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田坂広志『営業力』要約・感想

田坂広志『営業力』表紙

  1. 営業力の本質
  2. 商談の技術と心得
  3. 原則の重要性
  4. 顧客との関係構築

田坂広志の略歴・経歴

田坂広志(たさか・ひろし、1951年~)
技術者、経営学者。
愛媛県の生まれ。千代田区立番町小学校、千代田区立麹町中学校、東京教育大学附属高等学校(現・筑波大学附属高等学校)、東京大学工学部原子力工学科を卒業。
東京大学医学部にて研究生となり、放射線健康管理学教室に在籍した後、東京大学大学院工学系研究科へ進学。博士論文のタイトルは「放射性廃棄物陸地処分の安全評価に関する研究」 。1981年、東京大学大学院博士課程を修了、工学博士を取得。

『営業力』の目次

人間と組織を売り込む力 それが、営業力
売れるのは、商品ではない 人間である
営業力とは「商談のアート」である
細やかな「商談の技術」を身につけよ
商談における「機会損失」を最小にせよ
「小さな商談」でこそ 営業力は磨かれる
商談の前日には 徹底的な「予行演習」を行え
「予行演習」は 智恵を共有する最高の場
商談の直前には「内声プレゼン」を行え
「シーン・メイキング」の技術を 身につけよ
商談に向かう車の中で「シーン・メイキング」を行え
いかなる商談にも「戦略思考」を持って臨め
商談は、つねに「予想外の展開」になる
いかなる商談も 「最初の五分」が、勝負
重要な顧客ほど「短気」であると心得よ
商談前の「雑談時間」で 空気を掴め
商談の冒頭で「陰の意思決定者」を見定めよ
商談の最中は「アイコンタクト」を外すな
部下は上司の「視野の外」に注意を向けよ
商談において、新人は 上司を「集中力」で支えよ
エレベータ・ホールで「最後の一瞬」を感じ取れ
商談の帰り道には 全員で「追体験」をせよ
かならず「手土産」を持って フォローをせよ
顧客に対する「操作主義」を捨てよ
顧客の「かけがえのない時間」を大切にする

『営業力』の概要・内容

2016年2月15日に第一刷が発行。Atelier Tasaka。153ページ。

副題は“「顧客の心」に処する技術と心得”。タイトルの前には、「プロフェッショナル講座」と冠されている。

2004年4月8日にダイヤモンド社から刊行した単行本を電子書籍化したもの。

『営業力』の要約・感想

  • 商品を売るな、人間と組織を売り込め
  • 営業力とは顧客の心を読むアートである
  • 商談の予想外な展開に動じない原則とは
  • エレベータで見送る最後の瞬間まで気を抜くな
  • 顧客の心を操作せず、寄り添う営業力
  • まとめ:『営業力』が教えてくれる普遍的な仕事の哲学

この著書『営業力』は、単なる営業指南書ではない。
それは、仕事、ひいては人生における人間関係の築き方を説く、普遍的な哲学書である。

営業という言葉に、ノルマや駆け引きといった厳しいイメージを抱くかもしれない。しかし、本書を紐解けば、その概念が根底から覆されるはずだ。

真の営業力とは、人を動かし、信頼を勝ち得るための人間力そのものであることが、理解できるだろう。

著者の田坂広志(たさか・ひろし、1951年~)は、東京大学で工学博士号を取得した異色の経歴を持つ経営学者である。

その緻密な論理的思考と、深い人間洞察に裏打ちされた言葉は、多くのビジネスパーソンの心を捉えてきた。

この記事では、田坂が説く『営業力』の神髄に迫り、明日からのあなたの行動を変えるであろう、その核心的なメッセージを解き明かしていく。

商品を売るな、人間と組織を売り込め

営業の現場で、我々は何を売ろうとしているのか。

自社の商品やサービスの機能、価格、優位性をとうとうと説明していないだろうか。しかし、田坂は、そのアプローチそのものに疑問を投げかける。

もし「営業力とは何か」と問われれば、その答えは極めてシンプルであると断言する。

もし私が、「営業力とは何か」と問われれば、答えは、一言です。
人間と組織を売り込む力。
それが「営業力」です。(P.8「人間と組織を売り込む力 それが、営業力」)

