冲方丁『生き残る作家、生き残れない作家』

冲方丁の略歴

冲方丁(うぶかた・とう、1977年~)
小説家。
岐阜県各務原市生まれ。シンガポール、ネパールで育つ。
埼玉県立川越高等学校を卒業。早稲田大学第一文学部を中退。
『マルドゥック・スクランブル』で日本SF大賞、『天地明察』で吉川英治文学新人賞、本屋大賞、舟橋聖一文学賞、北東文芸賞を受賞。『光圀伝』で第3回山田風太郎賞受賞。

『生き残る作家、生き残れない作家』の目次

はじめに
序章 WHYを知る者は生き残る
① WHYを知るものは生き残る。
余談その一 作家業における大ヒット破産
第一章 言葉の三つの特質を知る者は生き残る
② 言葉が生まれた原初の理由――「発見を伝える力」を知る者は生き残る。
③ 言葉が発展した最大の理由――「継承」する者は生き残る。
④ 言葉が文明の基礎となった理由――「法則」を抽出できる者は生き残る。
余談その二 選択的注目(セレクティブ・アテンション)とフェイク
第二章 文章を知る者は生き残る
⑤ 文章の性質――始まりと終わりをイメージできる者は生き残る。
⑥ 文章の構造――順序をイメージできる者は生き残る。
⑦ 文章の工夫――五つのルール、「増やす・減らす・入れ替え・統合・分割」を自在に駆使できる者は生き残る。
第三章 描写ができる者は生き残る
⑧ 五感の性質――モノと空有感を同時に描写できる者は生き残る。
⑨ 人物の性質――感情と肉体を同時に描写できる者は生き残る。
⑩ 時間の性質――さらに時間を同時に描写できる者は生き残る。
⑪ 価値の性質――さらに価値を同時に描写できる者は生き残る。
第四章 物語る者は生き残る
⑫ 物語の開始――連想から逸脱できる者は生き残る。
⑬ 物語の展開――反論できる者は生き残る。
⑭ 物語の結論――解決できる者は生き残る。
一、論点の感情的な解決……「ゴジラ対ラドン効果」の乗り越えと共感原則。
二、論点の論理的な解決……法則に基づく解決。
三、論点の律法(習慣)的な解決……巨大な命題に寄り添う。
四、論点の諧謔的な解決……ユーモアの効用。
終章 課題を設定できる者は生き残る
⑮ 「何をWHAT、どのようにしてHOW、いつWHEN、どこでWHERE、誰がWHO」書くのか――全てをマネジメントできる作家は生き残る。
⑯ これからの作家のあり方――時代に適応し、かつ継承する者は生き残る。
付録Ⅰ 作家になるために、やっておくべき八つの課題
付録Ⅱ 例文集
付録Ⅲ 自己マネジメント例
あとがき

『生き残る作家、生き残れない作家』の概要

2021年4月25日に第一刷が発行。早川書房。153ページ。ハードカバー。127mm×188mm。

副題として、「冲方塾・創作講座」。

書き下ろし。ただし、全12回の創作講座が過去に実施され、講座録はnote(一部有料)で公開。

この講座録を再構成したものが本書。またテーマとして設定されたのは「生き残る」ということと書かれている。

『生き残る作家、生き残れない作家』の感想

冲方丁の歴史小説・時代小説が好きで色々と読んでいる。

『天地明察』でハマって、『光圀伝』『戦の国』も読んだし、他にもエッセイ的ななものとして『冲方丁のこち留』もチェック済み。

他にも小説やエッセイ的なものも購入はしてあるけれど、未読の作品もいくつかある。

取り敢えず、今回はこの『生き残る作家、生き残れない作家』を紹介。

文豪たちの文章術とかも好きだけど、現代に生きていて売れている作家の、このような書籍も好き。

大沢在昌(おおさわ・ありまさ、1956年~)の『売れる作家の全技術』や、松岡圭祐(まつおか・けいすけ、1968年~)の『小説家になって億を稼ごう』など。

で、冲方丁も似たような作品を書いているということで読んだ。

めっちゃ面白かったし、創作のヒントはもちろんだけれど、さまざまな分野で応用が可能な「生き残る」技術というか、考え方も得られる内容。

たとえば私の場合、「最初の一行を書くわくわくと、最後の一行を書く達成感を、死ぬまで味わい続けたいから書く」というのが「WHY」の根本です。
また、「執筆を通して、自分、人間、社会、世界を知りたいから書く」という思いを、十代の頃から抱き続けてきました。
執筆は私にとって、表現であり経済活動であり学習であり生きがいです。(P.18「序章 WHYを知る者は生き残る」)

