『私の行き方』小林一三

小林一三の略歴

小林一三(こばやし・いちぞう、1873年~1957年)
実業家、政治家。阪急電鉄をはじめとする阪急東宝グループ(現在の阪急阪神東宝グループ)の創業者。
山梨県韮崎市の生まれ。高等小学校、私塾・成器舎を経て、慶應義塾正科を卒業。三井銀行に勤務。1907年に箕面有馬電気軌道の専務に就任。1910年に箕面に動物園、1911年に大浴場「宝塚新温泉」、1914年に宝塚唱歌隊(現在の宝塚歌劇団)を創設。1918年に会社名を阪神急行電鉄と改める。1927年に社長に就任。1929年に阪急百貨店を開店。
趣味の茶人、美術蒐集家としても有名。号は逸翁(いつおう)、別号に靄渓学人(あいけいがくじん)、靄渓山人。旧邸雅俗山荘に茶室が遺り、美術品は逸翁美術館に所蔵。新聞紙面での小説の連載や宝塚歌劇の脚本を担当するなど、作家としての一面も。

『私の行き方』の目次

使う時・使われる時
教訓談中毒患者
エキスパート讃
こんな人を使いたい
人生学第一課
人物払底の訳
汽車弁二つとお茶一つ
仕える時・使う時
平凡すなわち非凡
信用の三条件
土瓶の酒
日本一のお内儀
飯の味
使う者の立場
太閤記は処世技巧か
実力の現わし方
馬鹿の念押し
株主・重役・社員
経営者無能の弁
四つの無駄
事業経営の急所・難所
結局は人の問題
増俸・減俸問答
活人剣
女子店員には結婚第一
技術家の進むべき道
頭脳経済学
希望高く
これから商売を始める人に
人間の味
事業・東京型と大阪型
事業・東京型と大阪型
僕の百貨店
私の描く未来の大阪花街
鴈治郎と大阪歌舞伎
商売戯語
雑誌経営難題
雑誌と読者層
職業野球団打診
学生と語る
学生と語る
演劇経営作戦
清く、正しく、美しく
無策の策とぬるま湯の味
僕の描く大劇場街
脚本作家に希望する
脚本黄金時代来
花柳界と演劇
私の企業戦術
私の企業戦術
夫婦問答
女性の美は
幸なる結婚への道
理想の夫
和合の急所
芸人の妻に学ぶ
実業家の妻
賢夫人型・愛人型
あの頃・この頃
わんぱく時の思い出
三井銀行を辞めた頃
「阪急」創立のころ
永遠の青春
ふとんと仲良し

概要

2015年3月1日に電子版が発行。パンローリング株式会社。

副題的に「阪急・東宝グループ創業者が語る」「人生と仕事がうまく行くための成功哲学」と書かれている。

底本は『私の行き方』(斗南書院、1935年12月10日、第15版)。

1992年に大和出版から、2000年に阪急コミュニケーションズから、2006年にPHP文庫から刊行されている。

感想

事業家に興味を持って、色々と読んでいたところ、頻繁に出てきた人物。それが小林一三。

というわけで、その著作を読んでみようと、見つけたのが『私の行き方』

Kindle Unlimitedだったので、早速読んでみた。

人の行いには、その人の全人格、全履歴が裏付けされている。その裏付けのない行いは、どこかに変なところがある。何といっても、人は平素が大切だ。(五・七)(No.276「使う時・使われる時:汽車弁二つとお茶一つ」)

(五・七)というのは、恐らく昭和5年7月ということか。

昭和5年というのは、西暦1930年。小林一三が57歳の時のことか。

その主張については、かなり本質的であり、また恐ろしいことでもある。

結局のところ、外面や内面を、着飾ったり、誇張したりしても、分かる人には分かってしまうというもの。

似たようなことを、詩人・茨木のり子(いばらぎ・のりこ、1926年~2006年)や、英語学者・渡部昇一(わたなべ・しょういち、1930年~2017年)、英文学者・外山滋比古(とやま・しげひこ、1923年~2020年)も、その著作の中で主張していたような気がする。

