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森岡毅/今西聖貴『確率思考の戦略論 どうすれば売上は増えるのか』要約・感想

森岡毅/今西聖貴『確率思考の戦略論 どうすれば売上は増えるのか』表紙

  1. マーケティング戦略の3つの変数
  2. ターゲットを広く設定する戦略
  3. ブランドの「重心」を定める
  4. 「コンセプト」で消費者を動かす

森岡毅の略歴・経歴

森岡毅(もりおか・つよし、1972年~)
マーケター。
兵庫県伊丹市の出身。兵庫県立伊丹高等学校、神戸大学経営学部を卒業。P&Gジャパンマーケティング本部を経て、USJに入社。2017年に独立して、マーケティング会社「刀」を創業。

今西聖貴の略歴・経歴

今西聖貴(いまにし・せいき、1953年~)
アナリスト。
大阪府の出身。米国シンシナティ大学大学院理数部数学科修士課程を卒業。
水産会社、P&Gを経て、USJに入社。

『確率思考の戦略論 どうすれば売上は増えるのか』の目次

序章 “選ばれる確率”をどうやって増やすのか!?
Part 1  選ばれる確率を増やすブランド戦略の本質
第1章 「プレファレンス」に集中せよ!
第2章 狭めるな! 拡げよ!
第3章 「重心」を衝け!
Part 2  プレファレンスを伸ばす「コンセプト」の本質
第4章 「コンセプト」とはなにか?
第5章 強い「マーケティング・コンセプト」をつくる
第6章 強いコンセプトは消費者理解がすべて
Part 3 「マーケティング・コンセプト」のつくり方
第7章 実際にブランドを設計してみよう
第8章 強いマーケティング・コンセプトをつくる3つの要点
第9章 実際にマーケティング・コンセプトをつくってみよう
終章 コンセプトが日本の未来を創る!

『確率思考の戦略論 どうすれば売上は増えるのか』の概要・内容

2025年1月28日に第一刷が発行。ダイヤモンド社。372ページ。ハードカバー。148mm×210mm。A5判。

副題は「どうすれば売上は増えるのか」。

2016年5月31日に角川書店から刊行された『確率思考の戦略論 USJでも実証された数学マーケティングの力』の続編。

『確率思考の戦略論 どうすれば売上は増えるのか』の要約・感想

  • マーケティング戦略の変数は驚くほど少ない
  • ターゲットは狭めるな、むしろ大胆に拡げろ
  • ブランド戦略の核となる「重心」の見つけ方
  • 消費者の脳を支配する「コンセプト」の正体
  • 選ばれる究極の理由「戦略エクイティ」の構築
  • 優れた戦略家が共通して持つ4つの能力
  • 消費者を神髄から理解する「憑依」というアプローチ
  • 人間の根源的な欲求「本能」を捉え、衝く
  • 文脈操作の技術「STC」で商品の便益を最大化する
  • 失敗を恐れず挑戦し続ける確率的人生論へ

本書『確率思考の戦略論 どうすれば売上は増えるのか』は、現代のビジネス環境で成果を出すための本質的な問いに、数学的な視点と実践的なマーケティング理論を融合させて答える一冊である。

著者は、P&GやUSJ(ユニバーサル・スタジオ・ジャパン)で数々のブランドを成功に導き、現在はマーケティング精鋭集団「刀」を率いるマーケターの森岡毅(もりおか・つよし、1972年~)。

そして、その戦略を長年データ分析で支えてきた盟友であるアナリストの今西聖貴(いまにし・せいき、1953年~)の二人である。

ビジネスの世界では、しばしば「運」や「センス」、「カリスマ経営者の閃き」といった曖昧な言葉で成功が語られることがある。

しかし、著者はそれを明確に否定し、ビジネスの成功とは「選ばれる確率」をいかにして科学的に高めるかという、極めて論理的なゲームであると断言する。

本書は、その確率を上げるための具体的な思考法と、誰でも実践可能なフレームワークを、余すところなく解説している。

この記事では、本書の核心部分を抽出し、その深遠な内容を丁寧に紐解いていく。

なぜ自社の商品は選ばれないのか、なぜ売上が伸び悩むのか、どうすれば熾烈な競争を勝ち抜き、顧客に選ばれ続ける存在になれるのか。

その答えを探しているすべての人にとって、この記事が思考の羅針盤となることを願っている。

本書の冒頭で、著者は力強くこう述べている。

間違いありません。なぜなら、人に選んでもらうための最大の“変数”が「コンセプト」だからです。(P.3「序章 “選ばれる確率”をどうやって増やすのか!?」)

