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今野敏『流行作家は伊達じゃない』要約・感想

今野敏『流行作家は伊達じゃない』表紙

  1. 自伝的エッセイの豊富な内容
  2. 音楽業界でのさまざまな経験
  3. 創作の哲学と量産の能力
  4. 多岐にわたる作品の世界

今野敏の略歴・経歴

今野敏(こんの・びん、1955年~)
小説家。本名は、同じ漢字で読みの異なる、今野敏(こんの・さとし)。
北海道三笠市の生まれ。函館ラ・サール高校、上智大学文学部新聞学科を卒業。
1978年に『怪物が街にやってくる』で第4回問題小説新人賞を受賞してデビュー。
2006年に『隠蔽捜査』で第27回吉川英治文学新人賞を受賞。
2008年に『果断 隠蔽捜査2』で第21回山本周五郎賞を受賞、第61回日本推理作家協会賞(長編および連作短編集部門)も受賞。
2017年に『隠蔽捜査』シリーズで第2回吉川英治文庫賞を受賞。

『流行作家は伊達じゃない』の目次

「私の歩いてきた道」
第一章 北海道で生まれ育つ
第二章 上智大学時代の思い出
第三章 東芝EMI時代の思い出
第四章 ノベルス作家時代の思い出
第五章 流行作家に向かって
特別書き下ろし短編「初任教養」
「今野敏 その作品世界」関口苑生
あとがき
今野敏 著作リスト

『流行作家は伊達じゃない』の概要・内容

2014年1月18日に第一刷が発行。ハルキ文庫。248ページ。

書き下ろしのエッセイ。帯には「この1冊で今野敏のすべてが分かる!」とも。

解説は、書評家の関口苑生(せきぐち・えんせい、1953年~)。山口県下関市の生まれ。北海道函館西高等学校を卒業。早稲田大学社会科学部を中退している人物。

『流行作家は伊達じゃない』の要約・感想

  • 今野敏自身が語る創作の軌跡
  • 音楽業界から作家へ:苦悩と転機の日々
  • 「量産」こそ作家の証:今野敏の創作哲学
  • 流行作家の日常と素顔
  • 今野敏作品の世界:おすすめのシリーズと広範なジャンル
  • おわりに:なぜ今野敏作品は読まれ続けるのか

稀代のストーリーテラー、今野敏の創作の源泉と意外な素顔に迫る一冊、『流行作家は伊達じゃない』

本書は、エンターテインメント小説の第一線で活躍し続ける著者の、半生と創作への情熱を赤裸々に綴った自伝的エッセイである。今野敏の作品を一度でも手にしたことがある読者ならば、その圧倒的な筆力と多種多様なテーマに驚かされた経験があるのではないだろうか。

警察小説、SF、伝奇、歴史小説と、そのジャンルは多岐にわたり、常に「今野敏の最新作は? 新刊は?」と新作が待ち望まれる作家の一人である。

本書を通じて、その尽きることのない創作エネルギーの秘密の一端を垣間見ることができるだろう。

今野敏自身が語る創作の軌跡

『流行作家は伊達じゃない』は、今野敏が自らの歩んできた道を振り返り、作家としての覚悟、苦悩、そして喜びを率直な言葉で綴った貴重な記録である。

その目次を追うだけでも、北海道での幼少期から、上智大学時代、レコード会社勤務を経て、ノベルス作家として頭角を現し、そして「流行作家」と呼ばれるに至るまでの道のりが、いかに波瀾万丈であったかがうかがえる。

本書の構成は以下の通りである。

「私の歩いてきた道」として、
第一章 北海道で生まれ育つ
第二章 上智大学時代の思い出
第三章 東芝EMI時代の思い出
第四章 ノベルス作家時代の思い出
第五章 流行作家に向かって

そして、特別書き下ろし短編「初任教養」が収録され、評論家・関口苑生による「今野敏 その作品世界」、あとがき、著作リストと続く。

単なる自伝に留まらず、創作論やプロの作家としての心構えにも触れられており、これから物書きを目指す者にとっても示唆に富む内容となっている。

本書を読むことで、数々のヒット作を生み出し続ける今野敏という作家の、人間的な深みと作品世界の奥深さを再発見できるはずだ。

音楽業界から作家へ:苦悩と転機の日々

今野敏のキャリアの初期において、東芝EMI(現・ユニバーサルミュージック合同会社)での会社員経験は特筆すべき点である。

第三章「東芝EMI時代の思い出」では、その頃の葛藤や後の創作活動にも繋がるような貴重な体験が語られている。

レコード会社のディレクターから宣伝部へ異動した際、今野敏は精神的な不調をきたし、パニック障害を患ったという。

よほど私の性に合わなかったようで、精神的にまいってしまったらしく、この頃、軽いパニック障害を患った。自分が創ったものであれば、いくらでも頭を下げてお願いできるのだが、他人が創ったものをなぜ、というわがままな作家心理が働いたようだった。いまでも、混雑した列車に乗ったり、映画館で隣の席に人が座ったりすると、背筋がムズムズする。(P.73「第三章 東芝EMI時代の思い出」)

