
- 失敗学は「失敗」を目的未達成の事実として客観的に捉え、成長のための知識に転換することを目指す。
- 小さな失敗を積極的に経験することで、真の知識と耐性を獲得し、大きな失敗を防ぐ準備をする。
- 失敗を実名で共有し、原因を9つのカテゴリーで分析することで、組織文化を健全化し、教訓を活かす。
- 歴史的教訓の風化を防ぎ、ハインリッヒの法則や構造的問題を認識して、失敗を未然に防ぐ。
畑村洋太郎の略歴・経歴
畑村洋太郎(はたむら・ようたろう、1941年~)
工学者。
東京都の出身。東京都立戸山高等学校、東京大学工学部機械工学科を卒業。東京大学大学院機械工学科修士課程を修了。日立製作所を経て、東京大学工学部に勤務。1973年に工学博士を取得。
『失敗学のすすめ』の目次
プロローグ 失敗に学ぶ
第一章 失敗とは何か
第二章 失敗の種類と特徴
第三章 失敗情報の伝わり方・伝え方
第四章 全体を理解する
第五章 失敗こそが創造を生む
第六章 失敗を立体的にとらえる
第七章 致命的な失敗をなくす
第八章 失敗を生かすシステムづくり
エピローグ 失敗を肯定しよう
あとがき
『失敗学のすすめ』の概要・内容
2001年11月20日に第一刷が発行。講談社。255ページ。ハードカバー。127mm×188mm。四六判。
2005年4月15日に文庫本が刊行。
『失敗学のすすめ』の要約・感想
- 「失敗学」が目指すものとは何か
- なぜ「小さな失敗」を経験すべきなのか
- 歴史的大失敗から生まれた希望
- 失敗を共有する文化の重要性
- 体系的に理解する失敗の要因
- 風化する教訓と求められる情報
- 大失敗の前に現れる300のサイン
- 失敗を誘発する社会の構造的問題
- 技術と個人の盛衰サイクル
- 人間が扱える知識の限界
- スタジオジブリから生まれた一冊
- まとめ:失敗を恐れず、次の一歩を踏み出すために
「失敗は成功のもと」という言葉がある。
誰もが一度は耳にしたことがある、ありふれたことわざである。
しかし、私たちは本当に失敗から学べているだろうか。
一度のミスで心が折れ、再挑戦を恐れてはいないか。
あるいは、小さな失敗を隠蔽し、見て見ぬふりをした結果、取り返しのつかない大失敗を招いてはいないか。
挑戦する限り、失敗は避けられない。
それは人生の前提である。
重要なのは、失敗そのものではなく、失敗とどう向き合い、そこから何を学び、次へとどう活かすかである。
しかし、その具体的な方法論を私たちは教わってこなかった。
今回紹介するのは、工学者であり、東京大学名誉教授でもある畑村洋太郎(はたむら・ようたろう、1941年~)による不朽の名著『失敗学のすすめ』である。
2000年に刊行されて以来、多くの人々に読み継がれてきた本書は、単なる精神論ではない。
失敗を科学的に分析し、未来の成功へとつなげるための実践的な学問、「失敗学」への招待状である。
なぜ失敗は起きるのか。
失敗から何を学ぶべきか。
そして、どうすれば致命的な失敗を避けられるのか。
この記事では、『失敗学のすすめ』のエッセンスを抽出し、明日からの行動を変えるための思考法を探求していく。
挑戦を続けるすべての人にとって、必読の一冊となるだろう。
「失敗学」が目指すものとは何か
私たちは「失敗」という言葉に、どうしても否定的な印象を抱いてしまう。
しかし、畑村洋太郎が提唱する「失敗学」は、失敗を闇雲に恐れたり、断罪したりするものではない。
まず、本書における失敗の定義から見ていこう。
それでは、「失敗学」における「失敗」は、いったいどのようなものを指すのでしょうか。ここでは「人間が関わって行うひとつの行為が、はじめに定めた目的を達成できないこと」を失敗と呼ぶことにします。(P.21「第一章 失敗とは何か」)
この定義には、善悪の価値判断が含まれていない。
あくまでも、設定した目的と結果のズレを「失敗」と客観的に捉えるのである。
この冷静な視点こそが、失敗学の第一歩である。
