記事内に広告が含まれています

楠木建『絶対悲観主義』要約・感想

楠木建『絶対悲観主義』表紙

  1. 絶対悲観主義の核心:過度な期待を避け、「うまくいくことはない」という前提で物事に臨むことで、心の平穏を保ち、現実的なアプローチを可能にする逆説的な哲学。
  2. 自信と幸福の獲得:低い期待値からスタートし、成功を「悲観を裏切る快挙」として捉えることで、地に足の着いた自信と日常のささやかな幸福に気づく。
  3. 健康と精神の具体策:自律神経を整える呼吸法や読書を推奨し、身体の安定を基盤に哲学を実践し、戦争抑止のような社会提言までも含む。
  4. 人間関係と成長の適用:他者への期待をゼロにし、自己認識を重視することで、健全なチームワークや友情を築き、失敗を恐れず成長する姿勢を養う。

楠木建の略歴・経歴

楠木建(くすのき・けん、1964年~)
経営学者。
東京都目黒区の生まれ。幼少期に南アフリカ共和国のヨハネスブルグで過ごす。一橋大学商学部を卒業。一橋大学大学院商学研究科修士課程を修了。

『絶対悲観主義』の目次

はじめに
第1章 絶対悲観主義
第2章 幸福の条件
第3章 健康と平和
第4章 お金と時間
第5章 自己認識
第6章 チーム力
第7章 友達
第8章 オーラの正体
第9章 「なり」と「ふり」
第10章 リモートワーク
第11章 失敗
第12章 痺れる名言
第13章 発表
第14章 初老の老後

『絶対悲観主義』の概要・内容

2022年6月22日に第一刷が発行。講談社+α新書。232ページ。

日立Webマガジン「Executive Forsight Online」上に、“楠木建の「EFOビジネスレビュー」”(2018年8月20日~2022年4月25日)として、連載されたものが基となった原稿。

この連載に加筆の上、再構成したものが本書。

『絶対悲観主義』の要約・感想

  • 成功の鍵は「期待しない」こと
  • 悲観を裏切った先にある「本物の自信」
  • 幸福は「足るを知る」心から生まれる
  • 自律神経を整える呼吸法
  • 読書という名の精神的避難所
  • 究極の戦争抑止法とは何か
  • 学者と資産運用の距離感
  • 「自己認識」からすべては始まる
  • 「期待しない」チームワークの形
  • 詩人が見抜いた「友達」の三条件
  • 失敗を恐れない心構え
  • 心に刻むべき、痺れる名言たち
  • 総論:万人に勧められる本ではない、だからこそ価値がある

経営学者であり、競争戦略の専門家として知られる楠木建(くすのき・けん、1964年~)による『絶対悲観主義』

その衝撃的なタイトルとは裏腹に、現代を生きる我々にとって極めて実践的かつ穏やかな指針を示してくれる一冊である。

仕事や人生において、我々は常に「うまくいくこと」を期待し、その期待が裏切られるたびに失望し、疲弊する。

本書が提唱する「絶対悲観主義」とは、そのような悪循環から抜け出すための、逆説的でありながらも地に足の着いた哲学だと言えるだろう。

フツーの人にとってベストだと僕が思っている仕事への構え、それが「絶対悲観主義」です。「自分の思い通りにうまくいくことなんて、この世の中にはひとつもない」という前提で仕事をする――厳しいようで緩い。緩いようで厳しい。でも、根本においてはわりと緩い哲学です。(P.3「はじめに」)

これは、物事を始める前からすべてを諦めるという投げやりな態度とは全く異なる。

むしろ、過剰な期待、特に他者への期待値を限りなくゼロに近づけることで、心の平穏を保ち、物事の本質に集中するための構えなのである。

この思想は、常に成果を求められ、過剰なポジティブシンキングが推奨されがちな現代社会への、静かだが力強いアンチテーゼとも言える。

この記事では、『絶対悲観主義』が示す核心的な思想と、それが我々の仕事や人生にどのような影響を与えるのかを、深く掘り下げていきたい。

成功の鍵は「期待しない」こと

「絶対悲観主義」の根幹をなすのは、成功や幸福に対する過大な期待こそが、我々を不幸にする最大の原因であるという認識である。

期待という名の精神的な負債を、我々は知らず知らずのうちに抱え込んでいる。

楠木建は、フランスの思想家の言葉を借りて、この哲学の本質を説明している。

フランスの思想家のベルナール・フォントネルの言葉に「幸福のもっとも大きな障害は、過大な幸福を期待することにある」があります。これは絶対悲観主義の考え方そのものです。(P.18「第1章 絶対悲観主義」)

