『生き方の原則』邱永漢

邱永漢の略歴

邱永漢(きゅう・えいかん、1924年~2012年)
作家、実業家。
台湾台南市の生まれ。東京大学経済学部を卒業。東京大学大学院で財政学を学ぶが後に中退。
1955年に、小説『香港』で第34回直木賞を受賞。

『生き方の原則』の目次

第二志望の人生しか歩めなかった私――まえがきにかえて――
1 作る原則――仕事も人脈も、作れる人に付けば作れる
仕事を作る
チャンスを作る
お金を作る
人脈を作る
2 使う原則――知恵もお金も、使わないかぎり増えない
頭を使う
気を使う
人を使う
お金を使う
3 変える原則――行動も考えも、まず動くことで変わる
生き方を変える
見方を変える
仕事を変える
4 守る原則――家庭も健康も、無理しないのが最大の守り
家庭を守る
生き甲斐を守る
体を守る
5 捨てる原則――メンツも欲も、覚悟をすれば捨てられる
固定観念を捨てる
こだわりを捨てる
欲を捨てる

概要

2001年10月15日に第一刷が発行。知恵の森文庫。227ページ。

もともとは1996年に、ごま書房から出版されたもの。文庫化にて光文社の知恵の森文庫から再び発売。

それが江戸時代以降、サムライの社会になります。サムライとは、世襲制公務員のことです。戦いもなく、努力がお金に結びつくことがなくなったとき、自分らの収入のことは言うべきではないという雰囲気になって、「武士は食わねど高楊枝」とやせがまんをするようになったのです。(P.44「1 作る原則――仕事も人脈も、作れる人に付けば作れる」)

お金について日本の社会一般の考え方を歴史から考察。侍を世襲制公務員として再定義。

なるほど、個人の努力はそこまで必要がない地位であり、職務である。

だからといって、お金が全く価値がないものだったかと言えば、そうではなくて、商人の世界では、はっきりとお金のことが出てきて、当時の芝居や小説にも登場する。

後段では、明治になると商人までもが侍の地位に上がったという話。侍になったのだから、お金の話はしない。

お金の話をしないのが、高級な人間であるという風潮がさらに広まったという流れ。

三菱グループの創始者である岩崎弥太郎はサムライの出身でしたが、頭が低かった。士家の商法といわれた中で、どうして岩崎が成功したかというと、「人に頭を下げるのではなくてお金に頭を下げるのだと思えば腹も立たない」と社員にもらしていたそうです。(P.50「1 作る原則――仕事も人脈も、作れる人に付けば作れる」)

ここでは、現代にも続く三菱グループの創始者である岩崎弥太郎(いわさき・やたろう、1835年~1885年)のエピソードも。

ちなみに岩崎弥太郎は、土佐国安芸郡(現・高知県安芸市)の生まれで、学問をしていたが、後に算術や商法を学び、商業の道に進んだ人物。

人ではなく、お金に頭を下げる。人間にはプライドや自尊心、世間体などもあるため、なかなか頭を下げる行為は難しい。

だが、人に対してではなく、お金に対してであれば、少しハードルが低くなる。

またこの後段では、漫談家・徳川夢声(とくがわ・むせい、1894年~1971年)による阪急グループの創始者である小林一三(こばやし・いちぞう、1873年~1957年)の逸話も。

対談の謝礼を渡した時に、丁寧に一例をして受け取ったと。つまり、岩崎弥太郎と同様に、お金に対して、丁寧に頭を下げていたということ。

お金が大切なことは誰でもよく分かっていますが、お金をつくることが人生の目的ではありません。お金は使うためにあるものです。使って心の満足を得るためにあるものです。それさえも、死んでしまえばなにもないのと同じなんですから。(P.115「2 使う原則――知恵もお金も、使わないかぎり増えない」)