目的を達成できなかったという事実を受け入れた上で、ではどうするのか。
それこそが失敗学の核心部分となる。
つまり、失敗の特性を理解し、不必要な失敗を繰り返さないとともに、失敗からその人を成長させる新たな知識を学ぼうというのが「失敗学」の趣旨なのです。(P.24「第一章 失敗とは何か」)
失敗をただの「終わり」にするのではなく、成長のための「始まり」と捉え直す。
失敗経験を貴重な知識、つまり未来の成功確率を高めるための資産へと転換させること。
これこそが、失敗学が目指す地平なのである。
これは、ユニクロを展開するファーストリテイリングの創業者、柳井正(やない・ただし、1949年~)が語る経営哲学とも通底する。
彼は『一勝九敗』を掲げ、多くの失敗の中から一つの成功が生まれると説いた。
重要なのは、失敗を前提としながらも、そこから徹底的に学び、同じ轍を踏まず、そして何よりも致命傷を避けることである。
失敗の有効活用こそが、個人や組織の成長を加速させるエンジンとなるのだ。
なぜ「小さな失敗」を経験すべきなのか
親や教師は、子供が失敗しないようにと先回りして助言し、安全な道を用意しがちである。
しかし、畑村はそのような風潮に警鐘を鳴らす。
長年の大学での指導経験から、興味深い知見を得たという。
結論からいえば、最初のうちに、あえて挫折経験をさせ、それによって知識の必要性を体感・実感しながら学んでいる学生ほど、どんな場面にでも応用して使える真の知識が身につくことを知りました。(P.26「第一章 失敗とは何か」)
机上の空論だけでは、知識は血肉とならない。
実際に「痛い」「悔しい」「うまくいかない」といった小さな挫折を経験することで、初めて知識の必要性を心から実感できる。
なぜこれが必要なのか、という切実な問いが生まれるからこそ、学びは表層的でなく奥行きのあるものになる。
応用力のある「真の知識」とは、そのような実感を伴った経験からしか生まれないのかもしれない。
この考え方をさらに推し進めると、次のような結論に至る。
「小さな失敗を不用意に避けることは、将来起こりうる大きな失敗の準備をしていることだ」ということを、もっと私たちは知るべきなのです。(P.27「第一章 失敗とは何か」)
これは、非常に示唆に富んだ言葉である。
ワクチンが、弱毒化した病原体をあえて体内に入れることで免疫を獲得する。
人間もまた、管理可能な範囲での小さな失敗を経験することで、「失敗への耐性」や「失敗からの学習能力」という免疫を獲得する。
これを怠れば、いざ未知の大きな脅威に直面したとき、なすすべもなく打ちのめされてしまうだろう。
小さな失敗は、避けるべき対象ではなく、むしろ積極的に経験すべき必須のプロセスなのである。
歴史的大失敗から生まれた希望
失敗学が扱うのは、個人の小さな失敗だけではない。
社会を揺るがすような大きな失敗、特に多くの人命が失われた事故からは、計り知れない教訓を引き出すことができる。
畑村は、青函トンネル建設のきっかけとなった海難事故を例に挙げる。
もともとこのトンネルがつくられたのは、一九五四年に起きた洞爺丸台風によるお海難事故がきっかけでした。だれにも予測のできなかった台風の動きによって、青函連絡船洞爺丸はじめ五隻の船が沈み、計千四百三十人の死者を出すというあのタイタニックにつぐ世界第二の海難事故になりました。当時の国鉄は二度と海難事故を起こさない究極の選択として青函トンネルを計画し、二十一年間におよぶ難工事の末、一九八五年開通にこぎ着けたのです。(P.36「第一章 失敗とは何か」)
1,430名もの尊い命が失われたこの悲劇は、疑いようもなく大失敗である。
しかし、当時の国鉄はその事実から目を背けなかった。
「二度とこのような悲劇を繰り返さない」という強い意志が、不可能とも思われた青函トンネルという巨大プロジェクトを突き動かした。
一つの大失敗が、天候に左右されない安全な交通網を生み出し、未来の多くの人々の命と生活を守ることにつながったのである。