そう、すべては顧客の心を動かす強い「コンセプト」から始まるのだ。

このコンセプトこそが、不確実な市場という大海原を航海するための、最も強力で信頼できるエンジンとなる。

本書は、その高性能エンジンの設計図であり、極めて詳細な取扱説明書でもあるのだ。

また、著者たちの前作『USJを劇的に変えた、たった1つの考え方 成功を引き寄せるマーケティング入門』を読んだことがある読者もいるかもしれない。

本書は、その続編であり、理論から実践へと大きく舵を切った、より戦略的な内容に踏み込んでいる。

「市場構造の本質のより深い理解」には前作が最適、そこからの結論を受けて「選ばれる確率を実際にどう増やすのか」は本作が最適だと御認識下さい。(P.7「序章 “選ばれる確率”をどうやって増やすのか!?」)

前作が市場構造の「なぜ」を解き明かす普遍的な教養書だとすれば、本作はその知識を武器に「どう戦うか」を具体的に指南する、極めて実践的な戦略書と言えるだろう。

本書の目的は、著者によって以下の3点に集約されている。

では本書の目的を明示します。以下の3点をお伝えすることです。

1、選ばれる確率を増やすための「戦略をつくるコツ」を理解すること
2、選ばれる確率の“最大変数”である「コンセプトの本質」を理解すること
3、「マーケティング・コンセプトをつくるコツ」を理解すること(P.7「序章 “選ばれる確率”をどうやって増やすのか!?」)

これから、この3つの目的を達成するための思考の旅に出よう。

本書が示す「確率思考」という名の地図を手に、ビジネスの成功確率を飛躍的に高めるための冒険が、今始まる。

マーケティング戦略の変数は驚くほど少ない

ビジネス戦略と聞くと、無数の選択肢や複雑な要素が絡み合う、難解なパズルを想像するかもしれない。

競合分析、製品開発、価格設定、プロモーション、チャネル戦略など、考慮すべき点は山ほどある。

しかし、著者はこれら無数の活動の結果として消費者の購買行動に影響を与える変数は、「たった3つしかない」と驚くほどシンプルに断言する。

この3つの変数を理解することは、マーケティング活動の全体像を俯瞰し、自社のリソースをどこに集中投下すべきかを見定める上で、極めて重要である。

闇雲に努力するのではなく、限られた資源を最も効果的な場所に注ぐための、基本的な座標軸となるからだ。

したがって、実際の消費者の購買確率は、これら3つの条件付き確率の掛け算になっています。

①認知率(そのブランドを知っている確率)
②配荷率(店舗などで物理的に買える状況)
③プレファレンス(消費者の脳内のサイコロでそのブランドが選ばれる確率)
(P.42「第1章 「プレファレンス」に集中せよ!:5 マーケティング戦略の変数はたった3つしかない~プレファレンス、認知、配荷~」)

つまり、顧客が特定の商品を買うという最終的な行為は、「その商品を知っていて(認知)」、「それを物理的に買うことができて(配荷)」、そして「数ある選択肢の中からそれを選びたいと強く思う(プレファレンス)」という、3つの確率の掛け算で成り立っているのだ。

どれか一つでもゼロであれば、購買確率はゼロになる。

この中で、特に著者が重要視するのが「プレファレンス」である。

プレファレンスとは、単なる「好み」や「好き嫌い」といった曖昧な感情ではない。

本書では、市場にいる消費者1人あたりの平均購入回数、つまり「そのブランドに対する消費者プレファレンスそのもの」と数学的に定義されている。

Mは、その市場に存在するすべての消費者がある期間中において買ったすべての購入回数を、そのすべての消費者の頭数で割ったもの。その市場にいる消費者1人あたりの平均購入回数なので、つまりそのブランドに対する消費者プレファレンスそのものです。(P.40「第1章 「プレファレンス」に集中せよ!:5 マーケティング戦略の変数はたった3つしかない~プレファレンス、認知、配荷~」)