ベルナール・ル・ボヴィエ・ド・フォントネル(Bernard le Bovier de Fontenelle、1657年~1757年)が数百年の時を超えて示すこの真理は、現代社会においても色褪せることがない。

むしろ、情報過多で他者の成功が可視化されやすい現代において、その重要性は増しているとさえ言えるだろう。

仕事において、常に勝ち続けることは不可能である。

全てのプロジェクトが成功し、全ての人に評価されるなどということはあり得ない。

この当たり前の現実から目を背け、全戦全勝を夢想するからこそ、一度の失敗が致命的なダメージとなってしまうのだ。

かつて、『麻雀放浪記』で有名な作家の阿佐田哲也(あさだ・てつや、1929年~1989年)も勝負の世界の鉄則として、勝ち続けることの不可能性を語っていた。

彼が生きた麻雀の世界は、実力と運が複雑に絡み合い、いかなる強者も勝ち続けることはできない。

その世界で生き抜くためには、一回の勝ち負けに一喜一憂せず、淡々と自分の打牌を続ける精神的な強靭さが求められる。

これは、不確実性の高い現代のビジネス環境にも通じるものがある。

勝ち続けることが不可能なのと同様に、永遠に負け続けることもまた、あり得ない。

この現実を冷静に受け入れることが、絶対悲観主義の第一歩なのである。

悲観を裏切った先にある「本物の自信」

では、悲観的な前提に立つことで、我々は何を得られるのだろうか。

楠木建は、それが「地に足の着いた自信」に繋がると説く。

単なる楽観主義が生む根拠のない自信とは、似て非なるものだ。

悲観を裏切る成功が続いて、ようやく自信が持てるようになります。これは独りよがりのプライドではなく、地に足の着いた自信です。(P.22「第1章 絶対悲観主義」)

