記事内に広告が含まれています

千野栄一『外国語上達法』要約・感想

千野栄一『外国語上達法』

  1. 忘れることを恐れず継続する重要性
  2. 明確な目的と小さな目標設定
  3. 適切なリソースとツールの活用
  4. 実践と間違いを恐れない姿勢

千野栄一の略歴・経歴

千野栄一(ちの・えいいち、1932年~2002年)
言語学者、翻訳家。専門は言語学、およびチェコ語を中心としたスラブ語学。
東京都渋谷区の出身。東京都立高校尋常科(現在の東京都立桜修館中等教育学校)を修了。1949年、東京都立高校高等科(現在の東京都立大学)を修了。1955年、東京外国語大学第四部(ロシア語)を卒業。
1958年、東京大学文学部言語学専攻を卒業。同年よりチェコスロヴァキア政府奨学生としてプラハのカレル大学に入学。1959年から1967年まで同大学日本語科講師を務める。1964年、カレル大学文学部スラヴ語科を修了。1967年12月に帰国。

『外国語上達法』(岩波新書)の目次

1 はじめに ── 外国語習得にはコツがある
2 目的と目標 ── なぜ学ぶのか、ゴールはどこか
3 必要なもの ── “語学の神様”はこう語った
4 語彙 ── 覚えるべき千の単語とは
5 文法 ── “愛される文法”のために
6 学習書 ── よい本の条件はこれだ
7 教師 ── こんな先生に教わりたい
8 辞書 ── 自分に合った学習辞典を
9 発音 ── こればかりは始めが肝心
10 会話 ── あやまちは人の常、と覚悟して
11 レアリア ── 文化・歴史を知らないと…
12 まとめ ── 言語を知れば、人間は大きくなる
あとがき

『外国語上達法』の概要・内容

1986年1月20日に第一刷が発行。岩波新書。215ページ。

『外国語上達法』の要約・感想

  • はじめに:外国語学習と「忘れること」への向き合い方
  • 目的と目標:なぜ学び、どこを目指すのか?
  • 必要なもの:語学の神様が語る学習の要素
  • 語彙学習:覚えるべき単語とモチベーション維持法
  • 学習書選び:薄い本から始めるメリット
  • 教師の役割:語学教育に必要な三つの学問
  • 発音の重要性:音声学の知識が役立つ理由
  • 会話力向上:間違いを恐れない心構え
  • まとめ:継続学習と小さな目標設定の重要性
  • 読書から行動へ:知識を力に変える
  • 多言語習得の果実:広がる視野と深まる人間理解
  • 総論:なぜ『外国語上達法』は読み継がれるのか

挫折しない語学学習の古典的名著

外国語を学びたい、あるいは学んでいる最中という方は多いであろう。

しかし、その道のりは決して平坦ではない。単語が覚えられない、文法が理解できない、モチベーションが続かない…。多くの学習者が、一度は壁にぶつかるのではないだろうか。

今回紹介する書籍は、そんな言語学習の悩みに一つの光明を与えてくれるであろう、千野栄一による『外国語上達法』(岩波新書)である。

本書は、1978年に初版が刊行されて以来、版を重ね続けるロングセラーであり、言語学の知見に基づいた普遍的な学習法を提示する古典的名著として知られている。私が手にした古本ですら、2011年の第41刷発行であり、その人気の根強さを物語っている。

本書は、具体的なテクニック論に終始するのではなく、言語習得の根本にある考え方や心構え、そして効率的な学習のためのエッセンスを、平易な言葉で解き明かしてくれる。まさに、外国語学習の羅針盤となりうる一冊であると言えるだろう。

本稿では、この『外国語上達法』の要点を紹介し、その魅力と現代における意義について考察していく。外国語学習に取り組むすべての人にとって、本書が何らかの指針となれば幸いである。

はじめに:外国語学習と「忘れること」への向き合い方

語学学習を始めたばかりの頃、あるいは続けている最中でも、「せっかく覚えた単語や文法を忘れてしまった」という経験は誰にでもあるだろう。そして、その度に落胆し、時には学習意欲を失いかけてしまうこともあるかもしれない。

しかし、著者の千野は冒頭で、言語学習者にとって非常に心強いアドバイスを与えている。

語学の習得で決して忘れてはいけない一つの忠告は「忘れることを恐れるな」ということである。(P.9「はじめに ── 外国語習得にはコツがある」)

これは衝撃的ながら、同時に腑に落ちる指摘である。

人間である以上、忘れることは自然な現象であり、避けられない。大切なのは、忘れること自体に一喜一憂するのではなく、それを前提として学習を継続することである。

忘れても諦めずに繰り返す、地道な努力こそが上達への道筋なのだ。この言葉は、学習初期の不安を取り除き、前向きな気持ちで学習に取り組むための重要な心構えを示唆している。

目的と目標:なぜ学び、どこを目指すのか?