これには驚かされる。

空手や武道に造詣が深く、実際に心得もあり、空手の指導さえもしていることから、昔から強靭な体力と精神力の持ち主というイメージがある今野敏だが、このような経験をしていたとは。

確か宮本輝(みやもと・てる、1947年~)も、パニック障害だったな。小説家や音楽家、芸人にも多いような気がする。

繊細な感受性を持つ者ほど、こうした精神的な苦労を抱えやすいのかもしれない。そして、その繊細さが、後に数々の名作を生み出す原動力の一つとなった可能性も否定できないだろう。

他人の作品を宣伝することへの違和感、「自分が創ったものであれば」という強い自負は、まさに作家としての矜持の表れであり、この経験が後の創作活動におけるリアリティや登場人物の心理描写の深みに繋がっているのかもしれない。

物事を深く感じ取る心性が、パニック障害という形で現れたのかもしれないが、それは同時に、人間の心の機微を鋭く捉える作家としての資質と表裏一体であったとも考えられる。

この経験は、順風満帆ではない人生の一断面として、今野敏の人間性をより深く理解する手がかりとなるだろう。

また、この東芝EMI時代には、意外な人物との交流もあった。

支部の名前は「悟空」。空手を悟るという意味だという。主宰しているのはエッセイストで映像作家、現多摩美術大学教授の萩原朔美さんだった。(P.74「第三章 東芝EMI時代の思い出」)

ここで登場する萩原朔美(はぎわら・さくみ、1946年~)は、映像作家、演出家、エッセイストとして知られる人物である。

彼の母方の祖父は詩人の萩原朔太郎(はぎわら・さくたろう、1886年~1942年)、母親は小説家でエッセイストの萩原葉子(はぎわら・ようこ、1920年~2005年)という文学一家に生まれた。

その萩原朔美が空手道場の主宰者であったこと、そして今野敏がそこに出入りしていたという事実は、読者にとって新たな発見であろう。

今野敏の作品には、空手や武道に通じたキャラクターがしばしば登場するが、その背景には実体験に基づいた深い理解があったのだ。この空手の経験が、後のアクションシーンのリアリティや、武道における精神性の追求といったテーマに、間違いなく大きな影響を与えていることは想像に難くない。

その他に、またTM NETWORKとして活躍する前の木根尚登(きね・なおと、1957年~)と、宇都宮隆(うつのみや・たかし、1957年~)のいたバンドのアルバムを手掛けていた事実なども面白く、驚きのエピソードである。

「量産」こそ作家の証:今野敏の創作哲学

第四章「ノベルス作家時代の思い出」では、プロの作家としての今野敏の哲学が明確に示されている。

特に印象的なのは、「量産」に対する考え方である。

また、量産できるかできないかが、作家としての分岐点と考えていたのだ。(P.91「第四章 ノベルス作家時代の思い出」)

「大量生産が作家の才能」とまで言い切る今野敏の言葉には、厳しいプロの世界で生き抜いてきた者ならではの覚悟が感じられる。

単に多く書けば良いというわけではなく、質の高い作品をコンスタントに生み出し続けることこそが、プロフェッショナルとしての証左であるという信念がうかがえる。この「量産」と「質の維持」という、一見矛盾しかねない二つの要素を両立させることは、並大抵の努力では成し遂げられない。

そこには、徹底した自己管理、尽きることのないアイデア、そして何よりも読者を楽しませたいという強いサービス精神が存在するはずだ。そして、その言葉通り、今野敏はデビュー以来、驚異的なペースで作品を発表し続けている。

この「量産」できる力こそが、多くの読者を獲得し、「流行作家」としての地位を不動のものとした大きな要因の一つであろう。彼の創作姿勢は、他の分野のプロフェッショナルにとっても大いに参考になるに違いない。

このノベルス作家時代には、後の盟友とも言うべき人物との出会いもあった。それが、同じく人気作家の大沢在昌(おおさわ・ありまさ、1956年~)である。

<冒険作家クラブ>に入るきっかけは、あるとき突然、大沢在昌から電話がかかってきて、「作家クラブの仕事を手伝ってくれないか」と誘われたことからだ。(P.93「第四章 ノベルス作家時代の思い出」)