この言葉の本質を理解することが、全ての始まりである。

顧客が最終的に選択するのは、目の前の商品やサービスだけではない。むしろ、「誰から買うか」という点を、極めて重視しているのである。

どれほど優れた製品であっても、提案してくる担当者に熱意が感じられなかったり、人間的な信頼が置けなかったりすれば、顧客の心は動かない。逆もまた然りである。

たとえ製品が他社と横並びであったとしても、担当者の誠実さや「あなたのために」という純粋な熱意が伝われば、顧客はそちらを選ぶものだ。

つまり、商品やサービスのクオリティが高いことは、もはや現代の市場においては前提条件に過ぎない。

その上で、営業担当者自身の人間性、そしてその担当者を支える会社組織全体の姿勢が問われるのである。

「人間を売り込む」とは、自身の知識や経験、そして何よりも仕事に対する情熱や使命感を、顧客に伝えることだ。

そして「組織を売り込む」とは、自分一人の力だけでなく、会社全体の総合力、理念、文化、そして顧客をサポートする体制そのものを背負って、商談の場に立つということである。

顧客は、目の前の担当者の姿を通して、その背後にある組織の体質を見抜く。

この人物が所属する会社は、本当に信頼できるのか。納品後も、誠実な対応を続けてくれるのか。そうした視点で、我々は常に評価されている。

だからこそ、営業力とは、小手先のテクニックではなく、一人の人間としての、そして一つの組織としてのあり方が問われる、総合的な力なのである。

営業力とは顧客の心を読むアートである

では、具体的に商談の場で求められる力とは何だろうか。

田坂は、それを「商談のアート」と表現する。アート、すなわち芸術とは、単なる技術の集積だけでは到達できない領域である。

そこには、深い洞察と感性、そして精神性が求められる。

では、商談の場において、顧客の「無言の声」に耳を傾けるためには、何をなすべきか。
二つのことです。
第一に、まず「顧客の心の流れ」を細やかに感じ取ること。
第二に、その「顧客の心の流れ」に速やかに対処することです。
しかし、商談の場において、この二つを実践するためには、営業担当者に極めて高度な力量が要求されます。(P.24「営業力とは「商談のアート」である」)