私たちは、先人たちがどのような失敗を経験し、それを乗り越えるためにどのような知恵を絞ってきたかを知る必要がある。
歴史から学ぶとは、単に過去の出来事を暗記することではない。
失敗の連鎖を断ち切り、より良い未来を築くための教訓を、現代を生きる私たちが引き継いでいくことなのである。
失敗を共有する文化の重要性
失敗から学ぶためには、その失敗情報が正確に伝わり、組織や社会全体で共有される必要がある。
しかし、多くの組織では失敗は隠蔽され、個人の責任問題として処理されがちである。
畑村は、失敗情報をオープンにするための画期的な方法として「失敗の実名報告」を提唱する。
この実名で報告することのメリットは、大きく三つあります。第一に聞く者によりリアルで強烈なインパクトを与えることができる。第二に興味を覚えた者がより詳しい内容を知りたいとき、失敗者本人に直接聞くことができる。そして第三にみんな実名を出すことで、失敗とは隠すものではないという文化をつくることができることです。(P.46「第一章 失敗とは何か」)
匿名の報告書では、どうしても他人事になってしまう。
しかし、実名で、当事者の生の声で語られる失敗談には、聞く者の心を揺さぶる力がある。
それは単なる情報ではなく、感情を伴った「物語」として伝わるからだ。
さらに、失敗した本人に直接質問できる環境は、より深い知識の伝承を可能にする。
そして何より、誰もが実名で失敗を語るようになれば、「失敗は恥ずかしいことではない」「失敗は隠すものではない」という健全な文化が醸成されるだろう。
これは、私たち一人ひとりが自問すべき問いでもある。
果たして自分は、失敗をオープンに語れるだけの心理的な土壌を持っているだろうか。
他人の失敗を責め立てるのではなく、未来への教訓として受け止める度量があるだろうか。
私たちは、他者からの批判や評価を過度に恐れるあまり、失敗を認められずにいるのかもしれない。
しかし、他人が自分をどう思うかと、失敗から学ぶべき事実とは、本来切り離して考えるべきである。
重要なのは、失敗という事実と向き合い、そこから得られる知識を次に活かすという合理的な姿勢なのだ。
体系的に理解する失敗の要因
失敗と一口に言っても、その原因は様々である。
畑村は、特に設計の現場における失敗の原因を9つのカテゴリーに分類している。
これは設計分野に限らず、あらゆる仕事やプロジェクトに応用可能な、非常に優れたフレームワークである。
設計における失敗の原因
①無知
②不注意
③手順の不順守
④誤判断
⑤調査・検討の不足
⑥制約条件の変化
⑦企画不良
⑧価値観不良
⑨組織運営不良
⑩未知
(P.59「第二章 失敗の種類と特徴」※図から抜粋・列挙)
何か問題が発生したとき、このリストに照らし合わせることで、原因を多角的に分析することができる。
「なぜ失敗したのか?」という問いに対し、「自分の能力が足りなかったから」といった漠然とした答えで終わらせるのではなく。
「今回は『⑤調査・検討の不足』が主な原因だったな」とか、「背景には『⑨組織運営不良』があったのかもしれない」というように、具体的に問題を特定できる。
原因が明確になれば、対策もおのずと見えてくるだろう。
また、私たちは物事を理解しようとするとき、無意識に単純化しすぎる傾向があることにも注意が必要だ。
私たちが好んで使う樹木構造によるものごとの理解では、ものごとを単純に見すぎるために、隠れたリンクに気がつかないという、いわば失敗を誘発する構造的欠陥があります。(P.72「第二章 失敗の種類と特徴」)
AだからB、BだからCというような直線的な因果関係(樹木構造)だけで世の中を捉えていると、複雑に絡み合った問題の本質を見誤る。
一見無関係に見える事象同士が、実は水面下で有機的につながっていることがある。
このような「隠れたリンク」に気づけるかどうかが、失敗を未然に防ぐ鍵となる。
