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逢坂剛『ご機嫌剛爺』要約・感想

逢坂剛『ご機嫌剛爺』表紙

  1. 家族と少年時代の影響
  2. 挫折と情熱の学生時代
  3. 仕事と創作の両立
  4. 多趣味と「修活」の人生哲学

逢坂剛の略歴・経歴

逢坂剛(おうさか・ごう、1943年~)
小説家。
東京都文京区の生まれ。開成高校、中央大学法学部を卒業。博報堂に新卒で入社。
1980年に『暗殺者グラナダに死す』で第19回オール讀物推理小説新人賞を受賞しデビュー。
1986年に『カディスの赤い星』で第96回直木三十五賞を受賞。
1997年に社屋の移転に合わせて、博報堂を早期退職し、神田神保町にオフィスを構えて専業作家に。
2015年に『平蔵狩り』で第49回吉川英治文学賞を受賞。
父親は、挿絵画家の中一弥(なか・かずや、1911年~2015年)。逢坂剛は三男。

『ご機嫌剛爺』の目次

はじめに
第一章 画家の父、母の早世、二人の兄
~探求心は職人気質の父から、勉強は秀才の長兄から、遊びは多趣味の次兄から学ぶ
「小説家」の原点は画家の父/母の思い出/六畳一間の男四人暮らし/兄二人から教わったこと/好きなことにお金をつぎ込む癖/ふるさとは神保町/トンカツがご馳走だった
第二章 ハメットと出会った十代、開成での六年間、ギターまみれの大学時代
~自主性を学生生活から、創作姿勢をハメットから、修練の達成感をギターから得る
自主性を学んだ開成時代/「文才があるね」。背中を押した教師のひとこと/ハメットという衝撃/英語が上達したわけ/第三志望の男/法曹界を目指しかけるも……/ギター三昧の大学生活/探求の楽しみを知る
第三章 PRマン時代、スペイン
~第三志望の就職先でも、知恵と工夫で仕事は面白くなる
再び、第三志望の男/楽しみを見出す、つくり出す/趣味道楽こそが本業なのだ/初めてのスペイン、一生の出会い/どんな仕事も面白がる
第四章 二足のわらじ、直木賞受賞、サラリーマンと執筆と
~会社員と小説家の兼業をこなす中、生涯書き続ける決心をする
会社員生活の傍ら、小説執筆を再開/プロの感想を聞きたくて/“兼業作家”としてデビュー/無理なく続いた「二足のわらじ」/自分にとって最適なリズムで/オリジナルをとことん楽しむ
第五章 多彩、多芸、鍛錬と開花、幅広い交友
~好きな街に身を置き、リズムとリフレッシュを交え仕事と長年の趣味に没頭する
日常に、文化の薫りを/永遠のマイブーム/リズムとリフレッシュ/趣味はいつでも見つけられる/愛しの古本コレクション/オーダーメイドの楽しみ/逢坂流・語学上達のこつ/五十を過ぎて、野球チームを結成/いつまでも動ける体を維持する/趣味仲間とディープに交流する
第六章 “終活“より”修活“だ!
~断捨離するより愛着品を楽しみ尽くし、争いごとは遠ざけて、上機嫌で過ごす
好ききらいに忠実に/一番の刺激は、がんばる同世代/終活? まっぴらごめん!/シャープの〈書院〉よ、いつまでも/話術はメモから/不便から学ぼう/DIYの楽しみ/夫婦共通の趣味は食べ歩き/まだまだ捨てたもんじゃないぞ、街中の人情/若き編集者に出した“宿題”/調べずにはいられない!/機嫌よくいる。それが一番/争いごとを引き寄せない/年をとったら兄弟仲よく/一生勉強!(いや、道楽気分)/一度きりの人生、好きなことを

『ご機嫌剛爺』の概要・内容

2021年10月30日に第一刷が発行。集英社。195ページ。ソフトカバー。127mm✕188mm。四六判。

副題に「人生は、面白く楽しく!」。語り下ろしを主として編集したもの。

『ご機嫌剛爺』の要約・感想

  • 逢坂剛の原点:家族と神保町での少年時代
  • 開成、大学、ハメットとの衝撃的出会い
  • 第三志望の就職先で見出した仕事の面白さ
  • 兼業作家としてのデビューと執筆スタイル
  • 多趣味生活:リズムとリフレッシュの秘訣
  • 「修活」という生き方:上機嫌でいる秘訣
  • 逢坂剛『ご機嫌剛爺』から学ぶ人生の楽しみ方