顧客は、言葉で全てを語るわけではない。

むしろ、本当に重要な本音は、言葉にならない表情や声のトーン、視線の動き、あるいは沈黙の中にこそ隠されている。

その「無言の声」を聴き取る感性、それが「顧客の心の流れを細やかに感じ取る」力である。

例えば、こちらの提案中に顧客の眉間に一瞬しわが寄ったとしたら、それは何らかの懸念や疑問のサインかもしれない。

その微細な変化を見逃さず、即座に「何かご不明な点はございますか」と問いかける。これが「速やかに対処する」ということだ。

この一連の動きは、単なるマニュアル化された技術だけでは実現できない。

なぜなら、相手の心を操ろう、こちらの意図通りに見抜いてやろうという「操作主義」の姿勢が少しでもあれば、顧客はそれを敏感に察知し、心を閉ざしてしまうからである。

相手を舐めてはいけない。顧客は我々が思う以上に賢明であり、こちらの底意を見抜く。

真に必要なのは、顧客に対する深い「共感」と「敬意」である。

相手の立場や状況を心から理解しようと努め、その成功を願う姿勢があって初めて、顧客は心を開き、本音を語り始める。

この「心得」と、相手の反応を的確に捉え、対処する「技術」。この二つが分かちがたく融合したとき、営業は単なる作業から「アート」へと昇華される。

それは、顧客という一人の人間と真摯に向き合う、創造的な営みなのである。

商談の予想外な展開に動じない原則とは

どれほど入念に準備をしても、商談がこちらの描いたシナリオ通りに進むことは、まずない。

顧客から想定外の質問が飛んできたり、キーパーソンだと思っていた人物が突然欠席したり、あるいは全く予期せぬ競合の存在が明らかになったりする。

商談とは、常に「予想外の展開」の連続である。こうした不確実な状況において、我々はどう振る舞うべきだろうか。

多くの人は、あらゆる事態を想定した完璧なマニュアルを作ろうとするかもしれない。

しかし、現実はその想定を常に上回る。田坂は、こうした状況で真に力を発揮するのは、柔軟性であり、その柔軟性の源泉は、実は確固たる「原則」にあると説く。

最も原則的な人間こそが、最も柔軟になれる。
すなわち、原則や方針をしっかり理解しているからこそ、「この一線を越えたら、原則が失われる」「この線までは、譲っても大丈夫だ」という判断がつくのです。(P.83「商談は、つねに「予想外の展開」になる」)

これは逆説的に聞こえるかもしれないが、極めて重要な真理である。

「原則」とは、自分の仕事における譲れない一線、会社の理念、顧客に提供すべき本質的な価値のことだ。

例えば、「品質では絶対に妥協しない」「顧客の長期的な利益を最優先する」「いかなる場合も誠実である」といったものが、それにあたる。

この揺るぎない原則を自分の中に確立している人間は、判断の「軸」を持っている。

だからこそ、予想外の事態に直面しても、慌てふためくことがない。この原則に照らし合わせて、「どこまで譲歩できるか」「どの提案は受け入れられないか」を即座に判断できるからだ。

逆に、明確な原則を持たない人間は、目先の状況に振り回され、一貫性のない対応に終始してしまう。その場しのぎの安請け合いをして、後で大きな問題を引き起こすことにもなりかねない。

この「原則」を自分の中に深く根付かせるために、田坂は商談前の「予行演習」の重要性を説く。単にプレゼンテーションの練習をするのではない。

様々な場面を想定し、「もしこうなったら、どう対応するか」「その判断の根拠となる我々の原則は何か」をチームで徹底的に議論し、シミュレーションする。

このプロセスを通じて、個人の感覚は組織としての強固な「原則」へと昇華され、いかなる嵐の中でも進むべき方向を見失わない、真の柔軟性が生まれるのである。

エレベータで見送る最後の瞬間まで気を抜くな

商談が終わり、会議室を出て、顧客をエレベータホールで見送る。

多くの営業担当者にとって、この瞬間は緊張が解け、一息つく時間かもしれない。しかし、トップクラスの営業は、この「最後の一瞬」にこそ、最大の集中力を払う。

なぜなら、商談の成否を左右する重要なサインは、こうした公式な場が終わった後にこそ、現れることが多いからだ。

直観は、過たない。
過つのは、判断である。(P.124「エレベータ・ホールで「最後の一瞬」を感じ取れ」)

この田坂の言葉は、論理や理屈だけでは捉えきれない、人間的な感覚の重要性を示唆している。

エレベータを待つ間の何気ない雑談、別れ際の顧客のふとした表情、握手した手の力強さ。そうした瞬間に、何か「引っかかる」ものを感じることがある。

「今日の提案、本当は腹落ちしていなかったのではないか」「何か言い残したことがあるような表情だった」。

こうした感覚、それが「直観」である。

田坂によれば、この直観そのものが間違っていることは稀だという。直観とは、これまでの経験や知識が無意識のレベルで統合され、瞬時に導き出された「答え」だからだ。

間違いやすいのは、その直観を打ち消そうとする、後付けの「判断」である。

「いや、考えすぎだろう」「きっと気のせいだ」と論理で蓋をしてしまうことで、我々は貴重なシグナルを見過ごしてしまう。

だからこそ、自分のアンテナが捉えた微かな違和感を、決して無視してはならない。

もし、エレベータの前で顧客の表情に一瞬の曇りを感じ取ったなら、その場で「何か、ご懸念でも残りましたでしょうか」と、勇気を持って尋ねるべきである。

あるいは、会社に戻る車の中で、その違和感の正体についてチームで議論し、即座にフォローのメールや電話を入れるべきだ。

この「最後の一瞬」に対する感度の高さと、直観に基づいた迅速な行動こそが、競合との間に決定的な差を生むのである。商談は、顧客の姿が見えなくなるその瞬間まで、終わってはいないのだ。

