『現代語訳 論語と算盤』渋沢栄一/訳・守屋淳

渋沢栄一の略歴

渋沢栄一(しぶさわ・えいいち、1840年~1931年)
実業家。
武蔵国榛沢郡(現在の埼玉県深谷市)の生まれ。
農民から武士となり官僚へ。後に実業界に転じる。
約470社もの企業の創立や発展に貢献。500以上の慈善事業にも関連。

守屋淳の略歴

守屋淳(もりや・あつし、1965年~)
評論家。
東京都生まれ。早稲田大学第一文学部を卒業。
父親は中国文学者の守屋洋(もりや・ひろし、1932年~。)

『現代語訳 論語と算盤』の目次

はじめに
第1章 処世と信条
第2章 立志と学問
第3章 常識と習慣
第4章 仁義と富貴
第5章 理想と迷信
第6章 人格と修養
第7章 算盤と権利
第8章 実業と士道
第9章 教育と情誼
第10章 成敗と運命
十の格言
渋沢栄一小伝
『論語と算盤』注
参考図書

概要

2010年2月10日に第一刷が発行。ちくま新書。256ページ。

1916年に発行された『論語と算盤』の中から重要な部分を選び出し、現代語訳したもの。

本書は渋沢栄一が書いたわけではなく、その講演の口述をまとめたものだ。
一八八六年、渋沢栄一を慕う人々が竜門社という組織を作った。これが現在の渋沢記念財団の前身となったのだが、この竜門社が『竜門雑誌』という機関誌を発刊、栄一の講演の口述筆記を次々と掲載していった。そのなかから、編集者であり実用書の著者でもあった梶山彬が、九十項目を選んでテーマ別に編集したのが本書になる。(P.11「はじめに」)

『論語と算盤』は、渋沢栄一が実際に書いたものではなく、周りの人々が口述筆記して、編集者・著者である梶山彬がまとめたもの。

『論語』孔子(こうし、前552年 or 前551年~前479年)の言動を弟子たちが、まとめたもの。この辺りも通じる。

他に、鍋島論語とも呼ばれる『葉隠』も、山本常朝(やまもと・つねとも、じょうちょう、1659年~1719年)が話したものを田代陣基(たしろ・つらもと、1678年~1748年)が筆記している。

行動家や実践家は、あまり書物を自分で残そうという気は起きないのかもしれない。

ちなみに渋沢栄一には『雨夜譚』(あまよがたり)という自叙伝があるだけ。

そんな世間とのつきあい方のうまい家康公であるから、いろいろな教訓を遺している。有名な『神君遺訓』なども、われわれが参考とすべき世間とのつきあい方が、実によく説かれている。(P.17「第1章 処世と信条」)

孔子の『論語』の素晴らしさを語り、日本にも賢人や豪傑がいるということで、徳川家康(とくがわ・いえやす、1542年~1616年)を例に挙げる。

約260年、15代にも続く徳川幕府を開くことができた徳川家康。多くの英雄や豪傑に上手く対応してきた点を称賛。

『論語』と『神君遺訓』を照らし合わせると、似たような箇所が多くあり、徳川家康が『論語』を参考にしていたことが分かるという。

わたしは常に、精神の向上を、富の増大とともに進めることが必要であると信じている。人はこの点から考えて、強い信仰を持たなければならい。(P.47「第2章 立志と学問」)

この前段では、物質文明の進行により、精神や人格は退歩したのではないかと渋沢栄一は考える。そのため、精神の豊かさが必要と説く。

渋沢栄一は、中国古典の学問を修めることができたので、一種の信仰を持てたという。

その後には「わたしは極楽も地獄も気にかけない。ただ現在において正しいことを行ったならば、人として立派なのだ、と信じている」と続く。

来世を信じていない。仏教はそこまで関心が無かったのかもしれない。ただ現在に正しい行為をする、という強い信念を持っていた。

「殷王朝を創始した湯王は、自分の顔を洗うタライに『一日を新たな気持ちで、日々を新たな気持ちで、また一日を新たな気持ちで』と刻みこんでいた」
何でもない教えなのだが、確かに、毎日新たな気持ちでいるのは面白い。(P.112「第5章 理想と迷信」)