何かを学習する上で、目的意識を持つことは極めて重要である。外国語学習も例外ではない。なぜその言語を学びたいのか、そしてどのレベルまで到達したいのか。この点が明確でなければ、学習は方向性を失い、途中で挫折しやすくなる。

千野はこの点について、非常に手厳しいながらも的を射た指摘をしている。

外国語を習うとき、なんでこの外国語を習うのか、という意識が明白であることが絶対に必要である。この反対の例が“教養のための外国語”とやらで、こんな気持でフランス語やドイツ語を学ばれては、フランス語やドイツ語が迷惑である。(P.20「目的と目標 ── なぜ学ぶのか、ゴールはどこか」)

「教養のため」という漠然とした動機では、学習を継続する強い推進力にはなりにくい、という著者の考えがうかがえる。

私自身を振り返ってみると、外国語、特に英語、を学ぶ動機は、「好きな小説を原文で味わいたい」「映画やドラマを字幕や吹き替えに頼らず、オリジナルの音声で理解したい」という具体的な欲求に基づいている。

翻訳では省略されがちなニュアンスや、原文ならではのリズムを感じ取りたいという思いが強い。このような個人的で具体的な目的こそが、学習のモチベーションを維持する鍵となるのだろう。

さらに、目標設定に関しても示唆に富む指摘がある。

必要とする量だけ学習するというのが、多くの言語を習得するコツの一つなのである。(P.25「目的と目標 ── なぜ学ぶのか、ゴールはどこか」)

これは、やみくもに学習範囲を広げるのではなく、自身の目的に照らして「必要な知識量」を見極めることの重要性を示している。

例えば、旅行会話レベルを目指すのか、専門書を読みこなせるレベルを目指すのかによって、習得すべき語彙や文法の範囲は大きく異なる。自分のゴールを明確にし、そこから逆算して学習計画を立てることが、効率的な上達への近道となるのである。

必要なもの:語学の神様が語る学習の要素

外国語を習得するためには、具体的に何が必要なのだろうか。精神論だけでなく、現実的な要素についても千野は明確に言及している。

言語の習得にぜひ必要なものはお金と時間であり、覚えなければ外国語が習得できない二つの項目は語彙と文法で、習得のため三つの大切な道具はよい教科書と、よい先生と、よい辞書ということになる。(P.45「必要なもの ── “語学の神様”はこう語った」)

身も蓋もないように聞こえるかもしれないが、これは紛れもない事実であろう。

「お金」は教材費や授業料、留学費用などに、「時間」は日々の学習時間の確保に必要となる。そして、言語の構成要素である「語彙」と「文法」の習得は避けて通れない。さらに、学習を効率的に進めるためのツールとして、「よい教科書」「よい先生」「よい辞書」の存在が不可欠であると説く。

結局のところ、語学学習もまた、人生における他の多くの課題と同様に、リソース「お金と時間」を投下し、適切な知識「語彙と文法」を、優れたツール「教材、教師、辞書」を用いて習得していくプロセスであると言える。

これらの要素をいかにバランス良く確保し、活用していくかが、上達の鍵を握るのである。当たり前のように聞こえるかもしれないが、これらの要素を意識的に管理することの重要性を再認識させられる。

語彙学習:覚えるべき単語とモチベーション維持法

外国語学習において、語彙力の増強は避けて通れない課題である。

しかし、無数にある単語を前に、どこから手をつければよいのか途方に暮れてしまうこともあるだろう。また、単調な暗記作業にモチベーションを維持するのも容易ではない。

千野は、語彙学習における目標設定とモチベーション維持について、実践的なアドバイスを提示している。

その言語をどれだけできるようにするかによって習得する単語の数を定め、それを突破したらお祝いすることで、一つ一つの目的の達成に喜びを味わい、その実感を次のエネルギーに転じていくことである。(P.54「語彙 ── 覚えるべき千の単語とは」)

これは非常に心理的であり、かつ効果的なアプローチである。漠然と「単語を覚える」のではなく、「まずは基本単語1000語をマスターする」といった具体的な数値目標を設定する。

そして、その目標を達成したら、自分自身を褒めたり、ささやかなご褒美を与えたりする。この「小さな成功体験」の積み重ねが、達成感と喜びを生み出し、次の学習への意欲、すなわちエネルギーへと転換されるのである。