常に物事を俯瞰し、単純化の罠に陥っていないか自問自答する姿勢が求められる。
風化する教訓と求められる情報
先人たちが残してくれた失敗の教訓は、時としていとも簡単に忘れ去られてしまう。
畑村は、岩手県の三陸海岸に残る津波の石碑を例に、その悲しい現実を指摘する。
その中には、教訓的な意味合いが込められたものもあり、波がやってきた高さの場所に建てられ、「ここより下には家を建てるな」という類の言葉が記された石碑も少なくありません。(P.81「第三章 失敗情報の伝わり方・伝え方」)
過去に何度も大津波に襲われたこの地域では、先人たちが「ここより下は危険だ」という命のメッセージを石碑に刻んで後世に伝えようとした。
しかし、時が経つにつれてその警告は忘れられ、人々は利便性を求めて再び低地に家を建ててしまう。
本書が刊行されたのは2001年であるが、その10年後の2011年、東日本大震災が発生し、巨大な津波が多くの町を飲み込んだ。
歴史の教訓が生かされなかった痛ましい実例である。
では、どうすれば失敗の教訓を風化させずに伝えていけるのか。
それには、情報の伝え方そのものを工夫する必要がある。
人々が求めているのは、無味乾燥なデータだけではない。
人々が本当に欲しているのは、その失敗に際してその人が何をどう考え、感じ、どんなプロセスでミスを起こしてしまったかという当事者側から見た主観的な情報だからです。(P.97「第三章 失敗情報の伝わり方・伝え方」)
客観的な事実報告ももちろん重要だが、それだけでは人の心には響きにくい。
私たちが知りたいのは、その渦中にいた人間が何を思い、どんな葛藤を抱え、どのような判断を下したのかという、生々しい「当事者の現実」である。
その主観的な情報に触れることで、私たちは失敗を自分事として捉え、より深く共感し、記憶に刻むことができるのだ。
そして、自身の失敗経験を他者や未来の自分に伝えるためには、情報を整理し、「知識化」するプロセスが不可欠となる。
そのための有効な手法として、畑村は次の5つの項目を挙げる。
失敗を知識化するための出発点となる「記述」は、文字どおり失敗経験を記述するという意味です。そのとき、「事象」、「経過」、「原因(推定原因)」「対処」「総括」などの項目ごとに書き表すと、問題が整理されて失敗の中身もクリアになります。(P.100「第三章 失敗情報の伝わり方・伝え方」)
この5つの項目は、極めて実践的なフレームワークである。
「事象(何が起きたか)」、「経過(時間的な流れ)」、「原因(なぜ起きたか)」、「対処(どう対応したか)」、「総括(何を学び、次にどう活かすか)」。
この型に沿って失敗を言語化することで、感情的な混乱から抜け出し、客観的に自己の経験を分析できる。
これは、日々の業務報告書や反省会など、様々な場面で応用可能な思考ツールと言えるだろう。
大失敗の前に現れる300のサイン
突発的に見える大事故や大失敗も、実はその前に数多くの予兆が現れていることが多い。
この経験則は、「ハインリッヒの法則」として知られている。
そもそも未知への遭遇を原因とするもの以外の失敗は予測可能だと私は考えています。自己にしろ失敗にしろ、大きな形で現れるときには同じような三十くらいの小事故、小失敗があり、さらにその前には予兆を表す三百のサインが現れるという、いわゆるハインリッヒの法則に学べば、こうした小失敗の多い企業は大失敗の確率もあがっていることは想像に難くありません。(P.178「第六章 失敗を立体的にとらえる」)
ハインリッヒの法則とは、1件の重大事故の背景には、29件の軽微な事故と、300件のヒヤリ・ハット(事故には至らなかった危険な事象)が存在するというものだ。
この法則が示唆するのは、重大な失敗は、小さな失敗や予兆を放置した結果として現れるということである。
日常業務の中に潜む「ヒヤリ」とした瞬間や、「ハッ」とした出来事を見過ごしてはならない。
それこそが、未来の大失敗を防ぐための貴重な情報源なのである。