この時点では、二人の間にまだそれほど深い交流があったわけではなかったようだ。

大沢在昌としては、作家クラブ内で一番の若手であったため、自分に続く新しいメンバーを求めていたという事情があったらしい。

しかし、この出会いがきっかけとなり、二人は後に日本のエンターテインメント小説界を牽引する存在として、互いに切磋琢磨し、深い友情を育んでいくことになる。

作家同士の刺激的な交流が、互いの創作活動に好影響を与えることは少なくない。今野敏にとっても、大沢在昌という才能豊かなライバルであり、信頼できる同志の存在は、かけがえのないものであったに違いない。

彼らの交流は、日本のミステリー・エンターテインメント界の発展にも寄与してきたと言えるだろう。

流行作家の日常と素顔

第五章「流行作家に向かって」では、人気作家となった今野敏の日常や、作品からはうかがい知れない意外な一面が垣間見える。

例えば、健康的なイメージのある空手などの武道をする人物でありながら、喫煙の習慣があることだ。

タバコは一日一箱ぐらいで、マルボロライトメンソールを、かれこれ二〇年ほど愛煙している。(P.139「第五章 流行作家に向かって」)

これは少々意外に感じる読者もいるかもしれない。

空手道場に通い、心身を鍛錬しているイメージが強いだけに、喫煙者であったという事実は人間味を感じさせるエピソードである。作家の創作活動は、時に孤独で過酷な精神労働であり、そうした中でタバコが一時の清涼剤となっていたのかもしれない。

もちろん、健康面を考えると推奨されるものではないが、こうした些細な日常の描写から、超人的な流行作家というよりも、一人の人間としての今野敏の姿が浮かび上がってくる。作家もまた、我々と同じように悩み、息抜きを求める一人の人間なのである。

また、本書のには、結婚に関する記述もほんの少し。プライベートについてはあまり公に語られることの少ない今野敏だが、本書ではそうした一面にも触れられている。こうした情報に触れられるのも自伝的エッセイならではの魅力と言えるだろう。

流行作家としての華やかなイメージの裏にある、実直な生活者としての一面を知ることで、より一層、今野敏という作家への親近感が湧くのではないだろうか。

今野敏作品の世界:おすすめのシリーズと広範なジャンル

今野敏の作品世界は、まさに豊穣の一言に尽きる。

「今野敏のおすすめのシリーズは?」「今野敏のシリーズの順番は?」「今野敏の人気ランキングは?」など、その作品の多さと、どれから読めばよいか迷う読者の姿が目に浮かぶ。

彼の作品群は、その面白さからドラマとして数多く映像化されており、原作ファンのみならず、ドラマから作品に触れる人も多い。

特に私がお気に入りなのは、特殊能力を持つ警察官たちの活躍を描いた『ST 警視庁科学特捜班』シリーズである。STとはScientific Task Forceの略称。

法医学の天才だが対人恐怖症の赤城左門、秩序恐怖症のキャップ青山翔、先端恐怖症の山吹才蔵、閉所恐怖症の結城翠、そして武術に長けた黒崎勇治といった個性的なメンバーたちが、警視庁科学捜査研究所に設置された機関「ST」で難事件に挑む。

このシリーズは、2013年に藤原竜也(ふじわら・たつや、1982年~)、岡田将生(おかだ・まさき、1989年~)といったキャストでスペシャルドラマ化、2014年には連続ドラマ化、そして2015年には映画『ST 赤と白の捜査ファイル』が公開されるなど、映像メディアでも大きな成功を収めた。

シリーズを通して読むことで、各キャラクターの成長や人間関係の変化も楽しむことができる。このSTシリーズは、さらにその中で細分化された『青の調査ファイル』などの「色シリーズ」や『為朝伝説殺人ファイル』などの「伝説シリーズ」が存在するなど、複雑な構成も魅力の一つとなっている。

読み始めると、その独特の世界観に引き込まれ、次々と読み進めたくなること請け合いである。

音楽好きの読者であれば、『奏者水滸伝』シリーズも外せない。

今野敏が新卒でレコード会社・東芝EMIに勤務していた経験が、この作品にリアリティと深みを与えていることは想像に難くない。物語には宗教的な要素も織り込まれており、シリーズ第一巻の副題「阿羅漢集結」の「阿羅漢」とは、仏教において最高の悟りを得た聖者を指す。

音楽と武術、そして東洋思想が融合した独特の世界観は、他の作品にはない魅力を持っている。こうした作品を通じて、普段馴染みのない知識に触れられるのも、今野敏作品の大きな魅力であり、知的好奇心を刺激される読者も多いだろう。

もちろん、今野敏の代名詞とも言える警察小説は、どのシリーズも安定した面白さを誇る。

例えば、『隠蔽捜査』シリーズは、 エリート警察官僚・竜崎伸也を主人公とし、その硬骨漢ぶりが人気を博し、2007年には陣内孝則(じんない・たかのり、1958年~)が、2014年には杉本哲太(すぎもと・てった、1965年~)が演じてドラマ化されている。