これは非常に興味深い視点である。

通常、自信は成功体験の積み重ねによって得られるものだと考えられている。

しかし、「どうせうまくいかないだろう」という低い期待値からスタートすれば、小さな成功ですら「予想を裏切る快挙」となる。

例えば、成功確率を30%と見積もっていたプロジェクトが成功すれば、それは単なる成功ではなく、「70%の失敗確率を乗り越えた価値ある成功」として認識される。

この「悲観を裏切る成功」は、根拠のない万能感や独りよがりのプライドとは全く異質だ。

それは、厳しい現実認識に基づいた、確かな手応えを伴う成功体験である。

このような経験を繰り返すことで、他人の評価に一喜一憂しない、強固でしなやかな自己肯定感が育まれていく。

これは、打たれ弱いのではなく、むしろ衝撃を吸収し力に変える「アンチフラジャイル」な精神状態と言えるだろう。

幸福は「足るを知る」心から生まれる

絶対悲観主義は、幸福の捉え方にも大きな影響を与える。

前述の通り、過大な幸福を期待しないことで、我々は日常に潜むささやかな幸福に気づくことができるようになる。

期待値を極限まで下げていれば、何も起こらない平凡な一日ですら「何事もなくて幸いな一日だった」と肯定的に捉えることができる。

他人からの親切、美味しい食事、心地よい気候。

楽観主義者が見過ごしがちな日常の断片が、絶対悲観主義者の心には温かい幸福として染み渡るのだ。

これは、あらゆる物事のハードルを自ら下げる行為に他ならない。

幸福になるための条件を複雑にし、理想を高く掲げるのではなく、ごく当たり前の日常の中に幸福を見出す。

この精神的な態度の転換こそが、持続可能な幸福感を得るための鍵となるだろう。

この思想は、古代ギリシャのストア派哲学や仏教の教えにも通じる普遍性を持っている。

外界の出来事に心を乱されず、内面の平穏を重視する姿勢は、絶対悲観主義の根底にも流れている。

自律神経を整える呼吸法

本書は、精神論だけでなく、具体的な健康法にも言及している。

特に興味深いのが、自律神経のバランスを整えるための呼吸法である。

精神的な構えを実践するためには、まずその器である身体が安定している必要がある。

楠木建は、かかりつけ医である小林弘幸(こばやし・ひろゆき、1960年~)の助言として、副交感神経を活性化させるための具体的な呼吸法を紹介している。

副交感神経を活性化させるには、意識的に呼吸を深くする。鼻から四秒ぐらい吸って、口から八秒ぐらいまで吐く。(P.51「第3章 健康と平和」)

自律神経には、活動時に優位になる「交感神経(アクセル)」と、休息時に優位になる「副交感神経(ブレーキ)」の二種類が存在する。

現代社会のストレスは交感神経を過剰に刺激し、このバランスを崩しがちである。

特に、年齢を重ねると副交感神経の働きが低下しやすいという。

意識的に呼吸を深くし、特に「吐く」時間を長くすることで、心身をリラックスさせる副交感神経を優位にすることができる。

息を吐くとき、我々の身体は弛緩する。この生理的な反応を利用し、意図的にリラックス状態を作り出すのだ。

これは、特別な道具も場所も必要としない、誰にでも実践可能な健康法だ。

精神的な構えである絶対悲観主義を実践するためにも、その土台となる身体の健康、特に自律神経の安定が不可欠なのである。

読書という名の精神的避難所

楠木建は、自身を支えるものとして「健康と平和」を挙げ、その中で読書の重要性にも触れている。

彼が「今まで読んだ中でいちばん面白かった本」として挙げる一冊は、少々意外なものだった。

僕にとってのベストの一冊は『古川ロッパ昭和日記』です。「今まで読んだ中でいちばん面白かった本を選べ」という無茶な質問されたら、この本を選びます。戦前の昭和九年(一九三四年)から晩年の三五年(一九六〇年)まで、二段組みの小さな活字びっしりで四巻にわたる長尺ものです。(P.57「第3章 健康と平和」)

古川ロッパ(ふるかわ・ろっぱ、1903年~1961年)は、戦前戦後に活躍した日本の代表的なコメディアンでありエッセイストでもある。

その彼が遺した膨大な日記は、当時の世相や文化、そして彼自身の日常を克明に記録した第一級の資料だ。

この日記の何が楠木建を惹きつけるのか。

それは、まず第一に日常と戦争が描かれた日記である点。

また激動の時代を生きた一人の人間の、ユーモアとペーソスに満ちた飾らない日々の記録だからであろう。

そこには、偉人伝のような劇的な成功譚はない。

あるのは、仕事の浮き沈み、人間関係の悩み、日々の小さな喜びといった、我々の生活と地続きの「ままならない現実」である。

そして、その現実を嘆くのではなく、観察し、記録し続ける古川ロッパの視線そのものが、絶対悲観主義に通じるものがある。

ちなみに、この『古川ロッパ昭和日記』の一部は、デジタルライブラリーである青空文庫で読むことが可能だ。

興味を持った方は、一度その世界に触れてみるのも良いだろう。

究極の戦争抑止法とは何か

「平和」について語る章で、楠木建は極めてシンプルかつ痛烈な「戦争抑止法の私案」を提示する。

これは単なる思考実験ではなく、権力の本質を突いた鋭い指摘である。

戦争抑止法の私案があります。条文はひとつだけ。「第一条 戦争状態に入った時点で内閣を構成する大臣および副大臣の二親等以内かつ一八歳以上の健康な者は全員直ちに身体的危険を伴う最前線の戦闘業務に従事しなければならない」――滅茶苦茶に聞こえるかもしれませんが、これは相当に実効性があると思います。(P.64「第3章 健康と平和」)