小さな問題が頻発している組織は、いつ大事故が起きてもおかしくない危険な状態にあると認識すべきだ。
失敗を誘発する社会の構造的問題
失敗の原因は、個人の能力や注意力の問題だけに帰結するものではない。
時には、社会や組織の構造そのものが、失敗を誘発する土壌となっていることがある。
畑村は、1999年に発生した東海村JCO臨界事故を例に、その構造的問題を鋭く指摘する。
JOCのケースでは、背景に、市場が成熟し、コスト削減が求められていたことも指摘しておく必要があります。これもまた、相次ぐ企業がらみの事故やトラブルに共通して見られる、失敗を誘発する構造的問題のひとつです。(P.196「第七章 致命的な失敗をなくす」)
※東海村JCO臨界事故は、株式会社ジェー・シー・オーの核燃料加工施設で発生した日本初の臨界事故であり、作業員2名が被曝により死亡した。
この事故の直接的な原因は、作業員が国の定めた手順を無視し、非効率な正規マニュアルの代わりに、裏マニュアルと呼ばれる非正規の手順で作業を行ったことにあった。
しかし、その背景には、厳しいコスト削減圧力と効率化の要求があった。
資本主義社会において、利益追求と安全性確保は時として対立する。
コストを優先するあまり、安全対策が疎かになるという構図は、現代社会が抱える根深い問題である。
これは、私たちの健康や労働環境にも通じる話であり、目先の利益のために長期的な安全性を犠牲にしていないか、常に問い続ける必要がある。
また、システムが安定して稼働している時ほど、危険は忍び寄ってくる。
システムをフル稼働させて生産を続けている状態で起き得る失敗の形は、真っ先に考えられるのは保守点検の不備です。どこの生産現場でも、ルールとして安全点検のようなものは必ず義務づけられていますが、現実に行われているかどうかはともかく、管理者はルールを設けることで安心してしまう落とし穴に陥りがちです。(P.200「第七章 致命的な失敗をなくす」)
これは生産設備だけでなく、人間の身体やスキルにも当てはまる。
順調な時ほど、メンテナンスを怠りがちになる。
「ルールがあるから大丈夫」「マニュアルがあるから安心」という思考停止は非常に危険である。
形骸化したルールではなく、実効性のある点検が日々行われているかどうかが、システムの寿命を、ひいては組織の命運を分けるのだ。
技術と個人の盛衰サイクル
世の中のあらゆる技術にはライフサイクルがあるという視点も、未来を予測し、失敗を避ける上で重要である。
すべての技術は、萌芽期、発展期、成熟期、衰退期を通ります。時代の流れの中で見られる摂理のようなもので、ある技術が発展期に入ってから衰退期に行こうするまでの期間は、一般的にはおよそ三十年程度といわれています。(P.200「第七章 致命的な失敗をなくす」)
一つの技術が主流であり続ける期間は、およそ30年。
これは、個人のキャリアを考える上でも示唆的である。
ある分野で一度スキルを習得したからといって、それが一生安泰である保証はどこにもない。
常に新しい技術の動向にアンテナを張り、複数の技術の種を蒔いておく必要がある。
一つの専門性に安住することは、その技術が衰退期に入ったときに、自らの市場価値をも失うという大きなリスクを伴うのだ。
また、畑村は原子力発電所などで用いられる興味深い概念を紹介している。
封印技術とは、文字どおり技術を誰も触れないように封印するものです。システム全体を知らない者による改悪事故に結びつきやすい原子力発電の現場などでは、いまも実際に取り入れています。(P.212「第七章 致命的な失敗をなくす」)
これは、複雑で高度なシステムにおいて、中途半端な知識を持つ者が安易に手出しをすることで、かえって危険な状況を招くことを防ぐための知恵である。
専門外の人間が善意でシステムを「改善」しようとした結果、予期せぬ重大な事故につながるケースは少なくない。
自分の知識の限界をわきまえ、触るべきでない領域を明確に区別することも、失敗を避けるための重要なスキルと言えるだろう。
