工芸科を卒業。

マルセ太郎(まるせ・たろう、1933年~2001年)…バントマイム芸人。本名は金原正周(きんばら・まさのり)。大阪府立高津高等学校を卒業。

解説は、文芸評論家で翻訳家の川本三郎(かわもと・さぶろう、1944年~)。東京都渋谷区の出身。麻布中学校・高等学校、東京大学法学部政治学科を卒業。

感想

宮本輝のエッセーや随筆が好きである。

特に情感の湧き上がり方が凄まじい気がする。シンプルに言えば、リリカルといった感じか。

もちろん、もっと気軽にポップな雰囲気の文章もあるけれど。

今回の『血の騒ぎを聴け』は、さまざまな文章が集まっている作品。

普段の生活や文学、同時代の作家や尊敬する作家、家族のことなど。

どれもじっくりと味わいたい内容である。

まずは、この題名から。

目次の直ぐ後に「血の騒ぎを静かに聴け」という短文がある。詩のような日記的文章である。

小説を書きたいという根源的な欲求。

その根源的な欲求の比喩が、血の騒ぎ。

その血の騒ぎに巻き込まれるのではなく、静かに聴いていたいというもの。

タイトルの説明にもなっている。

また本書のタイトルでは、「静かに」を削って、もっとシンプルにしているのも、効果的である。

以下、引用しながら紹介。

文学が負けるのではない。虚無や時代への迎合というらくな階段を昇り降りし、訳知り顔に民衆をなめる作家や編集者が負けるのだ。(P.47「ハイ・テクの言語……?」)

1987年2月に書かれた文章。

コンピュータやパソコンといったものが、企業だけのものではなく、より一般的になり、家庭にも普及し始めた時代。

編集者との会話から宮本輝が思索。

そして、上記の結論に至る。

このような宮本輝の精神性が好きである。精神姿勢といったものかもしれないが。

市井の人々への信頼。あるいは、市井の人々の一人であることからの視点。

かなり苦労をしてきているから、そういったものを持っているのか。

それとも、もともと持って生まれたものなのか。

そのような視点を持っているからこそ、小説でも多くのファンを抱えているのかもしれない。

「宮本さん、小説って何でしょうね。決して、学問でもない。宗教でもない。小説は、遊びですね。贅沢な心の遊びですね」(P.235「大雁塔から渭水は見えるか」)

これは、小説家・井上靖が宮本輝に伝えた言葉。

確かに小説とは何なのか分からない。けれど、贅沢な心の遊び、というのは、非常にしっくりとくる。

そして、とても素晴らしい表現である。

他にも、応用が効きそうな気もする。何かで今度、使ってみるとしよう。

内容の良し悪しとは別に、私は、作家になって以来、エッセーも一所懸命に書いてきました。これはエッセーだから、いいかげんに書き流しておこうということができず、随分たくさんの小説の素材を、そこに注いだりもしました。(P.349「エッセー」)

いやはや、宮本輝自身が、このように言っている。

確かに、単なる軽い感じのエッセーではなく、ほぼこれは短編小説ではないか、というものもある。

だから宮本輝の作品が好きなんだけれど。

小説の素材をエッセーに使っていたのか、納得である。

その後には小説に集中したい時期には、エッセーを断っているという話も。

『流転の海』シリーズも途中までしか読んでいないので、読み進めていかなければ。

その他にも宮本輝が影響を受けた小説なども読んでいないものが沢山あるので、その辺りも漁っていきたいところ。

宮本輝ファンであれば、非常にオススメのエッセー集である。

エッセー集の読む順番としては、『二十歳の火影』『命の器』『生きものたちの部屋』の後に、この『血の騒ぎを聴け』へと進んでいくのが良いかも。

書籍紹介

関連書籍

関連スポット

宮本輝ミュージアム

宮本輝ミュージアムは、大阪府茨木市の追手門学院大学付属図書館にある宮本輝の文化施設。学校法人追手門学院の創立120周年を記念して2008年に開設。宮本輝は、追手門学院大学の第一期の卒業生。

公式サイト:宮本輝ミュージアム

以前に行ったことがある。なかなか綺麗な感じの館内。宮本輝の講演会の映像を個別で借りて、館内で視聴できたのは、とても良かった。

ファンであれば、一度は訪問してみるのが良いかと思う場所である。

大阪府立中之島図書館

大阪府立中之島図書館は、大阪府大阪市北区中之島一丁目にある1904年に開館の公共図書館。

宮本輝は浪人生時代に通って、ロシア文学とフランス文学に耽溺したという。

実際に訪問したことがあるが、ルネッサンス様式の外観もバロック様式の内観も、非常に素晴らしく、知的な雰囲気に満ち溢れた場所。

公式サイト:大阪府立中之島図書館