この提案は、一見すると過激に聞こえるかもしれない。

しかし、その本質は、戦争を決定する権力者たちに「当事者意識」を強制的に持たせることにある。

自らの愛する家族が最前線で命の危険に晒されるという状況になれば、安易に開戦を決断できる指導者は皆無に等しいだろう。

この私案が現実の法律として存在しないという事実そのものが、皮肉にもこの提案の実効性の高さを証明しているのかもしれない。

為政者たちが、常に安全な場所から国民を危険に晒してきた歴史を思えば、この条文は平和を維持するための最も強力な抑止力となり得るのである。

決定の責任と結果が、ここまで直接的に結びつく制度は他にないだろう。

学者と資産運用の距離感

本書では、お金との向き合い方についても独自の哲学が語られる。

楠木建は、一般的な投資や資産運用にほとんど関心がないと公言している。

僕は投資とか資産運用には特段の関心がありません。第一に面倒だからです。<中略>。第二に、ケチだからです。<中略>。第三にして最大の理由は、もちろん絶対悲観主義にあります。(P.75「第4章 お金と時間」)

その理由は、面倒、ケチ、そして絶対悲観主義という三点に集約される。

市場の不確実性に時間と精神をすり減らすよりも、自身の本業である研究や執筆に集中したいという彼の姿勢は一貫している。

これは、自らの「能力の輪(サークル・オブ・コンピテンス)」を明確に認識し、その内側で勝負するという、極めて合理的な戦略である。

このスタンスは、作家の森博嗣(もり・ひろし、1957年~)にも通じるものがある。

森博嗣もまた、積極的な資産運用は行なわず、利息が付かないかわりに、元本が全額保証されるに口座に現金を預けているとのこと。

ただし、楠木建は完全に資産運用を放棄しているわけではない。

信託銀行に一部を任せたり、経営者に共感した未公開株を保有したりと、最低限の対策は講じているようだ。

この点で、森博嗣とは微妙な差異が見られる。

両者に共通するのは、自らの専門分野で価値を生み出すことに集中し、金融市場の不確実性というコントロール不能な要素からは距離を置くという姿勢である。

これは、多くの知識人や専門家に見られる合理的な判断なのかもしれない。

「自己認識」からすべては始まる

絶対悲観主義の根底には、正確な「自己認識」がある。

自分に何ができて、何ができないのか。自分の能力の限界を、過大評価も過小評価もせず、冷静に見極めること。

「自分なら何でもできる」という万能感は、現実の壁にぶつかった時に脆くも崩れ去る。

「自分には何もできない」という無力感は、挑戦する意欲そのものを奪ってしまう。

この点において、絶対悲観主義は、能力の低い人間が自らを過大評価する「ダニング=クルーガー効果」への強力なワクチンとなり得る。

絶対悲観主義とは、いわば「現実的な自己認識」である。

自分の能力を悲観的なくらい低く見積もっておけば、失敗しても過度に落ち込むことはない。

そして、その低い見積もりを超えた成果を出せた時、それが確かな自信へと繋がっていく。

このサイクルが、地に足の着いた成長を促すのだ。

古代ギリシャの哲学者ソクラテス(Sōkrátēs、前470年頃~前399年)が「無知の知」を説いたように、自らの限界を知ることこそが、真の知性への第一歩なのである。