顧客の心を操作せず、寄り添う営業力

営業の世界には、残念ながら、顧客を自分の思い通りに動かそうとする「操作主義」が蔓延している。

巧みな話術で相手を言いくるめたり、不安を煽って契約を迫ったりする手法が、あたかも高度なテクニックであるかのように語られることさえある。

しかし、田坂は、こうした姿勢を明確に否定する。真の営業力とは、その対極にあるものだと。

「営業力」とは、商談という場において
「顧客の心」を、細やかに感じ取り、
「顧客の心」に、速やかに対処する力である。(P.137「顧客に対する「操作主義」を捨てよ」)

この定義の中に、「操作する」「説得する」「誘導する」といった言葉は一切入っていないことに注目すべきである。

主語は、あくまでも「顧客の心」にある。我々営業担当者の役割は、その顧客の心に深く寄り添い、その変化を敏感に感じ取り、それに応えていくことだけなのだ。

操作主義は、短期的には成功したかのように見えるかもしれない。

しかし、その関係は決して長続きしない。一度でも「操られた」と感じた顧客は、二度と心を開くことはないだろう。

信頼関係は砂上の楼閣のように崩れ去り、悪評だけが残る。長期的に見れば、操作主義は必ず破綻する運命にある。

本書が説くのは、顧客を対等なパートナーとして尊重し、その成功を心から願うという、根本的な姿勢である。

顧客が抱える真の課題は何か。我々はその課題解決のために、どのような価値を提供できるのか。その一点に集中し、誠心誠意を尽くす。

顧客にとって、商談の時間もまた、二度と戻らない「かけがえのない時間」である。その貴重な時間を、こちらの都合で浪費させることなく、顧客にとって最大限有益なものにする。

この奉仕の精神こそが、結果として揺るぎない信頼を生み、長期的な成功へと繋がる唯一の道なのである。

まとめ:『営業力』が教えてくれる普遍的な仕事の哲学

田坂広志の『営業力』は、ページ数こそ多くないが、その一行一行に、仕事の本質を突く重い言葉が凝縮されている。

本書は、単にモノを売るためのテクニック集ではない。

それは、あらゆる仕事に通底する「人間関係構築のバイブル」であり、人と関わる全ての者にとって、深く、永続的な示唆を与えてくれる一冊である。

あっさりとした語り口で書かれているからこそ、本書のメッセージはストレートに心に響く。そして、読み返すたびに、新たな発見があることに驚かされるだろう。

特に、値引き交渉のような厳しい局面でどう振る舞うべきか、まずは「出来ないこと」を明確にし、その上で代替案を示すという思考の軸は、多くの場面で我々を助けてくれるはずだ。

我々は皆、経験から学ぶ。しかし、自分一人の経験には限りがある。

他者の経験、特に先人たちが築き上げてきた歴史から学ぶことこそが、成長への近道だ。だが、それが難しい。

本書は、そうした我々にとって、偉大な先達からの貴重なアドバイスが詰まった贈り物のような存在である。

最終的に本書が教えてくれるのは、自分の「直観」を信じることの重要性、そして、それを裏付けるための地道な「経験と対策」を怠らないという姿勢だ。

営業力とは、生まれつきの才能ではない。正しい哲学を持ち、日々の実践の中で磨き続けていく、一つの「道」なのである。

もしあなたが、仕事における人間関係に悩んでいたり、自分の成長に壁を感じていたりするならば、ぜひ一度、『営業力』を手に取ってみてほしい。

そして、田坂広志という稀代の思想家が紡ぎ出す、他の著作の世界にも足を踏み入れてみることをお勧めする。

そこには、あなたの仕事観、ひいては人生観を豊かにする、無数の言葉が待っているはずだからである。

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