『英語達人列伝Ⅱ』斎藤兆史

斎藤兆史の略歴

斎藤兆史(さいとう・よしふみ、1958年~)
英文学者。
栃木県の生まれ。東京大学文学部英語・英米文学科を卒業。東京大学大学院人文科学研究科英語英文学専攻修士課程を修了。米国インディアナ大学英文科修士課程を修了。英国ノッティンガム大学英文科博士課程を修了。

『英語達人列伝Ⅱ』の目次

まえがき
第Ⅰ章 嘉納治五郎
第Ⅱ章 夏目漱石
第Ⅲ章 南方熊楠
第Ⅳ章 杉本鉞子
第Ⅴ章 勝俣銓吉郎
第Ⅵ章 朱牟田夏雄
第Ⅶ章 國弘正雄
第Ⅷ章 山内久明
クロノジカル・チャート
参考文献
あとがき――達人に学ぶ英語の教育と学習

概要

2023年2月25日に第一刷が発行。中公新書。250ページ。

副題は「かくも気高き、日本人の英語」。2000年5月25日に刊行された『英語達人列伝――あっぱれ、日本人の英語』の続編。

以下、『英語達人列伝Ⅱ』の登場人物たちの略歴を列挙。

嘉納治五郎(かのう・じごろう、1860年~1938年)…柔道家、教育者、講道館柔道の創始者。摂津国御影村(現在の兵庫県神戸市東灘区御影町)の生まれ。嘉納家は御影の名家で、酒造や廻船などを商っていた。官立外国語学校(後の東京外国語大学)を卒業後、官立東京開成学校(後の東京大学)に進学。政治学を主要科目として専攻、また理財学を兼修し、東京大学文学哲学政治学理財学科を卒業。

夏目漱石(なつめ・そうせき、1867年~1916年)…小説家、英文学者。本名は、夏目金之助(なつめ・きんのすけ)。武蔵国江戸牛込馬場下(現在の東京都新宿区喜久井町)の生まれ。父親は、広く土地を持ち公務も扱う名主。第一高等中学校予科、第一高等中学校本科、帝国大学(のちの東京帝国大学)文科大学英文科を卒業。1900年にイギリスに留学。1903年に帰国。

南方熊楠(みなかた・くまぐす、1867年~1941年)…博物学者、生物学者、民俗学者。紀伊国和歌山城下(現在の和歌山県和歌山市)の生まれ。和歌山中学校(現在の和歌山県立桐蔭高校)を卒業。神田の共立学校(現在の開成高校)を経て、1884年に大学予備門(現在の東京大学)に入学。1885年に中退。1887年にアメリカのミシガン州農業大学(現在のミシガン州立大学)に入学。1888年に自主退学。1892年にイギリスに移る。1895年に大英博物館で東洋図書目録編纂係としての職を得る。1900年に日本に帰国。

杉本鉞子(すぎもと・えつこ、1873年~1950年)…作家。新潟県古志郡長岡(現在の長岡市)に生まれる。メソジスト系のミッション・スクールの海岸女学校(青山学院の前身)と、英和女学院で4年間英語を学び、1898年に結婚のため渡米。英語による著書『A Daughter of the Samurai』『武士の娘』)により、アメリカでの日本人初のベストセラー作家。コロンビア大学の初の日本人講師。1909年に夫の事業の失敗のために帰国。直後に夫が急死。1916年に再渡米。1927年に帰国。

勝俣銓吉郎(かつまた・せんきちろう、1872年~1959年)…英学者。足柄県足柄下郡芦之湯(現在の神奈川県足柄下郡箱根町芦之湯)の生まれ。芦之湯小学校中等二級を修了後に、横浜郵便局に就職、横浜英和学校で英会話を学ぶ。上京して国民英学会に学んだ後、ジャパンタイムズに就職して英作文を研鑽。東京府立第四中学校、三井鉱山勤務を経て、早稲田大学教授となり、ジャパン・ツーリスト・ビューロー、横浜市立横浜商業専修学校、英語教授研究所などでも勤務。終戦直後は行政機関で翻訳に従事し、戦後に立正大学教授、富士短期大学学長を務めた。

朱牟田夏雄(しゅむた・なつお、1906年~1987年)…英文学者。福岡県三池郡の生まれ。翌年に上京。東京高等師範学校附属中学校(現在の筑波大学附属中学校・高等学校)を卒業。第一高等学校、東京帝国大学英文科を卒業。大学院を修了後、上海に赴任。神戸商業大学(現在の神戸大学)予科教授、第一高等学校教授、東京大学教養学部などで教鞭を執る。

國弘正雄(くにひろ・まさお、1930年~2014年)…同時通訳者、翻訳家、文化人類学者。東京都北区に生まれる。東京府立六中(現在の東京都立新宿高等学校)に入学するが、父親の転勤により、神戸一中(現在の兵庫県立神戸高等学校)に転校。青山学院大学に入学、1950年に中退し、ハワイ大学に編入。1955年にハワイ大学を卒業。1963年に帰国。

山内久明(やまのうち・ひさあき、1934年~)…英文学者。広島県の生まれ。広島大学附属高等学校、東京大学教養学部イギリス科を卒業。東京大学大学院人文科学研究科英語英文学専門課程修士課程を修了。1962年に、コロンビア大学留学 (1964年修士号取得)。1963年に、トロント大学在学(1964年まで)。1967年にケンブリッジ大学留学。1975年に、英文学の博士号を取得。小説家・大江健三郎(おおえ・けんざぶろう、1935年~2023年)の学友でもあり、ノーベル賞受賞記念講演「あいまいな日本の私」を英訳。