「期待しない」チームワークの形

他者に期待しないという絶対悲観主義は、一見するとチームワークと相容れないように思えるかもしれない。

しかし、実際にはその逆である。

過度な期待は、他者への依存や責任のなすりつけ合いを生む温床となる。

「あの人がやってくれるはずだ」「なぜ、これくらいできないんだ」という不満は、期待と現実のギャップから生まれる。

これは、チーム内に不必要なストレスと対立を生み出す。

絶対悲観主義に基づいたチームでは、メンバーは他者に期待しない。

その代わりに、自らの役割と責任を明確に認識し、それを黙々と遂行することに集中する。

それぞれが自立した個として機能し、自分の持ち場で最大限のパフォーマンスを発揮する。

結果として、互いへの不要な干渉や精神的な依存がなくなり、極めてプロフェッショナルで健全な協力関係が生まれるのである。

これは、馴れ合いではない、真の意味での「チーム力」と言えるだろう。

逆説的だが、互いに期待しないことで、かえって心理的安全性が高まり、率直な意見交換が可能になるという側面もある。

詩人が見抜いた「友達」の三条件

人間関係、特に「友達」という存在について、本書は詩人の言葉を引用して、その本質に迫る。

詩人の高橋睦郎の名著に『友達の作り方』(マガジンハウス)があります。この本の中に友達の本質を鋭く抉る定義がありました。友達というのは偶然性、反利害性、超経済性という条件を備えた人間関係である――まったくその通りだと深く共感しました。(P.119「第7章 友達」)

高橋睦郎(たかはし・むつお、1937年~)が提示したこの三つの条件は、友達という関係性の核心を見事に捉えている。

「偶然性」とは、意図して作るものではなく、偶然の出会いから生まれるということ。

「反利害性」とは、損得勘定がない関係であるということ。

そして「超経済性」とは、金銭的なメリットやデメリットを超越した関係であるということ。

この定義は、SNSのフォロワー数や「いいね」の数で人間関係が測られがちな現代において、非常に重要な示唆を与えてくれる。

利害関係に基づかない、ただ共にいるだけで心地よいと感じられる関係。

それこそが、人生を豊かにする真の友情なのである。

失敗を恐れない心構え

「失敗は成功のもと」とは言うものの、多くの人は失敗を極度に恐れる。

しかし、絶対悲観主義者にとって、失敗は「当然起こるべきこと」である。

「どうせうまくいかない」という前提に立っているのだから、失敗しても想定の範囲内なのだ。

そこには、過度な自己否定や絶望はない。

ただ、「やはり、うまくいかなかったか。では、次はどうするか」という冷静な分析と次への行動があるだけだ。

失敗は人格の否定ではなく、単なるフィードバック、次の一手を考えるための貴重なデータとなる。

この精神的な防衛策は、挑戦を続ける上で極めて重要である。

失敗を恐れて何もしないことこそが、最大のリスクなのだから。

心に刻むべき、痺れる名言たち

本書には、楠木建自身の言葉だけでなく、古今東西の賢人たちの「痺れる名言」が散りばめられている。

それらは、絶対悲観主義という哲学を多角的に補強し、読者に深い思索の機会を与えてくれる。

例えば、ベルナール・フォントネルの言葉もその一つだ。

これらの名言は、単なる気休めの言葉ではない。厳しい現実を直視し、それでもなお前に進むための、知的で力強い武器となる。

本書を読むことは、これらの武器を自らの思考の武器庫に収めることでもある。

総論:万人に勧められる本ではない、だからこそ価値がある

本書『絶対悲観主義』は、その構成において、前半で中心的な哲学を提示し、後半は著者の日常や思索を綴ったエッセイのような趣が強くなる。

そのため、体系的なビジネス書や自己啓発書を期待して手に取った読者は、少々肩透かしを食うかもしれない。

しかし、そこにこそ本書の魅力がある。

これは、単なるノウハウ本ではない。

楠木建という一人の優れた知識人の、思考の軌跡そのものを追体験する書なのである。

「絶対悲観主義」という強力なコンセプトを軸に、健康、お金、人間関係、そして人生の終盤に至るまで、その哲学が一貫して適用されていく様は、読んでいて非常に知的興奮を覚える。

それは、単一の正解を提示するのではなく、読者自身に「自分ならどう考えるか」と問いかけてくる。

この本は、すべての人に響くものではないかもしれない。

しかし、「人生が思い通りにいかない」と感じ、現実に疲れを覚えている人にとっては、間違いなく救いとなる一冊だ。

また、根拠のないポジティブシンキングに違和感を抱いている人や、地に足の着いた確かな自信を築きたいと考えている人にとっても、多くの発見があるだろう。

厳しいようで、どこまでも優しい。

この逆説に満ちた哲学に、一度触れてみてはいかがだろうか。

それは、あなたの世界の見え方を、少しだけ変え、そして間違いなく生きやすくしてくれるはずだ。

書籍紹介

関連書籍