美智子『橋をかける』

美智子様の略歴

美智子(みちこ、1934年~)
第125代天皇・明仁(あきひと、1933年~)の皇后。上皇后。
旧名は、正田美智子(しょうだ・みちこ)。東京生まれ。戦争の影響により、神奈川県藤沢市、群馬県館林市、長野県軽井沢市などで育つ。聖心女子大学文学部外国語外国文学科を卒業。
父親は日清製粉グループの会長・正田英三郎(しょうだ・ひでさぶろう、1903年~1999年)

『橋をかける』の目次

橋をかける――子供時代の読書の思い出
皇后さまIBBYの人たち  島多代

バーゼルより――子供と本を結ぶ人たちへ
バーゼルへの道  島多代
皇后さまバーゼルご訪問随行記  佐藤正宏

文庫版によせて  末盛千枝子

『橋をかける』の概要

2009年4月10日に第一刷が発行。文春文庫。144ページ。

副題は「子供時代の読書の思い出」。

単行本・初出は以下の通り。

『橋をかける』は、1998年11月に、すえもりブックスから刊行。

『バーゼルより』は、2003年1月に、すえもりブックスから刊行。

上記ともに、単行本には美智子様の講演の英語版も収録。

「皇后さまバーゼルご訪問随行記」は、2002年11月20日に、宮内庁庁内報に掲載されたもの。「文庫版によせて」は書き下ろし。

さらに詳細に関しては次の通り。

『橋をかける』は、1998年9月20日~24日まで、インドのニューデリーにあるアショカ・ホテルで開催された国際児童図書評議会(International Board on Books for Young Peeole、略称IBBY)の第26回世界大会「子供の本を通しての平和」で、初日21日の朝に、ビデオテープによって上映された美智子様の基調講演を収録したもの。

編集において、講演では時間の都合上削られた箇所も基に戻され、初稿を元に定本としている。

『バーゼルより』は、2002年9月29日~10月30日まで寿司のバーゼル市、コングレス・センターで開催されたIBBYの50周年記念大会に際して、9月29日の夜の開会式において、美智子様がされたお祝いのご挨拶を収録したもの。

実際のご挨拶は英語でされたが、原文となった日本語を収録。

生まれて以来、人は自分と周囲との間に、一つ一つ橋をかけ、人とも、物ともつながりを深め、それを自分の世界として生きています。この橋がかからなかったり、かけても橋としての機能を果たさなかったり、時として橋をかける意志を失った時、人は孤立し、平和を失います。(P.12「橋をかける」)

タイトルにもなっている重要な文章。

子供の頃から読書好きだった美智子様。自分の考え方や感じ方の「芽」になるようなものが、読書体験によって残されたという。

そして、人は橋をかけながら生きていると。それは自分のまわりだけではなく、自分の中にも。

戦争による疎開の影響で、各地を転々とした幼少時代を振り返りながら、時には周囲との関係に不安を覚えたり、自分自身との関係に、なかなか折り合いがつかなかったことも。

そのような時に、何冊かの本が救いとなったという。

児童文学作家・新美南吉(にいみ・なんきち、1913年~1943年)の『でんでんむしのかなしみ』や、子供向けに書かれた日本の神話伝説の物語、日本の名作、世界の名作などについて深く触れていく。

しかしどのような生にも悲しみはあり、一人一人の子供の涙には、それなりの重さがあります。私が、自分の小さな悲しみの中で、本の中に喜びを見出せたことは恩恵でした。(P.37「橋をかける」)

自らの子供時代の読書体験とは何だったのかを問い直す。

読書は楽しみを与え、また根っこを与え、翼を与えてくれたという。また同時に、悲しみや喜びに思いを巡らす機会も。

そして、他者への思いも深めたという。

多くの作家の創作の源となった喜びが、読む者に生きる喜びを与え、失意の時には希望を取り戻させる。

悲しみに耐える心や喜びに向かって伸びようとする心が養われることが大切と語る。

そして最後にもう一つ、本への感謝をこめてつけ加えます。読書は、人生の全てが、決して単純でないことを教えてくれました。私たちは、複雑さに耐えて生きていかなければならないということ。人と人との関係においても。国と国との関係においても。(P.38「橋をかける」)