本書は、現代日本のエンターテインメント小説を牽引する一人、逢坂剛による、自身の半生と人生哲学を軽妙な語り口で綴ったエッセイである。

ハードボイルドや警察小説、時代小説など、多彩なジャンルで活躍し、『百舌シリーズ』(もずシリーズ)をはじめとする数々の代表作を持つ彼が、どのようにして小説家となり、そして「ご機嫌」に生きる術を身につけてきたのか。

本書はその秘密を解き明かす鍵となるだろう。

ちなみに「逢坂剛の読み方は?」と疑問に思う方もいるかもしれないが、「おうさか・ごう」と読むのが正しい。

本書を読めば、彼の作品世界だけでなく、その人間的魅力にも深く触れることができるはずだ。

特に、これから社会に出る学生や、日々の仕事に励む人々にとって、人生を豊かに、そして前向きに歩むためのヒントが満載である。

逢坂剛のおすすめ作品を探しているファンはもちろん、彼の名前を初めて知ったという読者にも、ぜひ手に取っていただきたい一冊だ。本書ではその創作の源泉とも言える彼の人生観が語られている。

逢坂剛の原点:家族と神保町での少年時代

逢坂剛の創作活動の根幹には、幼少期の経験が深く関わっているようである。

本書の第一章では、画家の父、早くに亡くなった母、そして二人の兄との生活が描かれている。探求心は職人気質の父から、勉強は秀才の長兄から、そして遊びは多趣味の次兄から学んだという。

六畳一間に男四人という暮らしぶりは、決して裕福ではなかったようだが、そこには温かい家族の絆と、それぞれの個性が響き合う活気があったことがうかがえる。

特に印象的なのは、兄たちの存在である。勉強熱心な長兄は、逢坂剛にとって良き家庭教師であった。

長兄は頭の出来がよくて、東京大学に進みました。わたしが小学六年生ころ、長兄は大学生でしたから、よき家庭教師となってくれました。(P.23「第一章 画家の父、母の早世、二人の兄:兄二人から教わったこと」)

この長兄は、後に詳しく触れられるが、非常に優秀な人物であったようだ。

逢坂剛が名門である開成中学校・高等学校へ進学するきっかけも、偶然にも父・中一弥(なか・かずや、1911年~2015年)の担当編集者が開成出身であったことから生まれたというエピソードも興味深い。

家族からの知的な刺激が、後の彼の土台を築いたことは想像に難くない。

また、多趣味な次兄からは、遊びの面白さ、好きなことへの没頭の仕方を学んだという。この「好きなことにお金をつぎ込む癖」は、後の彼の人生における様々な趣味へと繋がっていく。

そして、彼の「ふるさと」と呼ぶ神保町での思い出。古書店街として知られるこの街での経験は、彼の読書遍歴や知識欲を育む上で、大きな影響を与えたに違いない。

トンカツがご馳走だったというエピソードからは、当時の慎ましいながらも満たされた生活ぶりが垣間見える。逢坂剛のおすすめポイントとして、こうした彼の人間形成の背景を知ることができる点は大きい。

開成、大学、ハメットとの衝撃的出会い

中高一貫の開成での六年間は、逢坂剛の「自主性」を育んだ重要な時期であった。

教師から「文才があるね」と褒められた一言が、彼の背中を押し、書くことへの意識を芽生えさせたのかもしれない。

そして、彼の人生、特に創作活動において決定的な影響を与えたのが、アメリカのハードボイルド作家、ダシール・ハメット(Dashiell Hammett、1894年~1961年)との出会いであった。

ハメットの作品がもたらした衝撃は計り知れず、その後の彼の作風、特にハードボイルド小説への傾倒に繋がっていく。英語が得意になったのも、原書でハメットを読み込みたいという情熱があったからだという。好きなものへの探求心が、語学力向上という実利にも結びついた好例である。

大学受験においては、意外なドラマがあったようだ。

第一志望であった東京外国語大学は、二次試験に突如数学が加わったことで不合格。さらに、確実に合格できると考えていた「滑り止め」の早稲田大学政治経済学部(模試では1000人中6位の成績だったという)にも失敗してしまう。

