『現実を視よ』柳井正

柳井正の略歴

柳井正(やない・ただし、1949年~)
実業家。
山口家宇部市の出身。早稲田大学政治経済学部経済学科を卒業。実家の小郡商事(ファーストリテイリングの前身)に入社。1984年にユニクロの第一号店を出店。

『現実を視よ』の目次

プロローグ 成長しなければ、即死する
第1章 いまやアジアは「ゴールドラッシュ」
第2章 「資本主義の精神」を忘れた日本人
第3章 政治家が国を滅ぼす日
第4章 あなたが変われば、未来も変わる
エピローグ 二〇三〇年・私が夢見る理想の日本

概要

2012年10月4日に第一刷が発行。PHP研究所。235ページ。ハードカバー。127mm×188mm。四六判。

経営者として政治に対して初めて明確に意見を出した柳井正の書籍。現実を直視して、日本、アジア、資本主義、政治、そして、未来について語った作品。

目次の通り、6個のブロックからなる構成。さらに、細かくそれぞれ、1~4ページ程度で、項目が分かれている。

感想

これまでの著作である『一勝九敗』『成功は一日で捨て去れ』とは毛色の異なる作品。

ユニクロやファーストリテイリングについて触れられるところもあるが、基本的には、世界の情勢や日本の現状についての考察がまとめられている。

若い頃から読書家なのかどうかは不明であるが、ジャンルを問わず多くの本を読んでいるという柳井正。

編集者の手腕もあるが、かなり読みやすく、文章も上手い。普段の読書の基礎があるからかもしれない。

それにしても、世界に挑戦している人間の話は面白い。世界で戦う人々は俯瞰力があり、同じような事を感じているようだ。

やはり、ある程度の愚直さというか、真面目さというか、地道さと仮説、実行、検証のサイクルが大切か。

自分も自らが理想とする姿に一歩でも近づけるように、努力と成長をしていきたいと思った。

ファーストリテイリングは、一人でも外国の人が会議や打ち合わせにいると、英語を使うというのも驚いた。

私も英語の勉強をしっかりとしていきたいと思う。

以下、引用などをしながら内容に触れていく。

「企業が何を売りたいか」ではなく、「顧客は何を求めているか」を追求するのがビジネスの要諦――。
こう喝破したのは、私が尊敬してやまないピーター・ドラッカー。いわゆる「顧客の創造」である。(P.47:第1章 いまやアジアは「ゴールドラッシュ」)

ピーター・ファーディナンド・ドラッカー(Peter Ferdinand Drucker、1909年~2005年)は、オーストリア人の経営学者。

そのドラッカーの「顧客の創造」という言葉。

日々のビジネスの中で、ドラッカーの言葉の正しさを実感するという柳井正。

確かに、企業としては、何を売りたいか、という姿勢になってしまうことは多い。これは、大企業だけでなく、中小企業、個人事業主、フリーランスも同じ。

そうではなく、顧客が何を求めているのか、というのが出発点であるというもの。

顧客の立場になって、何が欲しいのか、何を求めているのか、精一杯に頭を使いなさいといった流れ。

いったいどいうことだろう。日本でこうした取り組みに追随する企業が出てこないが、不思議でならない。それどころか、「グローバル化の尖兵」たらんとして英語公用語化を宣言したときには、国内から大きなバッシングを受けることになった。(P.68:第1章 いまやアジアは「ゴールドラッシュ」)

こうした取り組みというのは、ファーストリテイリングの取り組みのこと。

その内容は、就業時間は基本的に朝7時~午後4時として、英語公用語化のために夜は自己研鑽に活用してもらうというもの。

時代の流れを把握して、社内の英語公用化を宣言したら、大きなバッシング。

これは、2012年に出版された内容。今現在の2022年であったら、どういった世間の反応なのだろうか。

非常に的確にロジカルに考えての施策に対して、否定的な国内の大きな反応があり、かなり驚いている柳井正である。

私自身、英語を仕事でもプライベートでも使えるようになりたいと思っているので、かなり肯定的に捉えてはいるけれど。

松下幸之助は敗戦時、PHP(Peace and Happiness through Prosperity=物心ともの繁栄を実現していくことにより、平和と幸福をもたらす)との考え方を唱えた。松下がめざしたのは、あくまで「物心ともの繁栄」であったはず。(P.97:第2章 「資本主義の精神」を忘れた日本人)

松下幸之助(まつした・こうのすけ、1894年~1989年)は、パナソニックホールディングスの創業者であり、“経営の神様”の異名を持つ人物。

またPHP研究所を設立して倫理教育や出版活動にも従事。ちなみに、この本もPHP出版から刊行されている。

心も大事だけれど、物も大事である、という強いメッセージ。

中国の戦国時代の儒者の孟子(もうし、前372年?~前289年?)も、「恒産なくして恒心なし」と言っている。

恒産とは、一定の財産や資産、または職業のこと。

清貧の礼賛や程々の生活などに甘んじては危険であるという主張がなされる。

ここでは、“経営の神様”に続いて、“お金儲けの神様”と呼ばれる作家・実業家の邱永漢(きゅう・えいかん、1924年~2012年)の話も。

柳井正は、邱永漢に日本の再建をしてもらいたかったという。

資本主義社会では、挑戦は、すればするほど得になる。人間の劣化の度合いは、挑戦の数の少なさに比例すると言ってもいいかもしれない。
ただし、やってはいけない挑戦もある。それは、失敗したら息の根が止まるような、無謀な挑戦。(P.210:第4章 あなたが変われば、未来も変わる)

挑戦する人が報われる、それが資本主義社会。

挑戦や成長をしなくなると劣化が始まり、いわゆる老害化となる。

だからこそ、挑戦をしなさいと説く。

でも、無謀な挑戦は駄目とも釘を刺す。

この辺りのバランス感覚が素晴らしいと思う。手放しに挑戦を肯定しないで、失敗しても大丈夫な範囲での挑戦を推奨。

というのも、柳井正自身が、しっかりと撤退のラインを考慮しながら、これまで挑戦を続けてきたという。

そして、負け戦は最初からしないとも。

さすが、世界的な規模の企業グループを統率している人物である。

ユニクロやファーストリテイリング、柳井正に興味のある人だけではなく、老若男女を問わず多くの人に非常にオススメの作品。

世界的に活躍する経営者の世界の見方や政治、経済、国家など幅広い視点が得られる著作である。

書籍紹介

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