認知率を高めるために莫大な広告費を投じ、配荷率を高めるために強力な営業努力をする。

これらはもちろん重要であり、多くの企業が心血を注いでいる部分である。

しかし、最終的に消費者の心の中で「選ばれる」確率、すなわちプレファレンスを高めなければ、売上は必ず頭打ちになる。

このプレファレンスこそが、持続的な成長を可能にするブランド戦略の心臓部なのである。

ターゲットは狭めるな、むしろ大胆に拡げろ

マーケティングの世界には、長らく教科書的な「常識」として君臨してきた考え方がある。

それは、「ターゲット顧客を明確に絞り込み、その特定の顧客層(セグメント)に深く刺さるメッセージを発信するべきだ」という思想だ。

いわゆる「ターゲティング理論」である。

しかし、著者はこのマーケティング界の巨人とも言える思想に、データという武器を手に真っ向から異を唱える。

この挑戦的な提言は、多くのマーケターにとって自身の経験則や信条を揺るがす衝撃的なものかもしれないが、その論理は極めて明快で説得力がある。

彼が啓発し、今も多くのマーケターが常識のように信じている「広く浅く売るよりも、狭く深く売る方が効率が良い」という考え方は間違っていることをこの章で明確にしたいと思います。(P.47「第2章 狭めるな! 拡げよ!:1 マーケティング界の巨人への反論」)

ここで言う「彼」とは、近代マーケティングの父と称され、その理論が世界中のビジネススクールで教えられているフィリップ・コトラー(Philip Kotler, 1931年~)を指す。

コトラーが提唱したSTP(セグメンテーション、ターゲティング、ポジショニング)分析は、マーケティング戦略の金字塔とされてきた。

しかし、著者は実際の市場データに基づき、この「狭く深く」というアプローチが、皮肉にもブランドの成長ポテンシャルを自ら限定してしまう危険性を指摘する。

一部の熱狂的なファン(ロイヤルユーザー)に支えられるブランドは、一見すると安定し、強固に見えるかもしれない。

しかし、市場全体から見れば、その売上規模はニッチの域を出ず、限定的にならざるを得ない。

ブランドを大きく成長させる、つまり市場シェアを拡大するためには、より多くの人々、特に購買頻度の低いライトユーザーに購入してもらう必要がある。

これが本書の主張の核心である。

選ばれる確率「M」、つまりプレファレンスは、垂直方向ではなく、水平方向に拡げることを基本戦略とした方が良い。(P.76「第2章 狭めるな! 拡げよ!:6 狭めるな! 拡げよ!」)

垂直方向に深く掘り下げて、少数の信者を生み出すのではなく、水平方向に広く耕し、多くの人に「まあ、これでもいいか」「たまにはこれを買ってみようか」と思ってもらう。

この方が、結果的に売上は大きく伸びる。

この事実は、特定の顧客との強い絆を信じるマーケターの直感に反するかもしれないが、データが冷徹に示す真実なのである。

では、ターゲティングは全く不要なのだろうか。

著者はそれも明確に否定する。

ターゲティングが必要な場面もあるが、それはあくまで「理想を追求できない状況下での次善の策」、つまり消極的な選択であるべきだと説く。

さまざまな制約や所与条件下での消極的な選択、それがターゲティング。この本質を理解することは、マーケターとしての職業使命にかかわるとても大切なことだと思います。(P.67「第2章 狭めるな! 拡げよ!:5 ターゲティングするのはどんなときか?」)

例えば、立ち上げたばかりで資金も知名度もないスタートアップが、いきなり市場全体を相手にすることはできない。

その場合は、まず勝てる見込みのある特定のセグメントに狙いを定め、足がかりを築く必要がある。

しかし、それは本来目指すべき「市場の最大化」という目的からの一時的な戦術的後退であり、戦略の最終ゴールではない。

この認識を持つか持たないかで、マーケターとしての成長角度、そしてブランドが到達できる限界点が大きく変わってくるだろう。

ブランド戦略の核となる「重心」の見つけ方

ターゲットは広く取るべきである。

しかし、それは特徴のない、「誰にでもいい顔をする」八方美人な商品を作れということでは断じてない。

戦略には必ず「核」が必要であり、その一点にリソースを集中させなければならない。

著者は、その戦略の核となる部分を「重心」と呼び、それを見つけ出すための強力無比なフレームワークを提示している。

このフレームワークは、自社の都合だけでも、顧客の要望だけでも、競合の動向だけでもない、3つの重要な要素が重なり合う、最も強固で揺るぎないスイートスポットを見つけ出すための思考の道具である。