最後の文章が特に刺さる。

別に自分は小説家とかではないけれど、ほぼ同じ感覚である。でも、文章を書いたりするよりも、読書をしたりする方が楽しい気もするけれど。

WHYというのは、サイモン・シネック(Simon Oliver Sinek、1973年~)の提案したWHY(理由)を円の中心において、外側に向かって、HOW(方法)、WHAT(商品)と向かうゴールデンサークルという考え方。

『WHYから始めよ!』『FIND YOUR WHY』いう書籍も出ている。この辺りも今度読んでおこうかな。

さらに続いて冲方丁は、このWHYを中心に目的設定をすると、継続でき、経済的にもリスクが少なく、最終的に生き残ると様々な実例や経験から考えられると主張。

WHYを根本にすることの大切さ。自分を基準、中心に持ってきているというのが重要。

内部ではなく、外部の他者や環境などに従ってしまうと、立ち止まりやすい。あるいは、一つの目標に到達すると終わってしまう、という事か。

ジョーゼフ・キャンベルという、私が心の師と仰ぐアメリカの神話学者は、世界中の神話を比較検討することで、全ての神話に共通する要素を抽出することに成功しました。(P.38「第一章 言葉の三つの特質を知る者は生き残る」)

アメリカの神話学者であるジョーゼフ・キャンベル(Joseph Campbell、1904年~1987年)を尊敬している冲方丁。

帰納法的な思考から共通項を導き出す力の重要性を説いている。

ちなみにキャンベルの神話論は、英雄の旅(The Hero’s Journey)、あるいは英雄と輪廻(Heroes and the Monomyth)として知られている。

概要は、出立、儀式、帰還。

具体的な構成は、天命(Calling)、旅の始まり(Commitment)、境界線(Threshold)、メンター(Guardians)、悪魔(Demon)、変容(Transformation)、課題完了(Complete the task)、故郷へ帰る(Return home)。

これについても『千の顔をもつ英雄』『神話の力』という作品が出ている。

この話も割と有名な話で、他の著者の本やビジネス系でも出てくる内容。

「第四章 物語る者は生き残る」でも、1980年代のニューヨーク市警の共感原則や、アンデス氷壁で遭難したジョー・シンプソン(Joe Simpson、1960年~)のユーモアに関する話も。

共感原則は、

1.寛容:相手の感情に合わせず、穏やかに話す。「さあ、話して下さい」
2.傾聴:相手の発言に耳を傾ける。「うんうん」「そうだね」
3.理解:相手に理解を示す。「それは辛い」「それは驚きだ」
4.質問:相手に考えさせる。「で、私にどうしてほしい?」

これは、日常のトラブルとかでも役に立ちそうな手法。憶えておこう。

ジョー・シンプソンの場合は、極限状態でも現実を受け入れて、楽しむ方向に持っていく、というもの。

この話は映画『運命を分けたザイル』、書籍『死のクレバス』という作品に、それぞれなっている。

人間が抱きうる全ての価値を認めるものが生き残るのであり、その際、三つのことがらを守りさえすれば、生き残ることができます。
ゴールデンサークル、マネタイズ、ロー・コンプライアンスです。(P.112「終章 課題を設定できる者は生き残る」)

ゴールデンサークルは、中心にWHYを置くこと。マネタイズは、収益化と社会参加。ロー・コンプライアンスは、遵法で、違法を避けて、契約を明確にしておくこと。これも重要だな。忘れがちだけれど。契約と法律の本も読んでおこう。

自己実現、自我、自己同一性。お金と社会。法律と義理。

みたいな感じか。

裏を返せば、この3つを疎かにしている、あるいは、疎かにしてしまう、人が多いという事か。

とりわけ池波正太郎作品は、肉体の感覚だけでなく、それを支える衣食住を通して、短い紙数でその人の本性や人生までもが浮かび上がるという、とてつもない描写の力を発揮しています。(P.138「付録Ⅱ 例文集」)