最終的に進学したのは、中央大学法学部であった。これは彼にとって「第三志望」の選択だったが、後に法曹界を目指しかけるなど、新たな道を探るきっかけともなったようだ。

しかし、大学生活は学業一辺倒ではなく、ギターに熱中する日々でもあった。

「ギター三昧の大学生活」と表現されるように、一つのことに深く没頭し、修練を通じて達成感を得るという経験は、後の小説執筆における粘り強さや探求心にも通じるものがあるだろう。

この学生時代の経験もまた、逢坂剛のおすすめエピソードの一つと言える。彼の多才ぶりは、この頃から既に現れていたのである。

第三志望の就職先で見出した仕事の面白さ

大学卒業後の就職活動においても、逢坂剛は再び「第三志望」という状況に直面する。

しかし、彼はここでも持ち前の適応力と探求心を発揮する。就職先となった広告代理店でのPRマンとしての仕事に、彼は知恵と工夫で「面白さ」を見出していくのである。

どんな状況であっても、楽しみを見出し、自らつくり出す。この姿勢は、彼の人生哲学の根幹をなすものかもしれない。

「趣味道楽こそが本業なのだ」と考える彼の価値観は、仕事一辺倒になりがちな現代人にとって、示唆に富むものである。仕事は生活の糧を得る手段であると同時に、自己実現や楽しみを見出す場にもなり得るのだ。

このPRマン時代に経験した初めてのスペイン旅行は、彼の人生における重要な転機となった。

スペインの風土、文化、そして人々との出会いは、彼の心に深く刻まれ、後の『イベリアの雷鳴』から始まる「イベリアシリーズ」と呼ばれる一連の作品群を生み出す原動力となる。

「イベリアシリーズ」の原点がこの時期の体験にあったことを知ると、作品への理解がより深まるだろう。

彼はどんな仕事であっても、それを面白がり、自身の糧としていく術を心得ていたのである。このポジティブな姿勢こそ、逢坂剛のおすすめポイントと言えるだろう。

兼業作家としてのデビューと執筆スタイル

広告代理店に勤務する傍ら、逢坂剛は学生時代に書いていた小説執筆を再開する。

プロの感想を聞きたいという思いから投稿した作品が認められ、彼は“兼業作家”としてデビューを果たすこととなる。

会社員としての安定した生活と、小説家としての創作活動。この「二足のわらじ」を、彼はどのようにして履きこなしていったのだろうか。

その秘訣は、彼独自の執筆スタイルにあったようだ。

わたしなりのこつを披露するならば、やはり自分にとって無理なく続けられるリズムを守ることが、重要でした。先にも述べたように、基本的には「週末限定の日曜大工作家」を標榜し、あくまで楽しみとして書く、というルールを守っていました。(P.98「第四章 二足のわらじ、直木賞受賞、サラリーマンと執筆と:無理なく続いた「二足のわらじ」」)

無理なく続けられる自分自身のリズムを見つけ、それを守ること。

そして、書くことを「楽しみ」と捉えること。これが、彼が長年にわたり質の高い作品を生み出し続けられた理由の一つであろう。

原稿の締め切りを守ることで知られる逢坂剛だが、それは決して無理なスケジュールをこなしていたわけではなく、自分に合ったペースを確立していたからなのである。

新聞連載という、より厳しい締め切りに直面した際のエピソードも興味深い。

内心焦りましたが、ウィークデーの夜は調べ物にあて、週末に一週間分を一気に書く、というペースができてくると、最終的に貯金の1カ月分を減らすことなく、完走することができました。(P.99「第四章 二足のわらじ、直木賞受賞、サラリーマンと執筆と:無理なく続いた「二足のわらじ」」)

当初は連載開始前に1ヶ月分の「貯金」があったものの、それを切り崩すことなく、平日の夜に資料調査、週末に集中して執筆、というペースを確立し、見事に連載を完走したという。この計画性と実行力は、彼のプロフェッショナルとしての姿勢を示している。

この兼業作家時代を経て、彼は直木賞を受賞し、専業作家への道を歩むことになる。

彼の代表作であり、「MOZU」としてドラマ化もされた『百舌シリーズ』は、この時期に培われた経験と、彼ならではのハードボイルド精神が結実した作品と言えるだろう。「逢坂剛の代表作は?」と問われれば、多くの人がこのシリーズを挙げるはずだ。