我々は、以下の3つの条件を同時に満たす、構造的に強いブランド戦略の核となる「重心」を定めることを提唱します。強い「Consumer Value」と、強い「Company Edge」と、強い「Competitive Defense」を同時に満たす、その3つの重なる部分を掘るころで構造的に強いブランド戦略の「重心」が見つかります。(P.98「第3章 「重心」を衝け!:3 ブランド戦略の「重心」を定めるフレームワーク」)

3つの条件を、より深く見ていこう。

  1. Consumer Value(消費者価値): これは、消費者が心の奥底で根源的に求めている欲求、つまり「インサイト」に合致しているかという点である。顧客自身も言葉にできないような、隠された本音や渇望は何かを深く理解することが、すべての出発点となる。
  2. Company Edge(自社の強み): その価値を、自社が持つ独自の強み(技術、ブランド資産、企業文化、特許など)を活かして、他社には真似できない形で提供できるかという点である。自社の武器を正しく認識し、それを最大限に活用することが求められる。
  3. Competitive Defense(競合防御): その価値提供が、競合他社に対して模倣困難であり、持続的な優位性を築けるかという点である。すぐに真似されて価格競争に陥るような脆弱なものでは、戦略的な重心とは到底言えない。

この3つの円が重なる部分こそが、ブランドが立つべき唯一無二の場所であり、マーケティング活動のすべてのエネルギーを集中させるべき「重心」なのである。

この重心を一度見定めることができれば、戦略はブレなくなり、組織のベクトルが一つに揃い、一貫性のある強力なブランドを長期的に構築することが可能になる。

消費者の脳を支配する「コンセプト」の正体

本書の核心であり、あらゆる戦略の土台となるのが「コンセプト」である。

この言葉の本当の意味と力を、我々はどれだけ理解しているだろうか。

著者は、マーケターが意図的に作り出す「マーケティング・コンセプト」と、それが消費者の脳内に蓄積された結果としての「コンセプト(ブランド・エクイティ)」を明確に区別して説明する。

この両者の関係性を理解することは、ブランド構築という長期的なプロジェクトの全体像を把握する上で不可欠である。

マーケターの道具「マーケティング・コンセプト」

(消費者にブランドを認識させるすべての仕掛け)

最終的に消費者の脳内に集積される「コンセプト」(=これがブランド・エクイティ)
(P.134「第4章 「コンセプト」とはなにか?:4 「マーケティング・コンセプト」とはなにか?」)

マーケターは、広告、パッケージデザイン、商品そのものの機能や味、店舗での接客体験など、顧客とのあらゆる接点(タッチポイント)を通じて、一貫した「仕掛け」、すなわちマーケティング・コンセプトを発信する。

その情報を受け取った消費者の脳内には、少しずつそのブランドに対するイメージや知識、信頼、愛着といった感情が蓄積されていく。

この脳内に形成された無形の価値の総体が「ブランド・エクイティ」であり、これこそがプレファレンスを高める究極の源泉となるのだ。

つまり、マーケティング活動とは、消費者の脳という畑に、望ましいブランド・エクイティという種を蒔き、水や肥料を与え、大切に育てていく、長期的で継続的な情報伝達活動なのである。

コンセプトが現実の価値を創造する「コンセプチュアル・セル」

コンセプトの力は、単にブランドイメージを良くするという抽象的なレベルにとどまらない。

時には、我々の五感、つまり物理的な体験そのものを変えてしまうほどの、恐ろしく強力な影響力を持つ。

著者はこの現象を「コンセプチュアル・セル効果」と名付け、その驚くべき威力を解説している。

あらかじめマーケティング・コンセプトを刷り込むことによって、その価値をより強く実感させることができる。これを“コンセプチュアル・セル効果”と言います。たとえば、同じパンであっても、食べる前に強いマーケティング・コンセプトで価値を想起させておけば、そうでないときのパンと比べてより美味しいと感じさせることができます。(P.142「第5章 強い「マーケティング・コンセプト」をつくる:1 「コンセプチュアル・セル」の威力」)

これは驚くべき指摘である。我々は、商品を客観的に、自分の舌や目で評価しているつもりでも、実はその前に受け取った「情報」によって、味覚や感覚すらも操作されているのだ。