人と人との関係、国と国との関係の複雑さ。読書が教えてくれたこと。締めの部分で、世界平和についても触れる。

というのも、このニューデリーでのイベントで、美智子様がビデオ上映によって講演された理由と関連してくる。

この国際児童図書評議会の第26回世界大会「子供の本を通しての平和」の開催を控えていたインドで核実験が行なわれたため。

ボイコットを提唱する支部なども出たようだが、多くの支部はだからこそ、現地へ行くという方針で、イベントは開催された。

ただ美智子様の現地への参加は不可能となり、ビデオによる講演という形となった。このような背景を知っているとさらに、この講演の言葉に重みが増す。

「橋をかける」の中に、そのような日々の中で浄化された、誰のものでもな皇后さま世界があり、しかもその中に、誰もが自分を重ね合わせられる普遍的な部分がありました。文学だと感じ、本にさせて頂きたいと思いました。(P.134「文庫版によせて」)

上記の文章は、編集者・末盛千枝子(すえもり・ちえこ、1941年~)の言葉。

『橋をかける』は、講演の内容であり、それを基にして、末盛千枝子が代表を務める、すえもりブックスから出版された。

IBBYとも美智子様とも交流を持っていた末盛千枝子が、これまでの経緯を深く考察しながら、文章を綴っていく。とても読みやすく、分かりやすい言葉や表現で。

引用の文章の後には、詩人まど・みちお(1909年~2014年)の詩の英訳を、美智子様に頼んだ時のエピソードも。

ちなみに、上述で説明がなかった二人についての解説。

島多代(しま・たよ、1937年~2017年)は、IBBYの会長で、絵本や児童書の研究家。

佐藤正宏(さとう・まさひろ、1941年~)は、宮内庁の侍従。海外経験が豊富であり、天皇皇后両陛下の海外19カ国の公式訪問に加わった人物。

『橋をかける』の感想

美智子様をはじめ、島多代、佐藤正宏、末盛千枝子と、筆者の全員が、とてもとても綺麗な言葉を使っている。

当たり前といえば、当たり前かもしれないが。何故なら、美智子様の書籍であるのだから。

もともとは、実業家の出口治明(でぐち・はるあき、1948年~)の本の中で紹介されていて、『橋をかける』を知った。

大の読書家である出口治明がオススメしているので興味を持った。

読んでみて、知らないことも沢山あった。美智子様が詩の英訳をされていたり、児童書関連の事柄に協力されていたりといったことは、全く知らなかった。

また「バーゼルより」で引用された詩人・竹内てるよ(たけうち・てるよ、1904年~2001年)の「頬」という作品も知らなかった。

そして、美智子様がこの詩に感銘を受けたことも、なかなか興味深い。

生まれて何もしらぬ 吾子の頬に
母よ 絶望の涙を落とすな

といった始まりの詩。ちょっと衝撃的だった。詩というのは、強い力を持っているものだと改めて思った。

本の内容に関しては、それぞれ分量は少ないので、手軽に読めてしまうけでど、内容はとても深い。

じっくりと味わって、ゆっくりと考えて、読み進めたい本。

IBBYの日本での活動を応援するつもり、読了後に日本国際児童図書評議会、JBBY(Japanese Board on Books for Young People)に少し募金もしてみた。少しの行動の積み重ねが繋がると良いな。

読書好きな方や児童文学などに興味のある方には非常にオススメの本である。

書籍紹介

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関連スポット

ニューデリー

ニューデリーは、インドの北部にある首都。

バーゼル

バーゼルは、スイス北西部のライン川のほとりにある都市。