
- インターネットがもたらす経済構造の変化を、限界費用ゼロのビジネスモデルや有名人経済として分析し、原理を理解する重要性を強調。
- 情報過多時代に価値を生むのはデータの編集や選択・配列であり、コンテンツ産業の例としてアイドルブームの経済的法則も。
- AIが進化する未来では、人間がAIの娯楽対象となる可能性を指摘し、社会全体のシステム変革を多角的に考察。
- 専門家たちの論考を集めた本書は、新たな思考モデルを提供し、現代社会の課題を深く理解する羅針盤に。
山形浩生の略歴・経歴
山形浩生(やまがた・ひろお、1964年~)
コンサルタント、評論家、翻訳家。
東京都の生まれ。麻布中学校・高等学校を卒業。東京大学工学部都市工学科を卒業、東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻修士課程を経て、野村総合研究所の研究員に。マサチューセッツ工科大学不動産センター修士課程を修了。山形浩生のX(旧Twitter)。
『第三の産業革命 経済と労働の変化』の目次
第1部 インターネット経済の原理
序章 ネットが招いた変化から未来を読み解く 山形浩生
第1章 「ネットワーク経済」の法則:アトム型産業からビット型産業へ カール・シャピロ/ハル・ヴァリアン
第2章 ホワイトカラー真っ青 ポール・クルーグマン
第2部 産業の変化
第3章 ノウアスフィアの開墾 エリック・レイモンド
第4章 メディア化する企業 小林弘人/柳瀬博一
第5章 メイカー運動とファブ社会 変容するモノと製造の概念 田中浩也
第6章 情報、文化、コンテンツ産業 田中秀臣
第3部 産業をとりまく環境
第7章 情報による新しい労働形態 比嘉邦彦
第8章 インターネットと都市:産業経済の変化 小長谷一之
第9章 インターネットと金融:弱体化する貨幣経済 斉藤賢爾
第10章 社会という「系」の行方 山形浩生
『第三の産業革命 経済と労働の変化』の概要・内容
2015年2月25日に第一刷が発行。角川学芸出版。275ページ。ソフトカバー。148mm✕210mm。A5版。
山形浩生は監修者であり、著者の一人でもある。
以下、著者の一覧。
山形浩生(やまがた・ひろお、1964年~)…評論家、翻訳家、元野村総合研究所研究員など。
カール・シャピロ(Carl Shapiro、1955年~)…経済学者、大学教授。
ハル・ヴァリアン(Hal R. Varian、1947年~)…経済学者、大学教授、Google チーフエコノミスト。
ポール・クルーグマン(Paul R. Krugman、1953年~) …経済学者、大学教授。2008年ノーベル経済学賞の受賞者。
エリック・S・レイモンド(Eric S. Raymond、1957年~)…ソフトウェア開発者、オープンソース運動の提唱者、著述家。
小林弘人(こばやし・ひろと、1965年~)…経営者、作家。
柳瀬博一(やなせ・ひろいち、1964年~)…編集者、作家。
田中浩也(たなか・ひろや、1975年~)…工学者、大学教授。
田中秀臣(たなか・ひでとみ、1961年~)…経済学者、大学教授。
比嘉邦彦(ひが・くにひこ、1956年~)…大学教授、テレワーク等の研究者。
小長谷一之(こながや・かずゆき、1959年~)…大学教授、都市経営の研究者。
斉藤賢爾(さいとう・けんじ、1964年~)…研究者、大学教授。
『第三の産業革命 経済と労働の変化』の要約・感想
- ネット経済の根源的な力を理解する
- 「編集」が価値を生むコンテンツ産業
- 人工知能と共存する未来の社会像
- 変化の時代を生き抜くための思考法
『第三の産業革命 経済と労働の変化』は、現代を生きる我々が直面している経済と労働の構造変化を、多角的な視点から解き明かす一冊である。
評論家であり翻訳家としても知られる山形浩生(やまがた・ひろお、1964年~)が監修を務め、経済学、情報科学、社会学の第一線で活躍する専門家たちの論考がまとめられている。
本書は、インターネットの普及が社会にどのような影響を与え、産業構造をいかにして変容させたのかを深く掘り下げている。