『百舌シリーズ』の読む順番に迷う読者もいるだろうが、まずは『百舌の叫ぶ夜』からその世界に浸るのがおすすめである。シリーズの序章となる『裏切りの日日』という作品もあるが、シリーズを読み終えてからでも良いかと思う。

彼の作品は文庫本でも多数刊行されており、また改訂新版も出ているので、手に取りやすいのも魅力である。

多趣味生活:リズムとリフレッシュの秘訣

専業作家となった後も、逢坂剛の探求心と活動意欲は衰えることを知らない。

第五章では、彼の多彩な趣味と、それを通じた幅広い交友関係が描かれている。彼の日常には常に文化の薫りがあり、それは彼の生活にリズムとリフレッシュをもたらしているようだ。

ギター、スペイン語、クラシックカー、古書収集、野球、オーディオ、カメラ、プラモデル、食べ歩き…彼の趣味はまさに多岐にわたる。「永遠のマイブーム」と称されるこれらの趣味は、単なる気晴らしではなく、彼の人生を豊かに彩る重要な要素となっている。

古書収集にかける情熱は特に深く、彼ならではのルールが存在する。

本を買うと、見返しに付箋を貼り付けて、「買った日付」と「書店の名前」、それから「買った値段」を小さく書くのが、長年のルールです。(P.120「第五章 多彩、多芸、鍛錬と開花、幅広い交友:愛しの古本コレクション」)

購入した日付、書店名、値段を記録するという習慣は、一冊一冊の本との出会いを大切にする彼の姿勢を表している。

これは、他の作家、例えば辻仁成(つじ・ひとなり、1959年~)も同様に購入した日付を書き留める習慣を持っていると語っていたことを思い起こさせる。作家にとって、本は特別な存在なのであろう。

語学に関しても、彼の探求心は旺盛である。アメリカのハードボイルド小説から英語、フラメンコからスペイン語にも興味を示し、独自の学習法を編み出している。それぞれ、読み書きと会話もおおよそマスターしているとか。

さらにフランスの小説家のモーリス・ルブラン(Maurice Marie Émile Leblanc、1864年~1941年)の『巌窟王』も翻訳している。フランス語も出来るということか。

五十歳を過ぎてから野球チームを結成し、現在もプレーを続けているというエピソードは、彼の若々しさと行動力の象徴である。健康維持にも気を配り、「いつまでも動ける体を維持する」ことを心がけている。

これらの趣味は、単に個人的な楽しみにとどまらず、多くの趣味仲間とのディープな交流を生み出し、彼の世界をさらに広げている。

逢坂剛のおすすめポイントとして、この多趣味ぶりと、それを支えるエネルギッシュな生き方は外せない。彼の作品には、こうした幅広い知識や経験が活かされているのかもしれない。逢坂剛の時代小説にも、こうした深い造詣が反映されている可能性がある。

「修活」という生き方:上機嫌でいる秘訣

人生の後半期を迎え、多くの人が「終活」を意識する中、逢坂剛は「“終活”より“修活”だ!」と宣言する。

これは、身の回りの整理や断捨離といった「終わりの準備」ではなく、これまで愛用してきたものを最後まで楽しみ尽くし、学び続け、人生を「修める」という前向きな姿勢を示す言葉である。

彼の膨大な蔵書や資料の整理についても、単に処分するのではなく、後世に役立てる道を選んだ。

かくして、すでに執筆を終えた作品の資料から順に少しずつ、荒川区の区立図書館「ゆいの森あらかわ」に寄贈することが決まり、ほっとしているところです。(P.152「第六章 “終活“より”修活“だ! :終活? まっぴらごめん!」)

この寄贈先の決定には、開成時代の同級生の協力があったという。

その同級生が、当時の荒川区長であった西川太一郎(にしかわ・たいちろう、1942年~)に繋いでくれたのだ。「ゆいの森あらかわ」は、作家・吉村昭(よしむら・あきら、1927年~2006年)の記念文学館も併設されている施設。

将来的に逢坂剛の資料を展示するスペースが設けられる可能性も示唆されており、ファンにとっては嬉しい話である。ちなみに吉村昭も開成の出身であり、作家の駆け出しの頃にはアドバイスをもらったという逸話も載っている。

愛用品へのこだわりも強い。長年愛用してきたシャープのワープロ「書院」への愛着を語る姿からは、物を大切にする彼の姿勢が伝わってくる。またDIY(Do It Yourself)の楽しみ、夫婦共通の趣味である食べ歩きなど、日常の中にささやかな喜びを見出す術を心得ている。

