『香港・濁水渓』邱永漢

邱永漢の略歴

邱永漢(きゅう・えいかん、1924年~2012年)
作家。実業家。
台湾台南市生まれ。東京大学経済学部を卒業。東京大学大学院で財政学を学ぶが後に中退。
1955年に、小説『香港』で第34回直木賞を受賞。

『香港・濁水渓』の目次

香港
第一章 自由の虜
第二章 密輸船
第三章 海の砂漠
第四章 揺銭樹
濁水渓
随筆 私の見た日本の文壇
解説 東山彰良

概要

『香港・濁水渓 増補版』の初刊は、2021年4月25日に中公文庫から。359ページ。

ちなみに出版の時間の流れは、以下の通り。

『香港』の初刊は、1956年6月に近代生活社から。
『濁水渓』の初刊は、1954年12月に現代社から。
『香港・濁水渓』の初刊は、1980年5月に中公文庫から。

「香港」は、故郷を捨てた台湾人が逞しく生きる姿を描いた作品。「濁水渓」は、日本統治と中国・国民党の圧政の下で翻弄される台湾人が時代に翻弄される作品。

「香港」が、7~178ページ。
「濁水渓」が、179~332ページ。
「随筆 私の見た日本の文壇」が、333~351ページ。
「解説  東山彰良」が、352~359ページ。

「随筆 私の見た日本の文壇」では、「香港」「濁水渓」の創作について、邱永漢の作家デビューの逸話が書かれている。

デビュー後の日本の文壇というか、邱永漢のまわりの日本人の作家たちについても。

解説は、台湾出身の作家・東山彰良(ひがしやま・あきら、1968年~)。台湾台北市の出身で、広島、台北、福岡で育った人物。

福岡の私立・西南学院高等学校、西南学院大学経済学部経済学科を卒業。1995年に西南学院大学大学院経済学研究科修士課程を修了し、中国の吉林大学経済管理学院博士課程に進むが中退。

2009年に『路傍』で第11回大藪春彦賞を受賞。2015年に『流』で第153回直木賞を受賞している。

感想

邱永漢のビジネスやお金関連の本はかなりの量を読んだことがある。ただ小説は読んだことが無かった。

直木賞も受賞している「香港」を読んでみたいとは前から思っていた。何となく先延ばしになっていたが、今回読んでみた。

なかなか面白かった。でも、一緒に掲載されていた「濁水渓」の方が、好みだったかも。

「香港」は、故郷を捨てた台湾人が逞しく生きる姿を描いた作品。さまざまな仕事をしながら人生を見つめる物語。

えっ、ここで終わっちゃうんだ、という感じだった。老李(ラオリイ)と、リリの人物造型が良かったかな。

「濁水渓」は、日本統治と国民党の圧政の下で翻弄される台湾人の青年が主人公。

日本の東京帝国大学に留学していた主人公が、政治や仕事を見つめながら、生き方を模索する。

雄大な濁水渓の流れ。ちょっとした友人関係も絡まった恋愛模様。

二・二八事件の勃発。

二・二八事件とは、1947年2月28日に台湾の台北市で発生した住民による中国の国民党に対する暴動。

ここでの住民とは、本省人と呼ばれる、当時はまだ日本国籍を持っていた台湾人、および日本人。

対して、外省人と呼ばれる、日本の統治が終了した後に、台湾に移住してきた中国人。中国の国民党に賛同する人々。

この対立による事件。暴動。虐殺。

歴史的な事項の勉強になる。というか、これくらいは一般教養として、知っていないといけないのかもしれないが。

暴動や虐殺の恐ろしさ。濁水渓の雄大な自然。

それぞれの描写が素晴らしく、とても心に迫った。

「香港」も「濁水渓」も読んで思ったのが、一般的なビジネス系の文章とは違って、所謂、文学的というか、硬質な雰囲気の文体だったのも印象的だった。

他の作品も読んでみたくなった。

加えて、実際に台湾にも旅行で行ってみたいと思った。

台湾に関連する日本人と言えば、後藤新平(ごとう・しんぺい、1857年~1929年)や、新渡戸稲造(にとべ・いなぞう、1862年~1933年)、八田與一(はった・よいち、1886年~1942年)などもいる。

ゆかりのある場所なども巡ってみたい。

付記された「随筆 私の見た日本の文壇」も、とても楽しめた。

邱永漢の作家デビューの頃の話が書かれている。かなりの文学青年だったが、当時は別に作家になろうとは思っていなかったという。

客観的な日本の文壇の分析というか観察による文章がまた面白い。

邱永漢の『生き方の原則』『商売の原則』『お金の原則』『株の原則』といった原則シリーズを、読んだことがある人には、是非、手に取ってもらいたい作品。

邱永漢のファンや台湾の歴史などに興味のある人にも非常にオススメの作品である。

書籍紹介

関連書籍

関連スポット

濁水渓

濁水渓(だくすいけい)は、台湾中部を流れる河川。台湾で最も長い河川。

邱大樓

邱永漢が台湾台北市中区に建てたビル。同じビルには「永漢日語」という日本語を教える学校もある。