単調になりがちな語彙学習に、ゲームのような要素を取り入れることで、楽しみながら継続できる工夫と言えるだろう。

では、具体的にどのくらいの語彙を目標にすればよいのだろうか。千野は言語学的な知見から、一つの目安を示している。

言語学の知識が教えるところでは、言語により差があるとはいえ、大体どの言語のテキスト(書かれた資料)でも、テキストの九〇パーセントは三千の語を使用することでできている。(P.55「語彙 ── 覚えるべき千の単語とは」)

これは驚くべき事実である。

たった3000語で、書かれた文章の9割をカバーできるというのだ。もちろん、言語によって多少の差はあるだろうし、専門的な文章になればさらに多くの語彙が必要になるだろう。しかし、一般的な文章を読む上での一つの到達目標として、この「3000語」は非常に魅力的な数字である。

まずはこのレベルを目指し、基本的な読解力を身につける。そして、残りの10%の未知の単語については、文脈から推測したり、辞書を引いたりして補っていけばよい、という現実的な道筋が見えてくる。これにより、語彙学習のゴールがより明確になり、学習計画も立てやすくなるだろう。

学習書選び:薄い本から始めるメリット

新しい言語を学び始める際、どのような教材を選ぶかは非常に重要である。分厚く網羅的な参考書に手を出すべきか、それとももっと手軽なものから始めるべきか、悩む人もいるだろう。

千野は、特に初学者向けの学習書選びについて、明確な指針を示している。

初歩の語学の教科書なり自習書は、薄くなければならない。語学習得のためには、ああこれだけ済んだ、ここまで分かった、一つ山を越えたということを絶えず確認して、次のエネルギーを呼びさますことが必要なのである。(P.95「学習書 ── よい本の条件はこれだ」)

これは、前述の語彙学習におけるモチベーション維持の話とも繋がっている。

厚い本は、そのボリュームだけで学習者を圧倒し、なかなか終わりが見えない感覚を与えがちである。一方、薄い本であれば、比較的短期間で一冊を終えることができる。

「一冊やり遂げた」という達成感は、学習者にとって大きな自信となり、次のステップへ進むための強力なエネルギーとなるのだ。まずは小さな成功体験を積み重ねることが、学習を継続させる上でいかに重要であるかを物語っている。

この考え方は、決して精神論だけではない。歴史的な裏付けもあるようだ。

一七世紀のチェコの教育学者で語学書執筆の名主であったヤン・アーモス・コメンスキー(コメニウス)も、「人間は限界が見えないものに恐怖を感ずる」といっているが、まさにその通りである。(P.96「学習書 ── よい本の条件はこれだ」)

近代教育学の父とも呼ばれるヤン・アーモス・コメンスキー(Jan Ámos Komenský、1592年~1670年)の言葉は重い。

終わりが見えない作業に対して、人間は本能的に恐怖や不安を感じる。逆に言えば、ゴールとなる「本の終わり」が見えている状態であれば、安心して、そして意欲的に取り組むことができる。

学習書の選択において、「薄さ」は単なる物理的な特徴ではなく、学習者の心理に働きかけ、モチベーションを維持するための重要な要素なのである。

教師の役割:語学教育に必要な三つの学問

独学も可能ではあるが、多くの場合、外国語学習において教師の存在は大きい。良い教師との出会いは、学習効果を飛躍的に高める可能性がある。

では、優れた語学教師にはどのような素養が求められるのだろうか。千野は、単にその言語が話せるというだけではなく、より専門的な知識の必要性を指摘している。

外国語上達法には、ことばについての理論である言語学と、学習の中で重要な意味を持つ記憶を扱う心理学と、教授法を論ずる教育学の三つの基礎が必要である。(P.114「教師 ── こんな先生に教わりたい」)

これは、教師自身が外国語を「教える」という行為を深く理解するために必要な学問分野を示している。

「言語学」は、言語の構造や仕組み、音声、意味など、言葉そのものへの深い理解をもたらす。「心理学」は、学習者がどのように言語を習得し、記憶していくのか、そのメカニズムを理解する上で不可欠である。そして「教育学」は、効果的な教授法やカリキュラム作成の知識を提供する。

これらの知識を持つ教師は、学習者がどこで躓きやすいのか、どのように教えれば効率的に理解が進むのかを、理論的な裏付けを持って判断できる。

もちろん、学習者自身がこれらの学問を深く学ぶ必要はないかもしれない。しかし、教師を選ぶ際の一つの基準として、あるいは自身の学習法を客観的に見直す際のヒントとして、これらの視点は非常に有益であると言えるだろう。