等身大であること、日常の誠実さが大事だということだな。

多くの先輩などを見て、人がいかに頼りにならないものかという事をよく知っているので、中年からは決して人を頼むまいと考えた。(No.276「使う時・使われる時:太閤記は処世技巧か」)

ここは、問答形式での回答場面。ちなみに、1935年2月の話。

慶応で独立独行を教えられ、社会生活はそのようにしてきたという小林一三。

しかも先輩から愛されたことは特に無かったという。その理由は、言いたいことは言うタイプだったから。

そして、時代を経て周りで、潰れていく人達を見てきたとも。だから、人に頼ってはいけないという基本方針。

根本的に人に頼ってはいけないな。頼るというよりも依存してはいけないという感じだな。

どうしても困った時には人に頼るのも一つの手段だと思うし。

いや、この弱い発想が、独立独行と違うのか。なかなか難しいが、独りで立っていくのが重要だな。

「議論は手段であって目的ではない。目的は実行にある」(No.770「使う時・使われる時:馬鹿の念押し」)

目的を達成すればよいので、自分の意見を発表することなどもせずに、ただ実行すれば良いとも。

また余りにも政治的に動いてはいけないといったような趣旨も。

複数の人間での会議や個人の思考も一緒か。目的に向かって実行し、結果を残せば良い。

「四つの無駄」では、第31代アメリカ合衆国大統領を務めたこともあるハーバート・クラーク・フーヴァー(Herbert Clark Hoover、1874年~1964年)の事業経営の精神を挙げて、絶賛している。

ちょっと調べてみたら、この人物は幼年に両親を亡くしている。

また同様に小林一三も幼年に母と死別、父と生き別れになっている。

その事業経営の精神だけではなく、生い立ちにも大きな共感があったのかもしれない。

一つの特殊な技芸を教える事を目的としている学校でありながら、技芸を第一の教育を施す事を、私は厳重に禁じています。
まず女性をつくれ。これが、私の一貫した教育方針です。(No.1130「使う時・使われる時:女子店員には結婚第一」)

宝塚音楽歌劇学校での教育方針について。

発表が1935年という時期で、なかなか現代のポリティカル・コレクトネスから誤解を招きそうな表現も並んでいるが、前段で一人前の女性になるようにという考えを持っているとの発言。

単に歌や劇の上手な女性ではなく、さまざまな面で豊かな大きな人間に成長しなさい、という意味。

つまり、札幌農学校の初代教頭であったウィリアム・スミス・クラーク(William Smith Clark、1826年~1886年)の「紳士たれ」みたいな感じで、女性版的な「淑女たれ」みたいなものか。

小林一三、格好良い。

すべて八分目、この限度を守ってさえいえれば、たとえ成功しても、調子に乗りすぎて、失敗する憂はない。(No.1316「使う時・使われる時:人間の味」)

また、他人からの謗られることも無くて済むと言い、「世渡りの最も大切な要諦である」と締めくくっている。

何事も八分目にしておくことで、人間の味、含みが出るというものか。

さまざまな人間を見てきた小林一三の言葉として重みがある。

その他にも、多くの逸話や示唆が含まれている本書。小林一三を知りたい人、また事業経営などに興味のある人には非常にオススメの本である。

書籍紹介

関連スポット

小林一三記念館

大阪府池田市にある小林一三の旧邸・洋館「雅俗山荘」を中心に、小林一三の事績を紹介する施設。レストラン、庭園、茶室も。

公式サイト:小林一三記念館

逸翁美術館

大阪府池田市にある小林一三の雅号「逸翁」(いつおう)を冠した美術館。逸翁が収集した美術工芸品5,500件を所蔵。

公式サイト:逸翁美術館