彼はまた、「機嫌よくいる。それが一番」であり、「争いごとを引き寄せない」ことを信条としている。これは、年齢を重ねる上で非常に重要な心構えであろう。

年をとったら兄弟仲良く、という言葉も、自身の経験に基づいた実感のこもったアドバイスである。彼の優秀な長兄は、最終的に大学教授になっていたという。

長兄は、東大の農学部を卒業したあと工学部に学士入学して、一級建築士の資格を取得。当時、花形の就職先だった国鉄にはいりましたが、のとに三重大学から誘われて、教授職に就いていました。(P.188「第六章 “終活“より”修活“だ! :年をとったら兄弟仲よく」)

知的な家庭環境が、彼の知的探求心を育んだ一因であったことが改めてわかる。

そして、「一生勉強!(いや、道楽気分)」という言葉に象徴されるように、学び続けること、好きなことを追求し続ける姿勢こそが、彼を「ご機嫌」に保つ秘訣なのである。

「逢坂剛の新刊は?」と常に期待される存在であり続けるのも、この尽きることのない好奇心と探求心があるからだろう。

本書の最後で、自身が影響を受けた本として谷崎潤一郎(たにざき・じゅんいちろう、1886年~1965年)の『文章読本』を挙げている点も興味深い。常に学び、吸収しようとする姿勢がうかがえる。

逢坂剛『ご機嫌剛爺』から学ぶ人生の楽しみ方

逢坂剛の『ご機嫌剛爺』は、著者の語り下ろしという形式もあって、非常に読みやすく、まるで彼が隣で自身の人生を語ってくれているかのような親しみやすさがある。

一人の小説家がどのように生まれ、どのような経験を経て現在に至ったのかを知る自伝として、非常に興味深い内容であった。家族、友人、趣味、仕事、そして人生観。その全てが、飾らない言葉で率直に語られている。

特に、画家の父や優秀な兄たちとの関係、学生時代の挫折と熱中、第三志望の就職先で見出した仕事の面白さ、兼業作家としての苦労と工夫、そして多彩な趣味とそれを楽しむ姿勢は、読者に多くの示唆を与えてくれるだろう。

全体を通して感じられるのは、どんな状況にあっても「面白さ」を見つけ出し、とことんそれに没頭するという、彼のポジティブでエネルギッシュな生き方である。

個人的な感想としては、語り下ろしならではの軽妙さが魅力である一方、彼の小説作品が持つ重厚さや深みを期待すると、やや物足りなさを感じる部分もあるかもしれない。

しかし、これは本書の欠点ではなく、むしろ特徴と言うべきだろう。逢坂剛という作家の、これまであまり語られてこなかった人間的な側面、日々の暮らしぶりや思考を知る上では、これ以上ない一冊である。彼の長年のファンであれば、その素顔に触れる喜びを感じるはずだ。

最後に谷崎潤一郎の『文章読本』に言及している点には、個人的に最近読んだばかりだったこともあり、驚きと共に共感を覚えた。

本書は、特定の世代に向けた人生訓というよりも、年齢に関係なく、日々の生活や仕事、趣味の中に楽しみを見出し、前向きに生きていくためのヒントを与えてくれる。逢坂剛のおすすめ作品リストに、この『ご機嫌剛爺』を加えることに異論はないだろう。

彼の改訂新版の文庫本が多数出ている小説作品と併せて読むことで、作家・逢坂剛の世界をより深く理解できるはずである。

「終活」ではなく「修活」という考え方、そして何よりも「ご機嫌」でいることの大切さ。この本から学べることは多い。

一度きりの人生、好きなことを追求し、楽しみ尽くす。そんな生き方の手本が、ここにある。

書籍紹介

関連書籍

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神田神保町

東京都千代田区にある神田神保町。古本屋街、書店街として知られる。幕臣・神保長治(じんぼう・ながはる、1641年~1715年)が屋敷を構えていたことから、神保町と呼ばれるようになった。

逢坂剛が小学生の頃から通い、また専業作家になってからはオフィスを構えている町。

ヨシカミ

東京都台東区浅草にある創業1951年の洋食屋。逢坂剛が家族と一緒に幼少期から通っているお店。「ロース・カツレツ」が楽しみだったという。

公式サイト:ヨシカミ