ここでは、殷王朝を創始した湯王(とうおう)を例として挙げる。前段では、悪い習慣が続くと溌剌とした元気がなくなっていってしまうと語る。

そのため、毎日を新鮮な気持ちで前向きに捉えていくと良いと説く。何事も形式的になってしまっては、つまらなくってしまう。

心掛け次第で、気の持ちようで、変わるのであれば、その通り実行した方が良いということ。

孔子の方が高く信頼できる点として、奇蹟が一つもないことがある。キリストにせよ釈迦にせよ、奇蹟がたくさんある。キリストが磔にされてから三日後に蘇生したというのは、明らかに奇蹟ではないか。(P.151「第7章 算盤と権利」)

キリスト(Jesus Christ、1年~33年)と紀元前7~5世紀頃の人物・釈迦(しゃか、ガウタマ・シッダールタ、Gautama Siddhārtha)と孔子を比べている部分。奇跡や願掛けなどを信じないで、現実や現在、実践や行動を重んじる渋沢栄一。

迷信に陥ってはいけないと指摘。また『論語』には権利思想についても記述があると後段で述べる。権利や義務など、論理や合理を大切にしたことも分かる。

そのまま、資本家や労働者との関係性にも繋がっていく。

関わった会社は、抄紙会社(のちの王子製紙)、東京海上保険会社(のちの東京海上火災)、日本郵船、東京電灯会社(のちの東京電力)、日本瓦斯会社(のちの東京ガス)、帝国ホテル、札幌麦酒会社(のちのサッポロビール)、日本鉄道会社(のちのJR)など、その数何と約四百七十社。さらに東京商法会議所(のちの日本商工会議所)や、東京株式取引所(のちの東京証券取引所)設立にも中心的な役割を果たし、まさしく「日本資本主義の父」「実業界の父」と呼ばれるにふさわしい活躍を続けていった。(P.233「渋沢栄一小伝」)

ここは「渋沢栄一小伝」の部分。

少々、長い引用となってしまったが、それほど渋沢栄一の業績の数が非常に多いということ。

現在にも、厳然とその功績が繋がっている。しかも、分野も幅広いというのが驚きである。

さらに実業界だけではないというのも、尋常ではない活躍というか、そのバイタリティー、気力、体力ともに、恐ろしいとすら思うのが次の引用。

さらにアカデミズムの世界に目をやると、商法講習所(のちの一橋大学)、早稲田大学、同志社大学、日本女子大学、二松学舎など錚々たる学校の創設に彼は関与している。また面白いところでは、明治天皇崩御ののち、代々木に明治神宮やその外苑を造成する計画の中心人物となったのも渋沢栄一であった。(P.235「渋沢栄一小伝」)

教育の分野でも、さまざまな形で関与している。実業への人材を考慮していくと、その前段階の教育が重要になるという流れか。

そして、この活動の原動力の一つとなった要素が「私心のなさ」だと筆者・守屋淳は指摘する。

自己の利益よりも全体の利益を合理的に、論理的に、客観視できたので、淡々と適材適所で人材を配置。

渋沢栄一に敵対心を持っていた人物ですら、後に渋沢栄一を非常に尊敬し援助することになっていくのも、その人格の素晴らしさを表す逸話かもしれない。

感想

一時期、明治維新前後に活躍した人物たちに興味が湧いて、いろいろと調べていた。その中で関心を持ったのが、渋沢栄一。

実際に東京都北区にある渋沢史料館や埼玉県深谷市にある渋沢栄一記念館に訪問して、取材・撮影をしたこともある。

2021年には渋沢栄一を主人公としたNHK大河ドラマ「青天を衝け」も放送。世間的にも注目を大きく浴びる人物である。

非常、体力も知力も漲るようなエネルギーをヒシヒシと感じる人物。その言動を直接的に現代語訳で味わうことができるこの著作。

この著作を通じて、『論語』にも触れられるのもポイントかもしれない。また日本や中国を中心に各種の偉人たちの言動なども紹介されているのも大きな魅力。

歴史の勉強にもなるし、そこからさらに深堀りしていくこともできる。

自己の指針にもなるオススメの書物である。

書籍紹介

関連スポット

渋沢史料館

渋沢史料館は、東京都北区にある旧渋沢邸宅跡地にある渋沢栄一の史料館。

公式サイト:渋沢史料館

渋沢栄一記念館

渋沢栄一の生誕地である埼玉県深谷市下手計にある渋沢栄一の記念館。

公式サイト:渋沢栄一記念館

渋沢栄一 晴天を衝け 深谷大河ドラマ館

渋沢栄一 晴天を衝け 深谷大河ドラマ館は、2021年2月16日~2022年1月10日まで期間限定で開館の埼玉県深谷市仲町にある施設。

公式サイト:渋沢栄一 晴天を衝け 深谷大河ドラマ館