それは単なる技術の進化の話にとどまらず、我々の働き方、情報の消費、さらには都市や金融システムの在り方までを問い直す、知的刺激に満ちた内容である。
変化の激しい時代の中で、未来を読み解くための羅針盤となるだろう。
ネット経済の根源的な力を理解する
インターネットがもたらした変化の本質は、その経済的な特性にある。
山形浩生は序章で、情報ネットワーク産業のビジネスモデルについて、航空会社や大規模インフラ企業に近いと指摘する。
情報ネットワークは、初期投資が大きいが、その後の限界費用はゼロに近い。だから、インターネットや情報化が生み出す産業構造は、航空会社や大規模インフラ企業のビジネスモデルに近い。(P.15「序章 ネットが招いた変化から未来を読み解く 山形浩生」)
「限界費用」とは、生産量を1単位増やしたときに追加でかかる費用のことである。
例えば、ソフトウェアやデジタルコンテンツは、最初の開発には莫大なコストがかかるが、一度完成すれば、それを複製して追加の顧客に提供するための費用はほぼゼロになる。
この構造は、従来の物理的なモノを中心とした産業とは全く異なる競争原理を生み出す。
だが、だがこれは航空会社や大規模インフラ企業のビジネスモデルに近いという指摘である。
つまり、情報ネットワークのビジネスは、今までのビジネスモデルの延長線上にあるとも言えるのである。
この指摘は、何となく理解していたつもりのデジタル経済の仕組みを、明確な言葉で定義してくれるため、深く腑に落ちる感覚があった。
言葉の定義を正確に知ることは、世界の解像度を上げることにつながる。
本書によれば、この考え方自体は新しいものではなく、1998年に刊行された『「ネットワーク経済」の法則』においても既に指摘されていたという。
つまり、インターネットは全く新しい産業構造を発明したというよりは、もともと存在した特定の産業モデルの特性を、社会の隅々まで行き渡らせる起爆剤となったと捉えるべきなのかもしれない。
では、このように特殊な経済原理が働く世界で成功するためには、何が必要なのだろうか。
経済学者であるカール・シャピロ(Carl Shapiro、1955年~)と、Googleのチーフエコノミストとしても知られるハル・ヴァリアン(Hal R. Varian、1947年~)は、表面的な流行を追うことの危険性を説き、より根源的な力の理解が重要だと主張する。
われわれが追求するのはモデルであってトレンドではない。コンセプトであって語彙ではない。そして分析であってアナロジーではない。モデル、コンセプト、そして分析を学ぶことによって、今日のハイテク業界において作用している根源的な力に対する理解をいっそう深めるころができれば、それによって明日のネットワーク経済における成功のための戦略を作り上げる能力が身につくだろう。(P.60「第1章 「ネットワーク経済」の法則:アトム型産業からビット型産業へ カール・シャピロ/ハル・ヴァリアン」)
彼らが強調するのは、一過性のトレンドや専門用語(語彙)、あるいは安易な類推(アナロジー)ではなく、物事の構造を捉えるための「モデル」、普遍的な概念である「コンセプト」、そしてそれに基づいた「分析」である。
この視点は、変化の速いIT業界だけでなく、あらゆる分野で応用可能な思考のフレームワークと言えるだろう。
目先の現象に惑わされず、その背後にある経済原理や人間の行動原理を見抜く力こそが、未来を切り拓く上で不可欠なのである。
一方で、2008年にノーベル経済学賞を受賞したポール・クルーグマン(Paul R. Krugman、1953年~)は、知識や情報が価値を持つ「知識経済」の理想とは少し異なる現実を指摘する。
情報そのものが無料で手に入りやすくなった結果、価値を持つのは情報そのものではなく、情報を発信する「人」の評判や知名度になったというのだ。
技術予測家エスター・ダイソンは、1996年にずばり言い当ててる。「人は無料のコンテンツで自分の名声を確率する。そのあとで、出かけていってそれの乳を絞りとる」。ひとことでいえば、知識経済になる代わりに、ぼくたちは有名人経済となったのだ。(P.72「第2章 ホワイトカラー真っ青 ポール・クルーグマン」)