言い換えれば、我々はモノそのものだけでなく、それに付随する「物語」や「意味」、「背景」といった情報をも含めて消費しているのである。

「北海道産の牛乳をたっぷり使った」と言われれば、そのパンはよりクリーミーに感じられるだろう。

以前、ある鰻の名店の職人に話を聞いたことがある。

彼は「あまり商品の情報を詳しく提供したくはない。お客様には、先入観のないニュートラルな状態で、素材そのものの味を純粋に味わってほしい」と語っていた。

これは、コンセプチュアル・セル効果を深く理解した上で、あえてそれを排除し、純粋な素材力だけで勝負しようとする職人の崇高な矜持の表れであろう。

しかし、ビジネスの観点から見れば、コンセプトの力を活用しないのは非常にもったいない、機会損失の大きい選択とも言える。

選ばれる究極の理由「戦略エクイティ」の構築

消費者の脳内に構築されるブランド・エクイティは、多岐にわたるイメージや知識の複雑な集合体である。

そのすべてを均等に強化しようとするのは非効率的であり、戦力の分散を招くだけだ。

そこで重要になるのが、どのエクイティを自社の「戦略の核」として重点的に強化するかという「選択と集中」の思想である。

著者は、そのブランドが選ばれる究極の理由として、特に集中して強化すべき最重要のエクイティを「戦略エクイティ」と定義する。

ここで大切な定義です。重要性が高いエクイティの中で、集中して強化していくために選んだ極めて重要なエクイティのことを、そのブランドの「戦略エクイティ(Strategic Equity)」と呼びます。戦略エクイティは、人々がそのブランドを選ぶときの核となる理由と一致していなければなりません。(P.149「第5章 強い「マーケティング・コンセプト」をつくる:2 競争に有利な「ブランド・エクイティ」をつくる」)

例えば、自動車メーカーのボルボにとっての「安全性」、アップルにとっての「革新的なデザイン」、無印良品にとっての「シンプルで感じの良い暮らし」といった、顧客の購買決定に直結する、強力で代替不可能な認識。

これが戦略エクイティである。

そして、すべてのマーケティング・コンセプトが目指すべき最終ゴールが、ここにある。

そしてこの項の結論になります。マーケティング・コンセプトのもっとも重要な目的は、この戦略エクイティを消費者の脳内に構築することです。(P.150「第5章 強い「マーケティング・コンセプト」をつくる:2 競争に有利な「ブランド・エクイティ」をつくる」)

すべてのマーケティング活動は、このたった一つの「戦略エクイティ」を、消費者の脳内にいかに効率よく、そして強固に、競合よりも先に築き上げるかという一点に集約されるべきなのだ。

これができれば、消費者の脳内でのサイコロの目は、自社ブランドに有利に働き、選ばれる確率は劇的に高まるだろう。

優れた戦略家が共通して持つ4つの能力

では、このような強力な戦略をゼロから構築するためには、どのような能力が必要なのだろうか。著者は、自身の経験と多くの成功事例の分析から、優れた戦略を生み出す「戦略発想力」を4つの要素に分解して解説している。これらは、マーケターに限らず、あらゆるビジネスパーソンが磨くべき重要な能力である。

“戦略発想力”を要素別にさらに分解しておきます。主に以下の4つの能力が相乗的に働くことで戦略発想力は発揮されると考えています。

①消費者理解の力
②経営資源を増やす着眼力
③戦略思考能力
④ストレス下の決断力
(P.173~抜粋「第5章 強い「マーケティング・コンセプト」をつくる:4 ブランドの設計図「ブランド・エクイティ・ピラミッド」」)

①の「消費者理解の力」は、後ほど詳述するが、すべての戦略の土台となる最も重要な能力だ。

②の「経営資源を増やす着眼力」は、自社に眠る資産や強みを再発見し、それを新たな価値に転換する力である。

③の「戦略思考能力」は、複雑な事象の構造を理解し、問題の本質を見抜き、最適な打ち手を導き出す力。

そして④の「ストレス下の決断力」は、情報が不完全で不確実な状況でも、覚悟を持って前に進む決断を下す力である。

これらの戦略発想力と、それを客観的なデータで裏付ける「仮説検証力」。

この両輪を高速で回し続けることが、凡人を優れた戦略家へと変貌させるのである。

消費者を神髄から理解する「憑依」というアプローチ

戦略発想力の根幹をなす「消費者理解」。

著者は、この消費者理解の方法論として、単なるアンケートやインタビューを超えた、極めてユニークで本質的なアプローチを提唱する。

それは、ターゲットとなる消費者に、その思考回路から感情、生活習慣に至るまで、完全に「憑依」することだ。

その際、どこに基準を置くべきか。著者は、市場を動かすブレイクスルーのヒントは「凡人」と「狂人」の間にこそ眠っていると指摘する。

ブレイクスルーな価値の多くは「凡人」と「狂人」の間にあり、今の「凡人」を「狂人」の方向にちょっとだけ近づけていくベクトル上に見つかることが非常に多いのです。(P.195「第6章 強いコンセプトは消費者理解がすべて:2 “凡人”と“狂人”に「憑依」する」)

