『人間らしさの構造』渡部昇一

渡部昇一の略歴

渡部昇一(わたなべ・しょういち、1930年~2017年)
英語学者、評論家。
山形県鶴岡市生まれ。上智大学文学部英文学科を卒業、上智大学大学院西洋文化研究科修士課程を修了。
ヴェストファーレン・ヴィルヘルム大学(通称・ミュンスター大学)に留学、Dr.Phil(哲学博士号)を受ける。

『人間らしさの構造』の目次

まえがき
一 「生きがい論」との出合い
二 適応と不適応
三 性悪説からの脱却
四 性善説の再建
五 機能快
六 成長の条件
七 成長を促すものと抑止するもの
八 苦痛と成長
九 「生きがい」のある人の姿
十 生きがいとしての小恍惚
十一 小恍惚を得る道
十二 新しい職業観の建設
十三 「人間らしさ」の構造
おわりに

概要

1977年5月10に第一刷が発行。講談社学術文庫。208ページ。

1972年に発売された単行本を文庫化したもの。

潜在する機能が用いられると鋭い喜びを与えるのが常である。つまり人間の潜在的能力は使われることを要求しているのだ。そしてその要求が満たされると快感が生ずる。(P.56:四 性善説の再建)

もともと人間に備わっている能力が、その内なる要求の通りに、使われると人間は喜びという快感が生じるという。

ここでは、具体的な例として、都会で日々働いてるビジネスマンが、休日に大自然の中でゴルフをするということを、挙げている。

日常では都会のコンクリートの建造物に囲まれて仕事をしている。

そのようなビジネスマンが、大自然の中、広々とした青空の下で、ゴルフをしたり、歩いたりして、体や筋肉を動かさせば、心地良くなる。

肉体的なものを簡単であるが、精神的なものは難しいという指摘も。

精神的なものであるならば、自己をしっかりと見つめて、その後に社会を見つめて、上手く調和するものを探す必要がある。

またその続きで、自らの内なる声や、心の奥底の欲求に従ったり、大切にしたりすることはとても重要であり、ドイツの心理学者カール・ビューラー(Karl Bühler、1879年~1963年)の「機能快(フンクチオンス・ルスト)」にも通じるとも。

しかし他人の目からは、おそらくずいぶんくだらない生活をしているように見えるかもしれない。しかし<他人の目>によって自分の生活の質を判断しないのが、生きがいある人の特徴であるといいきる自信がいまの私にはある。(P.112:八 苦痛と成長)

渡部昇一は、本を読んだり、調べものをしたりして、思わず徹夜することもあるという。そして、そのような時に、なんともいえない幸福感を味わうと。

ここでは、特に他人の目を気にしてはいけないという話。中年になった渡部昇一、当時47歳頃に上記のように、言い切っている所も、説得力がある。

その後には具体的な例として、仏教の開祖・釈迦(しゃか、紀元前7~5世紀頃の北インドの人物)を提示。

また日本人の作家として、夏目漱石(なつめ・そうせき、1867年~1916年)や谷崎潤一郎(たにざき・じゅんいちろう、1886年~1965年)、永井荷風(ながい・かふう、1879年~1959年)を、それぞれ挙げて説明している。

三人とも他者から求められたものや時代の主流から外れた、自らが信じる道を進んでいったということ。

首ヲ廻ラセバ五十有余年
人間ノ是非ハ一夢ノ中
山房五月 黄梅ノ雨
半夜 蕭蕭トシテ虚窓ニ灑グ

これは五月頃の雨を、五十をこえた良寛が(当時の平均寿命をはるかにこえる)、夜中に山の中の庵でじっと耳をすまして聞きながら人生を考えているのである。梅雨時の雨に文句など言っていないのだ。(P.124:九 「生きがい」のある人の姿)

価値の基準を自分の中に持っていると、平常心を保ちながら幸福に、自分の人生を歩めるという話。

ここでは、江戸時代後期の曹洞宗の僧侶で歌人でもあった良寛(りょうかん、1758年~1831年)の歌、漢詩が引用されている。

ちなみに、以下補足。

「人間」は、ジンカンと読み、人生のこと。
「山房」は、サンボウと読み、山の家。
「蕭蕭」は、ショウショウと読み、物寂しい。
「灑グ」は、ソソぐ。

雨というものは、一般的に嫌なものかもしれないが、それすらも楽しむ心が大切。

渡部昇一は、自分を責めず、他人も責めず、自然も責めず、といった、生きがいのある人の姿を説いている。

「もっともよきものは与えられる」という聖トーマスの認識論の出発点は正しいといわねばならない。「何でも努力で獲得したものは尊い」というのは前にもいったように近代的傲慢であり、また迷信である。(P.162:十一 小恍惚を得る道)

なるほど、努力で獲得したものは尊いというのは、近代的傲慢であるのか。この視点は全くなかったので、衝撃を少し受けた。

自然の美しさや荘厳さというのは、誰がつくったものでもないが、われわれの心が受けるものであると、渡部昇一は解説。

つまり、受容することも大切であるという話。

聖トマスとは、イタリアの神学者で哲学者のトマス・アクィナス(Thomas Aquinas、1225年頃~1274年)のこと。

スイスの哲人カール・ヒルティは、人間は怠惰にはすぐに飽きるが、仕事には終生飽きない、という事実を指摘している。(P.183:十二 新しい職業観の建設)

人間の本性を考えてみると、自分の潜在能力を仕事で発揮したがるのではないかと、渡部昇一は主張。

その考察の補強として、スイスの法学者・文筆家のカール・ヒルティ(Carl Hilty、1833年~1909年)の言葉を引用する。

つまりは、何よりも自分が大好きだと思える仕事を探すこと。そのような仕事を見つけられたら、何時間でも続けられるし、他の人よりも得意になり、良い成果が生れる。

感想

著者は、英語学者の渡部昇一。

海外の文学や偉人、歴史、背景などにも通じているので、非常に勉強になる。また日本の文学などにも詳しいので、紹介されている作家も読んでみたくなる。

この本では、外ではなく内に向かうことの大切さを説いている。

自分の幸福の判断を他人に任せてはいけないということ。自分の内面を肯定的に見つめて、生きがいや幸福感、恍惚感を健康的に得られるようにしていくことが重要であると。

具体的な例も豊富で分かりやすい論理展開。平易な文章で、どのような人にも読みやすいというのも特徴である。

読書好きな人は、基本的にはある程度、内向的であったり、内省的な側面があるとは思うので、この本をきっかけに新たに自分自身に関して、生活に関して、生き方に関して、さらに深く考察できるかもしれない。

非常にオススメの本である。

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