池波正太郎(いけなみ・しょうたろう、1923年~1990年)…時代小説・歴史小説作家。『鬼平犯科帳』『剣客商売』『仕掛人・藤枝梅安』『真田太平記』など、戦国・江戸時代を舞台にした時代小説を次々に発表する傍ら、美食家・映画評論家としても有名。

やっぱり、読書量が違うんだな、といった感じ。幅広い読書の守備範囲。まあ、当たり前か、作家だし、歴史物もの書いているし。

池波正太郎と言えば、最近話題の歴史・時代小説家の今村翔吾(いまむら・しょうご、1984年~)。小学校の高学年の時に、池波正太郎の『真田太平記』を読んで、そこから歴史・時代小説にハマったとか。

自分は、まだ読んだことが無いので今度試してみようか。いや、一度試して駄目だったような記憶も。

あとは、池波正太郎が通っていた飲食店は、普通だったり、イマイチだったりしたし……。

まぁ、機会があったらチャレンジしてみよう。

また、隆慶一郎作品は、私たちがなんとなく日頃信じている価値を、このように思い切りひっくり返してしまう描写にきわめて優れており、大いに学ぶことがでできます。(P.142「付録Ⅱ 例文集」)

隆慶一郎(りゅう・けいいちろう、1923年~1989年)…脚本家・小説家。本名は、池田一朗(いけだ・いちろう)。本名で脚本、隆慶一郎のペンネームで小説を執筆。『花の慶次』の原作『一夢庵風流記』や、同様にコミック化された同名の『影武者徳川家康』などが有名。

隆慶一郎作品も、さすがに外さないか。自分も隆慶一郎は好きで、全作品を2周はしていると思う。

あとは、スティーブン・キング(Stephen Edwin King、1947年~)や、養老孟司(ようろう・たけし、1937年~)とかも尊敬しているような記述も。

読書量も凄いけれど、これで執筆や原稿のチェックとかもしているわけで。読書も執筆もスピードがめっちゃ速いんだろうな。

作家になるような人たちって、一般的な人とは異なるスピードで読んでいたりするからな。ナチュラルに1日に2、3冊を読んでいるとか。

年間の総執筆枚数は二千三百四十五枚。月間の執筆枚数の平均は百九十五枚。一日平均六・五枚。(下書きや改稿やゲラの朱入れは除く)
年間総収入は六千万円強、翌年の納税額は千五百万円弱。(P.150「付録Ⅲ 自己マネジメント例」)

かなり、詳細を公開しちゃっている。年収までも。

取り敢えず、原稿は400字詰めだと思う。一日に平均2,600字。しかも、下書きや改稿、ゲラの朱入れを除いて。凄いな。

年収は、6,000万円超え。物凄い仕事量というか行動量が前提。これは夢があるのか、無いのか、分からない。

しかも、1,500万円の税金の支払い。

他にも体調についても記録を残して管理および、今後の対策や方針などに活用しているとか。

結構、メモ魔的な感じな人も多いということかな、作家は。

ただここまで綿密に自己を管理しているとは思わなかった。何だかんだで作品量が凄いもんな。

また本書を書き下ろす際、テーマとして設定されたのが、「生き残る」ということ。
思えば、それこそ私の長年の命題でした。「お前のような作家が生き残れるわけがない」という数々の反論をひたすら乗り越えながら今に至った、という実感があるのです。(P.152「あとがき」)

冲方丁も、色々言われてきたんだな。先輩なのか、同期なのか、一般人なのか。色々いるんだろうな。

ただ、淡々としている感じがするんだよな。冲方丁って。

お金とか、元奥さんとかに対しても。

当初は、人にお金の管理を任せていたみたいだし。しかも結構、横流しされていたみたいだし。そこに対して特に何も思っていないみたいだし。

凄いな。

やっぱり、面白い、冲方丁。

SF系は読んでいないので何とも言えないが。ストーリー創作の本もあるみたいだから、その辺りもチェックしておこうか。

他の作品も、色々と読んでみたい作家である。抽象論と具体論がコンパクトにまとまった内容。繰り返して読むのが良いのかも。

数字や金額とか、エピソードとかも、赤裸々というのも潔い。

というわけで、冲方丁のファンをはじめ、作家の内情を知りたい人、「生き残る」ためのヒントが欲しい人などに、非常にオススメの本である。

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