大多数の「凡人」の平均的な意見だけを聞いていては、平凡で退屈なアイデアしか生まれない。

一方で、ごく一部の「狂人(ヘビーユーザーやマニア)」の意見だけを鵜呑みにすれば、市場全体から乖離した、独りよがりな製品になってしまう。

その中間、つまり「やや狂人寄りの凡人」の視点に立つことで、市場に受け入れられる裾野の広さと、新しい価値を持つ鋭さを両立したアイデアが生まれやすいというのだ。

そして、この「憑依」を実践するための著者の姿勢は、凄まじいを通り越して、常軌を逸していると言っても過言ではない。

以前、あるスマホゲームの研究に400万円を課金したこともありますし、近年でも別のスマホゲームに数千万円を課金しました(本当です)。もちろん刀の経費ではなく、マーケターとしての自己投資として、すべて自己負担にしています。(P.197「第6章 強いコンセプトは消費者理解がすべて:2 “凡人”と“狂人”に「憑依」する」)

もともとギャンブルや課金が嫌いな性格でありながら、廃課金者の心理と行動原理を骨の髄まで理解するためだけに、自腹で数千万円を投じる。

この徹底した自己投資こそが、彼の消費者理解の圧倒的な深さを支えている。

机上の空論ではなく、自らの時間と金を投じて得たリアルな体験を通して、消費者のインサイトを掴み取ろうとする執念が感じられるエピソードである。

この徹底した消費者視点は、自社製品に対するスタンスにも鋭く表れている。

ちなみに自社製品を会社の福利厚生などで、タダあるいは大幅な割引で買えるようにしている企業がよくありますが、あれはやめた方が良いと思います。社員が正規の値段で自社商品を買うせっかくの経験機会を奪っていては、消費者視点もへったくれもないからです。(P.198「第6章 強いコンセプトは消費者理解がすべて:2 “凡人”と“狂人”に「憑依」する」)

これは多くの企業にとって耳の痛い、しかし本質的な指摘だろう。

作り手自身が、一人の消費者として自社製品と真剣に向き合い、身銭を切るという経験を失った時、顧客との間に見えない、しかし決定的な溝が生まれてしまう。

この視点の欠如が、どれほど多くの機会損失と的外れな製品を生んでいることか。

人間の根源的な欲求「本能」を捉え、衝く

消費者理解を極限まで深掘りしていくと、最終的に行き着くのは、人間という生物が持つ、抗いがたい「本能」である。

時代や文化、テクノロジーが変わっても、決して変わることのない、根源的な欲求。

ここに直接訴えかけるコンセプトこそが、最も強力で、人の心を動かすものとなる。

著者は、文明社会で暮らす現代人が忘れがちな、生物としての本能を、狩猟の例え話を用いて鮮やかに描き出す。

「獲物とれたらめっちゃめちゃ嬉しい! それがオレ様の能力の証明だから!! 山が好きなのは、ここには文明の利器がほとんどないので、生物本来の能力の違いが如実にわかりやすいから。<中略>都会では頭でっかちのモヤシ男の方がモテるからムカついている。あんなのは弱い! 本当は何でもできるオレ様の方がイケてるはずなのに!!」と。(P.203「第6章 強いコンセプトは消費者理解がすべて:2 “凡人”と“狂人”に「憑依」する」)

この生々しい言葉は、他者より優位に立ちたいという承認欲求や自己顕示欲といった、人間の根源的な欲求を見事に表現している。

我々の消費行動の多くは、意識的か無意識的かにかかわらず、こうした数万年前から変わらない本能的なプログラムによって強く動かされているのだ。

後に、狩猟や農業に熱中していく人たちが、少なくないのも、本能によるものなのかもしれない。

コンセプト作りで本能に直接訴えかける方法

人間の本能は、時として我々の理性や論理的思考を簡単に凌駕するほど強力である。

社会のルールや道徳は、この暴走しがちな本能をコントロールするために存在するとも言える。

現代社会で許されない人間の行動のほとんどが、人間の本能のプログラムによってトリガーされています。だからといってダメなものはダメですが、理性を簡単に凌駕するほど本能は強いものだと御理解ください。(P.271「第8章 強いマーケティング・コンセプトをつくる3つの要点:1 本能にぶっ刺せ!」)