発音の重要性:音声学の知識が役立つ理由

外国語学習において、発音はしばしば後回しにされがちな要素かもしれない。しかし、コミュニケーションを円滑に行うためには、正確な発音と聞き取り能力は不可欠である。

千野は、発音習得における音声学の有用性を指摘している。

外国語を正しく発音し、正しく聴き分けるには、音声学の基礎的知識があると役に立つ。(P.157「発音 ── こればかりは始めが肝心」)

音声学とは、人間の言語音声を科学的に研究する学問である。

具体的には、どのようにして音が作られるのか「調音音声学」、音の物理的な性質「音響音声学」、そしてどのように音を聞き取るのか「聴覚音声学」などを扱う。

音声学の知識があれば、日本語にはない音の出し方や、聞き分けが難しい音の違いなどを、理論的に理解することができる。例えば、英語のLとRの音の違いを、単に耳で聞いた感覚だけでなく、舌の位置や動きといった具体的な調音方法として理解できれば、より正確な発音が身につきやすくなるだろう。

また、IPA(International Phonetic Alphabet)など音声表記を読めるようになれば、辞書に載っている発音記号を頼りに、未知の単語でも正しい発音を知ることができる。

発音は学習の初期段階で集中的に取り組むことが推奨されることが多いが、音声学の知識はその助けとなるはずである。

会話力向上:間違いを恐れない心構え

多くの外国語学習者にとって、「話せるようになること」は大きな目標の一つであろう。

しかし、いざ話そうとすると、「間違えたらどうしよう」「完璧な文法で話さなければ」といった不安が先に立ち、なかなか言葉が出てこない、という経験はないだろうか。

千野は、会話力向上において最も大切な心構えとして、「間違いを恐れないこと」を強調している。

チェコ語に‘Chaybami se člověk učí.’(人は間違いを重ねることで学んでいく)という諺があるが、まさにこの精神が大切である。ゲーテのファウストの中にも‘Es irrt der Mensch, solang er strebt.’(人は努力する限りあやまつものである)という言葉があるように、何もしなければ誤りを犯すことはないが、黙っていては会話は上達しない。(P.168「会話 ── あやまちは人の常、と覚悟して」)

チェコ語の諺、そしてドイツの文豪ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ(Johann Wolfgang von Goethe、1749年~1832年)の『ファウスト』からの引用は、非常に示唆に富んでいる。

間違いは、学習プロセスにおいて避けられないだけでなく、むしろ成長の糧となるものである。失敗を恐れて口を閉ざしていては、いつまで経っても会話能力は向上しない。

たとえ文法的に多少不正確であっても、知っている単語や表現を駆使して、積極的にコミュニケーションを図ろうとする姿勢が重要なのである。

間違いを指摘されたら、それを素直に受け止め、次に活かせばよい。トライ&エラーを繰り返す中で、表現は洗練され、流暢さも向上していく。「あやまちは人の常」と割り切り、積極的に話す練習を重ねることが、会話上達への最も確実な道である。

まとめ:継続学習と小さな目標設定の重要性

本書の終盤では、外国語学習を成功させるための普遍的な原則が改めて強調される。

数多くの言語学習法が存在する中で、ほぼすべての専門家が一致して推奨する方法があるという。

外国語学習法を書いた数多くの人々のいくつもある忠告の中で、規則正しく繰り返すこと、できれば毎日学習するというのは、すべての著者が例外なしに勧めている方法である。(P.199「まとめ ── 言語を知れば、人間は大きくなる」)

結局のところ、「継続は力なり」という古来からの格言が、語学学習においても真理なのである。

たとえ一日15分でも良い。毎日欠かさず学習を続けることが、長期的な上達のためには最も効果的である。週末にまとめて長時間学習するよりも、短時間でも毎日続ける方が、知識の定着率も高く、学習習慣も身につきやすい。

そして、継続を支えるための具体的な方法として、目標設定のあり方にも言及されている。ここでは、チェコのイジー・トマン(Jiří Toman、1913年~1988年)博士の言葉が引用されている。

「外国語の習得に際しては、ささやかなあまり大きくない目標をたて、それを遂行していく方がよいであろう」(P.200「まとめ ── 言語を知れば、人間は大きくなる」)

これは、前述の語彙学習や学習書選びの項でも触れられた「小さな成功体験の積み重ね」の重要性を裏付けるものである。

最終的な大きな目標、例えば「ネイティブと流暢に会話できるようになる」だけを見据えていると、その道のりの長さに圧倒され、挫折しやすくなる。

そうではなく、「今週は新しい単語を30個覚える」「今日は教科書の1セクションを終わらせる」といった、達成可能な小さな目標を設定し、それを一つずつクリアしていく。

この着実な歩みが、モチベーションを維持し、最終的な大きな目標へと繋がっていくのである。

読書から行動へ:知識を力に変える

本書『外国語上達法』のような優れた学習法の本を読むことは、確かに有益である。しかし、ただ読むだけで満足していては、何も変わらない。知識は、実践して初めて意味を持つ。