また、『二重標的 東京ベイエリア分署』から始まる「安積班シリーズ」は、人情味あふれる班長・安積剛志と彼が率いるチームの活躍を描き、佐々木蔵之介(ささき・くらのすけ、1968年~)主演で『ハンチョウ~神南署安積班~』などのタイトルで長寿ドラマシリーズとなった。

『同期』シリーズは、警視庁捜査一課の宇田川と公安部の蘇我という対照的な二人の刑事の葛藤と友情を描き、こちらも2011年に松田龍平(まつだ・りゅうへい、1983年~)主演で同名の『同期』としてドラマ化された話題を呼んだ。

これらの作品は、警察組織のリアリティと、そこに生きる人間たちのドラマを巧みに描き出し、多くの視聴者を魅了した。

根強いファンを持つ『任侠書房』『とせい』を改題)から始まる「任侠シリーズ」は、『任侠学園』『任侠病院』『任侠浴場』といったタイトルで展開。日村誠司が代貸を務める任侠と人情を重んじるヤクザの阿岐本組をメインにしたシリーズ。これらの作品は、コミカルさと温かさがあり、他の作品とは一線を画す魅力を持っている。

近年では、歴史小説の分野でもその才能を遺憾なく発揮している。

2020年に発表された『天を測る』は、江戸時代末期から明治にかけて日本の近代化に貢献した数学者であり、測量家、そして海軍軍人でもあった小野友五郎(おの・ともごろう、1817年~1898年)の波瀾万丈の生涯を描いた大作である。

小野友五郎は、咸臨丸の測量方として勝海舟(かつ・かいしゅう、1823年~1899年)らと共に渡米したことでも知られ、日本の地図作成や海軍創設に尽力した人物だ。今野敏は、膨大な資料に基づき、その知られざる功績と人間的魅力に光を当て、読者を幕末から明治という激動の時代へと誘う。

さらに2024年には、幕末の動乱期を舞台に、外国奉行として困難な外交交渉を担った若き幕臣たちの群像劇『海風』を上梓した。

開国を迫る列強諸国との間で、国益を守るために奔走した名もなき官僚たちの苦闘と気概を描き切っており、歴史の大きな転換点における彼らの決断と行動が、現代の我々にも多くの示唆を与えてくれる。

これらの歴史小説は、エンターテインメントとしての面白さはもちろんのこと、歴史的事実に基づいた緻密な描写と、現代にも通じる普遍的なテーマ性が高く評価されており、今野敏の新たな代表作となりつつある。

これほど多くの作品群を前にすると、どれから読むべきか迷うのも無理はない。

しかし、どの作品も今野敏ならではのリーダビリティと深い人間洞察に貫かれているため、まずは気になるタイトルやシリーズ、あるいは好きな俳優が出演していた映像化作品の原作から気軽に手に取ってみることをお勧めする。

きっと、あなたにとってのお気に入りの一冊、あるいはシリーズが見つかるはずだ。

おわりに:なぜ今野敏作品は読まれ続けるのか

『流行作家は伊達じゃない』を読むことで、我々は今野敏という作家の多面的な魅力に改めて気づかされる。

それは、単に物語を紡ぐ技術に長けているというだけではない。北海道の雄大な自然の中で育まれた感性、音楽業界での仕事や組織で得た教訓、武道を通じて培われた精神性、そして何よりも、プロの作家として読者に最高のエンターテインメントを届けようとする真摯な姿勢。

これらが渾然一体となって、今野敏の作品世界を形作っているのである。

「量産」を厭わず、常に新しいテーマに挑戦し続けるその姿は、まさに「流行作家は伊達じゃない」というタイトルを体現している。

本書で語られる数々のエピソードは、彼の作品をより深く味わうための鍵となるだろう。そして、彼の作品を読むことは、単なる娯楽に留まらず、我々の知的好奇心を刺激し、組織とは何か、正義とは何か、人間としてどう生きるべきかといった普遍的な問いを投げかけてくる。

今野敏の作品は、その確かな筆致と時代を捉える鋭い視点、そして何よりも人間ドラマの深みによって、これからも多くの読者に愛され、読まれ続けていくに違いない。

まだ今野敏作品に触れたことのない読者も、長年のファンである読者も、この『流行作家は伊達じゃない』を手に取り、稀代のストーリーテラーの熱き魂に触れてみてはいかがだろうか。

そして、彼の膨大な著作リストの中から、次なる一冊を選び出す旅に出てほしい。そこには、きっと新たな発見と興奮が待っているはずである。

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