食欲、性欲、睡眠欲といった生理的欲求はもちろん、集団の中で優位に立ちたいというマウンティング欲求や、他者を攻撃することで快感を得るような暗い欲求も、残念ながら人間の本能の一部である。

ビジネスは、これらの本能を否定するのではなく、社会的に許容される健全な形で昇華させ、強い価値に転換させることが求められる。

本能に「ぶっ刺さる」コンセプトは、それほどまでに人の行動を強く喚起するのだ。

文脈操作の技術「STC」で商品の便益を最大化する

同じ商品であっても、どのような文脈(コンテクスト)で提示されるかによって、その知覚価値は劇的に変わる。

著者は、この文脈を意図的に設定し、自社の商品が持つ便益(ベネフィット)を最大化して消費者に伝える技術を「STC(Setting The Context)」と呼ぶ。

ここで1つの略語を紹介します。マーケティング・コンセプトにおいて、自身の便益を有利にするために文脈を設定することを「STC(Setting The Context)」と呼んでいます。Theがついているのは、その便益に対してまさにその文脈! というニュアンスが表れています。(P.282「第8章 強いマーケティング・コンセプトをつくる3つの要点:2 文脈を操作せよ!」)

STCには、主に3つの強力な切り口がある。

「価値を高めるシーンを設定する」「消費者のインサイトを衝く」「消費者の“眼鏡(期待値)”を変える」である。

例えば、「このビールは、一週間の仕事をやりきった金曜の夜、自分へのご褒美として飲むと最高に美味い」と具体的なシーンを設定する。

「本当はもっと楽して家事を済ませたいと思っていませんか?」と消費者の隠れた本音(インサイト)を言語化して衝く。

「これまで高価で手が出ないと思っていた専門店の味が、実はこの価格で手に入りますよ」と期待値の眼鏡をかけ替えさせる。

これらの巧みな文脈操作によって、消費者は「これはまさに私のための商品だ」「私の気持ちを分かってくれている」と感じ、プレファレンスが劇的に向上する。

優れたマーケターは、皆この文脈操作の達人なのである。

失敗を恐れず挑戦し続ける確率的人生論へ

本書は、マーケティング戦略論というビジネスの枠組みを超え、最終的には我々のキャリアや人生そのものに深い示唆を与える。

ビジネスも人生も、予測不可能な出来事に満ちた、不確実性の高い確率のゲームである。

であるならば、我々が取るべき態度はただ一つしかない。

強くなるためにどんどん実戦経験と新天地を求め、何度となく失敗することを恐れないでください。人生は確率。本気で勝負に挑めば、負けることがあるのは当然です。誠実な努力の先にある失敗は、あなたに必ず得難い学びをくれます。(P.371「終章 コンセプトが日本の未来を創る!」)

成功確率を上げる唯一の方法は、挑戦の回数、つまり試行回数を増やすことだ。

行動しなければ、成功確率は永遠にゼロのままである。

一つ一つの失敗は、敗北ではなく、成功確率を上げるための貴重なデータ収集であり、自分を成長させる学びの機会なのだ。

大数の法則が示すように、誠実な努力に基づいた挑戦を粘り強く続ければ、確率は必ずや我々に微笑みかけるだろう。

本書『確率思考の戦略論 どうすれば売上は増えるのか』は、極めて論理的なアプローチを取っている。

しかし、その冷徹な分析の根底に流れているのは、未来を切り拓こうと挑戦する人間への、どこまでも熱いエールである。

内容は高度で専門的だが、著者たちの圧倒的な実践知に裏打ちされているため、不思議と読みやすく、読了後には明日から何か行動したくなるような力強い勇気が湧いてくる。

一度読んだだけでは、その深遠な内容のすべてを理解するのは難しいかもしれない。

しかし、本書で提示される数々のフレームワークや思考法は、何度も読み返し、自らのビジネスや活動の現場で実践し、試行錯誤を繰り返すことによって、初めて血肉となるだろう。

売上を伸ばしたい、人に選ばれる価値を創造したいと願うすべてのビジネスパーソンにとって、本書は間違いなく、繰り返し立ち返るべきバイブルとなる一冊である。

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