この点についても、再びイジー・トマン博士の言葉が引用されている。

読書の効用というものは、それらの本の中に含まれていた考え方がなにかの役に立ったというときに、初めてその効果があったといえるのです。(P.203「まとめ ── 言語を知れば、人間は大きくなる」)

まさにその通りである。本書で示された様々なアドバイス――目的意識の明確化、小さな目標設定、継続学習、間違いを恐れない姿勢など――を、自身の学習に具体的に取り入れ、行動に移してこそ、本書を読んだ価値が生まれる。

知識を得るだけでなく、それを具体的な行動で実践することが求められるのである。速やかに行動を起こし、試行錯誤を繰り返す中で、自分に合った学習法を見つけていくことが重要だ。

多言語習得の果実:広がる視野と深まる人間理解

外国語を習得することは、単にコミュニケーションのツールが増えるというだけでなく、学習者自身の内面にも大きな変化をもたらす可能性がある。

千野は、多言語を操ることの意義について、チェコ語の表現を引用して力強く語る。

(多くの言語を使えると、その人の視野は複眼的になり、また他の人の持たない情報も得られる)
チェコ語にはそれを表わすうまい表現がある。Čím více kdo zná jazyků, tím vícekrát je člověkem.――いくつもの言語を知れば知るだけ、その分だけ人間は大きくなる。(P.212「まとめ ── 言語を知れば、人間は大きくなる」)

一つの言語は、一つの世界観を反映しているとも言える。異なる言語を学ぶことは、異なる文化や価値観に触れ、物事を多角的に捉える「複眼的な視野」を養うことに繋がる。また、日本語だけではアクセスできない情報に触れる機会も増えるだろう。

英語学者であり評論家の渡部昇一(わたなべ・しょういち、1930年~2017年)も、特にドイツ語と英語などの知識が豊富だった森鴎外(もり・おうがい、1862年~1922年)を例に挙げ、多言語能力がもたらす知的な豊かさについて言及していたと記憶している。

また、少し話とズレるかもしれないが、作家の菊池寛(きくち・かん、1888年~1948年)も、文学を志すなら少なくとも一つの外国語に通じている方が良い、という趣旨の発言をしていたはずだ。

これらの先達の言葉、そして千野が紹介するチェコ語の表現は、外国語学習が単なるスキル習得にとどまらず、自己を成長させ、人間としての深みを増すための営みであることを示唆している。私としても改めて英語学習への意欲が湧いてくる。

総論:なぜ『外国語上達法』は読み継がれるのか

千野栄一の『外国語上達法』は、刊行から40年以上が経過した現在でも、多くの言語学習者にとって価値ある指針を提供し続けている。その理由は、本書が小手先のテクニックではなく、言語習得の普遍的な原理原則に基づいているからであろう。

「忘れることを恐れない」「目的意識を明確にする」「必要な量を見極める」「小さな目標を設定し達成感を味わう」「薄い本から始める」「間違いを恐れず実践する」「毎日継続する」――これらのアドバイスは、一見すると当たり前のことのように思えるかもしれない。

しかし、言語学や心理学、教育学の知見に裏打ちされたこれらの原則は、具体的で実践しやすく、そして何よりも学習者の心に寄り添う温かさを持っている。

特に、モチベーションの維持という、多くの学習者が直面する課題に対して、達成感の重要性を繰り返し説いている点は、本書の大きな特徴である。学習のプロセスそのものに喜びを見出し、それを次のエネルギーへと転換していくという考え方は、学習を苦行ではなく、自己成長の楽しい旅へと変える力を持っている。

本書は、特定の言語に限定されない、あらゆる外国語学習に応用可能な考え方を提示している。これから外国語学習を始めようと考えている人、学習の途中で壁にぶつかっている人、より効率的な学習法を模索している人など、幅広い層におすすめできる一冊である。

古い本ではあるが、その内容は決して古びていない。むしろ、情報過多な現代において、学習の本質に立ち返るための道しるべとなるであろう。

この『外国語上達法』を手に取り、そのエッセンスを自身の学習に取り入れてみてはいかがだろうか。きっと、あなたの外国語学習は、より確かな、そして実りあるものになるはずである。

書籍紹介

関連書籍