これは、現代のインフルエンサーやクリエイターのビジネスモデルそのものである。
無料のコンテンツ(ブログ、SNS、動画など)を大量に提供することで自身の名声やブランドを確立し、その後に書籍の出版、講演、有料コミュニティといった形で収益化(乳を絞りとる)する。
この指摘は、無料での価値提供と収益化のバランスに悩む多くの人々にとって、核心を突くものだろう。
無料で提供し続けるだけでは事業は成り立たないが、その無料期間がなければそもそも誰も注目してくれない。
このジレンマを乗り越える戦略を立てることこそが、現代における成功の鍵なのかもしれない。
「編集」が価値を生むコンテンツ産業
情報が爆発的に増加した現代において、価値の源泉はどこにあるのだろうか。
経済学者、田中秀臣(たなか・ひでとみ、1961年~)は、思想家であり文化人類学者でもあった梅棹忠夫(うめさお・ただお、1920年~2010年)の言葉を引用し、情報の価値について論じている。
梅棹によれば、情報の生産とは「データそのものにあるのではなく、それらのデータのくみあわせかた、あるいは配列のしかたにある」という。(P.155「第6章 情報、文化、コンテンツ産業 田中秀臣」)
これは、1989年に刊行された梅棹の著作『情報論ノート』からの引用である。
価値があるのは、個々のデータそのものではなく、それらをどう選び、どう組み合わせ、どう並べるかという「編集」のプロセスにあるという指摘だ。
キュレーションやコンテンツ制作の本質を見事に言い表している。
この考え方は、情報過多の時代を生きる我々にとって、極めて重要な示唆を与えてくれる。
単に情報を集めるだけでは意味がなく、そこに独自の視点や文脈を与えて再構築する能力こそが、新たな価値を生み出すのである。
さすが『知的財産の技術』の梅棹忠夫である。
驚くべきことに、この梅棹の思想と共鳴する考え方が、全く異なる場所と時代に、独立して生まれていた。
21世紀になって、コンテンツ産業や文化的な創造行為に、梅棹忠夫が指摘した「選択と配列」といった編集機能に注目した人物が現れた。米国メイスン大学教授のタイラー・コーエンである。コーエンは、梅棹の貢献を継承したわけではない。まったく独立して類似の成果に辿りついた。(P.156「第6章 情報、文化、コンテンツ産業 田中秀臣」)
経済学者であるタイラー・コーエン(Tyler Cowen、1962年~)が、冷戦後のグローバル化とインターネットの普及という新しい時代背景の中で、梅棹と同様の結論に達したという事実は非常に興味深い。
これは、情報の「編集」という行為が持つ価値が、時代や文化を超えた普遍的なものであることを証明している。
いつの時代も、無数の情報の中から意味のあるつながりを見つけ出し、新たな物語を紡ぐ能力が求められるのだ。
田中秀臣は、コンテンツ産業の一例として日本のアイドルを取り上げ、興味深い法則を紹介している。
本論文で素材にした日本のアイドルについていえば、不況時にはアイドルがブームになり、好況時にはアイドルは「冬の時代」を迎える。これは従来のデータから明らかだ。しかし同じことが今後のデフレ脱出以後にもいえるかどうかは予想しきれない。(P.174「第6章 情報、文化、コンテンツ産業 田中秀臣」)
本書が刊行されたのは2015年であるが、それから約10年が経過した現在、この法則はどうなっているだろうか。
現代では「推し活」という言葉が定着し、アイドルやアニメキャラクターなどを応援する活動が一大市場を形成している。
これを「ブーム」と捉えるならば、現代はデータが示す通りの「不況時」ということになるのかもしれない。
あるいは、SNSの普及によってファンとアイドルの関係性が変化し、もはや景気の動向だけでは説明できない新しい文化が生まれたと考えるべきか。
いずれにせよ、社会の心理や経済状況が文化的なブームに影響を与えるという視点は、世の中の流行を分析する上で非常に面白い切り口である。
第2部では他にも、オープンソース運動の提唱者であるエリック・S・レイモンド(Eric S. Raymond、1957年~)による共同作業の進化。