感想

前作『英語達人列伝』は随分前に読んでいた。著者の斎藤兆史の他の作品も、それなりの数を所有している。

続編が出版されるとの情報を得て、発売直後に『英語達人列伝Ⅱ』購入。結論としては、期待通りというか、予想以上に楽しめた作品。

程よい抑揚があり、フランクな文章で読みやすいのもポイントかも。

出典も記載されているので、気になる人物については、さらに深掘りも出来る親切設計。

というわけで、いくつか興味の湧いた部分を引用しながら紹介。

一八八三年、漱石は一六歳で神田駿河台の私塾、成立学舎に入学する。隣の席には五歳上の新渡戸稲造が座っていた。(P.40「第Ⅱ章 夏目漱石」)

まさか、ここで教育者・新渡戸稲造(にとべ・いなぞう、1862年~1933年)が出てくるとは思わなかった。

ちなみに、新渡戸稲造は前作『英語達人列伝』に登場している。

成立学舎は英語教育を重視した大学予備門(後の第一高等学校)受験のための予備校。

夏目漱石は、もともと英語嫌いであったが、一転して英語に夢中になっていくのも面白い。

大学予備門に入学後、周りの生徒に比べて、そこまで優れた成績ではなかったが、後にどんどん英語の力を伸ばしていくこととなる。

そして、彼らより多く引用されているのが、杉本鉞子あるいはエツ・スギモトの『武士の娘』(一九二五年)である。(P.89「第Ⅳ章 杉本鉞子」)

ここでの「彼ら」というのは、英語で書いた著作のある新渡戸稲造や、英語学者・岡倉由三郎(おかくら・よしさぶろう、1868年~1936年)、仏教学者・鈴木大拙(すずき・だいせつ、1870年~1966年)のこと。

では、何に引用されているのかというと、アメリカの文化人類学者であるルース・ベネディクト(Ruth Benedict、1887年~1948年)の日本文化論『菊と刀』

杉本鉞子も『武士の娘』も知らなかった。『菊と刀』は知っていたけど、読んだことはないし。

それぞれ、今度読んでおくとしよう。英語でも読んでみたいところだが、なかなか。

話を岡倉由三郎と鈴木大拙に切り替える。

岡倉由三郎ではなく、兄の美術評論家・岡倉天心(おかくら・てんしん、1863年~1913年)と、鈴木大拙は前作『英語達人列伝』に登場している。

四〇年近く大学で英語を教えながらこんなことを言っては身も蓋もないが、適度な添削を施すことで日本人の書いた英語が見違えるほどよくなることはほとんどない。(P.104「第Ⅳ章 杉本鉞子」)

杉本鉞子は英語で「高度に文芸的な文章を」仕上げていたようだ。

文学などに教養のある年上のアメリカ人女性が、生活をはじめ、英語力の向上の手助けをしてくれていた。

ただ既に発表された杉本鉞子の作品を見る限り、素晴らしい英文である。アメリカ人女性による手直しがあっても微々たるものだろう、という斎藤兆史の主張。

まぁ、これは日本語の文章でも同じだな。何度か文章を添削する機会があったが、最初から書き直した方が早いのではないか、という場合が多かったし。

同書には、「我が宗教観」という、一見英語とは関係なさそうな章があり、そこには倉田百三(一八九一~一九四三。作家)の『出家とその弟子』への言及もある。(P.200「第Ⅶ章 國弘正雄」)

ここの「同書」というのは、國弘正雄の『落ちこぼれの英語修行』

そこには、劇作家・倉田百三(くらた・ひゃくぞう、1891年~1943年)の戯曲『出家とその弟子』について語られているという。

その戯曲は、浄土真宗の宗祖・親鸞(しんらん、1173年~1263年)を主人公とした物語。

鎌倉時代の仏教に興味を持った國弘正雄。後に、英語を一般の人々に普及させる運動として、音読と筆写を推奨。

仏教に通じる。読経と写経。

さらに只管朗読、只管筆写と呼ぶ。

これも、曹洞宗の開祖・道元(どうげん、1200年~1253年)の只管打坐などに通じる。

続けて、斎藤兆史は「英語業界の人の著作で倉田百三の名前を見たのは、僕にとってこれが初めてである」とも。

國弘正雄についても、かなり関心が高まる感じである。

とはいえ、達人たちはなにか特殊な修業を行ったわけではない。当たり前の学習法を、とてつもない時間をかけ、とてつもない情熱と根気を持って実践しただけである。(P.241「あとがき」)

結局、地道に長時間、長期間、英語を学習するしかないのである。あとは、他の仕事や趣味、生きがいとの兼ね合いか。

読み終えると、何となく続けて前作の『英語達人列伝』を読み返したくなるような気分になる。

英語の勉強のモチベーションが上がるし、さまざまな人物たちの評伝とも読めるので、英語学習や伝記が好きな人には非常にオススメの本である。

書籍紹介

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嘉納治五郎先生之像

千葉県我孫子市の天神山緑地公園にある嘉納治五郎の像。嘉納治五郎の別荘跡。

公式サイトは特に無い。

漱石山房記念館

東京都新宿区早稲田にある夏目漱石の記念館。晩年を過ごした場所。

公式サイト:漱石山房記念館

南方熊楠顕彰館

和歌山県田辺市にある南方熊楠の顕彰館。後半生を過ごした場所。南方熊楠旧居も併設。

公式サイト:南方熊楠顕彰館

南方熊楠記念館

和歌山県西牟婁郡白浜町にある南方熊楠の記念館。

公式サイト:南方熊楠記念館