人間が扱える知識の限界
情報化社会に生きる私たちは、日々膨大な情報に晒されている。
しかし、人間が知識として適切に処理し、活用できる情報量には限界がある。
畑村は、その限界の目安として「300」という数字を挙げる。
ちなみに、ある組織・分野で集めるべき失敗情報が三百個で、またそれくらいが人間がきちんと知識として吸収できる限界だというのは、じつは落語家が生涯かかって覚える噺の数というところからもきています。(P.235「第八章 失敗を生かすシステムづくり」)
落語家が習得する噺の数や、人間が安定した社会関係を維持できる人数の上限(ダンパー数)が約150人であることなどを鑑みると、人間が深く理解し、自在に扱える知識のストックは、数百個程度が上限なのかもしれない。
闇雲に情報を集めるのではなく、本質的で重要な300の失敗事例を深く学び、血肉とすることの方が、遥かに実践的で有効だということだ。
情報の量より質を重視する姿勢が、知識の有効活用につながる。
スタジオジブリから生まれた一冊
最後に、本書が世に出るきっかけとなった、非常に興味深いエピソードを紹介したい。
本書をあらわすきっかけは、スタジオジブリでの宮崎駿氏が主宰する勉強会で私が行った失敗についての講演を講談社の田中浩史さんが聞き、とても面白いから本にしましょうといって来られたことに始まる。これに京本遼経さんが加わり、私の話を二人が聞きながらその内容をまとめ、ようやくできあがった。(P.255「あとがき」)
アニメーション監督の宮崎駿(みやざき・はやお、1941年~)が主宰する勉強会での講演が、この名著の出発点だったという事実は驚きである。
最高の作品を追求し続けるクリエイティブの現場と、工学的な視点から失敗を科学する「失敗学」が、意外な場所で交差していたのである。
畑村の講演内容を基礎としながら、編集者が聞き取り、まとめるという口述筆記に近い形で制作されたことも、本書の読みやすさと分かりやすさの一因となっているのかもしれない。
まとめ:失敗を恐れず、次の一歩を踏み出すために
畑村洋太郎の『失敗学のすすめ』は、単に失敗の事例を集めた本ではない。
それは、失敗という避けられない現実と真摯に向き合い、それを未来への確かな糧とするための、体系的な方法論と思考法を提示した一冊である。
本書を通じて、私たちは以下の重要な視点を学ぶことができる。
- 失敗とは、目的を達成できなかったという客観的な事実であり、成長の出発点である。
- 小さな失敗を避けることは、将来の大きな失敗を準備することに他ならない。
- 歴史上の大失敗は、未来をより良くするための貴重な教訓の宝庫である。
- 失敗をオープンに共有する文化が、個人と組織を強くする。
- 失敗の原因を体系的に分析することで、具体的な対策が見えてくる。
- 1つの大失敗の前には、必ず300の予兆(ヒヤリ・ハット)が存在する。
- 失敗を知識化するためには、「事象・経過・原因・対処・総括」のフレームワークが有効である。
森博嗣(もり・ひろし、1957年~)をはじめとする工学系の作家や研究者の著作には、物事の本質を冷静に分析し、合理的な解決策を導き出す知的な魅力がある。
畑村洋太郎の「失敗学」もまた、その系譜に連なるものである。
刊行から20年以上が経過した今も、本書の価値は全く色褪せていない。
むしろ、変化が激しく、先行きの不透明な現代社会においてこそ、その重要性は増していると言えるだろう。
もしあなたが、過去の失敗に囚われて次の一歩が踏み出せないでいるなら、あるいは、日々の仕事やプロジェクトで同じようなミスを繰り返していると感じているなら。
ぜひ本書を手に取ってみてほしい。
失敗への見方が180度変わり、挑戦することへの恐怖が、未来を切り拓くための勇気へと変わるはずである。
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