これは日常で忘れがちな視点。

日々の仕事に流されていると労働によるお金が目的になってしまう。お金は手段である。ただ貴重な手段であるところが厄介ではあるが。

お金をつくるのは目的ではない。お金を心の満足のために使うことが目的。

後段では、「お金は儲けただけでは半成品、使って初めて完成品」という主旨の言葉も。とても分かりやすい解説。

さらに、お金の使い方の難しさについての記述が続いていく。とても興味深いポイントである。

目先に起こっている現象にあまりとらわれず、人間の世界を支配している原理原則の動きを見ることです。ちょっと向こうに行きすぎた振り子が、やがて戻ってくるのが見えるようになります。(P.132「3 変える原則――行動も考えも、まず動くことで変わる」)

ここでは土地の価値について言及ではあるが、広く別の分野でも応用できる考え方。振り子の原理。行き過ぎたものは、再び戻ってくる。

ミクロだけではなく、マクロの視点も必要。慌てずに落ち着いて考察し、行動することが大切。特に原理や原則を守って変化に対応する。

邱永漢の原則シリーズは、この『生き方の原則』も含めて、『商売の原則』『お金の原則』『株の原則』と出ているので、原理や原則を学ぶには最適かもしれいない。

攻撃は最良の防御と言いますから、人生は守るほうにまわるより、攻めるほうにまわったほうがよいと思います。前向きに生きれば、前には何もありませんから、自分の好きな形に自分の生き方を決めていくことができます。(P.176「4 守る原則――家庭も健康も、無理しないのが最大の守り」)

常に前を向いて行動していく。変化も恐れずに。自分のやりたいように。自由を大切にする邱永漢の真骨頂である。

この後には、人間は年を重ねると生き方も決まって、固定化してしまい、現状を失ってしまう不安感が出てきてしまうという指摘をする。

そのため、自分の性格などに合った仕事や生き甲斐のある物事に取り組むべきと提案。お金を稼ぐということよりも、自分の人生をより充足させていくようにするべきと。

たとえば、年をとってくると若者たちの風俗を見て、顔をしかめることが次第に増えてきます。そういうときは、もしかしたら自分の頭の中はコンクリートで固まってしまったのではないかと考えてみることです。自分の常識で理解のできないことが起こったら、それを頭から否定してかからないことです。(P208「5 捨てる原則――メンツも欲も、覚悟をすれば捨てられる」)

古くから言われている時代の繰り返し。若者が歳を取り、いつの間にか下の世代を否定し出す。

自分自身がそうならないためには、常に自覚的に、自分の考え方の柔軟性の欠如を再確認するべきと。

この文章の前の部分では、社会が大きく変化する時は、過去の経験は役に立たないという指摘も。

そのため、過去の蓄積による固定観念は、きっぱりと捨てて、未来に挑戦していきましょうという助言をしている。

感想

邱永漢の本は、どれも興味深く読んでいる。

文章の分かりやすさも特徴ではあるが、なかなか日常では触れられない考え方や視点を得られる。

特に「お金は儲けただけでは半成品、使って初めて完成品」という主旨の邱永漢の言葉は、とても衝撃的だった。

自分の中には全くない考え方だったから。

お金の使い方について、深く考えたこともなかった。そして、より良いお金の使い方を考えるようになった。

ただそのためには、さらにしっかりと稼いでいかなければならないけれど。

基本的に邱永漢の考え方は、広く柔軟な思考を持つことの大切さを教えてくれる。時代の変化への対応。そこにおけるビジネスの種。

台湾と日本といった二つの国で、育ち、暮らしていた邱永漢の視点は、本当に勉強になる。

中退ではあるが東京大学の大学院まで行っているし、作家として直木賞も受賞しているから、凡人の物差しで計ってはいけないんだろうけれど。

何か物事に立ち止まったり、ちょっと諸々を改めて考え直したい時にはオススメの本である。

書籍紹介

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邱大樓

邱永漢が台湾台北市中区に建てたビル。同じビルには「永漢日語」という日本語を教える学校もある。