編集者の小林弘人(こばやし・ひろと、1965年~)と柳瀬博一(やなせ・ひろいち、1964年~)が論じる企業のメディア化。
そして大学教授の田中浩也(たなか・ひろや、1975年~)が解説するメイカー運動とファブ社会の到来など、産業の変化を多角的に捉える論考が続く。
これらはすべて、情報技術が生産と消費のあり方を根本から変えつつあることを示している。
人工知能と共存する未来の社会像
テクノロジーの進化は、産業や労働だけでなく、社会全体のシステム、そして人間の在り方そのものにも影響を及ぼす。
最終章で山形浩生は、人工知能(AI)が人間の能力を上回るシンギュラリティ後の世界について、示唆に富んだ未来像を描いている。
それは、AIが人間を支配するという単純なディストピアではない。
これほどこまわりと融通が利き、しかもどうでもいい刺激でいつまでも働く存在はほかにない(機械がちょっと色と形のパターンを出してやれば、人間は喜んで一日中ゲームをしてりうではないか)。(P.274「第10章 社会という「系」の行方 山形浩生」)
山形は、高度に進化したAIにとって、人間は非常に扱いやすく、かつ安価な労働力(あるいは娯楽の対象)になり得ると推測する。
AIが設計したゲームやコンテンツといった「どうでもいい刺激」を与えれば、人間は喜んでそれに没頭し、AIの望む通りに行動するかもしれない。
これは、人間がAIのペットのような存在になる未来とも言えるが、重要なのは、人間自身はその状況を不幸だとは感じず、むしろ喜んでいる可能性が高いという点だ。
この少しシニカルでありながらも的確な指摘は、現代の我々がすでにスマートフォンやソーシャルゲームに没頭している姿を思えば、決して絵空事ではないと納得させられる。
この未来像は、我々に「幸福とは何か」という根源的な問いを投げかける。
もしAIによってすべての労働から解放され、衣食住が保障され、常に楽しい娯楽が与えられる世界が実現したとしたら、それは果たして幸福なのだろうか。
山形の描く未来は、テクノロジーの進化がもたらす光と影を冷静に見つめ、我々自身の価値観を問い直すきっかけを与えてくれる。
第3部では、この他にも、大学教授の比嘉邦彦(ひが・くにひこ、1956年~)によるテレワークやクラウドソーシングといった新しい労働形態の分析。
大学教授の小長谷一之(こながや・かずゆき、1959年~)によるインターネットが都市構造に与える影響の考察。
そして大学教授の斉藤賢爾(さいとう・けんじ、1964年~)が論じるフィンテックと貨幣経済の未来など、社会をとりまく環境の変化が網羅的に解説されている。
これらは、第三の産業革命が経済活動の表層だけでなく、社会のインフラそのものを再構築する巨大なうねりであることを示している。
変化の時代を生き抜くための思考法
本書『第三の産業革命 経済と労働の変化』は、複数の専門家による論考を集めたアンソロジーであり、正直に言えば、すべての章を完全に理解するのは容易ではないかもしれない。
しかし、それぞれの論考が提示する視点や分析の切り口は、現代社会が直面する複雑な課題を読み解くための強力な武器となる。
本書は、単に「未来はこうなる」といった安易な予測を提示するものではない。
むしろ、インターネットと情報技術が引き起こした経済と社会の構造変化を理解するための「思考のモデル」や「分析のツール」を提供してくれる一冊である。
限界費用の概念、有名人経済の現実、情報の価値を生む編集機能、そしてAIと共存する未来像以外にも多くの内容が詰まっている。
本書のさまざまなコンセプトを学ぶことで、我々は日々のニュースの裏側にある大きな潮流を読み解き、自らの進むべき道を考えるための確かな足場を築くことができるだろう。
角川インターネット講座の一冊として刊行された本書は、知的好奇心を満たし、現代という時代をより深く理解したいと願うすべての人にとって、挑戦しがいのある一冊だ。
この本を手に取り、専門家たちの思索の森に分け入ることで、あなたもきっと、未来への新しい羅針盤を見つけ出すことができるはずである。
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